99 試作実験
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「失敗のようだな」
「残念ね」
隣のリィナとミレーヌの呟きが聞こえた。
特待生寮の屋上。
曇り空の下、そこにスクラップと化した金属塊が落ちていた。
飛行の魔導具の試作機十号だった物だ。
マルスとカナンがそれを前に検分をしている。
流れ聞こえてくる声は固い。
いつも余裕のあるマルスがそれなのだから、カナンの方は顔色が悪くなるばかりだ。
二人が作成した試作機はこの五日で十を越えている。
ほとんど不眠不休で図式を彫り、パーツを組み、実験しては失敗し、検証の後にまた次の試作機に取り掛かるというハードワーク。
その結果が実を結ばないのだから、心身への負担は大きいだろう。
「今回の試作機はどんなだったっけ?」
「できるだけ小型にして軽量化するつもりだったはずだ。今回の素材は偽銀だったな」
「強度も度外視したのねえ」
結果、俺たちの目の前で数メートル程、浮かび上がった試作機十号は、滞空から数秒程で図式に流れるマナの放つ熱によって融解してしまった。
図式が意味を為さなくなって落下。
屋上の床に叩きつけられて原形をとどめない有様になっている。
検分が終わったのか、二人は壊れた試作機から魔晶石を取り出し始めた。
「手伝うよ。マルスの工房に持っていけばいいんだよね」
「キュイは上から持ち上げてくれ」
既に九度も繰り返せば俺たちも慣れたものだ。
前を俺、後ろをリィナ、そして、キュイが左右のシーツを結わいで持ち上げる陣形が出来上がっている。
「助かるわ。あたしの細腕じゃ重すぎて」
下手な女子の腰ぐらいありそうな二の腕を擦りながら言うなよ。
まあ、冗談を言う余裕があるなら安心した。
「きゅ?」
「心配してくれているのね。ありがとう、キュイ」
そんなマルスの背中にキュイが頭をこすり付けていた。
ここ数日、失敗を重ねるごとに落ち込みが激しいのはカナンではなく、マルスの方なのだ。
発案者として責任を感じているのだろう。
そんなマルスの手をカナンが握った。
「戻って、次の、考えないと」
「そうね。ええ。失敗は活かさないとダメよね」
逆にカナンは一言も弱音を吐かない。
ネズミ族でありながら学習院の次席で入学したのだからわかっていたつもりだけど、弱々しい態度の裏に確かな芯の強さを持っているのだと改めて感じさせる。
きっと道が見えない状況には弱いけど、それさえ見つければゴールまで諦めない、そういう気質なのだろう。
俺とリィナでシーツを持ち上げようとして、キュイが止まった。
しゅるしゅると僅かな音を残して屋上の淵へと移動していき、身を起こして辺りを見回している。
「キュイ。またか?」
「きゅい」
肯定の返事だ。
俺とリィナも視線を辺りに巡らせるけど、特に『何か』を見つけられない。
そもそもここは辺りで一番高い建物なのだから、誰かに見られる心配はないはずなのだ。
けど、キュイの感覚が間違っているとも思えない。
きっと、『何か』はいる。
「ここのところ毎日か」
「うふふ。人気者は大変ね?」
こんな時でも冗談をいえるミレーヌは胆が据わっているというか、図太いというか、とにかく頼もしいな。
これ以上、探っても何も見つけられないだろう。
俺はリィナとキュイを促して、試作機十号を持ち上げた。
「とにかく、工房に戻ろう」
二手に分かれて昇降機に乗って、マルスの工房に戻った。
マルス付きのメイドさん――アイシャさんに出迎えてもらって、工房のスクラップ置き場に試作機十号を運んで一息したところで、リィナが忌々しげに鼻を鳴らした。
「ふん。グレムラン商会は僕たちを侮っていないようだな」
「油断してくれた方が助かるんだけどね」
ミレーヌからグレムラン商会の情報がもたらされた翌日。
その日の昼に試作機三号を実験した時から、キュイが何者かの視線を感じるようになったのだ。
それからも昼と夕の実験のたびにキュイは同様の反応をする。
「そうね。最初は念のためだったのでしょうけど」
「未完成でも実際に浮いたのを見たら警戒もするか」
これまでで最長の浮遊継続時間は十五秒。
たった十五秒と思われるかもしれないけど、学生が独自に生み出した物としては驚異の数字だろう。
けど、これを売り込んでも価値は微妙だ。
既に別の技術体系で浮遊の研究は進められていて、こっちよりも成果を出しているはず。
既存の技術より劣っていては価値が下がる。
最低でも同等。できれば、上回りたいのが正直なところだ。
それは全員がわかっている。
特にマルスとカナンは。
だからこそ、身を削るようにして試作機を製作しているのだ。
ただ、やっぱり見られたままというのは良くないな。
技術を盗まれるとは思わないけど、こちらの状況を教えてしまっているようなものだ。
「実験の場所を変えべきか?」
「でも、学習院の、施設だと、やっぱり、人に、見られます」
「特待生寮の屋上が覗かれるって怖いわね」
「「?」」
ミレーヌが肩を震わせている。
