第35話・建て直すの日々・雪菜と遊園地
第35話・建て直すの日々・雪菜と遊園地
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この数日、何事もなく過ぎた。
予想外の来客も、緊急の呼び出しもない。
テロの混乱は徐々に収まり、街の人の流れも普段通りに戻っていた。
「アタシ、学校戻らないよ~。家でゴロゴロしたいもん~」
朝、リビングの床に転がった小夜が、だるそうに呟く。
「ほら、同じゴロゴロでも地面よりマシだろ。早く立て。遅刻するぞ」
オレは妹の腕を引っ張り、カバンを押しつける。
「えー、でもさ。アタシがいなくなったら、おにいと雪菜ねえが変なことしちゃうかもよ?もう手に握ってキスとか日常茶飯事じゃん。恋愛のABCで言ったらホームランまであと一歩!アタシがいない隙に『普段は普通の二人なのに、雰囲気に飲まれて一線超えちゃった……』みたいな、ラブコメ定番展開になるよ~!」
「おい、言い方!オレと雪菜さんのキスは魔力供給のためだっつーの。……それ言うなら葵以外、オレは小隊のみんなと『あと一歩』ってことになるだろ。……しないから!とっとと行け!」
「もぉ~不公平! おにいはまだ仕事復帰できないくせに、なんでアタシだけ~」
「13区支部がまだ半壊状態なんだから仕方ないだろ。いってらっしゃい」
「むぅ……行ってきます……」
ようやく駄々っ子モードの妹を送り出した。
家の中が静かになると、オレはソファに沈み込んで息をつく。
「……学校にあんなに友達いるくせに、なんで行きたがらないんだか」
最近のことを頭の中で整理する。
まず、残桜さんのこと。
神社での密談の後、彼女は勇気を出して他の原初の魔法少女たち――先輩たちに直接会い、「蘇らせたこと、どう思ってる?」と聞いたらしい。
結果はオレの予想通りだった。
先輩たちは口を揃えて「誇りに思う」「感謝してる」「文句なんて一つもない」と言ってくれたそうだ。
……まあ、残桜が抱えてるプレッシャーに気づいてなかったの原因は「興味に夢中過ぎで」の部分はちょっとアレだけど。
結局、局長の煩悩は「考えすぎ」だった。
彩音は相変わらず創作三昧。
支部が封鎖中だから、寮の自室でひたすら絵を描いてるらしい。
時々「暁~創作で魔力消耗過ぎ、魔力供給ちょうだい~」って甘えてくるけど、それはそれで。
奏ちゃんは最近、SNSで麻雀にドハマり中。
毎日オンライン対戦してるらしく、オレも何度か誘われて一緒に打った。
……あれ、意外と手強いんだよな。真剣な目で「ロン……!」とか言ってくるのが怖い。
楽奈は相変わらず自由気まま。
街中をフラフラ猫探ししてる。
でも最近、妙にかくれんぼみたいにオレの背後に無音で現れるようになった。
心臓に悪い。本当に。
そして、オレと葵のこと。
この数日は、葵と一緒に中央区本部へ。
本部から派遣された転移魔法持ちの魔法少女の力で、毎日訓練場に通ってる。
葵は覚醒したばかりのルーキーだから、魔物との実戦に慣れるための基礎訓練は必須だ。
……問題は、残桜からオレの変身条件を知ってたドクターは、オレも強制参加させられてること。
ドクターからの直々のメッセージが届いたのは、数日前。
『暁くん、戦闘訓練は大事だよ!その半魔人の力、適応訓練しないと本当に戦闘で必要になった時危ないよ?大丈夫、訓練場は僕が設計した特注だから全力で暴れても平気!これは絶対にレアケースの半魔人データを取るためだからね!本当だよ!来ないなら……僕が直接、暁くんの家に拉致しに行くからね♡』
嘘つけ、100%データ取りたいだけだろ。
だからオレも葵と一緒に、毎日本部の特設訓練場へ。
そして教官は――案の定、あのドクター本人だった。
あのマッドサイエンティストの白衣幼女、ニコニコしながら魔道具を次々繰り出してくる。
流石に原初の一員、多彩すぎる攻撃の嵐で回避だけで精一杯だ。
葵とタッグを組んでも歯が立たない。
