第8話・火と雷の奇襲・雷爪炎狼、その一(改訂版)
第8話・火と雷の奇襲・雷爪炎狼、その一(改訂版)
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平民の気配が完全に消えた地下街に、魔物が顕現した。
『――ガアアアァァッ!!!』
燃え盛る体毛を激しく揺らし、雷を纏った巨狼が咆哮とともに濃密な殺意を叩きつけてくる。空気が震え、地面が軋み、熱気と雷電からのオゾンの臭いが鼻を突く。
近いな……
オレはまだ奏の光の障壁の中にいる。少しでも距離を取って退避する余裕すらない、あまりにも唐突な顕現だった。
久しぶりだ。こんな至近距離で真正面から魔物と向き合うのは。
無意識に、腰のハンドガンを触りする。昨晩装填した魔弾は三発。……誰かが本当に危険になったら、撃つ。
だが、判断するより先に前線が動いた。
「てりゃーっ!『貫くの点描』!」
マイスターに変身した陽葵彩音が、水彩筆のような絵の具の槍を勢いよく突き出す。空間に描かれた鋭い線が一直線に魔狼へ向かう。その《絵の魔法》が命中すれば、風穴を現実に具現化できるはずだった。
しかし――。
「……あっ、あわわっ!?燃えてる!これ、燃えちゃいます!」
描かれた顔料が魔狼の纏う炎に触れた瞬間、途中で燃え尽きてしまった。槍先は魔狼の皮膚を浅く裂いただけではじかれる。
やはりそうなんだが、これは彼女の悪いじゃない、相性の問題でした……
《絵の魔法》
描いた『絵』を現実に具現化する、彩音の固有魔法。もし直接体に描けば防御を無視し、『穴を描けばそこに穴が開く』という凶悪な攻撃すら可能な力だ。魔力消費は顔料を生成するときだけで済むの高効率魔法。
だが弱点も明確だった。具現化前の顔料は、現実の物質と同じ性質を持つ――火に弱い可燃性の油なのだ。
「マイスターさん!前に出るな!距離を取って、空中に描け!」
「了解です~!撤退、撤退~!」
オレの指示に、彩音は即座にその場から後退する。後方で絵の具の槍を構え直し、空中に大きく円を描き始めた。
前衛が空いた穴を埋めるように、影が動いた。
魔狼の影からするりと滑るように現れたのは、フードを被るでその存在感の曖昧な少女――影崎楽奈、魔法少女・シャドウだ。
彼女は手のひらを返し、影から三枚の投げナイフを創り出すと、魔狼の顔面へ素早く投げつける。致命傷にはならない。だが、魔物の『怒り』を買うには十分だった。
『ガァッ!!』
雷を纏った爪が怒りのままに振り下ろされる。その一撃は空を切った。
シャドウは影に沈み、次の瞬間、別の影から現れる。床、壁、天井――影がある限り、彼女の居場所は定まらない。あのようなぬるい攻撃では、楽奈を捉えきれない。
相変わらず見事な技術でした、流石にこの小隊で一番強い子だ
《影の魔法》
影崎楽奈の元素系固有魔法。影を自在に操り、武器を思うままに創り出せる。それだけでなく、自身を影と同化させ、影と影の間を転移する高難度の能力まで使いこなす。複雑な過去が鍛え上げた体術と戦闘技術は、小隊内で抜きん出ている。
今は回避特化のヘイト管理役として最適解だ。……もし彼女が本気で攻めるなら、この魔物すら勝てるかもしれない。
「……当たらなければ、問題ない」
連続する爪撃と奔る雷の中でも、楽奈は相変わらず淡々とした声でそう呟く。時折、影の武器を創り出して鋭い攻撃を命中させるが、ダメージは妙に減衰している。それでも確実に、魔狼の注意を引きつけていた。
「わ、わたくしも加勢します……!」
奏が一歩前に出て、燃え盛る戦意を宿した声で魔法を発動する。
「――《騎士たちを来て、前線を支えてください》!」
杖を掲げて祈るように唱えると、光の粒子が集まり、複数の『光の騎士』が顕現した。剣を携えた騎士たちが四方から魔狼へ斬りかかる。
しかし、先の攻撃と同様、この斬撃も不自然なほどにダメージが減衰していた。
