第63話・鏡よ、鏡・力試す、『あの一日の再演』、その四、火と鎖の黒き兇獣を鎮める
第63話・鏡よ、鏡・力試す、『あの一日の再演』、その四、火と鎖の黒き兇獣を鎮める
==========
――星野雪菜の場合――
開戦宣言を叫ぶと、わたしたちは先に言った通り、二組に分かれた。
タコは魔人お兄さんにずいぶん魔力を燃やされ尽くされ、その黒い焔はまだ燃え上がっている。
本来であれば、わたしが邪魔をしていても魔人お兄さんは単身で討伐できるはずだから、あの三人で大丈夫でしょう。
なら、こちらは魔人お兄さんを専念する!
「楽奈ちゃんと久那ちゃんは……うん、自由に行動してください。『昔のわたし』はしばらくわたしと共同行動します。」
「……うん、わかった。少し試す。」
楽奈ちゃんはわたしの指揮に応えて、手のひらの中に影を作り、振ると数えきれない投げナイフが魔人お兄さんへ飛んでいくが……
あの黒い蛇のように蠢く鎖がそれぞれを巻き込み、握り潰す。さらに反射的な反撃で、何本もの鎖が楽奈ちゃんへ飛んでくる。
「……この数と速度、大丈夫。……ん?影の武器が、壊れた?」
楽奈ちゃんは影の双剣を創り、一本たりとも漏らさず、飛び交う黒い鎖をすべて弾き返した。だが、その反魔力や反魔法の効果で、《影の魔法》で創られた武器は、こんな短時間の接触だけで崩壊してしまう。
「私も了解します!最初からレーヴァテイン――!」
「……久那ちゃん、止まれ。あれを使うのはダメだ。」
「え、楽奈ちゃん!?どうして私を止めるんですか?大丈夫、今回は先に炎化するから心配はいらないよ?」
楽奈ちゃんは短距離の影転移で久那ちゃんを止め、急に腕を握った。久那ちゃんも少し迷っている。
「……違う。そのレーヴァテインはぼくのティルフィングと違って、現地鋳造するからこそダメ。半分の魔力を消費して一気に魔力低下の精神異常が襲来するし、炎化も魔力を消費し続ける。さらに、あれは敵味方も識別できないまま、周囲に炎を撒き散らす。」
「それじゃあ私の決め技はいつでも使えないじゃないですか!?」
「……もし鋳造するとすぐに兄さんの魔力を気絶するまで吸うか、魔力回復速度が異常な魔女になれば使える?あ、体力をあんまり吸うのはダメ。兄さんは死んじゃうから。もしそうなるなら、ぼくもお共に切腹して謝罪するから、黄泉の道は一緒だね。」
「そんなの解決策にならないでしょ!?はぁ、わかりました。普通に《火の魔法》を使うから――『六星』!私は先に行ってきます!」
「突然の爆発!?そして、とん……飛んでました!」
『昔のわたし』の驚きの声が上がる中、六つの火玉を呼び出した久那ちゃんは爆破音と共に、まるで火の流れ星のように魔人お兄さんに追いついた。
魔人お兄さんの足の速さは特に早くないが、その動きはほとんど鎖を射出し続け、その牽引力を利用して身体を引っ張ることで実現する高速移動だ。だから、久那ちゃんは簡単に追いつけた。
ですが。あれは先と同じで、放たれた火球は全部鎖に縛り潰され、反射的に射出された鎖の反撃も久那ちゃんは捕まれない……でも、これでお互いにダメージを入れられない千日手になる。
「……久那ちゃんのレーヴァテインと違って、ぼくのティルフィングはあの時からずっと影の中に格納している……再鋳造の必要がないから、使える。」
わたしと『昔のわたし』が久那ちゃんの戦いを見ている時、横にいる楽奈ちゃんがそう言うと、自分の影の尻尾を大きくなって前に伸ばし、器用に彼女の手元へ伸ばした――そして手をあの影の中へ入り込ませたまま、禍々しい真っ黒の影剣を抜き出した。
「……ぼくのティルフィングなら、突破できる。」
