第55話・鏡よ、鏡・プロローグ、日常に戻った
第55話・鏡よ、鏡・プロローグ、日常に戻った
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「やっと帰ってきた……オレのオフィスか」
様々な事件に巻き込まれた7月もようやく終わり、支部の復旧工事も完了した。ようやく日常に戻れる。
「本当に色々なことがあったな……中堅小隊のはずが、随分と大忙しだった」
年齢も経歴も特殊すぎて論外扱いの楽奈を除けば、この小隊で魔法少女歴が最も長いのは彩音の六年だけだ。
最近はすっかり忘れがちだが、本来この小隊はトップクラスではない。
主な任務は市内に顕現する魔物の討伐と治安維持のはずだった。
オレは久しぶりに自分のオフィスに戻り、資料の整理を始めていた。
先日の炎狼の襲撃で書類の多くが焦げたり破損したりしていたため、予想以上に時間がかかりそうだ。
小隊のメンバーたちも今は支部にいる。彼女たちについて……。
「お兄さん、この資料はどこに置けばいいでしょうか?」
同じオフィスにいるセーラー服姿の少女が、分厚い資料の山を軽々と抱えてやってきた。
雪の結晶型のヘアピンが黒髪に映える。
星野雪菜——オレの幼馴染だ。
五年前、十四歳の時に遊園地事件で覚醒した。
彼女が今着ているセーラー服は昔の制服ではなく、趣味で着ているコスプレに近いものだ。
昔から真面目でしっかりしたいい子で、オレの世話を焼いてくれることが多かった……むしろ彼女がしっかりしすぎていて、オレには勿体ない幼馴染だった。
今も彼女は優しくオレの整理を手伝ってくれる。
「あ、それは……あそこの棚の三段目に置いてください。」
「はい、わかりました。」
雪菜は片手で資料の山を持ち、もう片方の手で棚の扉を開けて丁寧に収納した。
魔法少女の力はすごいな、変身していなくても、オレより遥かに力がある。
収納を終えると、彼女はオレの元へ高速で近づき、キラキラした目で顔を上げてこちらを見つめた。
「次はどうしましょうか?わたしにできることは何でも言ってください!」
「必要があれば雪菜さんに頼るよ。今は少し休んでて。」
「えーー?本当にやることがないんですか?わたし、お兄さんの力になりたいのに……」
そう言いながら、彼女はじりじりと距離を詰めてくる。
顔が目の前まで近づき、可愛らしい頰がほんのり赤らんでいる。高いテンションで体温が上がっているのが伝わってきた。
「そんなに焦らなくてもいいよ。キミにはもう十分助けてもらってるから。」
「でも——」
「ほら、資料の焼けた部分の補正に時間がかかるんだ。良い子にして、少し休んでて。」
オレは近づいてきた彼女の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「もう~、まだわたしを子供扱い……誤魔化さないで。頰も撫でてください。」
「はいはい、仰せのままに。」
オレが雪菜の要求に応じて、柔らかいもちもちな頰を優しく撫で始めたその時——
『ドンッ!!』
突然の爆音と共にオフィスの扉が勢いよく開かれた。
「彩音、ただいま帰還しまーす!」
慌ててオレは手を引き、雪菜もハッとしたように素早く距離を取った。
「えいーっ!暁は雪菜ちゃんの頰を触ってる!なになに、あなたたち、何してるの?もしかして彩音、いい雰囲気に邪魔しちゃった?」
先頭で元気いっぱいに飛び込んできたのは、輝く金髪と空のように澄んだ蒼い瞳の少女。シャツにホットパンツというストリートカジュアルな装いだ。
