第70話・鏡よ、鏡・グルメ兄妹
第70話・鏡よ、鏡・グルメ兄妹
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やっとの思いで一丁目にたどり着いたはいいものの、そこに広がっていた光景は――。
「こりゃあ、なかなか予想外でしたな……」
「わおー、ボロボロな町だな。おにぃって、葵ねぇとここで食べてたの?誰もいない廃墟じゃないか~。やらしいことした?」
「ち、違う違う!オレと葵さんが以前に来たときは、こんな風じゃなかったぞ!普通に賑やかな商店街だったんだ!」
「へぇー?怪しいな~」
妹から疑うようなジト目を投げられ、オレは急いで誤解を解こうと早口で弁明する。
「なんてこったーー!?うちがマークしたレストランが全部閉まってる!?全滅って、信じられる!?全部だよー!」
「うわ、葵ちゃん!?いきなりそんな地面に崩れ落ちるなよ!ここアスファルトだから膝痛いよ!?」
絶望にガックリと膝をつき、両手を地面につけてうなだれる葵の姿に、横にいた雪菜が飛び上がらんばかりに驚いている。
「その、葵ちゃん……ドンマイ~」
「そうですよ、彩音ちゃんの言う通りです。こればっかりは誰にも予想できなかった事故ですし、あまり気にしないでください!」
「……ぼくたちは、別の食堂へ行けばいい」
「ううっ――、こんなに盛大にドジっ子をかましたうちに対して、みんなそんなに優しい言葉をかけてくれるなんて……! 先輩たちは女神ですか……っ!」
まあ、一丁目に着いた時点で人通りが少なかったから大体予想はしていたけど、まさかの全滅とは……。
新都全域で大規模な魔物災害が発生した影響で、このエリアはまだしばらく復旧に時間がかかるということか。
オレは一丁目を見回し、周囲の様子をひとまず観察する。
瓦礫や残骸は見当たらないから、何処かへ片付けられたのだろう。だが、残された建物の窓ガラスは軒並み割れ、中はめちゃくちゃに荒れ果てていて、とても営業できる状態ではない。
ここへ来ることを提案してくれた葵ちゃんには申し訳ないが、別の場所にあるレストランを探すしか――そうだ、魔王城跡前や東京タワー跡の周辺にある観光商業エリアなら、営業中の店がまだ残っているはずだ!
「おや?あそこの君たちのような大勢の人たちが、このまだ直っていない一丁目に来るとは。なんだかひどく困っているように見えるけれど?」
「……っ!いつの間に!?」
「ーー!?私は警戒していたはずなのに、そこまで近づかれるなんて……!?」
その時、オレの思考を断ち切ったのは、楽奈と久那の思わずといった驚愕の声と、聞き慣れない男の穏やかな声だった。
そこに立っていたのは、美しい白髪に金色のハイライトを混ぜ合わせた、見慣れない三人組だった。
一人の男性青年と、瓜二つの双子の少女。
彼らは赤銅色と茶色を基調とし、金色の歯車紋様と金糸の装飾が施された、統一感のある衣装を纏っていた。
ーー青年は遙かなる古代の錬金術師を思わせる、トレンチコートじみたローブを羽織り、顔にモノクルを付けていた。楽奈のものとはまた違うローブデザインのローブでした。双子の少女たちは同じ意匠のドレスに身を包んでいる。
双子の片方は本のようなものを抱えており、大人しく見える。、何を考えているのか読めない神秘的な雰囲気を漂わせている。
もう一人は勝気な瞳でオレたちをじろじろと観察し、時折あの青年のローブの裾をクイクイと引っ張っている。こちらは実に分かりやすい、手合わせを求めてくるような、戦闘狂めいた感情がひしひしと伝わってくる。
……これは、性格の強い、戦闘欲の強い戦闘系魔法少女によくある感覚だ。間違いないだろう。
「その、あなたたちはどちら様でしょうか?」
どうやらオレが警戒のあまり思考の沼にハマりすぎていたせいで、雪菜がオレの代わりに一歩前に出て尋ねてくれた。
「俺たちはただの通りすがりの観光客だけど、もし困っているなら手伝えるかもしれない。……ああ、反応が求めていた答えじゃないな。突然すぎて警戒したか?なら一旦、自己紹介をしよう。俺はアルファ・オ・ライウム……この子たちの保護者みたいな感じだ」
