100 地底の青空
気が付けばもう百話。
お付き合いくださりありがとうございます。
それでは第三章突入です。
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オド・ネメニファーラ大空洞。
別名、地底の青空。
ノーツ学習院が保有する未解遺跡のひとつ。
未解遺跡の中では最も危険性も低く、謎も少ない遺跡と言われている。
精霊族がこの地を支配した時代の遺跡と言われていけど、果たしてそれはどうなのだろうかという疑問が先に立つ。
いや、実は獣人族や魔族の遺跡なんじゃないか、という話ではない。
ごく単純に、精霊族の『遺跡』、という部分がおまけなんじゃないかと指摘したいのだ。
「これはとんでもないな……」
柵の向こう側は断崖絶壁。
角度の問題とかではなく、単純に底が見えなかった。
ただ、濃厚な青が口を開いている。
あれは地底湖なんですよ、と言われば信じてしまうだろう。
ここを一言で表すなら、直径三百メートルほどの大穴だ。
ただし、どこまで続いているのか判明していない大穴でもある。
過去の最深到達距離は千メートルと言われているけど、それもまだ途中だったと言われているので、もっと深くまで続いているのだろう。
「ああ。美しい光景だが、恐ろしくもある。この世の光景とは思えない」
隣で俺と同じように見下ろしていたリィナが呟いている。
「見つめてると吸い込まれそうな気がするよ。本当にすごい絶壁だよね」
「うっ! あ、ああ。そうだな。すごい、絶壁、だ……」
胸を押さえて苦しみだすリィナ。
ちょっとコンプレックスさん、過剰反応しすぎじゃないですかね?
ここは強引にでも話を戻そう。
「見てよ! 下の方は本当に空みたいだ!」
発見した探索者が『実は地面の反対側にに繋がっていて、見えているのは青空なのではないか』なんて口にしたのが別名の由来だ。
まさか、それを口にした人も別名の『地底の青空』になるとは思わなかっただろう。
やっぱり、本の知識と実際に見るのでは印象が違うな。
儂の知識だと前世で見たベリーズのブルーホールを思い出す。
『カリブの宝石』や『海の怪物の寝床』とも呼ばれる水没した鍾乳洞。
地上と海中の違いはあるけど、どちらも幻想的な青に満たされた光景だ。
もちろん、ただ深い穴というわけではない。
辺りに青い光の粒子が漂っている。
これは魔導具の燃料に使われるマナらしい。
普通は肉眼で見えるものじゃないはずなのだけど、この大空洞はマナ濃度が極端に高いせいで可視化している。
それだけに高純度の魔晶石や屑晶石、動力核に使われる宝石が産出され、ここだけで帝国の魔晶石の需要の半分を満たせるとさえ言われるほどの量だ。
その役割は昔から変わらない。
オド・ネメニファーラ大空洞は精霊族の採掘所だったと言われている。
元素魔晶石を使っていた精霊族にとって、ここは重要な場所だったのだろう。
絶壁に設けられた螺旋階段のような足場は精霊族が取り付けたそうだ。
俺たちが体を預けている柵も彼らの代物だという。
「よく現代まで残っていたものだな」
ようやく、自己嫌悪から立ち直ったリィナが柵を撫でながら感心している。
金属だけどただの鉄ではないのだろう。
数百年の時が経過しているはずなのに、錆びてすらいない。
「単純に精霊族の技術がすごいというのもあるんだろうけど、ここが見つかったのは割と最近みたいだからね。保存状態は良かったみたい」
この地から精霊族が去った際、他種族に利用されないよう入り口部分に蓋をして、大量の土砂を被せたのだ。
後に、ノーツ学習院がこの辺りの遺跡調査をした際に、偶然発見したという。
当時の発見者は運がいいよね。
こんな断崖絶壁をフリークライミングせずに済んだんだから。
「おかげで上層から中層は簡単に下りられそうだよ」
大空洞は上層、中層、下層と分類分けされており、それぞれで危険の種類が違う。
まず上層はほとんど心配ない。
精霊族にとってはただの通路に過ぎなかったのだろう。
三百メートル地点までは散歩、とまで気楽ではないものの、トレッキングの感覚で降りられる。
今も上層では多くの学生が屑晶石の採掘をしていた。
遺跡学科の生徒がアルバイトするならここが真っ先に選ばれるそうな。
けど、三百メートルから五百メートル地点の中層は、精霊族にとってメインの採掘場だったのだろう。
自動生成される遺跡群が襲ってくる。
かなり特殊な遺跡群で、実体のないマナの集合体なのだとか。
竜卵以外の攻撃が無効化されるので注意が必要だ。
ここには学習院が警備員を立たせていて、入るにはしっかり申請を出さないといけない。
そして、五百メートルから先の下層は精霊族の遺跡さえもない。