陽葵彩音——お絵描きと創作が大好きな、魔物だらけの時代では珍しい混血の魔法少女。
六年前、十三歳の家族旅行中に潜伏していたトレント型の魔物に襲われ、あの雪山惨劇で覚醒した、生き残りだ。
祖母が海外の有力者らしいが、本人はまだ詳しく知らないようだ。
「その、彩音ちゃん……乱暴すぎじゃないかな。もし暁お兄さんと雪菜ちゃんを傷つけてしまったらどうしよう。ダメだよ、『めー』だよ……」
続いて入ってきたのは、薄紫色のふわふわした長い髪の、小柄で病弱そうな少女。肌が透けるように白い。
月見奏。三年ほど前、十五歳の時に不治の病の淵で覚醒し、健康体に戻った後も病弱な外見のままの弱気な少女だ。
普段は他人に迷惑をかけることを極端に嫌うが、小隊内では意外と猪突猛進で頑固な一面を持つ。
「あはは~、ごめんごめん!不注意で力が入りすぎちゃったみたい。もう怒らないでね、奏ちゃん。暁と雪菜ちゃんは大丈夫だよ?」
「それは大丈夫ですが……それと、オレと雪菜さんは別に変なことはしていませんよ。」
「彩音ちゃんはいつも……そうですよ。ただ資料整理を手伝って、少し休憩していただけです。……あ、葵ちゃんは支部の見回りをしてくれていたんですよね。」
「もっち、もっちー!ねぇ、葵ちゃん~♪」
ドアの前で入るか入らないか躊躇っていた少女に、彩音が明るく声をかける。
「あ、え、えぃ!?うちですか!?あ、はい!彩音先輩と奏先輩に支部を案内してもらいました!メイン娯楽室でお菓子食べたり、休憩室回廊でいろんな不思議な部屋を見ました!」
「そっか、それは良かった。支部の施設は魔法少女も職員も自由に使っていいから、遠慮なく利用してね。」
「はい!エアコンとおやつがあるし、ここで夏休みの宿題やるつもりです。」
「それは良いですね。是非そうしてください。」
最後に入ってきたのは、ピンク色の髪をした少女。雪菜と似た雰囲気だが、こちらは本物の高校の制服を着ている。
弓月葵——小隊で唯一の現役高校生。見た目は一番背が高いのに、実は一番年下だ。現在は夏休み期間なので、支部に滞在している。
残桜に拉致……連れてこられたあの日の直後は、支部がテロで破壊されだったから、ゆっくり案内する機会がなかったっけ。
「奏ちゃん、彩音さん、葵さんを案内してありがとう。」
……ん?でも、何か一つ足りない気がする。
「ところで、訓練室の案内はまだだったっけ?」
すると奏が小さく手を挙げて説明した。
「あの、それはまだです。楽奈ちゃんが訓練室にいたので、この後みんなで行こうと思っています。わたくし、そう思いました。」
なるほど、楽奈は例の事情で訓練室にいたのか。様子を見に行こう。
「了解。雪菜さん、オフィスの整理は後回しでいいかな?」
「お兄さんが大丈夫なら、わたしも大丈夫です。これからはみんなでお迎えに行きますね。」
「よし、それじゃあみんな。訓練室に行こうか。」
「「「おー!」」」
オレたちはオフィスを後にし、エレベーターで地下へと向かった。
*
さすがに五人でエレベーターは少し狭い……いや、葵は普通に立っている。
ただ、左右から雪菜と彩音が、前に奏がべったりくっついているだけだ。
「その……みんな、熱くないですか?」
「お兄さんは何を言ってるんですか?」
「彩音はただエレベーターに乗ってるだけだよ~」
「う、わたくしは……悪い子……」
三者三様の返事が返ってくる。
「熱いですか?うちはちょうどいい涼しさですけど。」
まあ、この状態も訓練室に着くまでだ。オレの気のせい……だよな?