結局、仲良く地面に転がされる日々。
訓練終了後、ドクターの容赦ない追撃は必ずオレに向かう。
魔人化解除する為に、元に戻るまで、何度も殺され続けた。
最悪の相手だから「強くなった!」という実感は薄い。
ただ、《焔と鎖》の戦い方が、少しだけ体に馴染んできた……それだけは確かだ。
一方、同じ訓練を受ける葵は、女子高生とは思えないスピードで《変化の魔法》を戦闘に落とし込んでいく。
変身形態を次々に切り替え、幾千の攻撃を捌ききる。
この調子なら、小隊に正式加入する日も近いかもしれない。
そんな風に、毎回仲良く地面に倒れ込むオレと葵。
なんだかんだで、戦友みたいな空気が生まれていた。
そして今日――ようやく訓練がお休みの日。
日頃の感謝も兼ねて、雪菜から「一緒に遊ぼう」と誘われていた。
今、オレはその約束の場所に向かっている……。
*
「本当に、ここでいいですか? 無理しないでください……」
「はい。ここは、わたしとお兄さんが一生忘れない場所だから」
眼前に広がるのは、あの日の記憶が刻まれた遊園地。
五年前、タコ型の巨大魔物が顕現し、雪菜が魔法少女として覚醒した――13区の観光名所となった、あの場所だ。
今日は平日だから園内はそれほど混雑しておらず、事前にチケットを購入していなくてもスムーズに入園できた。
「懐かしいな……五年ぶりか」
「うん、そうですね。あの事件で壊れた施設はほとんど建て替えられたから、懐かしいというより……新鮮に感じます」
周囲を見渡すと、知らないアトラクションがずらりと並んでいる。
あのタコ魔物は山のように巨大で、八本の太い触手が暴れ回ったせいで園内は壊滅状態になった。
それから五年。施設は次々とリニューアルされ、オレたちの記憶とはかなり様変わりしている。
「それも悪くないかもな。雪菜さん、どこから回りたい?」
「んー、やっぱり定番のジェットコースターから……お兄さんはどうですか?」
「いいね! 行こうぜ」
こうして、オレたちの遊園地デートが始まった。
まずはあの頃と同じジェットコースター。
「このゆっくり登る瞬間が、一番ワクワクするんだよな」
「そうですよね……あ、もうすぐ頂点……わあああぁぁーっ!」
「うおお、速っ!」
次はお化け屋敷。
「うーん……最近、本物の魔物やドクターと戦ってるせいか、ちょっと物足りないかも。『あ、これ人間の娯楽施設なんだ』って冷静に思っちゃって……うおっ!?」
「わぁ、こわーい」
雪菜が棒読みの悲鳴を上げながら、オレの腕にぎゅっとしがみついてくる。
突然の行動に、オレは思わず固まった。
「……お兄さん、デートの最中に他の女の子の名前を呼ぶのはマナー違反ですよ?」
「え、ドクターすらダメなの!? あれは教官だぞ!」
「ダメです。」
そして、最後は観覧車。
雪菜は自然にオレの隣に座り、窓の外を眺めながら寄り添ってくる。
「うわ、高いな。昔は飛行機があったけど、今は飛行型の魔物がいるからほぼ使えない。こんな景色も日常じゃ見なくなったよな。ほら、雪菜さん、あそこ見て。あのジェットコースター、豆粒みたいになってる」
「ふふ、わたしの魔法なら疑似飛行もできるんですよ? お兄さんが望むなら、いつでも連れて行きます」
「ん、あの時は頼むかもな」
そんな他愛もない会話をしているうちに、雪菜が妙にべったりと寄りかかってくる。
上目遣いでじっと見つめてくる視線に、小夜の朝の言葉が脳裏をよぎった。
『普段通りの二人は、お互いのことを気づいて、そして雰囲気に飲まれて一線を超えた』
……ヤバい。
変な空気になる前に、オレは慌てて窓の外に視線を逸らす。
「あそこ、見て。あの頃、オレたちの逃げ道を塞いだジェットコースターの残骸がある場所だろ? 五年経ってるから、きっと修復されてるはず……って、え?」
何故か、その一角だけ観光客の密度が異常に高い。
「あ……わたし、だいたい分かります」
雪菜も同じ場所を見て、気まずそうに目を逸らす。
