第68話・鏡よ、鏡・死ぬかも、財布が……
第68話・鏡よ、鏡・死ぬかも、財布が……
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まだ気絶する前に、彼女たちはようやくオレの苦しみに気づき、力を緩めてくれた。
「オレはただ、日々の感謝の気持ちを伝えただけなのに……もしかして、変なこと言ったか?」
「お兄さんのそういうの、ダメだな」
「暁って、言葉を言うタイミングを考えてください。なんだか、たまたまアヤネより空気を読むのが下手だな~」
「えっと、その……はい。抱き締めた力が少し強すぎたのはわたくしたちの反省点ですけど……暁お兄ちゃんも半分くらいは責任を取るべきです」
「……ぼくは悪くない。……これは兄さんのせい」
うわ、オレをもう一度気絶させかけた張本人たちが、揃いも揃ってそんなことを言う。
オレは助けを求めるような視線を、傍らに立っていた葵と久那へと投げかけた。
「その、人の弱みにつけ込むのは良くないって、うちは思うけどーー」
「私から見ても、タイミングの選択は大事です」
「葵ちゃんと久那ちゃんまで!? オレの味方はゼロなのか!?」
くぅー、このままでは完全にこちらが不利な袋小路に追い込まれてしまう。ここは話題を別の方向に逸らすべきだ。
何を話題にしようかと考えて、オレはすぐ隣の椅子でスヤスヤと深く眠っている小夜へと視線を向けた。
「そういえば、この三日間で何かあった?小夜がここまで来るとなると、きっと大騒ぎになったに違いない。本当に、みんなに迷惑をかけて悪かった……」
「ハイハーイ~!その件については、このアヤネが説明してあげましょう~!」
そこで彩音はピッと手を挙げ、いつもの明るい調子でそれまでの気まずい雰囲気をパッと破ってみせた。
「それね~。アヤネたちがシミュレーションから出たら、暁はずっと起きなかったのよ?
『もしかして何か重大な不具合でも起きたんじゃ……?』って焦った考えて、アヤネたちあちこち助けを求めたよ~。
医務室の魔法少女たちの魔法も効かないし、シミュレーションルームの魔力タンクを取り出してもダメ。
その時、ちょうど指名手配された危険なネームド魔物がこの辺の外壁の警戒線を越えて、警報音が大騒ぎになったの~!まぁ、この任務は上級クラスのパーティーがなんとか対処したから、アヤネたちとは関係ないけどね~。
アヤネは創作の時間も無くなって大混乱したよ?でも、暁は創作より大事な人だから、我慢我慢。
それで、このシミュレーションルームは各支部で大勢が使うから、主要開発者としてのドクターがこの13区に来て検査して、魔道具が正常だと判断した、仕方なく中央区のこの魔法医療一の病院へ転移、転院?させたの。
そこで、暁がずっと帰ってこないし電話も来ないから不安になって支部に来た小夜ちゃんと遭遇して、一緒に中央区まで来たよ~」
なんだか、オレが意識を失っている間に、13区の支部は大混乱していたらしい……。
彩音の説明に続くように、奏が静かに言葉を添えてくれた。
「その……あの時の小夜ちゃんは本当に大変でした。
担架の上の暁お兄ちゃんを見た瞬間、普段のだらだらしてふわふわな雰囲気が嘘のように消え去って……全ての感情が剥がれたような、空虚な表情で……ただひたすら、暁お兄ちゃんの手をぎゅっと握りしめていたんです。……その三日間、ずっとそうでした。
何も言わなかったけれど、周りの魔力が嵐のように彼女を中心に渦巻いていた時点で、きっとすっごく悲しかったんだろうなって……あ、でもでも、わたくしたちは水と簡単なパンを焼いてあげたから、心配はいらないです。……でも、流石に三日間ずっと眠れなくて、ほんの少し前に体力が尽きて倒れてしまいました。なんというか、頑張り過ぎです」
「はい。今思い返しても、あれはかなりまずい状況でした。彼女の激しい感情に引かれた魔力は、一時的に周囲の魔力濃度を急上昇させてしまったんです。あれは、わたしたちが『小夜が急に覚醒するかもしれない』と心配するほど、濃密な魔力でした」
「あの小夜が……」
奏と雪菜の言葉を聞き、オレは改めてあそこで眠る妹を見つめた。彼女は安定した寝息を立てて、深く眠っている。
十年前、新都に来たばかりの頃、右も左も分からないオレたちは二人で身を寄せ合って生きていた。唯一の家族として、兄妹として、当たり前のことだった。