女子からすると覗きというだけで嫌悪感があるだろうな。
その辺り、リィナとカナンは反応しないんだよなあ。
ミレーヌは何を言っているんだという顔をしている。
「とりあえず、次からはシートで囲って隠してみよう。今朝、ヴィオラに頼んでおいたから食事と一緒に持って来てくれるはずだよ」
「ありがとう。じゃあ、次の試作機について考えたいんだけど……」
音頭を取ったマルスが言葉を濁す。
その視線の先――工房の壁には箇条書きで素材の名前が書かれていた。
鉄。
鋼。
銅。
銀。
金。
金剛鉄。
亜銅。
精霊銀。
偽銀。
神聖金。
俺の知る物から知らない物まで。
名前の隣には様々な項目が一覧表になっている。
硬度。融解温度。重量。特徴。
そして、実験結果。
「学習院から実験補助でもらえる素材は全部試したわね」
しかし、実験結果の欄は全てバツ印。
単純に素材の改良で問題解決は図れないという結論が出てしまった。
簡単な事ではないとわかっていても、肩を落としてしまう。
なにせ時間がないのだ。
「他の素材を手配してもらえないの?」
「時間が掛かるし、結局はそこまで性能差がないのよ」
となると、工夫で補わないといけないのか。
マルスとカナンは壁の前に立って温度の欄にマルバツをつけていく。
「まず、図式が溶けるのは問題外よね」
「うん。図式の、部分だけは、熱に強い、素材じゃないと、ダメ」
問題点、その一。
図式にマナを通すと発動に合わせて高熱を帯びる事。
かなりの高温で金属素材が溶けてしまうのだ。
しかも、高度に比例して温度が上昇するというおまけつき。
「危なくはないのか? それを身につけて飛ぶのだろう」
「そこは冷却装置をつけて対処ね。これもこれで問題なんだけど……」
リィナの質問にはすぐに答えが返ってきたけど、問題に対処するために問題が発生してしまうのだからままならないな。
「あと、重いのも避けたいわね」
「うん」
今度は重さの欄に記入。
問題点、その二。
さっきの問題とも関係するけど、要するに重たい物を浮かせようとするとより強い出力が必要になる。
ただでさえ人という重りを載せた上で飛ぶというプランなのだから、魔導具自体の軽量化は必須だ。
「熔解温度が高くて、軽い金属、ね」
「やっぱり、神聖金、かな?」
「実際、一番浮いていられたのはそれなのよね。だから、図式の部分は神聖金で決定として」
耐熱性と重量のバランスが優れているのは神聖金なのだろう。
問題はそれでも浮遊時間は十五秒だった事だ。
マルスが深々と溜息を吐いた。
「これに推進装置と、冷却装置と、人が装備するためのパーツが必要なのよね」
それらを積載すると現状では十五秒すら浮かなくなってしまう。
いくら軽い素材で作成しても気休めにしかならない。
「方向性は、いいと、思う」
キュイの飛行能力の理屈はシンプルだ。
浮遊の図式を用いて重力を中和して、浮かび上がった体を翼で移動する形。
なので、飛行の魔導具には浮遊のためだけじゃなく、推進装置も必要になるわけだ。
実際に実用段階までもっていきたいなら、可変式の推進装置だとか、重心を保つためのバランサーとか、落下時の安全装置とか、まだまだ必要な物はいくらでもあるのだろうけど、今回は枠組みさえ実現してしまえばいい。
後の部分はもっと時間をかけて開発できる。
だから、二人は肝心の浮遊装置に集中して取り組んでいるわけだ。
そして、既に最大の問題ははっきりしている。
「やっぱり、出力が問題だね」
「ええ。でも、いま使っている動力核も魔晶石も良い物なのよ。普通の学生じゃ手に入れられない代物なんだから」
「ミレーヌさんが、用意して、くれたから。ありがとう」
「うふふ、カナンちゃんのためだもの。それに、後でお返ししてもらうからいいのよ?」
「ふぃ……ひゃっ!?」
「うふふふふ」
ミレーヌに抱きしめられたカナンが固まる。
からかっているのか、照れ隠しなのかわからないんだよな。
っていうか、どこをまさぐっているんですか?
じゃれ合う二人は放置しておこう。
あまり見ているとリィナさんが睨んでくるしね。
「でも、足りないんだよね?」
「そうね。ここまで燃費が悪いなんて予想外だったわ」
「うん。わかった」
上質の動力核と魔晶石でも出力が足りない。
なら、それ以上の代物を用意するしかないだろう。
「失礼いたします」
ヴィオラが入ってくる。
その手には折りたたまれたブラインド用のシートと、俺が頼んで用意してもらったノートや書類が収められていた。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「うん。十分だ」
何事かと視線を向けてくるメンバーに笑ってみせて、受け取ったノートを机に置いて、方針を告げる。
「ないなら手に入れに行けばいいじゃない」
ノートの表紙にはヴィオラの丁寧な字でこう書かれている。
『オド・ネメニファーラ大空洞に関する考察』
これで間章は終了です。
次話から第三章に突入になります。