エレベーターのドアが開くと、葵はキョロキョロと周囲を見回した。
「これが……魔法少女の訓練室なんですね……すごい。」
支部地下深部にある訓練室は、天井が高く設計されているため、地下特有の圧迫感はほとんどない。むしろ広々とした開放感さえある。
各種トレーニング機材が揃い、奥のガラス窓の向こうにはプールの水面が静かに揺れている。
左手には実戦を想定した魔法強化のバトルフィールドがあり、誰が入れるみたいで微弱な爆裂音が響いていた。
そして最奥に、『シミュレーション室』のプレートがかかった部屋がある。
「すごいだろう?葵はいつでも使えるよ。でも今回の目的地はここじゃない。あちらだ。」
「『シミュレーション室』……?それは一体なんですか?」
「見れば分かりますよ。」
オレたちが近づくと、自動ドアが静かに開いた。
広い部屋の中央に大きなスクリーンがあり、周囲にはいくつかのベッドが並んでいる。
そのベッドの上に、二人の先客が静かに横たわっていた。
「あ、あそこに寝てるの……楽奈ちゃんと……え、えぇーっ!?久那ちゃん!?」
そう、先客はすでにリハビリを終えた元魔女・六星久那だった。
そえと、肩までの白髪に紅い瞳のアルビノ少女——影崎楽奈。
違法組織の窓のない施設で育ち、強制覚醒された彼女は、小隊内でも特に幼い外見だ。本当の年齢も本人すら知らない。
いつもの黒いローブはハンガーにかけられ、今は布面積の極端に少ないビキニのような戦闘服姿。
古傷から漏れ続ける魔力が影の尾となって、ベッドの端まで垂れ下がっている。
「『シミュレーション室』へようこそ。ここに刻まれた《夢の魔法》のおかげで、リアル感の高い模擬戦闘ができる部屋です。ほら、スクリーンを見てください。」
「廃墟の中で激しく戦ってる……楽奈ちゃんと久那ちゃん……?これは夢の中……?」
「そうです。《夢の魔法》で二人の夢が繋がり、模擬戦闘をしています。夢の中の光景はスクリーンで観戦可能。環境も自由に設定できて、本気で殺し合っても大丈夫ですよ。」
オレの説明に、葵は口をぽかんと開けたまま固まっていた。
「それは……すごいです……」
「今は彼女たちの決着がつくまで待ちましょう。好きなベッドに座ってて。」
「はいです!」
葵は素直に近くの空いているベッドに腰を下ろした。
オレも誰にも使えないベットに腰を下ろした、が。
他のメンバーも……なんだか無言で集まってくる。
雪菜と彩音は自然にオレの両隣に座り、奏は恐る恐るオレの膝の上にちょこんと乗ってきた。
「その……わたくし、重くない……ですか?」
「心配いらないよ、奏ちゃん。むしろ軽すぎて、もっと重くなった方がいいくらいかな。」
オレと奏のやり取りを、彩音と雪菜が同時に遮った。
「見て見て!なんか決着しそうな雰囲気だよ!」
「本当です。もうすぐ終わりそうです。」
オレもスクリーンに視線を移した。
画面に映っていたのは——
廃墟のバトルフィールドで距離を取る二人の少女。
ー
『67番……いや、楽奈。ここまで付き合ってくれてありがとう。』
『……うん。久那の腕も、強い。』
『じゃあ、最後まで本気でいこう!私が新たに目覚めた《炎帝の軍勢》で!』
『……うん。いつでも来い。』
二人が同時に手を前に突き出す。
『……来い、「擬制影剣:ティルフィング」』
『来いー!「塑炎・擬制炎剣:レーヴァテイン」!』
お互いに強力な魔剣を召喚した瞬間——
『うあぇ!?なんで私は——』
『……え、久那、ちゃん!?』
——久那が自ら炎に包まれ、燃え尽きた。
スクリーンに浮かび上がったのは、『勝者』という文字と、静かに立つ楽奈の姿だけだった。
ー
「それは……想定外の結末だな。」
「はい……」
「魔女化の時に覚醒された魔法の副作用……でしょうか?」
「……わたくしも、そう思います。」
「なんか、うちも楽奈ちゃんの気持ちが分かる気がします……」
一瞬、シミュレーションルームに気まずい沈黙が落ちた。




