第69話・鏡よ、鏡・行こう、一丁目へ
第69話・鏡よ、鏡・行こう、一丁目へ
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八月の太陽は眩しく、容赦なく降り注いでいた。
退院手続きを無事に済ませたオレは、これまで世話になった残桜局長、ドクター教官、そして北条先生に感謝のメッセージを送り、みんなと一緒に外へと足を踏み出した。
(……あれ、誰かいる?いまのは――!)
病院の一階エントランス、自動ドアのガラスの向こう側に、ふと人影が反射したのが見えた。
ここは病院だし、見慣れない人がいてもおかしくないの、が……。
だが、その姿は今の小夜とだいたい同じくらいの背丈で、ガラスのように美しく透明感のある白い髪。何より、万千の色彩を放つ光輪が頭上に浮遊している。
(――ミロスお姉さん……!?)
あの日から突然消えました、長年行方の知れなかった恩人との再会に心を揺さぶられ、オレは思わず自動ドアへと駆け寄った。
センサーがオレを感知し、自動ドアがゆっくりと開く。
外の景色がはっきりと見えた。
だが、そこには誰もいなかった。
(やっぱり気のせいか……。それもそうだ。ずっと何処へ消えたのか分からない人が、急に現れるわけがない。……寝すぎによる幻覚、あるいは妄想だな)
少し残念な気持ちを抱きつつ、久々の外を観察する。
雲一つない青空から正午の太陽が照りつけ、周囲の気温は優に三十度を超えている。どこからか、うるさいほどの蝉時雨が響き渡っていた。
エアコンの効いた涼しい病院から一歩出た瞬間、外の圧倒的な熱気が一気にオレたちを襲い掛かる。
オレは手で強い日差しを遮りながら、眩しそうに空を見上げた。
「あちいー、死ぬーーー、ゴッド・ダム・ホット!」
本来なら暑さが苦手な彩音は、あまりの暑さに耐えかねて、母語である英語でみんなの心の声を代弁するように叫んだ。
この暑さの中でもいつも通りに見えるのは、《火の魔法》による高温耐性のある久那と、楽奈だけだが……いや、よく見ると楽奈はあのローブのフードを普段より深く被り、顔を完全に創った影に沈めて、まるで仮面のようだった。……それに、影の尻尾が力なく地面にだらりと垂れ下がっている。
下は水着のような戦闘服とはいえ、真夏にそこまで厚手のローブを着込むなんて、やっぱり楽奈ちゃんも暑いんじゃないか。
「確かに、これはかなりの暑さね。でも、消毒液の匂いがしないし、外の空気は最高においしい~」
「お兄さん、それは病院から出るときの言い方じゃない気がしますよ」
「雪菜ねぇ、これはいおにぃのはいつものボケだから、いちいち気にしなくていいよ~。おにぃはただそう言いたいだけなんだから~」
「あ、わたくしはそれ、分かるかもしれません。極道ドラマで監獄から出た黒の親玉が言っていたセリフですね!」
まさかの妹にツッコミを入れられ……それに奏は、見た作品の幅が広いな。極道ドラマまで見ているのか。
「で、これからはどうするんだ……みんな、何か食べたいものとかあるか?」
一応、周りを見渡してみる。
この病院は魔物対策局が設立した施設で、すぐ傍に本部と駅がある。あそこの方向に続けるの一丁目には色んなレストランが並んでいて、オレと葵が訓練に来ていた頃はよくあそこで食事をしていた。
少し離れた場所には、ポキリと折れ曲がり、緑豊かな植物に侵食された赤白の旧時代の鉄塔が物言わげに佇んでいる。観光指南の紹介って、確かに「東京タワーの遺跡」ってやつか。
そして、この辺りで最も異彩を放っているのは、あの黒く禍々しい魔王城の跡地だ。
何処へ行こうか――
「ねぇねぇー、先輩ー」
「葵さん?」
普段の控えめな性格なら、自ら積極的に前へ出ることのない葵が、いつの間にかオレの隣にピタリと寄り添いながら声をかけてきた。
彼女の姿はもう変身状態ではない。綺麗なピンク色の髪を可愛いポニーテールにまとめ、白いシャツにチェックのプリーツスカートという、高校生としてぴったりな姿だった。
「どうしたんだ? もしかして、どこかいいお店のプランでもあるのか?」
「はい、先輩!あのね、うちらが昔ここで訓練していた頃、色んなお昼ご飯を食べたじゃないですかー?うちはスマホで美味しそうなレストランの場所をバッチリマークしておいたんです!せっかくの機会だし、他の先輩たちと一緒に美味しいものを食べに行きませんか~?」
「なるほど。一丁目へ行くのは、良いかもな」
「でしょー? 行きましょ、行きましょ!」
他の子たちも特に反対する様子はないし。なら、ここは葵の提案に乗るのが一番よさそうだ。
「そうね、じゃあ葵ちゃんの提案に乗っかるとしようか」
「うんっ! 時間が経つと混んじゃうから、早く行こう! レッツ・ゴー!」