そして時間が流れと共に、彼女も学校に通い、友達ができ、ゲームという新しい趣味を見つけて、オレへの依存心は昔に比べれば随分と減っていた……はずだった。
だか、今回のように余裕が失われた極限状態では、昔の依存していた頃の姿に逆戻りしてしまうらしい。
魔力という危険な不安要素を抱えている以上、もしオレに万が一のことがあれば――それは結局、自分が「自己犠牲」という名の近い道から責任逃避に走るだけで、自分のせいで周囲の人間、とりわけ身内の人生をめちゃくちゃにしてしまう。勝手に他人の命と自分の命を天秤にかけるような、傲慢極まる行為でしかなかったのだ。
オレは魔法少女と同じ戦場に立てる力を手に入れたのに、安易な行動をしてしまった自覚が足りないみたい。
「小夜さんは頑張ったけど、奏さんと葵さんも、なかなか頑張ってくれましたよ」
「奏と葵か……。その様子から見ると、オレに回復魔法をかけ続けてくれてたみたいだな」
そういえば、病室にいるメンバーの中で、変身状態なのは彼女たちだけだ。
「はい。この小隊で回復ができるのは奏さんと葵さんの二人だけですから、念のため彼女たちだけが交代で回復をかけて見守っていました。雪菜さんと彩音さんは色々な事でサポートする。一番足の速い私と、影で物を運べる楽奈ちゃんが、みんなのご飯や必要なものを調達する。そんな役割分担です」
「なんか、久那ちゃんがオレたち小隊に入ったばっかりなのに、色々と迷惑かけてごめん……。そして、みんな、本当に本当に、ありがとう!」
うう、分かっていたことだけど、改めて彼女たちの努力を聞くと、すごく恥ずかしい感覚が溢れてくる……。理性で魔法少女の姿はほぼ変わらないに知っているけど、感性でこんなに小さい子たちに、ここまで世話をかけてしまうなんて、大人失格だ。
だが、オレのその言葉を聞くやいなや、久那は慌てて両手を激しく横に振った。
「い、いえいえ!大したことなんてしていません!私ももともと他人の世話を焼くのは嫌いじゃないですし、これくらいで迷惑だなんて感じませんから……ひぃっ!?楽奈ちゃん、急になんですかっ!?」
いつの間にか、オレの傍にいたはずの楽奈の姿が消えていた。そして完全に気配を消し去った彼女は、人差し指を自分の唇に立てて「しーっ」と音をさせながら、背後から久那をひょっこりハグして驚かせたのだ。
楽奈ちゃんって、マイペースだけど、たまにいたずらをするけど……今の様子は、久那ちゃんが助けてくれたことで、ずっしりと重かった執念が消え、ふっと肩が軽くなったみたいだ。
「……久那ちゃん、硬すぎ。この三日間で、もう分かっただろう。……ここの空気はけっこう居心地がいいんだから、ぼくみたいにもっと気楽にしていいのよ?あの施設にいた頃もそうだったでしょ。心を閉ざしたぼくにもよく世話をしてくれて、友達になってくれた。……兄さん。今回の件で、久那ちゃんが良い子だって分かっただろう。これからも、ぼくたちと同じ仲間として、彼女にも優しくしてやってくれ」
「ちょっ、楽奈ちゃん、でもーー」
「……兄さん。せっかく中央区に来たんだから、この後で見回りしよう。皆で」
いや、楽奈ちゃん……なんだか落ち着きすぎじゃないか。マイペースの彼女が自ら「遊びに行こう」と提案するなんて珍しい。まぁ、元気があるのはいいことだけど……。
「それいいね、アヤネは全力で大賛成だよ~!早く戻って『マスターピース・NO.03』を作りたいけど~、今は暁の三日ぶりの覚醒記念日だから、みんなでパーッと遊びましょう~!」
「その、わたくしも……もし暁お兄ちゃんの体調に問題がないのであれば、お出かけすることに賛成しますです」
「こんな風に突然みんなで遊びに行くのって、すっごく放課後の青春っぽくていいよね。うちも賛成!訓練の頃は、メシの時に本部の周りを散歩するくらいだったけど、今度は中央区の他の場所も見てみたいな!」
「なんかみんな、ノリノリみたいですね。でも念のため、お兄さんの体調はどうですか?」
どうやら、この辺りを遊びに行こうという話は全員一致らしい。オレは自分の手を握って腕を回してみる……うん、三日間病院で寝ていたわりに、意外と大丈夫そうだ。……なんだか、人間離れしたみたいな気分。これは魔力によって肉体の頑丈さと再生力が強化されたせいだろうか?魔法少女たちも、こんな感覚を体験したのだろうか?
