第67話・鏡よ、鏡・泡沫の夢、知らない天井
第67話・鏡よ、鏡・泡沫の夢、知らない天井
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まるで他人事のような、実感のない感覚。
オレは遠い昔の、あの頃に戻ったみたいだった。
あれは過去の幻影。オレが変えられない『過去』だ。
灰に燃え尽くされた廃墟。
灼熱の灰が、雪のように静かに降り積もっていく。
埋められた下半身の感覚は、もう消えていた。きっと、何も残っていないのだろう。
視界のすべてが、一つの色に染め上げられている。
灰色。
灰色。
灰色。
遍く灰色の中で、灰がオレのよく知っている人の形に変わっていく――大事な人々の姿を模倣した、醜悪な残骸のようなものが、ゾンビのようにオレを取り囲む。
「本当に、笑えない冗談だ」
『灰燼』の進軍で新都はこの世にもういない。
もう動けないオレが、この世界と繋がる唯一の存在を抱きしめていた――全身を灰に侵食され、酷く欠損した金髪の少女だった、オレが『唯一』の担当魔法少女の遺体。
全てを失った後で覚醒した力など、何の役にも立たない。それもそうだ。火は燃え尽きた後の灰を倒せないのは、当たり前のことだ。
それでも、何度か『智慧』と『鏡面』の契約で授けられた力を使い、『灰燼』を殺した――はずだった。
灰が集まって不完全な人形の形を取り戻し、音のない声と共に、オレの知らない魔法を発動する。
ーー《万象尽滅》ーー
そして、あれが起こった。
オレと、腕の中で息絶えた少女と、『灰燼』そのものが、体の端から灰へと燃えていく……いや、置換に近い。
もう、この考察に意味はない。
残された希望は、ここに観測している友が、オレの代わりに復讐してくれることだけだ。
「何も守れなかった。最悪な人生だった……嗚呼、小夜。オレももうすぐ、あなたの元へ行く。……失敗だらけの人生だったけど、あなたがあの雪夜に亡くなった後で、言いたいことは沢山あったんだ」
オレが最後に見たのは、あの彩音の命を奪った、忌々しいクロスボウから放たれた灰色の矢と……灰の一部に溶けていく感覚だった。
……
…
あのような、混ざるような感覚が急に消えた。
「……感情に支配されて手を出してしまった。……この感覚で、ここにいる『我』はもう終点に辿り着いたみたいだ。……もうすぐ消えるだろう。なら、できるのは『灰燼』に囚われた魂を解放することくらい……最後の力で、この『知識』を別の我に伝えて……我の傲慢で起こした過ちを――」
この後の記憶は曖昧で、ほとんど残っていない。
ただ、意識の深淵を浮遊しているような感覚だけが……
だが、何かの引力がオレを引っ張り上げる。まるで釣られた魚のように、浮遊感が消えていく。
*
ふかふかで、柔らかい感触の中に、オレの意識が蘇る。
「知らない天井、か。……まさかこの言葉を口にする日が来るとはな。……なんか、すげー長い夢を見た気がする……」
無意識にこぼした言葉と共に、ゆっくりと目を開けた。
目に飛び込んできたのは、知らない白い天井と、小隊のみんなの心配そうな顔だった。
オレは確かに過去の戦場に……いや、戦場じゃない。遊園地だっけ?頭が痛くて、上手く思い出せない。
「おはよう――うおおおおお!?どうした、急に抱きついてくるな!?」
意識を取り戻した瞬間、雪菜と彩音と楽奈、そして杖を傍らに置いて変身状態のままの奏の四人組が、オレに飛びついて抱きついてきた。
「お兄さん!やっと起きてくれた!お兄さんを元に戻すこと、ちゃんとできたから……!うわああぁぁーーーー!」
「暁、やっと起きてくれた!アヤネがダメだって言ったのに、寝坊するなんてほとんどだよ~!」
「起きてくださって良かったです!もし、もし起きなかったら、わたくしは――!」
「……ぼくは、ぼくは――!」
なんとなくゲームのヒーラーみたいな姿になった葵は、人差し指で頰を掻きながら杖を下ろし、久那は少し安心したようにため息をついて、穏やかに微笑んでいる。……そして、横の白い長椅子には、妹が眠っていた。
小夜と彩音の顔を見ると、懐かしい感覚と、うまく言葉にできない感情が同時に押し寄せてくる。
真白で病院みたいな部屋。小夜までいる。こんなに激しい反応をされて……まさか!
