第29話・建て直すの日々・中央区へ
第29話・建て直すの日々・中央区へ
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「ああ、行っちゃったわね」
金色と青の炎が揺らめく薄闇の領域で、フェリーは独り言ちた。
銀髪を指で軽く梳き、翼を小さく畳む。
金色の縦瞳が、静かに虚空を見つめる。
「まさか、あのバッドエンドにたどり着いた我から、些細な干渉――ただあいつとの出会いを早めただけで、未来の分岐がこんなに変わるなんて」
彼女は優雅に手を振った。
倒れた本棚が、まるで糸に引きされたのように動き出し、ゆっくりと元の位置に戻っていく。
「我は可能性の未来が見えるのに……やっぱり、世界は面白いわね。次の分岐は……『鏡面』との遭遇結果か。時間を観察してみましょう」
最後に落ちた本を拾い、棚に戻す。
その動作は、まるで大切な宝物を扱うように丁寧だった。
未来を観察するため、金色の瞳が黄昏のように昏く輝き始める。
「今にたどり着いた『過去』のアンカーに、干渉の痕跡がない……いいえ、今はすでに干渉された結果ね。あのバッドエンドにたどり着いた我が、そんなにあいつを気にしてるのかしら?」
フェリーは小さく首を傾げ、翼を軽く震わせた。
暁は、初めて我と何の意図もなく、対等に話してくれた人類だった。
最初の来訪者は、一目で狂い、そのまま己の首を引き抜かれてしまった。
情報遮断の術式を改善して、次々の来訪者は対話できる数が増えたけれど――こちらに向けられる感情は、大抵が恐怖、不可解、絶望、畏敬。
ようやく普通に対話できる人類が来たと思ったら、あれは求道者に近い。
単純に現実に絶望し、答えを求めるだけ。
最後も狂ってしまった。自分の理念を逆なでする形で。
ただ、何も指向的な感情を向けず、対等に話してくれるだけで――ただ一人の人類のために、こんなに事をするなんて?
我らしくない。
我はそんなにちょろいわけがない。
単純に、あの我は花畑な頭だった可能性もある。
決して、そういうわけではないわね。
「『現在』の変動も、掌握範囲内……同族の動きが、予測しづらいわね」
未来を観察していると、この静謐な空間が、急に騒がしくなる。
「あ、もう、うるさい!黙りなさい!わかった、わかった!次々と、次々とね!キミたちは我でしょう、理解できたわね?……ハア?先の口付けだけで、世界線がこんなに変わった?全体的には良い方向の変化だけど、事前準備が台無しじゃない!?」
フェリーは苛立ったように手を振り、石の地面が移動して下り階段が現れる。
その奥――自室へ歩み始めた。
「好奇心に負けた代償が、重すぎるわ……もう一度、始めから最善の未来を選ばないと」
はあ~可能性の未来を見るって、これは減点ね。
それは、未来の感情に影響されて、間違って未来の態度で現在の対象に向かうこと。
もし、ある人は全ての未来で回避できない死が待つなら、最低限の感情しか与えない。
もし、ある人は全ての未来で裏切るなら、理由もなく出会いの瞬間に殺す。
もし、あの人は全ての未来で狂気に耐えらない、二度と会うことはなかったなら、ただ知識を教えるだけ。
もし、あの人は分岐された未来で……
「そう、これは我――自分自身が、最善の未来のために」
我は絶対にちょろいわけがない。
決して。
*
オレは寝室のベッドで目覚めた。
「……うん、もう朝か……なんか、長い夢を見た気がするけど、思い出せない。気のせいかな」
窓から差し込む朝陽が、オレを完全に夢の世界から引き戻す。
「8時まであと3分。アラームが鳴る前に起きたか。」
起きるつもりけど、重さで動かない。
「って、こんなにぎゅっと抱きついて……オレをクッションと勘違いしてるのか?」
小夜はまだ深く眠っている。
オレの胸に顔を埋め、腕を腰に回して離さない。
昨日の恐怖が残っているのか、普段より強くしがみついている。
オレは小夜を起こさないよう、慎重に彼女の腕を解き、乱れた布団を直した。
そのままベッドから抜け出し、洗面所へ向かう。
「今日は何事もなく、順調に過ごせますように」
新都外から来たオレたちには家族がいない。
この家にはオレと小夜だけ。
普段なら、妹が起きる前に朝食を作っておくんだけど――
階段を降りる途中で、下からいい匂いが漂ってきた。
「……ん?」
食桌には、すでに三人分の朝食が並んでいる。
味噌汁、塩焼きサバ、小鉢のおかず。
「これは……雪菜さん?」
「はい、ここにいます」
背後から、柔らかな体重が押しつけられる。
耳元で、聞き慣れた声が囁いた。
「さすがお兄さん。わたしに気づきましたね、お兄さんの雪菜です」
「うわっ、本当に!?びっくりした……全然気づかなかった。おはようございます。朝食まで用意してくれて、申し訳ない……」
「おはようございます。いいえ、迷惑なんかじゃありません。わたし……好きで、こうしてるだけですから」
エプロン姿の雪菜が、オレの背中からゆっくり離れる。
黒髪を耳にかける仕草が、どこか大人びて見えた。
雪菜は時々、こうして家に入ってくる。
最初は驚いたけど、今はもう慣れた。
そういえば、いつ合鍵を渡したんだっけ?
