第60話・鏡よ、鏡・力試す、『あの一日の再演』、その一
第60話・鏡よ、鏡・力試す、『あの一日の再演』、その一
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ーー星野雪菜の場合ーー
燃え上がる遊園地。あちこちが崩壊した機材と建物。遠くに山ほど大きなタコの影。完全魔人化したお兄さんが音のない咆哮を上げ、鎖を使って廃墟の中を、昔のわたしのもとへ高速移動していく。
この夢の世界で再現されたのは、わたしだけの地獄……いや、これも同じく被害者であるお兄さんと久那ちゃんの地獄だろう。
だが、この地獄絵巻は……
「これが噂の、遊園地事件の現場……」
「それはそうですが、少し違う点があります。」
わたしは彩音の独り言を否定した。
そう、これはあの時の再現に間違いないけれど、記憶と一致しない点がたくさんある。
まるで巣を潰されたアリのように、秩序もなく散り散りに逃げ惑う人々の体に、どこからともなく延びてきた赤い糸が絡みついている。
赤い糸が締め上げられると同時に、囚われた者は様々な形で死に至る。崩落する建築物、蛸の魔物の触手、燃え盛る烈火――まるで『定められた死』に憑りつかれたかのように。
「あの時、その赤い糸のようなものは存在しなかった。」
「これは、あの忌々しい赤い糸!?うわわわえぇぇーー!?いつの間にか彩音に絡まってる!?」
そう。わたしたちの中で、彩音だけがその糸に取り憑かれていた。
彩音に繋がれた糸はまだ緩いものの、どんなに足掻こうとも振り払うことはできない。触ることすらできない。
あのタコに捕まっている『昔のわたし』にも、その赤い糸が付き、タコの触手と共に締め上げられている。でも、この後のことは――他の被害者のように、赤い糸に締め上げられたまま死の運命が定められる前に、その蛸の触手は鎖に噛み合わせた黒焔の大剣で千切られ、落下した『昔のわたし』を、異変した異形の腕で優しく抱きかかえる。
彩音がどれほど乱暴にしても切れなかった赤い糸が、助けられたと同時に徐々に空気の中へ溶けていった。
やっぱりカッコイイな。少しだけ『昔のわたし』に嫉妬……羨ましい気持ちが溢れ出してくるかも。
「かっこいい……暁お兄さんの魔人形態はあの異形になっても、紳士的に動くギャップが合っていて、まるで絵本にだけ登場する怪物の紳士……わたくしはそういうの憧れます!」
「でも、魔法で想像できないことは実現できないんじゃないですか~?なら、それはまさか――」
「……黒い焔、鎖、異形の騎士……中二病の実現?」
「ああ、言い出してしまったな、楽奈ちゃん~。彩音はわざわざその言葉を言えないのに~。これが終わった後で暁に言えよよ~」
「……!?ボクに罠を仕掛けるのか!?」
「罠なんてないよ?ただ楽奈ちゃんが勝手に飛び込んだだけだから~……その、彩音は言えないから、そのナイフが彩音の首から離れてくれると嬉しいけど~。ほら、その赤い糸がどんどん狭くなってるから、その殺意は怖いよ~」
「……大丈夫。彩音を殺した後でボクも死にますから」
「全然大丈夫じゃないですけど!?夢の世界だから本当に死にはしないけど、痛いのは痛いですよ!?」
「その、楽奈ちゃん、落ち着いてください……彩音ちゃんも反省するから、わたくしも一緒にその秘密を守りますから。ほら、お兄さんを元に戻した後で殺すのも遅くないでしょう?今は後回しにしてね~」
「よくないよ!?結局彩音は死ぬ結末が変わらない!?」
「あはは……それは自業自得だから、うちも彩音先輩を助けないかな、多分。」
「そんなー!」
たとえ惨劇の再現でも、当事者ではない彼女たちにとって『これは夢の中に再現されたこと』で、ストレスはそれほど重くないのだろう。仲間たちがキャーキャーうるさく話し合っている間も、わたしはお兄さんのことから目を離せなかった。
「その姿は、あの時と違います。異変した部位がさらに異形化し、その黒い焔がさらに燃え上がっている……何より、鎖が鎧のような体に巻き上げられていて、その蛇のように蠢く鎖は無いはずなのに……」
「……少し違うけど、あの頃の騎士は、お兄ちゃんでした……」
横から久那ちゃんの声が聞こえた。その中に、無視できない言葉が――
「久那ちゃんは、その姿のお兄さんのことを知っているのですか!?」
わたしの問いに、久那ちゃんは確信を持って答えた。
「はい……。私はあの狂人団体に捕まる前に、一度、火の海で逃げ場のない状態で触手に襲撃されたんです。あの時、黒い騎士が駆け出してそれを切り裂き、その黒い火を付けた……ああ、だから、私が覚醒した魔法が火なのは……無意識に、自分を救ってくれた力を模倣したから……。ん?そういえば、あの黒い騎士が私を救った時に、何か声の高い笑い声が聞こえたんです。あれは貴女でしたか?」
ん、んんんん……!?わたし、ですか!?そういえば、あちらのお兄さんの腕の中にいる『昔のわたし』からはしたない笑い声が聞こえてくるけど!?あの時のわたしって、そうなっていたの!?