葵はそう言うが早いか、オレの手をギュッと自然に握りしめ、一丁目の方向へと引っ張っていく。
「おおー、オレは歩いているから、そんなに急に引っ張らないでくれよ~。一応、魔法少女に覚醒したんだ、力は昔と大違いなんだから」
「あはは、ごめんごめん!なんか久しぶりにお出かけできるから、テンションが上がっちゃってさ~。じゃあ、このくらいのペースならどうかな?」
「この速度なら大丈夫だ」
葵が少し力を緩めてオレの歩幅に合わせてくれたおかげで、ちょうどいいペースで一緒に一丁目のほうへと歩き出すことができた。
*
ーー雪菜の場合ーー
「ねぇ、彩音ちゃん。これって私の気のせいかもしれないんだけどさ……葵ちゃんとお兄さんの距離って、なんかさっきから急に縮まったみたいに感じません?」
わたしは前を歩きながら、お兄ちゃんの手を引いて道を案内している葵ちゃんの背中を見つめつつ、隣を歩く彩音ちゃんにひそひそと話しかけた。
「うーん……アヤネもそう感じたけど、なんか違うみたい~」
さらに、わたたちの会話を耳ざとく聞きつけた小夜ちゃんが、ニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべながら会話に割り込んできた。
「なになに~、雪菜ねぇって、盛大に危機感を覚えちゃってる感じ?」
「そうじゃなくて、みんなさんがお兄さんと仲良しするならわたしも喜んでいますけど……なんか、妙に感じませんか?」
「あ……」
わたしの疑問に対して、奏ちゃんが何かを思い出したようにパッと手を打った、口を開いた。
「その……もしかしたら、わたくしに心当たりがあります」
「奏ちゃん、何か知っているの?」
「はい。葵ちゃんのテンションが妙に高い原因は、二つあると思います。一つは、暁お兄ちゃんと一緒に本部へ訓練に通っていた時のことを思い出したから。『自分こそがこの場所を一番よく知っている案内役だ』という思いから、自分が先頭に立ってみんなを引っ張らなきゃという使命感を燃やしているんです。ついてに暁お兄ちゃんとあの時の事を話し合う。」
なるほど。その気持ちは、わたしもよく理解できる。もし同じ立場だったら、わたしだってお兄ちゃんを案内したくてうずうずするに違いない……いや、そのままお兄さんの腕を胸にしっかり抱きしめてしまうに違いない。
「なら、もう一つの理由っていうのは?」
奏ちゃんはわたしの問いかけに、少し頬を赤らめながらも、言葉を選んで答えた。
「それはですね……わたしたちが、眠っている暁お兄ちゃんに対してずっと回復魔法をかけ続けていたことに関係しているかもしれません。口にするのは少し恥ずかしいのですが、わたくしや楽奈ちゃんは、昏睡状態の暁お兄ちゃんにキスして魔力を補給していたんです。そのおかげで、わたくしたちの体内にある魔力残量は常に安全な範囲に保たれていましたが……」
「それは確かにそうでしたね……」
楽奈ちゃんは自分で魔力を回復できないし、奏ちゃんは回復の祈りを続けていたから仕方ない。そんなことは、わたしがサポートしていた時にもよく見ていた。
同じサポート役の彩音ちゃんも、知っているだろう。
「ですが、葵ちゃんと久那ちゃんはそうしませんでした。だから第二の原因は、魔力低下状態の影響かもしれません。わたくしはそう思います」
「それも十分にあり得る話ね……となると、時間が経てば自然と落ち着くのかな。え、でも……」
わたしはちらりと、楽奈ちゃんの傍らを歩く久那ちゃんに視線を向けた――。
「……ん、久那ちゃんは大丈夫?」
「私は大丈夫みたいですよ。そもそも、魔法はあんまり使えていませんし。心配させてくれてありがとう、楽奈ちゃん」
「……平気ならよかった。でも必要があれば、兄さんに話し掛けてね。ぼくみたいに」
「楽奈ちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。いざとなれば、ちゃんと覚悟して自分から言いますから」
うん、ふたりの様子を見ているかぎりは特に異常もなさそうだし、ひとまず安心だな。
「おーーい! みんな、置いていかれちゃうよ、早く来てー!」
「早く来てくださいよ、先輩たち~。あ、もしかして、うちらのペースが早すぎたのかしら?」
どうやら、わたしたちが立ち止まってひそひそ話に夢中になっていたせいで、いつの間にかかなり先まで進んでしまっていたらしい。
「すぐ行きますーー!みんな、追いつきましょ!」
わたしはみんなに声をかけ、お兄ちゃんたちのほうへと小走りで駆け寄った。
さてさて。これからはこの数日努力したの御褒美タイムだ。一時的に難しい悩み事はぜんぶ頭から追い払って、この中央区の休日を思いっきり楽しむとしよう!




