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荒川斎場雪の間1・2・3  作者: 土御門惟愛


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3/6

第3話

同じ頃、K病院の霊安室でも、落合葬儀社の別の社員が動いていた。

佐藤修二、45歳。入社23年目のベテラン。

いつも柔らかな笑顔を浮かべ、「まあまあ、なんとかなりますよ〜」と穏やかに遺族をなだめるのが彼のスタイルだった。

彼が担当したのは、70歳の女性の葬儀。

夫である喪主の強い希望で、荒川斎場で仏式での施行が決まっていた……はずだった。

自宅で遺体の安置も終わり、打ち合わせは順調に進んでいた。

佐藤はいつものように微笑みながら書類をまとめていたが、

自宅の奥にチラッと気になる祭壇が目に入り、彼の笑顔が一瞬固まった。

喪主はそれを見て何気なく答えた。

「あれですか……妻は生前、『光明の道』の熱心な信者でしてね」

佐藤のペンが、ぴたりと止まった。

(やっぱりあの祭壇……光明の道……。

葬儀でガンガン鳴り物を鳴らして近所中に響かせる……。

あの荒川斎場で……あれをやられた日には……

これは……取引停止案件になりかねない……)

頭の中で警報が鳴り響いた。

東都葬祭系の斎場は、他の式場への迷惑を理由に「大きな音の出る鳴り物」は明確に禁止している。

万が一そんなことになれば隣の式場からの苦情が殺到するのは必至。

佐藤は営業用の柔らかい笑顔を必死に保ちながら、慎重に提案した。

「ただ、荒川斎場は鳴り物にかなり厳しいんですよ。

 別の斎場、例えば……」

「いや、荒川斎場でお願いします」

喪主はきっぱりと言い切った。

「絶対に光明の道の人間は妻の葬儀には来させません。

私はずっと妻があの宗教にのめり込んでいくのを反対していたんです!

 私はあの連中を参列させる気はありません。

 妻の葬儀は静かに仏式で送ってやりたいんです」

佐藤は一瞬、言葉に詰まった。

(……とは言っても……

 光明の道の信者って、突然来て鳴り物鳴らし始める連中だろ……?

 荒川斎場でヤバい音出したら、隣の式場にまで迷惑かかって……

 最悪、取引停止だぞ……)

内心で冷や汗が止まらなかったが、

喪主の強い眼差しを見て、佐藤はゆっくりと頷いた。

「……わかりました。荒川斎場で、仏式で進めましょう。

 ただ、鳴り物だけは……お願いしますね」

(……不安しかねえ……)

佐藤は心の中で小さくため息をつきながら天を仰いだ。


そのまた同じ頃、H病院の霊安室でも、落合葬儀社の社員が一件の葬儀を受注していた。

上原順平、41歳。入社18年目。

無口で表情をほとんど変えない。必要最低限のことしか口にしない。

社内では「石のように黙って仕事をこなす男」と陰で呼ばれていた。

彼が担当するのは、西村治夫78歳の男性の葬儀。

最期を看取ったのは妻と次女の二人だった。

打ち合わせは淡々と進んでいた。

上原は無言で書類をまとめ、時折小さく頷くだけだった。

しかし、打ち合わせが進むにつれ、上原は一つの違和感を覚えていた。

(……長女の姿が、一度も見えない……)

妻も次女も、長女の話題には一切触れようとしない。

上原はプロとして家族の事情に深入りしない主義だった。

だからその話題には敢えて触れず、予定通り準備を進めていった。


しかし——

通夜を2日後に控えた夜の22時過ぎ。

事務所で夜当番をしている時にその電話は入った。

「落合葬儀社です」

低く、抑揚のない声で上原は応答した。

「……」

「……もしもし」

「……落合葬儀社さんですか?

西村治夫の身内の者です。

担当の方はいらっしゃいますか?」

「私が担当の上原です」

「私は……故人の長女の夫です」

電話の向こうの男の声は、静かだったが、どこか抑えきれない怒りを孕んでいた。

上原は無言で耳を傾けた。

「実は……妻が今、かなり取り乱しておりまして……」

男は一瞬、言葉を詰まらせた。

「……妻と義母の間には、かなり複雑な事情がありまして……。

喪主の義母は後妻でして、次女はその連れ子なんです。

義父は後妻に騙されていたんです。遺産目当てで……。

妻は3年前に絶縁されておりまして……。

血のつながった娘である妻は、父親の死さえ知らせてもらえませんでした。

……血のつながった娘として、その葬儀は認められない……。

そう言っていまして……」

上原はただ、静かに聞いていた。

表情は一切変わらない。

ただ、指先がわずかに受話器を強く握りしめていた。

(……遺産争いか……

絶縁状態……

後妻と連れ子の次女……

これは……ただの家族葬では済まなさそうだ……)

男の声が、震えながら続いた。

「上原さん……

妻は父親の最期にも立ち会えなかった。

葬儀を取りやめることはもう不可能でしょう。

しかし、せめて……葬儀だけでも……」

上原はゆっくりと息を吐いた。

声は低く、短く。

「……わかりました。通夜は明後日18時、荒川斎場雪の間1です。

詳しい事情は、明後日、お聞きします」

電話を切った後、上原は無言で壁を見つめたまま、

しばらく動けなかった。

お読みいただきありがとうございます。


今回はブラックユーモアたっぷりに “葬儀という聖域” でのドタバタコメディーを書いてみました。

全7話の短いお話です。

お付き合いいただけましたら幸いです。


18時頃に毎日投稿したいと思っております。


よろしくお願いいたします。

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