まぁ、ともあれ――
「オレは少し疲労を感じるくらいで、大丈夫そうだ。あ……この三日間まともに食べ物を食べてないから、少し腹が減ったみたいだ。小夜が起きたら、みんなで中央区の辺りを回ってみよう。お返しになるか分からないけど、今日は全員分の代金、オレに奢らせてくれ」
――これだけでみんなに恩返しできるなら、やらない理由は一つもない!
「本当ですかー!やったー!その言葉って、何でも買えるって意味だよね~!アヤネは昔から中央区の絵具が欲しかったから、買ってくれるよね~!流石暁、その気前の良さには惚れ惚れするよ~」
「その、これはさすがに失礼ですよ、彩音ちゃん……でも、わたくしも買いたい本がいくつかあるから、買って欲しいかな……」
「やったー!うちはこういう目的のない遊び、憧れてたんだー。ほら、なんか青春の感じがするー。うち、なんだか図々しいこと言ってるかな……?」
彩音と奏と葵の三人は、それぞれの言葉や態度は違っても、同じように胸を躍らせているのが分かる。
「……言っただろう。みんなは良い人だよ」
「うん。ここにいる人たちは、暴走した私を助けてくれたから、今更この事実を疑わないよ。でも、本当に大したことしてないのに……」
「……兄さんがそう言ったんだから、ぼくたちは大人しく受ければいい」
遊びに行こうと提案した楽奈の顔は相変わらず無表情だが、その影の尻尾はふらふらと揺れている。一方、ここの雰囲気にまだ慣れない行儀よくの久那は、不安そうな顔でこちらを見ていた。
「お兄さん、そんなにお金を使わせて、申し訳なくないですか?」
「あはは、それはそうかもな……そんなに心配しなくていいよ、初雪さん。もしみんなのためなら、このくらいは安いものだ。大分……できれば、手柔らかにしてくれ」
「そうでしょうか?」
心配そうな顔をした久那を宥めたのはいいが、今度は自分の財布の中身が冷や汗ものだと気づく。
小隊のみんなで六人……いや、あそこで安定した寝息を立てている妹もいるから、オレを含めて八人……。
これ、本当に大丈夫なのか、これ……。
*
「えっーー!?」
オレはみんなの視線の中で病床から降りようとしたが、久しく地面に足を下ろしていなかったせいか、足元が定まらない。
まるで荒波に揺れる船の甲板に立っているかのように、体がふらりと大きく傾いだ。
「危ないっ!」
「大丈夫だ、雪菜さん。オレは大丈夫……少し揺れるだけだ」
オレは手を上げて、支えようとするみんなを止めた。
だが、オレのその姿を見た奏は、何かを懐かしむように静かに目を伏せ、同じ境遇をくぐり抜けた者だけが持つ深い共感を込めて、穏やかに頷いた。
「それは、わたくしも分かります……。わたくしは魔法少女になったあの頃もそうでした。十二歳から十五歳までの間、ずっと病院にいましたから……覚醒で病気が治って病床から降りた時は、暫く杖に全体重を預けるようにして、どうにか移動していました。無理しないでください。もし必要があれば、いつでもわたくしが支えますから」
「……ぼくだって、影で何でも創れるよ?創る?」
「あはは……その時は頼むよ、奏ちゃん、楽奈ちゃん」
「あの、くっ、どうしてこの時わたしの《距離の魔法》は役に立たないんだろう……ちくしょうーー」
よっしょっと――これでバラストが戻った。