アルファと名乗った男に続き、本を持った少女と勝気な少女も自己紹介を始めた。
「私はベータ・オ・ライウム。この新都の外から来た魔法少女です。よろしく」
「ガンマ・オ・ライウムだぞ!よろしくな!キミたち、なんだか結構手応えがありそうじゃないか。ちょっとオレと手合わせしてくれよ?」
アルファ、ベータ、ガンマ……いわゆる『α、β、γ』の記号か。
なんとも大層で中二病心をくすぐる名前だな。
新都の外からやってきた魔法少女だと言っていたし、だからこそこうした特別なコードネームを名乗っているのだろうか。
「なんだか、すっごく中二っぽい名前だね~」
「こらっ、彩音ちゃん!それはいくらなんでも失礼すぎるでしょ!思っていても口に出しちゃダメなやつだからね!?」
彩音の遠慮のないツッコミを、傍らの奏が慌てて制止する一方で、当のアルファは首をこてんと傾げ、不思議そうな表情を浮かべた。
「『中二』って、どういう意味だ?この名前は、俺たちが互いに付け合ったものだぞ。番号以外の特別な意味なんてないけど?」
「兄様。私たちが新都に到着した際、現地の文化データを軽くスキャンしたのですが……どうやら私たちの名前は、こちらの文化圏から見ると少し特殊な響きを持つみたいです」
「へえ、特殊ってことは、つまりスペシャルって意味だよね!私たちは特別ってことだから、これって褒め言葉ってことでいいよな!」
声の大きいガンマは、なんだか彩音と似たようなノリを感じさせる……まるで彩音がもう一人いるような感じだ。
「その、よろしくお願いします。アルファさん、ベータさん、ガンマさん。オレは天城暁……あの、申し訳ないんだが、魔法少女たちの真名をここで明かすのは規則で禁じられていてな」
アルファはふっと片手を軽く上げて、気にするなと制した。
「ああ、キミたちは有名人だから俺たちはもう知っている。自己紹介はいらないよ。13区の天城小隊だな。それに魔法少女の真名は言わない方がいいというルールも、俺たちは把握している」
「えぇっ!?有名って、オレたちが!?別に宣伝やアイドル活動なんてしてないのに、どうして?」
オレの素朴な疑問に対して、アルファの隣に控えるベータが、その分厚い本をパッと開きながら淡々と、代わりに答えた。
「それは先日の、あの新都を揺るがした大事件が原因です。『火柱事件』ーー偶々事件発生地に偶然居合わせた連絡員・天城暁と、担当した魔法少女小隊が、原初の魔法少女『残桜』と『ドクター』と共に暴走した元凶を阻止し、事件を上手く解決した。その余波で新都にあふれ返った火属性の魔物たちも、残された魔法少女たちの手で次々と討伐されたわ」
「そうそう!!私たちはその機会にたっくっさん~の魔物を狩ることができたんだからさ~!だから、美味しいものは好き放題に食べるんだ!」
ガンマの無邪気な発言に、アルファとベータは「まったくその通りだ」とでも言うように、揃って深く頷いた。
「新都の料理は実に素晴らしい。このご時世に、機械の設計図のような、レシピがこれほど大切に継承されているなんてね。キミたち人類の『食』に対する執着心には、まったく感服せざるを得ないよ。特に、あのピリッと痺れるような辛口の刺激は個人的に好みだな」
「うん。それは私は兄様と同感だ。味が豊富な食べ物は、なかなか良い」
「えぇっ~、別の食べ物はいいけど、私はそれより甘いものが好きだけど~」
食べ物の話題になった途端、それまで纏っていた神秘的な雰囲気が嘘のようにスルスルと霧散していき、まるでただの新都観光を楽しんでいる仲の良いグルメ兄妹のようになってしまった。
待てよ、もしかするとこの兄妹なら、この辺りでまだ営業しているレストランを知っているかもしれない。
「その、アルファさん。良ければ、ここにまだ営業しているレストランを教えてくれませんか?」
「それは別にいいよ。この辺なら……ベータ」
「はい、兄様。こちらのマップデータをサーチします」