「出来た!出でよ、我が最新作――『作品名:サメサウルス』!怪獣大戦にいけーっ!」
彩音の明るい声が突然響く。空中に描いていた絵が、ようやく完成したらしい。
『サッーーメェェェーー!!』
現れたのは、サメの頭部を持つ恐竜のような巨大なキマイラ怪獣。発想が自由すぎる……そのアイデアこそが、彼女の武器だった。
奇妙な形の化け物でも、効果は抜群だ。突然現れた巨大な敵性目標に、魔狼の注意力が完全に移る。有効ダメージを入れられなかった楽奈と光の騎士から、一気にヘイトが移動した。
怪物同士が激突し、噛みつき、押し合い、火花と炎が飛び散る。
その隙に、楽奈は影へと溶け込み、次の瞬間――オレの影からするりと浮上した。
「うわ!?急に現れてびっくりした……」
「……びっくりした?ぼくは少し休む」
「これは……休むのに必要だったのか?」
「……うん。これでぼくはもっと元気になるから。……汗臭くないよね?」
「そんなわけないだろ。むしろいい匂いしかしないから、心配はいらないよ」
「……そっか。スリスリ」
やはり判断が早い子だ。
そういえば、楽奈は完全に奏の障壁を無視して入り込んできた。休むと言いながら、どうしてオレの背中を登り、自分の頰をオレの頰に押しつけて擦りつけてくるのが『休む』になるのかは謎だが……。
柔らかい感触と、微かな少女特有のいい匂い。彼女の影の尻尾が、オレの腰のあたりをそっと絡め取っている。
「いいな……わたくしもそうしたいのですが?」
奏がそれを見て、こそこそとこちらへ近づいてくる。
「マイスターも……ぺっ!?障壁が通れないよ~!」
「あ、わたくしが許可を出しますね。――《マイスターちゃんが障壁を通れますように》。これでいいでしょうか?」
奏の祈りに応じて障壁が一時的に開くと、彩音は手を伸ばしてすり抜け、元気いっぱいにオレのほうへ飛んできた。
「ありがとう、フランちゃん!とおー!」
「お前は……戦っているときは大人しくしてろよ、マイスターさん。フランちゃん、今の状態で『王座』は使えるか?」
「『王座』ですか……ダメです。わたくしは戦場に近すぎます。それを使うと代償が大きすぎるから、使わないのほうが良いかも」
「そっか。無理なことを言って悪かった」
奏との話を終えたあと、オレは前線の乱闘を眺める。
前線では、サメ恐竜と光の騎士対魔狼の激しい攻防が繰り広げられていた――完全にB級怪獣映画の様相だ。
みんなが戦っている最中でも、オレには暇はない。
先ほどからずっと端末を操作し、魔物のデータを検索していた……あった!
過去の討伐記録に、同じパターンの魔物が残っている――《雷爪炎狼》。
炎狼系魔物。爪が纏う属性によって攻撃パターンが変化する。総合推定危険度はレベル3。
規格外の記録もあった。あれは氷爪炎狼の異変個体でレベル5に上昇したネームド魔物、「狼男」。特徴は後足で二足歩行し、全身の体毛は炎狼種と同様に猛烈な炎を纏いながらも、前足の爪部分にのみ凄まじい極寒の冷気を凝結させている、鋼より硬い氷の爪が纏われたというものだ。
オレたちが遭遇したのは普通の四足歩行。規格外ではないと安心する。
所持スキルは『炎纏鎧』と『雷爪』。
『炎纏鎧』――全身を包む炎が激しく燃え盛るほど、受けるダメージが大きく減衰し、肉体を活性化させる。
『雷爪』――雷元素を爪に纏う。
弱点は……予想通り、水だった。
体表の炎を消火すれば、驚くほど戦闘能力が低下し、ダメージ減衰のスキルも無効化される。
ただし注意点あり。あの雷爪は導電性が高く、湿った場所では感電の危険がある。
過去の討伐記録では、元素系魔法を持つ魔法少女が水で火を消し、三人の物理系魔法少女でゴリ押し討伐に成功していた。
「みんな、聞け!」
オレは声を張る。
「この魔物の名前は雷爪炎狼!火を消せば一気に弱体化する!弱点は水だ!」
次の瞬間、とあることに気づいてオレは言葉を止めた。
大量の水……今の編成で、それができるのは?
