第34話・建て直すの日々・悩み相談
第34話・建て直すの日々・悩み相談
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翌日の昼、いつもの天城家のダイニング。
突然、キッチンの窓辺に青の光が弾け、局長が現れた瞬間からすべてが始まった。
「それじゃ、小夜ちゃん、雪菜ちゃん。暁を借りるの~」
局長はいつもの笑顔で手を差し出し、巫女服の袖をふわりと翻す。
小夜はパンをくわえたまま、面倒くさそうに肩をすくめた。
「うん、いいよ~。人気者だな、おにい」
雪菜は少し眉を寄せ、局長の目を見つめるけど、すぐに微笑みに変えた。
「はい、いいですよ。でも、早く帰してあげてくださいね」
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
オレの抗議は空しく、局長の細い手に袖を掴まれる。
次の瞬間、転移符の光がオレたちを包んだ。
「ああ、行っちゃった……」
雪菜が小さくため息をつき、エプロンの裾を指で軽く摘まむ。
隣で小夜がパンを頰張りながら、のんびり手を振った。
「まあまあ、雪菜ねえ。いつものことだよ~昼飯を食べよう~」
*
光が消えた先は、深い山奥の古い神社だった。
鳥居の影が長く伸び、苔むした石畳の参道が続いている。
木々の隙間から差し込む日光が、境内の静寂を柔らかく照らしていた。
「ここは……どこだろう?」
オレは周囲を見回す。果てしなく続く森と、古びた本殿だけ。
「ほら、そこに立ってないの、暁!早く入りなさいの~」
振り返ると、局長はすでに下駄を脱ぎ、縁側に軽やかに立っていた。
巫女服の裾を優雅に払い、木門を片手で開けながらオレを手招きする。
「はい、すぐ行きます……」
オレは慌てて走り寄る。
「あの、残桜さん。勝手に神社に入るのは良くないんじゃないですか?」
後ろをついていくオレに、局長はくすっと笑った。
「あー、それは心配いらないの。だってさ、ここは自分の実家だからの」
「え、実家って……え、残桜さんの実家がこの神社!?」
「そうだの。もう誰もいないから、ほっといてくれの~」
そう言って、残桜はオレを本殿へと案内した。
本殿の奥、祭壇の上に古びた鏡の破片が散らばっている。
かつて御神体があった場所は、今や無残に割れた。
「ほれ、座ってくれの」
局長は布団を広げ、オレに勧める。
オレは素直に座った。
「あの、残桜さんはどうしてオレをここに連れてきたんですか?」
局長はオレの隣に腰を下ろし微笑む。
金色の瞳が、日光に輝いた。
「安心してくれ、ただのお話だけなの。最近のプレッシャーが少し重いと感じたから、お友達に『別の人に話してごらん』って勧められたの。この神社は自分の魔法で多重に守られて、ほぼ世界から切り離されたみたいな場所だから。ここで話せば誰にも聞かれないのよ」
「う、事情は分かりますけど……どうしてオレを選んだんですか?」
局長は指を一本ずつ折りながら、軽やかに挙げる。
「これは色々な理由があるの。一、暁、お前は13区の連絡員、中央区の人じゃない。これは大事なの。そして二つ、お前の小隊員の中に少々特殊の要注意人物が存在するだから。最重要のは三つ、お前は中央区を除いて一番馴染んだ職員だから」
「え、これだけ?」
「そうだの。自分の愚痴話を聞きませんの?先に言っておく、ここで話すことは絶対秘密にしてね。もし誰かにバレたら、死ぬまで呪いをかけるのよ?」
局長は太陽のような笑顔でそう言いながら、両手を扇のように広げ、符を何枚か見せつける。
忌々しの光が、符の表面で妖しく揺れた。
「怖い怖い、約束しますから、符をしまってください!」
「うむ!よろしいの!」
オレの即答に満足した局長は、符を袖の中にすっと収めた。
そして、膝を軽く揃え、オレの方を向く。
「それで……何を話しましょうか?」
「なら、始めようかの?お前は内部の人だから、自分が原初の中で最後に覚醒したことは知ってるの?」
局長は布団の上で膝を正しオレの方を向いた。
金色の瞳が、日光に照らされて静かに輝く。
「はい、そのくらいは知ってます」
「それは良かったの。魔物が顕現し始めたあの頃……自分は両親の手伝いで神社で巫女をしていた、どこにでもいるただの小娘でしたの。けれど、あの日はすべてが変わった。魔物が前兆もなく神社に顕現して……何となく覚醒したけど、魔物の敵になれなくて、最後は先輩たちの助けで生き延びたの。この自分は最後に覚醒したから、内向的で純真だったから、ずっと先輩たちに世話されて、可愛がられて……マスコットみたいなものだったの」
局長は遠くを見つめるように目を細め、昔を懐かしむ仕草で銀髪を指で軽く梳いた。