ベータは再び手元の分厚い本を開き、そのページの間から青く美しい光の魔法陣をふわりと展開させた。
「……魔力が感じる。あれは杖だ、ぼくはそう思う」
「うん……きっと、そう、かも」
あの三人組が現れてから、ずっとオレの傍で彼らを警戒していた楽奈と久那がそう呟く。
右側に立つ楽奈の影の尻尾はオレの腰をぐるぐると厳重に縛り付け、左側の久那はいつでも瞬時に杖を召喚できるように構えている。
オレの腰あたりまでの背丈しかないの二人の少女は、ただならぬ圧迫感を放ち、その警戒した視線は一瞬たりとも彼らから離れなかった。
「そんなにピリピリしなくても大丈夫だって~!だって、アルファ兄貴から『攻撃許可』のコマンドが下りてないんだから、私たちから手出しはできない仕組みなのさ!」
ガンマは脳天気にカラカラと笑い飛ばすが、戦闘に並みならぬ自信を持つ二人は、自分たちの警戒領域にやすやすと踏み込まれた事実そのものに強い危機感を抱いており、そう簡単に緊張を解くことはできなかった。
そんなピリついた空気のなか、ベータの静かな声が響いた。
「あった。ついてきて」
「だそうだ。行こう」
ベータがクルッと背筋を伸ばして先導し、アルファとガンマがその後に続く。
「お兄さん、これはどうすればいいですか。付いていきますか、それとも……」
あの三人組は確かに底知れない神秘的な雰囲気を纏っているし、高度な魔力を自在に操るし、楽奈と久那の警戒範囲すら軽々とすり抜けてみせた……怪しいといえばこれ以上ないほど怪しいが、不思議と今のところ彼らから敵意や悪意の気配は感じられない。
「今は……彼たちの案内を信じてみよう」
「わかりました。これはお兄さんの選択なら、わたしは従います」
オレの決断を受け入れ、みんながそっと後ろに続いた。
*
「本当にレストランがあった……」
ーーしばらく進んだ先に広がっていたのは、至る所に弾痕が刻まれ、鋭利な刃物で抉られたような巨大な爪痕、鉄屑の山が残る場所だった。
「なるほど、ここか」
「はい、兄様。あのとき、私たちがひそかにお気に入りとして登録しておいたカレー屋です。その前は、私たちが防衛して残されたの跡です。」
アルファが何かに心当たりがあるように、道案内をしたベータと言葉を交わす。
「うわぁ、いかにも激戦区って感じの生々しい痕跡が残ってる場所だね~! なんかすごく絵になりそうな素材が転がってるから、スマホで写真撮っとこ~!」
「そうだろ、そうだろ~!このレストランは私たちが守ったんだぞ~!」
「えっ、本当ですか!?ベータちゃんとガンマちゃんがここを守ってくれたんですか? すごい、すごーい!」
「ふふん、でしょでしょ!案内してあげよう!」
「うんうん!行こう行こう、ガンマちゃん!」
彩音はそう言うとガンマと共にあちこちに走り出し、スマホを構えて写真を撮り始めた。
一旦彩音とガンマのことはいったん任せて、目の前にあるレストランをじっくりと観察してみる。
あれは普通のレストランにしか見えない。看板にはただ『カレー屋』と書かれているだけだ。
なんだか年代を感じさせる店だった。
「アルファさんって、ここを守ったんですか」
「うん……俺たちは偶々ここで美味しいものを食べていたところを魔物に襲われたから、退治しただけだ。守る意識なんてないよ」
「でも、新都の住民として、魔物対策局の職員として、市民を守ってくれたことには本当に感謝します!」
オレは深々と頭を下げ、心からの謝意を伝えた。
「気にしないでくれ。俺たちはただ身を守っただけだ。ほら、目的地にも着いたことだし、俺たちはそろそろ行くとするよ」
「それでも、今回の件を含めて、本当にありがとう!」
「その感謝は受け取っておく。ベータ、ガンマ!行こう!」
アルファがヒラリと手を振り、双子を引き連れて歩き出す。
「アルファ兄貴からの撤収コマンドが下りたからね、私は行くよ~!さらば~!」
「おうー!かっこいい別れセリフじゃないか!さらば~!」
「コマンドの通り。ベータはここにいます、お兄様。私たちは先に行きます。また会いましょう」