それに、いつもいつも勝手な真似をして、お兄さんの邪魔をしているじゃない!ほら、勝手に距離を離れるから鎖が外れたじゃない!未熟にも程があるでしょう!
惜しいな。記憶の中ではわたしは完璧にお兄さんと共同作業をするはずだったのに……まさかあれは全部、美化された記憶だったの?
もう、我慢できない。止めないとわたしのイメージが!
「もう邪魔はさせない――『来い!』」
魔法が発動すると、『昔のわたし』はわたしの前の地面に座り込んだまま、はしたない笑い声と共に現れた……話し合っていた仲間たちもここに気づいて、こちらへ集まってきた。
みんなの会話が止まり、『昔のわたし』――再現された黒歴史の声だけが響く……いっそわたしを殺してくれ~~!!
*
わたしたちの注目にも気づかないまま、まだ変な形で笑っていた『昔のわたし』が、やっと自我を取り戻したみたいだ。
「ぐへへへ~、これでお兄ちゃんとの初めての共同作業で……え、ここは、どうしてこんなに距離が離れたの!?魔法の暴走!?……あ、周りの人は、この感覚で魔法少女!もう来てしまったんですね。どもども、わたしは星野雪菜です。覚醒したばかりの新米魔法少女です、よろしくお願いいたします。でも、知らない顔ばっかりですね。宣伝はしていない治安維持に専念する小隊ですか?あ、そうそう!あの燃え上がった黒き騎士はわたしのお兄ちゃん、大切な人、いやもはや彼氏、婚約者に間違いありません!だから、旦那様は魔物じゃないから、それを元に戻してもらえますか?」
もう止めて。お前が話すと、仲間たちの温かい視線がどんどん熱くなっていく。なにそれ、どんどん上昇する関係!?恋に落ちるとバカになるのはわかっていたけど、『昔のわたし』はこんなに純粋で愚かなことを言うの!?
彩音ちゃんは我慢の限界で顔を真っ赤にし、もはや大爆笑しそうな勢いだ。
「はぁ、わたしは彼のことを誰よりも理解しています。天城暁、23歳独身男性、『今は』だけど。誕生日は妹と同じ12月25日、山羊座。血液型はOで、自分より他人が大事な性格で、己を構わないほど他人を助ける。まあ、その性格でよくわたしを心配するけど、その性格を含めて全部好き。好きな食べ物は少し子供っぽくて、その好きな味はわたしが全部勉強済み。キスの時に好きな舌の絡め方もしっかり勉強済み。妹の天城小夜ちゃんと同棲していて、こそこそ妹同盟を結んだ。日常は小夜ちゃんと一緒に食べて、お風呂に入って、同じベッドで寝るから、同盟の定期連絡でお兄さんのことを全部掌握している。こそこそ潜入して見たその寝顔もかわいい。最近の煩悩は半魔人の力を抑えること、異常発生した魔物、わたしたちの気持ちを理解してどうやって告白すること……他にも色々ある」
「……え、あそこのお方は、どうしてお兄ちゃんのことをこんなに詳しいんですか?秘密に結ばれた妹同盟も知っているし、ムカつくほど偉そうに……ん?その白い雪紋様の和服で、刀を持っていて、顔もわたしと似ているな……って、もう一人のわたし!?都市伝説のドッペル現象!?わたし、死んじゃうの!?やだよ~~お兄ちゃんのお嫁さんになれないまま死んじゃうのはいや~~」
「ぷはーっ、ハッハハハッ!ごめん雪菜ちゃん、ハッハハ~!これを我慢するのはムズいから、彩音はーー、ハハハ~」
彩音の笑い声がトリガーとなって、この炎上した遊園地に不調和な笑い声が広がった。
「笑わないでよ、もうー、もうーー!ええ、そうよ、わたしは……そうね、未来から来たあなた、五年後の雪菜です。」
「未来から来たわたし?よくわからないけど、ドッペル現象じゃないから、わたしは死なないってことは理解しました。なら、どうしてわたしはわたしを邪魔するんですか?」
「それは、あなたこそが邪魔をしているから。ほら、お兄さんの動きを見なさい。あなたがいないと、あのクソタコともっと健闘できるはずよ。」
「え?もしかして、わたしは邪魔をしてるんですか!?」
「そうよ。その雑な距離の扱い方で、お兄さんの攻撃も、移動用の鎖もよく距離変動で外れている。《距離の魔法》は数学と空間感覚と時空を見る目が要求される、難しくて繊細な魔法だから、わたしのように相当な経験を積まないと、まともに使いこなせないの。」