「なにそれ、急に尻尾から大剣を抜き出した!?その大昔の伝説のような、八岐大蛇の尻尾から天叢雲剣を抜き出すみたい!?魔法少女でこんなこともできるんですか!あれはあたしのこの刀のようなものですが!」
『昔のわたし』は楽奈ちゃんがやったことにびっくりしていたけど、それは魔法少女がすごいというより、楽奈ちゃんがおかしいからだ。
「……どう?これ凄いだろう?堅くて鋭くて、影を通れば耐久が修復する。結構な自信作だ。触ってみる?」
「なら、わたしは少し触ってみる……冷たくて、不思議な触感です!」
「ほらそこ、今は遊んでる時間じゃないですよ。」
楽奈ちゃんが意外とあの剣に気に入ったのか、『昔のわたし』に見せつける気持ちはわかるけれど、今はその時じゃないから仕方なく声をかけて止めた。
タコの方を見ると、彩音組は順調に視野破壊を進めている。こちらは早くしないと、この戦いは終わってしまう。
あちらの作戦はタコ――この事件の後で大蛸の規格外個体、「百々目鬼大蛸」として名前を付けられたネームド魔物――『予知を無力化するために全ての視野を壊して拘束し、視界外からの超遠距離砲撃で、タコの頭を丸ごと吹き飛ばす作戦だ!』
――つまり、その視野破壊が終わったあと、すぐに決着するということ。
わたしの言葉を聞くと、『昔のわたし』はすぐに遊びをやめて姿勢を正し、こちらからの指示を待った。
「はい!遊びは止めます!……でも、わたしは一体何をすればいいのでしょうか?タコの時は《距離の魔法》の恩恵で予知できてもかまわず、粘着的に戦えますから。お兄さんにはそのような戦術ができるのでしょうか?」
「それは……お兄さんに魔法を使ってみたからわかったんです。」
「はい、今試しますから!……うぅ、速いから狙い辛い……そこだ!えぃー!――こちらに『来て』ください!……あれ?魔力は消耗したはずなのに――」
『昔のわたし』は刀を持っていない左手で、廃墟の中をあちこちに飛んでいく魔人お兄さんをようやく狙い、魔法を発動した……確かに発動しただけど、何も起こらないまま、魔人お兄さんはまだあそこで火炎の流れ星に追いつきつつ、タコへ鎖で作られた槍で突撃している。
「やっぱりそうなんだ。あの鎖の鎧のせいで、ある程度の魔法はレジストされて無効化される。それに、覚醒したばかりだから、魔法の精度が足りない。どこかへ転移するのは魔力の流れで丸見え、発動速度が緩い、座標設定も甘い――」
「はい……」
「……本当、わたしとそっくりだ……先に言い出した欠点を、全て補完するまでは三年を掛けました。」
「『未来のわたし』もそうだったんですか!?」
「それは当たり前でしょう。だって、わたしたちは同じ人物だから。だから、その目で見てください。その未来の姿を――でも、もしわたしの技術を真似すれば、戦いに参加する資格があるかもしれませんよ?その目なら、わたしと同じ景色が見えるはずです。」
「はい……!全力で見学します!」
どうやら、『昔のわたし』は元気を出せたみたい……本当に、わたしは何をしているんだろう。彼女はただ記録に再現された夢、幻影のような存在なのに、つい話が長くなった……けど、少しだけ今のわたしが過去の理想になれているか、確認したい気持ちもある。
全てを準備すると、わたしは「杖」――わたしの心から産み出された半身に手を切って、薄い血を濡らした……
「わたしの半身に血を捧げ――『鮮血儀式・多重零断幽刃』」
今回捧げた血は多くないから、消費と効果も減らされた。大体25%程度の体力と魔力を消費すると、刃に朧気な空間歪みが纏われた。
「……もう、準備はできた?」
「ええ、待たせてごめんなさい。」
「……雪菜ちゃんの魔法、発音が難しい」
