第37話・建て直すの日々・奏のお願い
第37話・建て直すの日々・奏のお願い
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「うん、これでばっちり掃除完了!次はポテトチップスの袋をちゃんとゴミ箱に捨てるよう、あのバカ妹に注意しないとな……ん?メール受信?」
家に残された家事を一つずつ片付けている最中、通信端末の振動がオレの注意を引いた。
画面を呼び出すと、半透明のホログラムがふわりと浮かび上がる。
「どれどれ……本部からのメールか。なるほど、小隊が討伐した魔物の危険レベル査定と報酬関連ね……」
危険レベルは、観測データと戦闘記録から魔物の脅威度を数値化したシステムだ。
討伐難易度・保有魔力量・行動パターンを総合して、レベル1から10、そして規格外に分類される。
似た魔物でも平均を大きく超えたり、逸脱した個体は「ネームド」として特別登録されるらしい。
今回の報告は、数日前の戦闘分の査定結果。
魔人制圧の報酬はまだ審査中みたいだけど……。
「地下街と支部を襲った炎狼系魔物はレベル3。小隊で二体討伐……うわ、報酬結構多いな。オレの取り分もあるぞ」
葵と遭遇したゲイザーは……レベル6!?
よく生き残ったもんだ。
でも結局残桜さんがトドメを刺したから、彼女の貢献度は一部だけ。
それでもかなりの金額だ。
あの魔人の使い魔、分裂コウモリは正式に図鑑登録済みで、レベルは……0?
まあ、弱すぎて仕方ない。報酬もそれぞれ1000円だった。
とりあえず、全員に「報酬入金済み確認」のメッセージを送る。
すると、次々と返信が届き始めた。
『雪菜:はい、確認しました。報酬に問題なしです。毎回これを見ると、金銭感覚がおかしくなりますね』
うん、オレも同感だ。でも命懸けで戦った対価なら、素直に受け取っていいよな。
『彩音:ここ問題なし!これで新しい画材更新しちゃうぞ~』
相変わらずだな、彩音は。
『楽奈:問題なし』
シンプルすぎて楽奈らしい。
『葵:すみません!この数字おかしくないですか!?うちのお父さんの給料より多いんですけど……これ本当に合法収入なんですか!?』
……パニック全開のメッセージが来た。後でちゃんと説明してあげよう。
そして、最後に奏ちゃんの返信が届いた。
『奏:こちらも問題ございません。そのわたくし、一つお願いがあるのですが……いかがでしょうか。その願いは……』
奏のメッセージをじっくり読む。
なんだ、それだけなら……。
『オーケー』と素早く返信して、オレはすぐにお出かけの準備を始めた。
*
オレが指定された待ち合わせ場所に着くと、駅前広場のインスタレーションアートの下に、紫色のイメージの小さな少女が立っていた。
「おはようございます、奏ちゃん。待たせちゃった?」
「おはようございます、暁お兄さん。わたくしも今来たばかりです。その……わたくしのお願いを聞いてくれて、本当にありがとうございます!」
奏は少し恐る恐るしながら、でも礼儀正しく頭を下げる。紫色の髪がふわりと揺れて、なんだか可愛らしい。
「このくらいならいつでも呼んでくれ。『双人限定のデザート食べ放題』イベントに一緒に参加するだけだろ?迷惑なんかじゃないよ」
そう、奏ちゃんのメッセージに書かれていた願いは、ただ一緒にデザートを食べることだった。
「うん!本当にありがとうございます!このカフェはわたくしがよく本を読みに来るお店なんです。ケーキの味は保証しますから、絶対に失望させません!」
「なら、奏ちゃんを信じて期待してるぞ。そのワンピース、新しい服だな?蒼色が奏ちゃんの髪色とぴったりで、すっごく似合ってる。かわいいよ」
オレの素直な褒め言葉に、奏ちゃんの顔が一瞬で真っ赤になる。
頭の上から湯気が立ち上るような錯覚さえした。
「……!気付いてくれましたか!?ご、ごしゃる通り、この服は新しく買ったんです!その……褒めてくれてありがとうございます。暁お兄さんも、かっこいいです!」
「ああ、ありがとうな。それじゃ、そろそろ行こうか」
「うん!」
オレは自然に手を差し出す。
奏ちゃんは一瞬だけためらったけど、すぐに小さな手をそっと重ねてきた。