「そんな……」
まあ、こいつもわたしだから、落ち込みすぎることはないだろう。
「ならなら、未来のわたしは、お兄ちゃんとどんな関係に進んでるのか、教えてください!」
ほら、やっぱりこうなる。
「わたしとお兄さんは、魔物対策局で同じ小隊で、毎日キス三昧の甘い甘い、イチャイチャ生活ですよ。もっと深い関係は……今は内緒にするね~。でも、期待していいですよ~」
「なにそれ、超~気になる!教えてください!」
「それはどうかな~」
わたしが『昔のわたし』と話している間に――
「なあ、雪菜ちゃんは昔の自分から優越感を感じてる?」
「こら、彩音ちゃん!それは言っちゃいけないこと……」
「でも、告白が……新人であるうちにも関係あるのかな~」
「……まだ、出撃しないの?この状態の兄さん、強そうだ。ボクに勝てるかな?」
「楽奈ちゃん落ち着いてください。その影の尻尾がナイフみたいに鋭利な形に変わってるから、振らないでください。でもまぁ、昔の自分と出会える機会はほとんどないですから、今は、ね~」
――小隊のみんなは、そんな温かい視線で見守っていた。
*
「ごめんなさい、うっかり長く話しすぎました。」
「えっと、未来から来たお方は、お兄ちゃんを元に戻すつもり……そう理解してよろしいでしょうか?」
何だか、自分と話し合う時間が長くなりすぎて、時間を無駄にしているみたいだ。
『昔のわたし』はあくまでも《夢の魔法》による記憶の再現に過ぎないから、過去は変えられない。
「魔法少女になると姿がほぼ変わらないから、こう見るとお二人は双子姉妹みたいですね~。彩音なら雪山惨劇を再戦すれば、自分にも出会えるかも……あ、その時の彩音は負の感情に支配されていて、ほぼ魔女と同じだから、話し合えるかどうかはわからないかな」
「そうですね。わたくしの場合、死神の時に戻れたら……良いかもしれません。」
「もう、昔の雪菜先輩に質問するんでしょ?ならうちが代わりに答えるよ。昔の雪菜先輩の理解は正しい。うちらの任務は暁先輩を元に戻すことだから、合力してくれますか?」
「ぜひ!わたしもお兄ちゃんの力になりたいから、わたしに協力してください!」
うん、これこそわたしらしい、いい威勢だった。
「……やっと始まったか」
「ヤル気満々だな、楽奈ちゃん。」
「……うん、雪菜が言ってた。元に戻すために、その過剰な魔力を吸い出せるらしい。それはきっと、普段より気持ちいい?あれはどれほどの蜜の味だろう……」
「「「ごっくり……」」」
楽奈ちゃんがそう言うと、思い出した……あの時は確かに、忘我の境地でド長いキスをして、救援の魔法少女たちが来たことすら気づけないほどに……だから、無意識に唾液を飲み込んでしまう。
葵ちゃんと久那ちゃんと『昔のわたし』は、少し困惑と好奇の表情でこそこそ話し合っている。
「ねぇ、未来から来た魔法少女さん、あれはどういう意味?」
「さ、さあ~、うちは魔力供給が未体験だから、知らない、かなーー?あははー」
「葵さんの顔が赤い……魔力供給って、やらしいことですか!?」
「え、久那ちゃんが聞いてなかったんですか!?……まあ、そこまでじゃないけど、やらしいことなら……個人差で?うちもただ聞いただけの噂だけど、雪菜先輩はほとんどそうなる、です」
「え!?未来のわたしはこんなに真面目そうに見えるけど、」
「まあ、ほら~。きみは雪菜先輩とほぼ同じだから、もし暁先輩が危険のない場所で、二人だけの部屋の中で、監視カメラもない状態で、無防備のままきみの前に倒れたら、どうする?」
「それはもちろんいただきます、『ピーーーーーーーーーー』」
「うわ!?急に何が言うですが!?……でも、どうやら、雪菜先輩は昔から変わらないみたいです。だけど、少し驚きと安心感を感じました、です」
「雪菜さんって、こういう人、なんですか!?」
「こら!そこの二人は『昔のわたし』に何を言ってるの!?お前もそうよ、もっと淑女の自覚を持って口を止めなさい!」
事実だけど、わたしは急いでその生きている……、記憶から再現された記録だから生きるじゃないけど、動く黒歴史の口を封じた。
本当に、魔人化したお兄さんとの決戦の前に何をしてるんだか、もうーー!!




