101 疑似精霊
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洞窟を探検するにあたって、人間を阻む要因は多い。
ざっと思い浮かべてみただけでも、暗闇。気圧。温度。湿度。有毒ガス。洞穴生物。感染症などといくらでも出てくる。
地の底に挑む探検家が如何に勇敢で逞しいのかわかるだろう。
儂が考古学の研究の一環で洞窟に潜った事があるけど、その時も高温多湿の暗闇に苦労していた。
あの儂が、だ。
専門家から聞いた話では、地下に百メートル潜るだけで気温が二度以上も上がるという。
その点、このオド・ネメニファーラ大空洞はだいぶ楽ができる。
マナとかいう不思議な存在のおかげか、それとも精霊族が環境整備でもしたのか。
一般的な問題の多くが解決されていた。
暗闇はマナの輝きがある。
有毒ガスは皆無。
洞窟生物は遺跡群に食べられる。
よって、感染症の心配もほとんどない。
実に快適な状況だ。
さすがに気圧や温度、湿度までは操れなかったみたいだけど、それだって一般的な洞窟とは違ってシンプルな大穴。
風の通りがあるから温度や湿度は極端な値にもならない。
「以上が注意点だね」
「今から扉を開けるが、気を付けて進むように」
とまあ、中層に入る前に警備の門番さんたちに注意を受けたわけだ。
遺跡学科の生徒の中には遺跡には詳しくても、気圧の変化とかに詳しくない人間もいるため、注意勧告が義務になっている。
元探索者だという二人の門番さんが指導してくれた。
さすがに上層はひたすら岩壁に沿って続く階段を下りていくだけなので、いくら緩やかな螺旋階段でも一時間ほどで辿り着けた。
見上げた景色も壮観だ。
マナの青い輝きが漂っているせいか、水中を潜っているような気分になる。
説明を終えた二人は通路を封鎖する金属の扉を開けてくれるらしい。
装置が作動して、少しずつ扉が持ち上がっていく。
それを待っていると、再び話しかけられた。
「もっとも、君の場合はあまり心配もいらないと思うがな」
「えっと、装備がしっかりしてるからですか?」
ヴィオラに頼んで用意した今回の装備。
防水性能が高いツナギに、スパイクの付いた靴、頑丈なグローブ、落石対策のヘルメットなどの一式だ。
儂の知識を参考に集めてもらったので、間違いはないと思う。
「それもあるけどね。君の竜卵はもう七層だろう? そこまで成長していると、エンプティの人の何倍も頑丈だからね。多少の無理もできるんだよ。だから、中層に入るための目安にもなっているんだ」
「今も君の他に学生や、卒業した探索者が潜っているけど、彼らの中で一番低い人でも五層だったかな」
なるほど。
それはいい事を聞いた。
気圧の対策はどうしようもないから、少しずつ体を慣れさせるしかないと思っていたんだ。
まあ、あくまで多少の無理という範囲なのだろうから、考えなしで進むと大変な事になってしまいそうだから、慎重に進むけどね。
「本当はこの時期に一年生が挑むなんて止めるところなんだがなあ」
「はは。先輩、心配性ですね」
「当たり前だ。まだ十二歳なんだろう? うちの子供とひとつしか違わないんだからな」
「私なんかは期待してしまいますけどね。グニラエフ立石群のようにここも最深部まで到達してくれるんじゃないか、って」
生徒だけでなく、教員や事務員の間でも噂になっているんだな。
さすがに大人は妙な噂までは信じていないようでありがたい。
いや、本当に。
有名になって注目される覚悟ぐらいはしていたけど、謂れもない変態扱いまで享受するつもりはないのだ。
そうしている間に扉が開かれた。
気のせいかマナの青の濃度が増している気がする。
螺旋階段が続いていると言えば同じだけど、十メートル程だった足場の端に線路が敷かれていた。
「これは?」
「ああ、精霊族の時代に使われていた運送装置だ。これが使えれば採掘量も増えるんだがな」
「操作できないみたいでね。どこかに管理室があるはずなんだけど、見つかってない」
それなら新しく線路でも滑車でも設置してしまえばいいのだろうけど、ここは精霊族の遺跡でもある。
精霊族の生み出した物以外は排斥の対象らしくて、遺跡群に破壊されてしまうそうだ。
なので、中層の遺跡群と戦える探索者が魔晶石や動力核を人力で持って帰るらしい。
「じゃあ、行ってきます」
「扉はしめるけど、声をかけてくれたらすぐに開けるから」
「この近くまでは遺跡群も追ってこない。危ないと思ったらすぐに戻るんだぞ」
親切な二人に一礼して、そのまま階段を下っていく。
数分も進むと、段々とマナの光が強くなっていく。
これは気のせいではないな。
目がチカチカしてきた。
マルスからもらったゴーグルを装着すると、自動的に光の調整してくれる。
暗視機能だけじゃないとか、本当に便利だよな、これ。
「っと?」
落ち着いた視界の端で何かが光った。
咄嗟の判断でサイドステップを踏むと、すぐ横を高速で何かが通過していく。
反射的に視線が追いかけようとするのを自制。
今のと同じ煌めきが五つ、前方から発生したのだ。
後ろに寝転がるようにして身を倒すと、空を光が通過していく。
見えた。
マナの海を泳ぐ赤い魚影。
「スカイフィッシュじゃ!」
興奮のあまり儂が飛び出してしもうた。
いや、爺が年甲斐もなくなんて言わんでくれよ?