「残桜さんが純真の頃、マスコット……想像できないな」
「こらー!自分のその頃はあるの!」
「ごめん、ごめん。続けてください」
「ふん……続けるわの。あの頃の自分はアヒルのように先輩たちの後ろをついて回って、先輩たちは戦いに行く前に平安符を渡して、健闘を祈ってくれましたの。人を助け、信頼を作って、『自分たちは人に擬態した魔物じゃない』って証明する。あの頃は忙しかったけど、充実した毎日でしたの。けれど、全てはあの事件まで。あの魔王野郎は旧東京を中心に、まるで伝統RPGゲームのような世界を改造したの。ゲームそっくりのモンスター、倒すと経験値を得る、職業とレベルシステム、聖剣まで全部再現したの。自分はこの討伐隊の中で一番弱かったから、先輩たちは聖剣を抜く権利を譲ってくれた。自分をあの魔王野郎のシステムに『勇者』として選定されたの」
いま語られている話は、オレもほとんど知らない内容だった。
あの戦いは苛烈を極め、記録は最重要機密に指定され、関係者しか知らない。
「始めた頃は順調だったわの。あのRPG世界を冒険して、幾千の困難を共に乗り越え、四天王と呼ばれる魔物たちと戦って……城に張られたバリアを崩し、ようやく魔王城にたどり着いた。あの魔王野郎との戦いが始まったの。あの戦いは不気味なほど順調で、勝利は目の前にあるような錯覚がしたわ……あの時まで」
ここで、局長の表情が一変した。
穏やかだった金色の瞳に、苦渋と痛みが浮かぶ。
指先が布団の端を強く握りしめ震えた。
「あれは魔王野郎をひれ伏せた瞬間に、短い一瞬で起きたの……自分以外の先輩たちは、死んだ。あんまりにも悪い冗談でしょう?何が『魔王が真の力を解放した』、何が『勇者覚醒の敗北イベント』、何が『覚醒した勇者と最高の対決』だ!?あのくだらない理由で!自分より強い先輩たちは反抗すらできずに、あの魔王野郎に殺されたの!更に未知の力が、あの野郎の言う通り溢れ出す!」
局長の激しい感情に応えるように、周囲の魔力が勝手に集まり、怪しい風が神社の中に巻き起こった。
木々の葉がざわめき、破片の鏡が微かに震える。
その感情を鎮めるため、オレは急いで口を挟んだ。
「冷静に……周りが大変に……けれど、残桜さんは魔王に勝った。犠牲にした魔法少女たちも、式神として、形は違うけど復活したでしょう?」
オレの言葉を聞いた瞬間、沸騰していた感情が少しずつ鎮まっていく。
風が止み、局長の肩から力が抜けた。
「……以前に言ったわね。魔法少女が強くなる要件は覚えてる?」
「ええ、もちろん。時間、魔物討伐、魔法の再解釈。この三つでしょう?」
局長は冷静さを取り戻し、しかしどこか遠い目で続ける。
「そして、四つ目。体内魔力を制御できずに暴走し、侵食され、欲望と共鳴して魔人や魔女に変身すること。お前もよく知ってるわよね?その焔と鎖は明らかに別々の効果がある、二つの魔法」
そういえば……魔法は手足のように自由に操ると思っていたが、この数日、深く考えもしなかった。
焔と鎖は明らかに別物だ。
「あの時、先輩たちが倒れるのを見た次の瞬間に、黒い感情が心に満ちたの。本来であればあの魔王野郎の城中に極めて高密度の魔力が漂っていたから、自分が爆発した感情に応えて、螺旋のように自分の身体に過剰な魔力を吸収した……あの魔王野郎の台本に望んだのとは違って、自分は覚醒した。真の勇者と……『魔女』、その二つの力。
みんなさんが倒れた時、自分の心の中に残されたのは、純粋で幼子のような我儘の欲望『自分を置いていかない、いかないで』。魔力がそれと共鳴したの。『魂縛り』――これが自分が魔女に墜ちた時に得た新たな魔法。式神を作れるのは『符の魔法』だけではできなかった。あの時に覚醒した自分の第二の魔法なら、これを可能にしたの」
オレの困惑を無視して、局長は淡々と話し続ける。
指先で自分の胸を軽く押さえ、遠い記憶を呼び起こすように。
「記憶は曖昧だけど、わかるわ。自分は先輩たちの魂を縛って捕捉し、符の魔法で依代を創造して、先輩たちを式神として蘇らせたの。あの魔王野郎に与えられた真の勇者と魔女化で魔力が無限のように溢れ、先輩たちは普段通り戦えるようになった。自分も破壊衝動に任せて、聖剣を操ってあの魔王野郎に突進し、あの野郎が望んだ対決する。蘇えた先輩たちは困惑しながらも自分の後ろについてきて、最後の決戦に向かったの。その後のことは……魔王は闇落ちした勇者と仲間たちと共に倒れ、闇落ちした勇者も信頼する仲間たちにボコボコにされて元に戻り、めでたしめでたし……」
「その口調、完全にめでたしじゃないですよ」
局長は他人事のように淡々とした口調で話すけれど、その中に存在する重い感情は、オレにもはっきりと伝わってきた。