柔らかくて、ちょっと冷たい手。指を絡めると、彼女の頰がさらに赤らむ。
「最近、奏ちゃんは麻雀に夢中だったみたいだけど、今はどう?」
「うん、今はそんなに夢中じゃなくなりました。最上位ランクに到達したので、今は普通に遊ぶ程度です」
「そっかー。じゃあ最近は何してるんだ?」
「うん……小説を読んだり、そうだ、カードゲームで遊んでいます!」
「有名なあの?」
「はい、その通りです!暁お兄さんも遊んでますか?」
そこまで言うと、奏ちゃんは期待に満ちた瞳でオレを見つめてくる。
「ふふふ、驚くなよ~。オレはあのゲームが始まった頃からやってるんだ。なかなか強いぞ?」
自信満々にスマホを開いて、デッキを見せつける。
「本当ですか!ならぜひわたくしとデュエル……え、その、このデッキとそのデッキは……カードに制限がかかってて、もう使えない……他のデッキも、最新の更新で……娯楽デッキでも勝てない……」
「はい?」
「1週間前の新カードパックで……はい……」
「……最近忙しくて、それ知らなかった……うう、自信満々に言っちゃったのに、恥ずかしい」
「あの、その……あ、あの店です!カフェ・サイレント!ほら、見て見て!」
奏ちゃんが慌てて指差す方向に目を向けると――。
「サイレント?」
「普段はもっと静かなんですけど、イベントがあるからかもしれません……ほら、わたくしが予約してますから、行きましょう!」
カフェ・サイレントの前は、なんだか人混みで賑やかだ。
オレたちは肩を寄せ合いながら受付へと進む。
「あの、わたくしは予約した月見です」
「月見さん二人ですね。予約内容は『カップル限定、デザート食べ放題』……お二人はカップルでよろしいですか?」
カップル限定?
そんなこと、奏ちゃんのメッセージには書いてなかったぞ?
「奏ちゃん?」
オレが横を見ると、奏ちゃんは「ぽいーっ」と視線を逸らし続けている。
……いや、無理だろ。知らない人から見たら、オレと奏ちゃんはかなり年齢差があるように見えるはずなのに。
店員さんの視線も周囲の視線も痛い。
まあ、仕方ない。通報される前にオレは魔物対策局の職員証をさっと見せる。
「これは……あ、そういうことですか。わかりました!お二人さん、いらっしゃいませ!ご案内します!」
職員証と奏ちゃんの姿を見た店員さんは、すぐに納得した様子で微笑んだ。
店員さんに案内されたテーブルに着くと、奏ちゃんは罪悪感でずっとうつむいたままだった。
紫色の髪が頰を隠すように垂れ、細い肩が小さく縮こまっている。
「ごめんなさい……騙すようなことをしてしまって……」
「何を言うんだよ、奏ちゃん。デザート食べたいんだろ?ほら、早く行かないと美味しいやつなくなっちゃうぞ」
オレの言葉に、奏ちゃんがぱっと顔を上げる。
碧い瞳が少し潤んで、でも嬉しそうに輝いた。
「はい……!食べましょう、一緒に!ここのティラミスは一品ですよ。取ってきましょう!」
「うん、奏ちゃんのおすすめならオレも食べるよ」
いつもの奏ちゃんに戻った彼女と並んでケーキコーナーへ、それぞれ自分が食べたいケーキを取った。
流石に「カップル限定」イベントだけあって、店内はあちこちで甘い雰囲気が漂っている。
周りのカップルたちをチラッと見ていると――突然、イチゴの乗ったフォークがオレの目の前に突き出された。
「良ければ……あーん、してください。美味しいですよ」
「それでは、謹んでいただきます。あむ……おいしい!イチゴの甘酸っぱさとクリームの甘さがぴったり混ざってるな。なら、オレもお返しに……あーんして?」
オレはチョコレートケーキをフォークに刺して、奏ちゃんに差し出す。
「う、少々恥ずかしいです……あーん」
奏ちゃんは垂れた前髪を手でそっと押さえ、可愛らしく口を開ける。
何故か目をぎゅっと閉じた、なんが変な雰囲気が感じます。
気を散らす考えを排除する、フォークを優しく運ぶと、奏ちゃんは一口で頰を両手で包み込み、表情がとろ~んと溶けた。
「おいしいです~……暁お兄さんが食べさせてくれたから、もっと幸せに感じます~」
「奏ちゃん、甘いもの好きなんだな」