そして、あの三人組は角を曲がると、そのまま姿を消した。
その瞬間、楽奈と久那を縛っていたピリついた緊張感がようやくプツリと途切れ、二人はほっと息をついてオレから手を離した。
「なんだか、すごく怪しかったけど……案外、悪い人たちじゃなかったね?」
「……ん、ぼくはわからない」
「私も、わからない。他人の行動の意味が読めないのは初めてだ……」
「まあ、今は何の問題もないし。ここはカレー屋に入れるぞ!」
彼女たちはまだ少し納得がいかない様子だったが、空腹の限界を迎えたオレたち八人は、カレー屋の前に置かれた券売機でそれぞれの食券を購入し、揃って店の中へと足を踏み入れたのだった。
*
――その頃、少し離れた路地裏では。
「ここなら十分に距離が取れたなだ、β、γ」
「はい、兄様。この辺で大丈夫みたいです」
「おう~!ここならさっきみたいな重苦しいプレッシャーも感じないね!」
一旦距離を取ると、ようやく一息ついたオ・ライウム兄妹の三人が足を止める。
「キミたちも感じただろう?あの視線に込められた強烈な重圧の正体を。片方は『智慧』の観測眼、そしてもう片方は、周囲の反射面に形成された鏡面を介した『鏡面』の視線だった。β、『遮断機関』の稼働状況はどうなっている?」
βは自分の付けたネックレスを確認し、αに報告した。
「まだまだ負荷の範囲内です。私たちは『智慧』の観測に入っていないみたいです。ただ、『鏡面』のほうは想定外の角度から割り込んできたから……おそらく、私たちの存在は確実に看破されていたでしょう」
「『智慧』か……!その極秘情報を『叡智』の奴らに売り飛ばしたら、盛大な大戦争が勃発しそうだな~!『叡智』って、『智慧』のことを心の底から嫌ってるもんな~」
「止めとけ。今の局面を混乱させるのは俺たちにメリットがない。それに『叡智』は『智慧』に敵視しているわけじゃない、むしろ――……まあ、あれは俺たちと関係ない話だ」
そう言うと、αは腕を組んでしばし思案の海に沈んだ。
「だが、『鏡面』があそこに介入していたとはね……あいつは表立って活発に動くタイプじゃないはずだが。……まったく、今回のシナリオは俺の予測から、極めて大きな乖離がある」
「α兄様の予測が外れるなんて珍しいね?私みたいに月単位で計画を修正するのとは違って、兄様なんて年単位の壮大なスケジュールを狂わされたって感じ?」
「そうだ。俺たちの予測はあくまで掌握した情報の延長だ。だから予想外の変数が現れたなら、再演算が必要になる。天城暁……彼こそが、『智慧』が用意した最大の特異点か。……まぁいい、その主導権はあちらに預けてやろう。俺たちは俺たちの目的に従って、あの『灰燼』を完全に叩き潰すのみだ」
平和な時代であれば、日々の生活を豊かに便利にするための奇妙な機械を発明する。
血で血を洗う戦乱の時代であれば、敵をより効率的に屠るための残忍な機械を発明する。
たとえすべてが滅びかけた終末の世であっても、がらくたの山をかき集めて組み上げた、執念の機械発明品が産声を上げるものだ。
機械の構造自体は自然の摂理からも発生し得るが、自らの明確な意志を込めて機械を発明するのは人間だけだ。だからこそ、オ・ライウムは人間を必要としている。
すべてを灰に帰そうとする『灰燼』の存在は、どうにも目障りで仕方がない。この不毛な世界を更地に戻すには、今回の件は良い機会だ。ここで廃棄処分するのが一番良い選択だろう。
「さぁ、行こう!防御機関の設置を続けよう!」
「ちょっ、兄貴~!あと少し歩けば、噂の数量限定ドーナツの販売時間なんだけど……そこをなんとかスルーしちゃうわけ?いいの、スケジュールから削除する?」
「兄様……」
「ドーナツだと……!命令変更!次の任務は数量限定ドーナツを買うことだ!我らは三人に分裂した優勢を利用して、想定以上の数を確保する!」
「おおー!」
「了解っす!」
こうして、オ・ライウム兄妹の奇妙で騒がしいグルメ旅は、まだしばらく終わりそうにないのだった。




