第12話・嵐の前の静け・戻った平和
第12話・嵐の前の静け・戻った平和
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二階まで上がってきたところで、オレは足を止めた。
廊下の奥――自分のオフィスの灯りが、まだ消えていない。
(……誰だ?今日は来客の予定はなかったはずだが)
警戒しつつ扉を開けると、そこにいたのは――
「あ、お兄さん。任務完了お疲れ様です。本当は援軍として参加する予定だったんですけど、職員のみなさんに止められて……ここで待ってました」
にこりと微笑む星野雪菜。
そして――
「やっほー、おにい~。遅かったじゃん」
来客用ソファに寝転がり、オレのゲーム機を勝手に操作している、灰色の髪の少女。
「……なぜおまえがここにいるの、妹よ?」
そう、彼女はオレに残された唯一の家族。
中学二年生、怠惰で図々しく、生意気の塊――天城小夜。
十年前、あの人が突如として姿を消した。
十三歳だったオレは、四歳の小夜を連れて住み慣れた土地を離れた。妹の手を引き、魔物の襲撃を潜り抜けながら、命からがら新都の外壁へとたどり着いたのだ。
そして、魔物対策局の配慮で星野家の隣に住むことになり、そこから雪菜とは幼なじみになる。
「学校はどうした」
「それ、いちばん分かってるのおにいでしょ~?『地下街で魔物災害発生のため臨時休校』だって。帰り道で焦ってる雪菜ねえに会ったから、面白そうでついてきた」
コントローラーをいじりながら、まるで他人事のように言う。
「あ、そうなんです。小夜ちゃんと途中で会って……近いですし、安全のために連れてきました」
「ありがとうございます、雪菜さん」
「いえいえ、それは当然です」
「……妹よ。おまえは雪菜さんに感謝しないのか?」
「言ったってば~。で?おにい、アタシのことどう思ってるわけ?」
文句は多いが、表情はどこか楽しげだ。
相手にするだけ無駄なので、ひとまず流す。
「それより雪菜さん。今日は休養日だろう。無理に任務に出ようとしたら、精神に負担が――」
「……はい。次からは、ちゃんと気をつけます」
「かたい話はおしまい~。せっかくだし、一緒に遊ぼ?」
小夜がゲーム機を振って誘ってくる。
「オレはパスだ。任務レポートがある。――それより、おまえ宿題は終わったのか?」
「げっ……おにい、空気読めよ。ねえ、雪菜ねえ?」
「宿題は早く終わらせた方が楽ですよ。よければ、お手伝いします」
「……あ。雪菜ねえも、委員長タイプか……。じゃ、アタシ帰る」
そそくさと立ち上がる小夜の襟首を、オレは迷いなく掴んだ。
「おい」
「なにすんの!?おにい!」
「せっかく雪菜さんが手伝ってくれるんだ。素直に受けろ」
「はい!ぜひ!」
小夜は必死にもがき、コントローラーがソファに転がる。
「大好きの妹に裏切ったの!?この裏切り者!おにいの鬼!悪魔!暁にい!」
「大好きこそだ。それと、人の名前を悪口みたいに言うな」
観念した小夜は、鞄から宿題を引っ張り出し、不満顔で机に向かう。
雪菜は隣に座り、丁寧にページを開いた。
オレは自分の椅子に戻り、雷爪炎狼戦のレポートに取りかかる。
*
新都の外壁の外――人類の生存圏が及ばない郊外。
かつて『原初の魔法少女』たちが奪還したのは、すべての土地ではない。
国々の主要都市のみ。人口が激減した今、人類はまだ狭い範囲で生きている。
郊外は、いまも魔物の楽園だ。
長く生き、進化し、名を持つ存在――『ネームド』が跋扈する。
その死骸が、まだ空気に溶けきらぬまま、山のように積み上がっていた。
それを一人で掃討した存在がいる。
「……これで、最後か」
巫女服を纏った幼い少女。
百年以上を生きる“原初の魔法少女”――魔物対策局局長、魔法少女・残桜。
「ここはしばらく安全だな。建造系の子たちに連絡して、壁を設けろ。この一帯は新都第百区になる」
通信越しに部下たちが応答する、移動系魔法持つの子は人の資材を次々と残桜の傍に転移する。
「局長、お疲れ様でした!この規模を一人で……」
「よいよい。自分は年上だが、まだ現役だぞ?この程度『世界を変われない』の雑魚だけだ、軽い運動みだいなものんだ」
腰のカードケースから一枚の符を取り出し、手渡す。
「非常用の撤退用の符だ、御守りみだいなものだ。予想外が起きたら、迷わず使え」
「了解しました!」
満足そうに頷くと、残桜は軽く外壁を跳び上がり、上空から全体を見渡す。
(……ふむ)
通信端末に、新たな報告。
「十三区で異常事件……?魔石分割型のコウモリ……不自然だな。……おや?まだ新たな報告が」
別のレポートに目を留める。
「……うむ、連続顕現?任務遂行の小隊は全部同じが?担当の連絡員、天城暁……一般人ながら魔物の討伐経験ありのあの若い小僧?――面白い」
小さく笑う。
「でも、今日は遅い。明日、見に行くとしよう。さって、バフェに食べよ」
静かに、嵐の種が蒔かれた。
*
一方、オフィス。
仕事を終えたオレは、小夜と雪菜と三人でパーティーゲームをしていた。
だが、妙な胸騒ぎのせいか、操作が鈍る。
「はいはい、またミス~!」
「……負けた」
「よっわ!おにい雑魚~!」
「雑魚言うな。ただの調子が悪いだけだ、次だ!」
「うん!次は勝てますよ、お兄さん!」
「雪菜ねえ甘すぎ~。でも再戦を許すのは強者の特権だし、かかってこい~」
笑い声が部屋に響く。
――誰も、気づいていなかった。
その“静けさ”が、嵐の前触れであることを。