「うん、とても好きです~。だって、病院の食べ物は味が薄くて……今は健康になったから、あの頃の分まで食べなくちゃ」
「そっか。ならこの食べ放題イベント、好きに食べていいぞ。次のケーキもどんどん取ろう」
「うん!」
奏ちゃんはオレの言葉に嬉しそうに頷き、幸せそうな顔でケーキを次々と平らげていく。
オレもおすすめのティラミスから……うん、確かに一品だ。
「ほら、そんなに急がないで。クリームが頰についてるよ」
オレはティッシュで優しく奏ちゃんの頰を拭う。
うん、奏は心配するほどの細い身体けど、頬は柔らかい感触でぷにぷにした。
「はわー……ありがとうございます……お恥ずかしいです」
「この程度のミスは誰でもあるから気にしないで。ここで誰も奏ちゃんのケーキを奪わないよ。ゆっくり食べてね」
「はい……ゆっくりします」
こうして、オレたちは時間いっぱいまで、甘くて幸せな時間を過ごした。
支部の工事も最終段階に入っている。もう少しで、いつもの日常に戻るだろう。
オレはそんなことを思いながら、隣で頰を緩める奏ちゃんをそっと見つめた。
*
新都の郊外――鏡の谷と呼ばれる場所は、人間にとっては数少ない安全地帯の一つだった。
どこまでも薄い硝子のような物質に覆われた不思議な空間。
その安定した環境は長年、けれど中心部への接近を許さず、だから今まで放置されてきた。
しかし、その安定はもうすぐ崩れる。
谷の最深部。
硝子物質に覆われた白い髪の少女が静かに佇んでいる。
頭上に浮かぶ光輪は日光に照らされた万華鏡のような万彩な光輝を放ち、彼女の瞳は自らが生み出した鏡に覗き込む。
その鏡に映るのは、自分自身の姿ではない。
全世界から無数に反射された映像が、千変万化しながら流れていく。
その果てに、映る姿は二つだけ。
一つ目は――学校の窓ガラスに映る、灰髪の少女。
退屈そうな表情で、外をぼんやりと見つめている。
二つ目は――カップの表面に映る、紫髪の少女と黒髪の青年。
仲睦まじくデザートを食べさせ合う、甘い光景。
「見つけた。龍域の干渉範囲を延長する。」
少女は独り言のように呟いた。
その意志のまま、硝子に覆われた空間がゆっくりと、しかし確実に新都の方角へ広がり始める。
鏡の谷は、数年ぶりに拡張を開始した。
*
一方、地下深く。
薄暗い実験室のような秘密の空間で、二つの影が対峙していた。
「キミが僕の契約者に言っていた、魔女へ進化する予定の子?僕は《進化》のアケピリアス。よろしくね。」
二匹の蛇が絡み合った杖を持つ、毒のような色とりどりの髪の少年が、ガラス越しに少女へ微笑みかけた。
「……お前たちに協力しない。話す気もない。魔女になりたくない。さっさと失せろよ。」
「まあまあ、僕は契約者の理念に賛成してるし、人間が好きなんだ。だからキミが同意するまでゆっくり話そうよ、どっせ僕たちの時間はたっぷりあるからさ。ところで……キミに97番になる前の名前、教えてあげようか?」
「……」
「あら、無視?なら話題を変えましょう。どうしてキミは魔女への進化を嫌がるの?魔法少女も素晴らしいけど、魔女はもっと今の世界に似合う人間形態なのに……分からないな。」
「……」
「まだ無視?じゃあこの話題なら興味あるよね?キミの魔力を媒介に、僕の力で炎狼系魔物の量産計画はもう終了したよ。止まった原因は、13区支部への襲撃で戦力外と判断されたからね。」
「……!」
「お、その目僕は知っている、あれは『怒り』って感情だね。ならこの話を続けようか。あの襲撃は予想通り失敗したけど、あれはあくまでダミー。本命はこの実験室の資料を転移することだった。大成功だよ。そういえば……僕の力で魔人へ進化する餌の目で見えたよ?67番は今、あの支部で魔法少女として活動してるらしいね。」
アケピリアスが「67番」の名を口にした瞬間――
「……67番!彼女は……成功して脱出した……!良かった……本当によかった……!」
少女の声が初めて震えた。
「うんうん、いい反応だ。じゃあその67番のことを話そうか?」
「……うるさい。黙れ。」
二人だけの薄暗い実験室で、人外の少年は沈黙の少女に向かって、一方的な対話を続けていた。