「わたし、魔法少女・白雪として活動してるから……一応、有名人なんです」
「あ、オレもなんとなく察しがついた」
魔法少女の覚醒聖地。
ファンにとっては巡礼スポットだ。
「視力強化の通用魔法でよく見ると……フォトスポット、記念品ショップ、説明パネルまで完備されてて……廃墟の状態をわざと残してあるみたい」
「「…………」」
空気を変えたいけど、変えられない。
「……あそこは、行かないでおこうか」
「同意です。他人の前で自分の過去を語られるのって、ちょっと……」
観覧車の後半は、微妙に気まずい沈黙に包まれた。
それでも、小さなトラブルを乗り越えながら、この一日は本当に楽しかった。
*
楽しい時間はあっという間。
もう夕暮れ時で、閉園のアナウンスが流れ始めている。
「そのバニラアイス、一口もらってもいいですか?」
「いいよ、ほら」
オレが差し出したアイスに、雪菜が小さな舌を伸ばしてぺろりと舐める。
「甘くておいしい……! じゃあ、代わりに……はい、お兄さんもわたしのチョコアイス、どうぞ」
「ん、いただきます……チョコもいいな」
食べさせ合いながら歩いているうちに、いつの間にかあの場所に辿り着いていた。
雪菜が覚醒した、保存された廃墟エリア。
ジェットコースターの残骸を見ると、あの日の記憶が鮮やかによみがえる。
「この残骸……オレたちの逃げ道を塞いだやつだよな。ごめん、最後まで守るつもりだったのに、結局雪菜さんに守られて……」
「それは違います!!」
雪菜が急に声を張り上げ、オレの言葉を遮る。
「違います……わたしこそ、お兄さんに守られたんです。支部で初めて魔人化した時じゃなくて、五年前のあの時……わたしはあのタコ魔物に負けそうになってました。でも、魔人化したお兄さんがわたしを助けて、一緒にタコを倒してくれたんです……」
「……オレが、あの時すでに魔人化してた? 本当に?」
「はい……ずっと黙ってて、ごめんなさい」
雪菜は小さく頭を下げ、まるで叱られるのを恐れる子供のように縮こまる。
オレはずっと、あの事件で雪菜に最悪の思いをさせたと思っていた。
でも今、真実を聞いて……頭は混乱しているけど、心の底に残るのは、ただただの安堵。
「よかった……オレの努力、無駄じゃなかった。雪菜さんを助けられた。本当に、よかった」
感情が抑えきれず、オレは雪菜を強く抱きしめた。
「――!? え、ええ!? お兄さん、急に!? ヤバい、幸せすぎて顔が崩れる~っ」
雪菜が慌てて何か言ってるけど、オレにはもう届かない。
「キミが生きてて、本当に……よかった」
「……大丈夫ですよ。わたし、ここにいます。ほら、心臓の音、聞こえますよね? 大丈夫です」
雪菜はオレの頭を自分の胸に優しく引き寄せる。
柔らかい感触、甘い匂い、規則正しい鼓動……それが、オレを少しずつ落ち着かせてくれた。
……って、自分より小さい子にこんな情けない姿を見せるなんて、幻滅されるかも。
ん? なんか、抱きしめる力が強すぎないか?
「ふふふ、お兄さんがわたしに頼ってくれる……ふふっ、へへへ……いかない、涎が……大丈夫、理性はまだ……」
危ない言葉が聞こえた気がする!?
「あの、雪菜さん……もう大丈夫だから、離してくれていいよ?」
う、力が入ってる。完全に聞いてない。
「雪菜さん? ここ遊園地だぞ? 家じゃないんだぞ~雪菜!」
「あ、はい! 雪菜です! ……すみません、理性ギリギリで耐えました」
ようやく細い腕が緩み、オレは解放された。
周囲を見回すと……幸い閉園間近で人は少ない。
だが、すぐ横の記念品ショップの店員さんが、じーっとこちらを見ている。視線が痛い。
「……逃げよう」
「うん、わたしもそう思います。うう、顔熱い……どうしてわたしの自制心ってこんなに弱いの~」
針のような視線を背に、オレたちは慌ててその場を後にした。
最後は少し狼狽したけど……
この一日で、雪菜との距離は確実に近くなった気がする。