「それは、わたしの魔法って自分が向こうへ転移するか、或いは敵を自分の元へ引っ張るかのことだから。もし間違えて発動すれば自分が自分に不意打ちしてしまうから……さらにこの儀式魔法も代償が大きすぎるから、更に複雑な名前を付けました。」
「……大変だな。ぼくの影は、尻尾と変形と潜る三つだけで簡単でよかった。……行こう?」
「うん!魔人お兄さんは目標として選択できないから、連携をお願いします」
「……あの時の?うん。」
楽奈ちゃんは掌の影から影のナイフを創り、魔人お兄さんへ投げた……が、そのナイフは魔人お兄さんの側を通り過ぎた。
これは楽奈ちゃんの失敗ではない――
「行ってきます。楽奈ちゃんも転移の準備をしてください――連続『瞬刻』」
――わたしはその影のナイフを捕捉し、自分が持つ魔法を発動する。
次の瞬間、慣れた視野の流転が始まった。わたしはもうあの戦場に現れ、茜色に染まった空へ現れた――だが、これはわたしが望む場所にはまだ遠い。
「まだだー!まだ、遥か高みへ!」
だから、わたしは目の前にいる影のナイフを手に握って、上に投げ、更に上の方へ転移する。
多段式ロケットみたいに繰り返した結果――影のナイフが消えると同時に、わたしはやっと全局が見える場所へたどり着き、そして重力のままに落下が始まった。
落下の途中で、わたしは地面を俯瞰した。
色々な縛りで地面に釘付けにされ、大きな回避ができないまま、プリンのような変形でダメージを避ける、数えきれない目玉紋様を持った百々目鬼大蛸。
焼き跡の付いた鎖で立体的な軌道を飛ぶような速さ。『昔のわたし』という邪魔者が消えたから、四肢を地に伏せ、獣さながらの獰猛な姿勢で地を這う。鎖を合わせて空中を走るような、異変した巨躯と似合わぬ神速の身こなしで間合いを詰め、獣性のままに鎖が噛み合って構成された巨大な武器を振り下ろした。
そのなんだかゲームで見たことがある深淵に歩むみたいな戦い方で、魔人化でお兄さんのこの部分を引き出したのか?まさか楽奈ちゃんが言い出したのは正確で……お兄さんの名誉から、そう考えるのはやめとこう……
そして、次はわたしたちの方を見る。
彩音たちは少しトラブルにあるけど、まだ大丈夫そうだな。
お互いに火を撒き散らし、火の流れ星になった久那ちゃん……タコの方は普通に効くけど、魔人お兄さんへの効果は薄いかな。魔女化した久那ちゃんと逆で、物理系の攻撃が魔人お兄さんに効くのかも。
そして、地面でこちらを見ているもう一人のわたしと、『準備完了』の手信号を送る楽奈ちゃん。
「――楽奈ちゃん、わたしの手元へ『来い』!」
「……高い。」
わたしの魔法がもう一度発動すると、右手元へ転移してきた楽奈ちゃんとハイタッチする。
「このまま突入する!……楽奈ちゃん、その後ろは――」
「……ん。すごいだろう?大量の影を溜めて空へ連れ込んだから、ため込みに成功した。なんとなくできた、翼。」
楽奈ちゃんが何が違うかというと……なんだか、その後ろにとても大きな悪魔みたいな翼が付いてしまい、尻尾も悪魔のような鋭利な形に変わってしまっている。
「……これで飛べるよ。ぼくはお先に。」
それを言うと、まだ落下途中のわたしを越えて、その翼を畳んで風を切り、滑空から猛スピードで急降下する。
「フードを被るとその存在感が曖昧になるのに、その悪魔の翼と尻尾は逆に目立つ……さらにこのティルフィングは禍々しい見た目……これで、完全に悪魔変生じゃないか?」
いかんいかん、今はそう考える場合じゃない。そろそろ予定の高さへ落ちた……そこ、今だ!
「――『瞬刻』!」
わたしは一瞬だけ、自分の下を通り過ぎた魔人お兄さんの前へ――ぴったりのタイミングで飛んできた影のナイフへ転移し、この凄い勢いで《距離の魔法》が強化された刀を振り下ろす!