うん、これなら大丈夫そうだと思いながら。オレは不安定な足取りで、妹の元へ歩いた。
あの顔は相変わらず可愛くて無防備な寝顔だ。オレが手入れをしていない灰色の長い髪はボサボサで、あちこちに跳ね上がっている。
いつから始まったのかは知らないけど、オレの妹……天城小夜は、「別れと終わり、完結」が嫌いだ。お気に入りのゲームがエンディングを迎えたり、ハマっていたラノベが完結したりすると、しばらくのあいだ本気で落ち込んでしまう少女だった。
その長い髪もそうだった。「そういえば、髪を切るって別れの一種だよね、おにぃ?決めた、これからは髪を伸ばすことに決定~!もちろんおにぃが嫌いなら切るけど、どうする~?どっちのアタシが好き?ロングヘアー、ショートカット?」
そう言った後、本当に髪を伸ばし続けた。オレは一応地面に着かない程度に注意していたが、その結果、彼女は自分で髪を洗うのが面倒になり、オレが代行するようになった。
――っといけない、珍しいうるさくない妹を見ていると、うっかり昔の思い出に浸ってしまった。
オレは手を伸ばし、彼女の小さな手を自分の手で覆った。
「……お兄ちゃん?」
「その通り、お前のお兄ちゃんだよ。まだ昔みたいな呼び方に戻れるかな。オレはもう雪菜さんから聞いたよ。この三日間、心配かけてくれてありがとう」
ほぼ同時だった。小夜はオレの手を逆にぎゅっと強く握り返してきた。
焦点の合っていなかった美しい桜色の瞳がオレの姿をしっかりと捉えると、驚いたように一瞬で大きく見開かれた。
「……!!お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんーー!!!」
「うわ、どうした!?」
周囲の目がどうこうなんて気にする余裕もなく、小夜は全身の力を込めてオレの体に飛びつき、力いっぱいしがみついてきた。
「アタシは、凄く、すっごくー、心配で心配で!もし、お兄ちゃんが二度と目覚めなくて、終わりに向かうなら、アタシは……!!」
激しいくて、重くて、感情の言葉が、涙と共にオレにぶつけられる。
その泣き声を聞いて、オレは本当に悪いことをしたのだと実感した。
でも、やってしまったことはもう変わらない。
オレはただ彼女を安心させるために、その小さな頭を自分の胸元に引き寄せ、壊れやすい大切なガラス細工を扱うかのように、優しく、何度も何度も頭をなで続けた。
「……大丈夫だよ。オレはここにいる。お兄ちゃんは何処にも行かないから、もう大丈夫だ」
「ひっくー、ひっくっ……ひっくー、ひっくっ」
病室にいる小隊の子たちは誰も余計な言葉を発せず、ただ温かく見守りながら、オレたち兄妹だけの静かな時間そっと譲ってくれた。
……
…
「全部忘れて、バカおにぃ」
やっと先の混乱状態から回復した妹の、最初の言葉がこれだった。
「いきなり兄に辛辣な発言をするな」
「忘れてって言っただろうが!」
「うわー!?病人に拳で殴るな、このバカ妹!」
「痛い!?三日間世話した人の頭を殴るな、バカおにぃ~!やんのか、このやろう!妹の勝ってる兄が存在しないことを証明してやるぞ~、ゲームで学習した格闘技で!」
まったく、相変わらず可愛げがないというか、生意気な奴め……。
だが、あの不安に満ちた涙を見るよりは、こうしていつもの生意気さをぶつけてくれるほうが、よっぽど彼女らしくて似合っている気がした。