この目でUMAを見たかもしれないのだから無理もあるまい。
ともあれ、まずは対処じゃ。
儂は反動をつけて立ち上がりなら、竜卵を発動させた。
両腕に巻きつけたロープを紐程度の太さに調整して、互いに絡ませて編み込んでいく。
その間にも過ぎ去ったむっつの赤い輝きが宙を旋回を終わらせて、再び儂へと襲い掛かってくる。
高速の突撃。
通路を塞ぐような軌道で逃げ場がない。
だから、突撃に合わせて完成させたロープを放つ。
「ほれ、大漁じゃあ!」
宙に浮かび上がる漁網。
赤い魚影が次々と飛び込んでくるのを捕まえていく。
口の先がなかなか鋭いようで一部の網が切られてしまったが、それ以外はただの魚と変わらんようじゃのう。
捕えた先から網を収縮すれば捕獲完了じゃ。
「ふむ。ダツに似た形だのう。スカイフィッシュという名前からすればこちらの方が正しいかもしれんが、UMAのそれとは別なのか……」
網の中で暴れる魚を確認して、そっと溜め息。
UMAマニアではないが、やはり未知の生物というのも心躍るからのう。
期待してもうた。
儂が残念がっている間に魚から赤い輝きが薄れていく。
耳を澄ますとキィンという遺跡群特効の発動音がしておるから、力が失われているようじゃな。
さすがにキャッチ&リリースするわけにもいかんので、このまましとめさせてもらおうかのう。
「ほう。これがオド・ネメニファーラ大空洞の遺跡群なのか。確か、擬似精霊と呼ばれておるんじゃったか?」
しばらくすると網の中から魚の姿が完全に消えてしもうた。
なるほど、擬似精霊とはマナで構成された遺跡群とは聞いておったが、こうなっておるのか。
青いマナが漂う中で赤い輝きは目立つように思えるが、マナが強すぎるせいで目を開けているのも辛い空間じゃ。
あれは時速百キロは超えておったからのう。
マルスのゴーグルがなければ初動で後れを取っておったかもしれんな。
なかなかに凶悪ではないか。
「まあ、この程度なら俺でも大丈夫かな」
儂から俺に切り替わる。
調べるために網なんて使ったけど、今の感じだと強度は高くない。
正面からでも殴れば破壊できそうだ。
この擬似精霊はおそらく使い捨ての武器のようなものだ。
オド・ネメニファーラ大空洞という、可視化するほど濃厚で大量のマナが漂う場所だからこそ可能な物量兵器。
さすがに一度に精製できる数や、制御できる総量にも限界はあるだろうから無制限とはいかないだろうけど、対処できる人間がある程度集まれば対処は難しくない。
門番さんの話では先に入っている探索者がいるようだし、俺に攻撃が集中するなんて事態にはならないだろう。
とはいえ、あまりゆっくりしていてはその探索者も帰ってしまうかもしれない。
その前に下層に入らないと、集中攻撃を受けてしまう。
「急ごう」