探索の先駆者たちが少しずつ道を開拓して、足場を作ってくれているそうだけど、それも精々が七百メートル地点まで。
そこから先は自然の洞窟が続いている。
誰も最深部には到達していない。
あるいは、古代精霊族でさえも。
だからこその、未解遺跡認定だ。
「最低でも下層まで行かないと話にならないからね」
荷物を確認して、軽く体をほぐす。
大空洞のマナ濃度は下に行く程に濃くなっている。
つまり、より高純度の魔晶石や動力核を手に入れたければ、下に潜らないとならない。
屑晶石なら上層。魔晶石なら中層。それ以上の魔晶石や動力核を目指すなら下層。
千メートルの到達者が持ち帰った魔晶石は皇帝に献上されて、皇族専用の魔導列車に使われたといい、既存の魔晶石とは桁違いのマナを保有していたそうだ。
俺の狙いはその魔晶石と動力核。
竜大陸で採掘するならここ以上のスポットはないだろう。
おかげで移動に余計な時間を掛けずに済んだ。
「本当に行くのか?」
「もちろん。リィナは皆をお願いね」
今回は俺だけが行く。
全員に反対されたけど、グレムラン商会に監視されているかもしれない状況なのだ。
特待生寮の中なら無事と信じたいけど、もしかしたらまだ会った事のない先輩がグレムラン商会と繋がっている可能性もある。
戦えないメンバーを誰かが守らないといけない。
その点、感知能力に優れているキュイを外すわけにはいかないだろう。
最後までリィナは迷っていたけど、理屈はわかってくれたようで了承してくれた。
それでも見送りだけはするという事で、ここまでついて来てくれたのだ。
「ふん。君なら一人の方がいいのかもしれないが、油断をして足元をすくわれない事だな(手伝えなくてごめん。気を付けてね)」
「ありがとう。行ってくるよ」
マルスとカナンは俺が魔晶石と動力核を持ちかえると信じて作業を続けてくれている。
試せる限りの合金での実験。
排熱や形状の工夫。
それらと同時に小型の試作機で色々と試して、効率を高めるそうだ。
ネズミ族の立ち退きまで既に二十日ほどしかない。
飛行の魔導具の製作。
ニレイム家への売り込み。
資金の調達。
ネズミ族との合流。
それらを考慮すると探索に使える猶予は十日程だろうか。
いつまでも俺を見送ってくれているリィナに手を振って出発だ。
道の先を見ると、屑晶石の採掘をしていた先輩らしき人たちが俺を見てひそひそと話しているのに気付いた。
「おい……おい! 見ろよ、あいつ……」
「叩くなっつうの。あん? 誰だよ?」
「見ない顔だね。新入生かな。本格的な装備みたいだけど、誰か止めてあげないと」
「バカ、お前ら知らないのか? 例の一年主席だ」
「エスクリスク聖殿をぶっ壊して、地下聖殿を見つけた奴か!」
「え? 入学した次の日にグニラエフ立石群に突っ込んだ命知らず!? あれが?」
「それで死んじまったり、逃げ帰ったならただの命知らずだろうがな」
「生きて帰って来たんだよね」
「しかも、最深部に初めて到達したはずだ」
「ガセだろ? 証拠なんてねえんだ」
「いや、あいつの報告を参考にした調査隊がかなり進めたらしいぞ」
「竜卵ももう七層にいってるみたいだよ。三年かけても僕はまだ四層なのに……」
「嘘だろ。どんな新入生だよ」
「じゃあ、まさか、この大空洞も狙ってるの?」
「あの装備に、顔つき、そうかもしれない」
「狂ってやがる……」
「学習院の遺跡を全部攻略するつもりなのかな」
うーん。
噂になっているみたいだなあ。
それにしてもすごい言われようだった。
「っていうか、女に見送りしてもらってるのかよ。ちっ!」
「いや、待て。あれは一年次席だ」
「あ、もしかして、急に女装を始めたっていう噂の?」
「女装? はあ!? あれ、男なの!?」
「らしいぞ。奴と一緒に遺跡から戻って来たら女装を始めたらしい」
「なんだよ、それ。遺跡で何があったんだよ」
「もう一人、ものすごい奴にも女装させているみたいだからな」
「見た事ある。熊みたいな男子が女子の制服着てた、あれでしょ?」
「わけがわからねえ。あいつは気に入った男を女装させて侍らせる趣味があるのか?」
「だろうな。やっぱり、普通の奴とは違うんだな。その、色々と」
「狂ってやがる……」
「あ、こっち見てる!」
「しっ、目を合わせるな」
「そうだね。女装しろとか言われるかもしれない……」
ちょっと!?
どんな噂になってるんだよ!
本当の本当にすごい言われようじゃないか!
すぐに詰め寄って訂正したいけど、全力で目を逸らされてしまった。
強引に言って聞かせても余計な噂が広まってしまいそうだ。
「はあ」
溜息をひとつこぼして、今は諦めた。
オド・ネメニファーラ大空洞の攻略。
未解遺跡に集中するとしようか。
そうして、俺は青いマナの輝く地の底へと向かっていった。