それに、あの炎纏鎧は魔法の火だ。消防システムを強引に作動させても効果は期待できない。
水、水は……あった。この場に、それができる人間が一人いる。
「マイスターさん!海でもいい、豪雨でもいい!大量の水、描けるか!」
突然の指名に、彩音が目を丸くする。
「ふえっ、マイスターが!?……えっと、うん……できるかも!大きな『大津波』を描けますから、時間稼ぎお願いします~!」
急なリクエストだったが、マイスターは短い時間で要求を受け入れ、すぐに距離を取った場所で空中に絵を描き始めた。さすが、マイスターというコードネームを付けただけのことはある。
奏も、こちらをチラチラと見ながら指示を欲しがっている様子だった。
「フランちゃん、マイスターさんの絵が完成するまでの時間を稼いでくれ。召喚物で前線を維持して頼むかな?」
「はいっ!《騎士とサメ恐竜たちに防御力アップと攻撃力アップ……いっそう全ステータスを上昇してください》!……ええと、あとは――《杖から何かのビームを発射してください》!」
奏の祈りに応じ、光の騎士とサメサウルスが金色のオーラを纏って輝く。さらに杖の先から放たれた光線が雷爪炎狼の胴体を直撃するが、減衰の影響で効果は薄い。
「……ぼくは?」
オレの頰につんつんと突きながら、楽奈が顔を出して耳元で質問してきた。吐息が耳に触れる距離だ。
「今は少し休んでてくれ。その体質なら魔力を温存したほうがいい。でも、あの火が消えたら一気に総攻撃する。いいか?」
「……うん。従う。この火明かりだと影があまりないからね。でも、もし影が広がったら、あの程度の魔物はまな板の上の鯉だよ」
「強気な言葉だな」
「……ぼくはこの小隊で最強だから。失望させない」
奏のサポートで、膠着していた前線に動きが出る。
黄金のオーラを纏ったサメサウルスが、徐々に魔狼を押し始めている。光の騎士は隙を突いて突撃するが、減衰のせいで軽い妨害程度だ。
雷爪炎狼の炎がサメの鱗を焼き続け、さらに強力な電流が傷をえぐる。奏の治療魔法も封じられている状態だ。
怪獣同士の力比べは、徐々にこちらに不利になっていく――だが!
「完成っ!くらえええ!!――『作品名:地中の大津波』!!!」
彩音の叫びと同時に、描かれた絵から轟音が響いた。
そして、地下街を埋め尽くすほどの巨大な『大津波』が絵から具現化し、前方へと解き放たれる。
『ガウゥー!?』
今気づいてももう遅い。水を極端に嫌う魔物にとって、この狭い地下街に逃げ場などない。
「サメサメー!サーーメーー!!」
そもそも半分が魚であるサメサウルスは水を嫌いではない。むしろ大好きらしく、怯えることなく前に踏ん張り、逃げようとする雷爪炎狼の喉に食らいつく。
そして、その波が戦場を直撃した。
激流が戦場に広がる炎を一気に消し去り、周囲を蒼い水の世界へと塗り替える。
水が引いたあと、そこに立っていたのは――火を失い、体毛が煤けた色に変わった、雷の爪だけを残した雷爪炎狼と……水で感電して炭のようになってしまったサメサウルスだった。
「流石マイスターが描けましたの絵~、最後までヒーローでしたな~!記念として、終わったあとでその英雄の結末を描けましょう!」
よく奮闘してくれたな、彩音の手で誕生したサメよ。
『がるるー……』
魔狼は咆哮するが、以前の威勢はもはや残っていない。弱体化の効果がはっきりと表れていた。
「――今だ」
それを見届けたオレは、短く、全員に届く声で宣告する。
「反撃の時間だ!全員、総攻撃!!」




