第5話
通夜当日、16時半。
東都葬祭・荒川斎場。
3つの「雪の間」が、隣り合っていた。
雪の間1……上原順平担当(遺産争い)
雪の間2……渡部健一担当(彫り師・ヤクザ関係)
雪の間3……佐藤修二担当(新興宗教・光明の道)
式場の準備を終えた落合葬儀社の3人は、それぞれの式場で既に胃がキリキリしていた。
まず最初に動き出したのは、雪の間3。
「さあさあ、みなさん! 今日は故人の大切な旅立ちの日ですよ〜!
盛大に送り出してあげましょう〜!」
大きな声が廊下に響き渡った。
声の主は、光明の道の自称世話役・山田和子(52歳)。
派手な化粧に、派手な柄の着物風の衣装。
髪を高く結い上げ、太い眉をさらに強調したメイクで、威勢よく手を振り回している。
彼女の後ろには、信者らしき男女10名ほどが太鼓や鈴、木魚を抱えて続いていた。
佐藤は式場から顔を出し、血の気が引いた。
(……やっぱり来た……
しかもあれ……光明の道の有名な仕切り役のババアじゃん……)
和子は雪の間3の入り口で仁王立ちになり、大きな声で指示を飛ばした。
「さあ、準備!準備! 太鼓、鈴、木魚、全部準備して〜!
故人の魂が天に昇るまで、盛大に鳴らしてあげましょう〜!」
信者たちが鳴り物の準備を始めた。
ちょうど喪主の夫が到着したが、なすすべもなく圧倒されている。
佐藤は必死で鳴り物を準備する和子に式場の規則を説明し、参列してもいい代わりに鳴り物は鳴らさないという約束を取り付けた。
開式15分前の17時45分――
黒塗りの高級車が雪の間2の前に次々に停まっては参列者を降ろした。
渡部は額に汗を浮かべながら、隣の式場の佐藤に小声で訴えた。
「やべーよ!やべーよ!ヤクザ来ちゃったよ~!」
佐藤は笑顔を貼り付けながらも、声が上ずっていた。
「まあまあ……なんとかなるよ〜……」
(でも……うちも山田和子がいるってことは、いつ鳴り物を鳴らし始めるかわかったもんじゃねぇ……)
その時、雪の間1のドアが静かに開いた。
上原順平が無言で出てくる。
表情は一切変わらないが、目がわずかに泳いでいる。
「……長女とその夫が、今……、到着した……」
雪の間1からけたたましい金切り声でののしり合う声が聞こえ始めた。
3人は廊下で顔を見合わせた。
「修羅場だ~」
渡部が頭を抱えた。
その瞬間、雪の間3から太鼓の音がドーン!と響いた。
同時に、雪の間2の入り口付近で黒いスーツの男たちが一斉に振り返る。
「なんだ、この音……?」
ヤクザの一人が眉をひそめた。
渡部が血の気を失った顔で呟く。
「……終わった……
落合葬儀社、終わりだ……」
佐藤が貼り付けたような笑顔のまま小声で言う。
「まあまあ……なんとかなるよ……
……多分……」
上原はただ、無言で天井を仰いだ。
荒川斎場全体に、太鼓と鈴の音が響き渡り始めた。
3人の長い一日が、本当の意味で始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
今回はブラックユーモアたっぷりに “葬儀という聖域” でのドタバタコメディーを書いてみました。
いよいよ修羅場と化す通夜の日がやってきました。
全7話の短いお話です。
お付き合いいただけましたら幸いです。
18時頃に毎日投稿したいと思っております。
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