「オレは、どのくらい寝てたんだ!?もしかして、長い――」
「ええ、そうよ。……本当に、あちこちが壊れて再建で忙しい時期に、面倒なことをしないでほしいわ。……はぁ、疲れた」
この疲れたような、記憶にある声は――
「北条先生!なら、ここは本部の病院ですか!?」
白衣を着た女性は……原初の魔法少女・ドクター教官の開発部に所属する、魔物対策局の研究員、北条理恵先生だった。
「そうよ。もう三日間、昏睡状態だったわ。とある匿名希望の『白衣』と『着物』の上司たちの関係で、君の治療は私に任されたの。予想外の仕事が増えて、この三日間ずっと残業。……疲れた」
「なんか、ごめんなさい……」
北条先生は相変わらず疲れた口調のまま、タブレットを操作する。
「あの子たちから聞いたわよ。申請もせずに、予備案も提出せずに、安全計画も無しに、危険なことをしたんだとか……シミュレーションルームで魔人化した?わざわざうちのボスが君の安定性を保証した直後に、そうしたの?」
「本当に、申し訳ございませんでした!!」
ううう、こんなことになるのは当たり前だ。……何を罰せられても、大人しく受け入れよう。
「まぁ、そんなに心配はいらないわよ。……あれは夢の世界だから、『ただの夢』ということで誤魔化しておいたから、安心して。この機会に、私たちは君が魔人化したデータを収集できたし、こちらにも収穫があったわ。でも、たとえ夢でも、完全魔人化の精神的負担が現実の肉体に影響して昏睡したの。しっかり休んでね。これは研究者じゃなくて、医者としての判断よ?必ず医師の指示に従ってください」
「はい……」
休むのはいいけど、オレの有給休暇、足りるのかな……。
「でも、それでも何らかの罰は与えなければならないでしょう。対策局からの処罰は、私から伝えるわ」
「はい、何なりと教えてください」
一体、どんな罰が下るんだ。
「えっと、どれどれ……ここから宣告するわね。『今月は半給、それに加えて二週間の謹慎処分とする』っと。伝えたわよ」
「え、それだけですか?」
「本当に甘い罰よね。まぁ、損害はないからこれくらい……いや、ある意味で甘くないかも」
「甘くない?結構軽い罰に感じましたけど……」
「それ、もうすぐわかるわよ。この子たちにどれだけ心配させたか、分かるでしょう?その反作用もしっかり受けなさい。気が緩むと危ないわよ?本当、魔法少女たちの精神安定を支えるべき連絡員が、不安の原因になるなんて」
「え?」
そう言えば、さっきまで聞こえていた泣き声がいつの間にか消えている。……オレは腰に抱きついたままの彼女たちを見た。
うん、四人の視線はオレと合って、微笑んでいる。……何もおかしくないように見えるけど?
「大丈夫だよ、お兄さん。何もおかしくないよ?普段通りにしてて」
「そうね。謹慎処分の間、アヤネとあちこちに遊びに行きましょうね~」
「そうです。わたくしたちはいつも通りですよ。あれは先生の冗談です?」
「……ん」
ほら、何もおかしくないと言っているだろう?
ああ、分かった。オレがまた危険なことを起こさないように、怖がらせたんだな。
「うわー怖い。うちは何も見ていない……いや、でもせっかくの夏休み中だし、先輩たちと遊びに行くなら、うちも参加するかな~」
「ふふっ、私も色んな話がしたいから、一緒に行こう~」
葵と久那もこちらに近づきながら、そう言った。
「もう忠告はしたわよ。……まぁ、魔法少女が担当の連絡員に何をしても、新都の法律には違反しないし、時々事件めいたことも起きるから、好きにしなさい?こちらのモニタリングレポートによると、軽度の疲労以外に問題は見当たりません。午後には退院できますよ。それじゃあ――」
その言葉を残して、北条先生は部屋を出て行った。
*
ここに残されたのは小隊全員と、眠っている妹だけだ。
オレは深く頭を下げた。
「みんな!心配かけて、本当にごめんなさい!」
オレのために心配させたことへの謝罪が、何よりも最優先だ。
「キミたちの尽力のおかげで、オレはこうして自我を取り戻せた。本当にありがとう。……もし侵食を抑えきれず暴走したとしても、オレを止めてくれる存在がいる。その事実があるだけで、ずっと心配し続けていた心が救われたよ」
オレはあの襲撃事件で忘れていた力を思い出し、再び覚醒して以来、ずっと怖かった。
オレは雪菜みたいな、魔法少女になった少女たちをサポートするために連絡員になった。だから、もし自我を失って、『自分が知らないうちに彼女たちを傷つけてしまう』ならどうしよう、と不安で……いっそ辞表を提出して、妹を連れて田舎で隠居生活でもいい、とさえ思っていた。
だが、もし彼女たちがオレに示してくれたように、そうなったとしても誰かがオレを止めてくれるのなら。
なら、オレはまだ彼女たちと共に、新都の平和を守れる。
……正直に言えば、オレはこの魔物が顕現し、魔法少女が覚醒し、魔力が現れた世界に、複雑な感情を抱いている。
今の新都のこのシステムは、残桜たちが深く考えて作り上げたものだ……本当に仕方ないとはいえ、彼女たちは青春を謳歌すべき頃に命を賭けて、魔物と戦っている。
でも一方で、奏のように魔力に救われた存在もいる。だから、魔力というものを完全に憎み切ることはできない。
なら、魔物に干渉できる力を手に入れたオレは、せめて彼女たちと共に戦うことを、もう一度心の中で誓った。
そして、今日を生き延びられるかも分からない郊外で育ったオレだからこそ、言うべき言葉はすぐに伝えるべきだと知っている。
だから今、オレは彼女たちにこう告げるべきなのだ。
「……迷惑をかけてごめんなさい。そして、本当にありがとう!流石、オレが誇りに思う魔法少女たちだ!」
これは、オレの心の底から出た、最も真実の言葉だった……。
「「「「「「…………」」」」」」
えぇ、沈黙!?
オレ、無視された!?
ただ心の中の言葉を口にしただけなのに、変なことは言っていないはずだよね!?
「……ううっー!?」
だが、病床の上でオレを抱きしめていた雪菜たち四人組は、急に力を込めて、苦しいほど強く抱きしめてきた――
「イタタタッ、ギブギブーー!オレを怒ってるのか、みんな!?」
くっ、すごい力だ――魔法少女の力で、一般状態のオレには勝てない。痛いけど――
――本当に、わずかな間の覚醒だった……。