誤魔化すことはできなかった。
局長は小さく息を吐き、震わせながら話しを続ける。
「自我を失うのは気持ち悪いし、あの魔王野郎の力を借りるのも気分が悪い……先輩たちは生前のように魔法が使えない、不完全な状態で蘇生させた自分が憎い……ただ運がいいだけで生き残っただけ。だから、自分だけで責任を負う。自分たちを信頼してくれた人たちの力を結束し、新都計画を実現し、この魔物対策局を成立させるのも、自分たちが共有した夢を叶えるため……原初に呼ばれる魔法少女は、あの安全区のない世界で自分の手に活路を開く者たち。でも自分は?先輩たちに守られ、運がいいだけで生存しただけ……13区へのテロも、あの危険組織は楽奈ちゃんの件で知っていたのに……間に合って死者はいないけど、重傷を負った人もたくさんいる。全部、自分の責任だ……自分はリーダーの才なんてない……何もないよー……」
抑え込んでいた感情が、ついに崩れ落ちた。
涙が、金色の瞳から溢れ出す。
局長は両手で顔を覆い、肩を小さく震わせた。
巫女服の袖が、静かに濡れていく。
オレは慌てて局長、残桜の小さな体を抱き寄せ、優しく背中を撫でた。
小さいな肩の感触が、掌に伝わってくる。
「そうじゃないよ、残桜さん。新都を安全区として建てたのも、市内の平穏を維持してるのも、残桜さんがいるからこそ成立したことだ。残桜さんは今も壁外に出て、危険度の高い魔物を討伐してるだろ?残桜さんに救われた命も、たくさんある。もっと自信を持ってください」
こうして抱きしめると、彼女の華奢さがはっきりと感じられた。
本当の感情はずっと、生存者としての責任感に抑圧されていたのかもしれない。
普段の軽やかな態度は、それを隠すための強がりだったのかもしれない。
様々な感情が長年心の中に溜まり続け、いつか溢れる日が来る。
いまこそ、その限界に達したのだろう。
あのテロはトリガーでした、隠されていた感情が、ようやく溢れ出した。
「残桜さんは言ったよね?ここは魔法で隔離された空間、誰にも聞かれない。オレはいいよ、強がりはしなくていい。一生秘密にするから、約束する」
残桜は何も言葉を返さなかった。
けれど、その行動がすべてを答えていた。
彼女はオレの胸に顔を埋め、声を殺して泣き続けた。
小さな背中が、震えながらオレの腕の中で温かくなっていく。
「自分……自分は怖い……先輩たちの誇りになれているかな……自分を救ってくれた先輩たちは、安心して第二の人生を楽しんでるかな……先輩たちは勝手に蘇らせた自分を恨んでるかな……自分は局長だから、それを全部飲み込んで……けど、けど……!」
「よしよし……残桜さんは心配なら、行って彼女たちにどう思うか聞いてみてください。オレは原初の魔法少女たち何人かだけ知ってるけど、彼女たちは案外簡単に答えてくれるかもしれません。言葉は他人と繋ぐするもの。一人でぐちゃぐちゃに考えるより、言った方がいいですよ」
「……む」
正面からの答えはないけれど、きっとオレの言葉は伝わった。
残桜の不安が、少しでも減るならいい。
魔法少女たちの煩悩を聞き、遭遇した問題に道を示す。
これは魔物と戦えないオレができる、唯一のことだ。
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「あ、あ~スッキリしたの。これは何年ぶりに泣いたかしら?全身が軽くなった気がするの~。ナキアちゃんの意見を聞きましたのは良かったの~」
どれほどの時間が経ったかわからない。
感情を解放した残桜は、以前より少し柔らかくなったように感じられた。
目はまだ赤く腫れているが、瞳がより明るく輝いている。
「済まない、年上の自分が幼子のように泣くなんて、醜い一面を見せてしまったの」
「大丈夫ですよ、残桜さん。これはオレを信頼してくれた証だから、むしろ誇りに思います。感情というものは解き放つ必要がある。これは正常なことです」
「む、誤魔化しするつもり?」
「いいえ、本心で言っただけだよ。安心してください、ここで起きたことは絶対に秘密にします。もしまたプレッシャーを感じたら、いつでもオレを呼んでください。残桜さんのためなら、オレはいつでも時間を作りますから」
オレの思わず出た言葉に、残桜は一瞬フリーズした。
金色の瞳が大きく見開かれ、頰がほんのり赤らむ。
「……お前はいつもこの態度であの子たちと暮らしてるの?だから、お前の小隊に人間関係の喧嘩が起きないのね。まあ、その言葉を受け入れたわ。もしまた『密談』が必要になれば、またここに連れ出すから、覚悟しての」
そう言いながら、残桜は以前よりも本心からの笑顔でオレを見つめた。
日光に照らされた黒髪が優しく揺れる。