「この姿も素敵ですけど、早くお目覚めなさい!お兄さん!――『天だ……じゃなくて、『両断』!」
蛇のような黒い焦げた鎖はわたしを止めるために刃の方向へ集合したが――歪んでいる空間が纏う刃が何の抵抗もなく、ケーキを切り分けるかのように防御の鎖ごと両断された。
閃光のような白一閃の直後、魔人お兄さんと、彼に絡みついていた蛸の触手が引き裂かれ、背後の地面には深くえぐれた斬痕だけが残された。
「防御が解けた!今だ、一気に畳み掛ける!」
「はあー、この好機は逃さない!一時『炎化』!――『塑炎・火の剣』」
「……光はないの黒い焔だけど。やれ、ティルフィング――光を飲め、『エクリプス』」
鎖の再召喚が間に合わないちょっといい隙に、何も言えないけどそのお二人は同時に駆け出し、息を合わせて攻める。
少し弱いけど火の剣を創造する久那ちゃんは、『杖』の燃え上がる儀式剣と魔法で創造された火の剣で双刃スタイルで連続して切り、その切る逆方向に爆発させてどんどん加速する。二振りの剣は、斬撃を重ねるごとに。
速度こそパワーの久那ちゃんと逆で、楽奈ちゃんは単純な重い一撃で決着をつけようとする。
もしわたしが空間を切れるなら、楽奈ちゃんは空間そのものを抉り取るかのように、ティルフィングの黒い剣軌は全てを消し去る。
この攻撃を全て命中させた魔人お兄さんは、地上に叩きつけられて塵が舞う。
たとえ両断され、燃やされ、首を落とされても……魔人なら魔力がある限り再生できる。
だから、わたしたちはその煙の中を見て、武器を構えたまま警戒を解けない。
「みんな注意力してください!魔人のしぶとさは油断禁物です!まだまだ!」
「……ん、油断はしない」
「頑張ります!私だって最後まで諦めないから、向こうの気持ちはよく理解できます!」
この戦いはわたしたちが先に魔人お兄さんの魔力を全部消耗するか、彩音ちゃんたちが先にタコを討伐するか……長期戦になりそうだ。
*
ーー昔の星野雪菜ーー
わたしは今、戦いに巻き込まれない場所から、未来の魔法少女たちの戦闘を見守っている。
ギフトショップの廃墟で見つけた、遊園地のマスコットが付いた手帳に、今起きていることを一つひとつ記録していく。
「本当だ……わたしには、見える……」
高速で交錯する戦いの軌跡さえ、はっきりと目に映る。
『未来のわたし』が言っていた通り、わたしの目には特別な視野があるからなのだろうか。
わたしは賢いわけではない。でも、愚かでもない。
彼女たちの会話を考え合わせると、今のわたしは『現実』ではないのかもしれない。『記憶から生み出された記録』――そのほうが正しい気がする。
『未来のわたし』と会えた理由も、だいたい分かってきた。……恐らく今のわたしは、お兄さんの記憶が再現された存在なのだろう。
だから、あそこにいるお兄さんは、わたしのお兄さんではない。……わたしのお兄さんの位置を上書きした、未来のお兄さんだ。
でも今、こうしてメモを取っていることに意味があるのかどうか、疑問は残る。とりあえず、書けるだけ書いておこう。
「あ……影の魔法少女が、今まで見たことのない武器を取り出した……火の魔法少女の速度は、わたしの目でもはっきり捉えきれない……」
お兄さんは未来の魔法少女たちに攻撃されているのに、反射的な反撃しかしない。……これまで一度も、彼女たちに本気で反撃したことがない。その目標は、ただタコだけ。
こんなに獣のように狂乱して戦っていても、わたしたちを傷つけないという信念こそが、わたしのお兄さんだ。……それは未来でも変わらないと知って、少し安心した。
でも、わたしが一番気にかけているのは『未来のわたし』だ。
先ほどの自傷行為にはびっくりしたけれど、あれは魔法を発動するための必要な儀式だと理解した。このことも、メモに書いておこう。
わたしも同じ刀を使えるのに、どのような防御も無視して両断できることが、わたしの目を奪われてしまう。
「お兄さんに酷いことを……でも、これは魔人のせいなんだ……」
お兄さんを傷つけてしまうことに、心が痛む。でも、もしそれが元の優しいお兄さんを取り戻すためなら……わたしは血の涙を流しても、『未来のわたし』と同じように戦う選択をするかもしれない。
しかし、どれだけダメージを与えても、お兄さんは次の瞬間にはまるで逆再生したかのように再生していく。……終点の見えない長距離レースのような、泥沼の戦いだ。
いつか終わりが来ると思っていたその時、すべてが突然中断された。
タコが絵巻のように青き鬼火で燃え上がり、天空から光束が貫いた。轟く大爆音と共に、巨大な爆風が周囲を吹き飛ばす。
「やああぁぁぁーー!?なにがあったの!?」
わたしも吹き飛ばされ、瓦礫の残骸に体をぶつけられた――
「傷は……無い?……魔法少女って、凄いな。こんな大きな衝撃を受けても無事なんて……今の戦況は!」
急いで顔を上げ、前方を見る。そして、それを目にした。
山のように巨大だったタコは消えていた。触手だけが残り、本体は完全に消え去っている。……あの爆発の原因だろうか。
「それより、お兄さんの方は……!」
お兄さんは……あれは何?
黒い何かが、焼け焦げたような金色の鎖に、封印されたように縛り上げられている。
『未来のわたし』と影の魔法少女と火の魔法少女がそこにいるから、そうとしか考えられない。
これで、戦いは終わったのだろうか?
わたしは困惑しながらも、手帳を抱えて、あちらの合流地点へと向かった。