「魔法は便利ですね。合鍵なんて使わなくても、庭の窓から《距離の魔法》で移動できるんです。小夜ちゃんはまだ寝てるかな?」
「ああ。昨日は疲れたからな。今は寝かせてやってくれ……あいつ、午前中に起きるかどうか」
「うん、わかりました。お兄さんは葵ちゃんと本部で用事があるんですよね?なら、わたしたちだけで先に食べましょう。二人きりで」
雪菜に導かれ、テーブルに座る。
彼女は当然のように、オレの隣の席を選んだ。
「いただきます。……もぐもぐ。美味しい!雪菜さんの料理、上手くなったね。温かい朝食、ありがとう」
「本当ですか!?口に合ってよかったです、メモする……まだ改善できるところはあるんですけど、どんどん進化しますから、期待してください。あ、この昆布の煮物は結構自信作なんですよ。はい、あーん」
「あーん……もぐ。確かに、味が染みてて、醤油の香りもぴったりだ」
雪菜は箸を置いて、気付ない時にオレがの顔をじっと見つめる。
黒い瞳に、隠しきれない重い感情が揺れている。
言葉にはしない。
ただ、静かに微笑んで、味噌汁をすする。
穏やかな朝食の時間。
*
約束の時間より少し早く、オレは支部前の広場で待っていた。
「9時か……約束した10時にまだ早すぎたかな。まあ、遅刻よりはマシだ」
半壊した支部の前では、資材が山積み。
職員や建築系の魔法少女たちが忙しく動き回っている。
ここに立っているだけで、罪悪感が湧いてくる。
ん?あそこに、ピンク色の髪の子がうろうろしてる。
あれは――葵か?
「おーい、弓月さん!ここだ!」
オレは手を振って近づく。
「ひぃー!ご、ごめんなさい!うち、変な人じゃないです!約束でここに来ただけで――」
葵は慌てて何度も頭を下げ、肩を縮こまらせる。
人見知りが激しいのか、声が震えている。
「ほら、落ち着いて。オレだよ。約束した天城暁だ。顔上げて」
「ひょう……あ、本当に先輩です。ごめんなさい!さっきから職員さんが話しかけてきて、つい……」
「まあ、気にしないで。そういえば、キミも早めに来たんだな。待たせてごめん」
「あの……8時です。遅刻よりマシだと思って……」
「家族には、魔法少女になったこと話した?」
「うん、ちゃんと許可もらいました!任務で魔物の危険性を心配されたけど、魔法を使えるならみんなを守れるって、一生懸命説得したんです!」
「それは良かった。あと……」
オレは彼女の姿を見て、首を傾げる。
「どうして制服?それに、先輩って?」
「あ、その……昨日みんなに聞いたら、先輩はうちと同じ高校の先輩だって……嫌だったら変えます!あと、正式な服装がないから制服にしちゃいました……変ですか?」
「嫌じゃないよ。気楽に呼んでくれ。制服も全然変じゃない。この組織は硬いところじゃないからな。小隊のみんなだって、好きな服着てるだろ?」
オレの言葉に、葵はほっと肩の力を抜いた。
少し頰を赤らめ、制服の裾をぎゅっと握る。
「それじゃ、ちょっと早いけど、本部に行こうか」
「うん!」
オレたちは、本部の魔法少女の魔法で転移し、本部へ向かった。
*
「うう……まだこの浮遊感……うち、慣れないです……」
「まあ、何回かすれば慣れるよ。それじゃ、中央区へようこそ!」
視界が戻ると、オレたちは中央区に到着していた。
目の前に広がる、支部よりはるかに大きな建物――魔物対策局の本部。




