「姉」後編
「お姉ちゃん、最近おかしいの。」
麻里から電話があったのは、それから半年ほどたった後だった。
電話なんて珍しいと内心首をかしげながら、私は問い返す。
「何が?」
「お父さんとお母さんのこと。」
「なんで?」
「だって。」
麻里は続ける。
ショートケーキの苺を瞬に譲らなければならない、お気に入りの絵本をあげなければならない、三者面談の日と瞬の学校のPTAの会合が重なって来てくれない、同じようなケガをしても全部瞬が優先される等々。
「ふーん。」
「それに、おかしいの。
お母さんたちがね、『あなたはお姉ちゃんなんだから』って言うのよ?
変よね? お姉ちゃんはお姉ちゃんだけなのに。」
口をとがらせる麻里の姿が目に浮かぶ。
私はふむ、とうなずいた。
「別に変じゃないわよ?」
「え? なんで?」
「だって、瞬から見れば、あんたは年上なんだから、立派に『お姉ちゃん』じゃない。
新しい弟ができるってことは、必然的に新しいお姉ちゃんができるってことよ。」
麻里が絶句した。
本当に理解してなかったのだろう。一応、中学生のはずだけど。
「……じゃあ、瞬がいるから、わたし『お姉ちゃん』なの?」
「そうよ。」
私が簡潔に言うと、麻里はしばらくして「わかった。」電話を切った。
私は深くため息をつくと、
「かわいそうに。」
とつぶやいた。
それから数日後、私は突然授業中に先生に呼び出された。
私が到着すると、両親は抱えていた頭を上げた。
その傍らには、点滴につながれたまま眠る瞬。
「ああ、晃……。」
私はかすかに驚いた。そういえば、もう十年くらい両親に名前を呼ばれていなかった。
「麻里が……麻里が……なんでこんなことに……。」
まだ、彼らは混乱している。
私は瞬を見下ろす。入院着に隠されてはいるが、その腹には大きな傷があるのだろう。
麻里に刺された傷が。
両親には見当もつかないだろう。なぜ、そんなことをしたのか、など。
後日、警察の人に話を聞いた。
麻里は動機について、こう話したそうだ。
「だって、瞬がいる限り、私は『お姉ちゃん』になってしまうもの。」
あっけらかんと笑う麻里に、その理解しがたい言葉とその雰囲気に、取り調べの人は意味が分からなかったそうだ。
私は思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえ、礼を言ってその場を去った。
笑いの発作が治まるのを待ち、手にしたスマホで連絡を取る。
「あ、おじいちゃん?
うん、そう……お願い。」
もうすぐ私はおじいちゃんの養子になる。
おじいちゃんは私の状況を前から危惧していたようで、養子の話を持ち出したら二つ返事で了承してくれた。
別に私は両親を恨んでないし、それは麻里に対しても同様だ。
ただ、このままだと私は、「姉」という名の搾取に遭い続けるだろう。それはご免だ。
麻里は精神鑑定を受けるかもしれないし、そもそも14歳未満なんだから実刑をうけることもないだろう。
もっとも、弟を殺そうとした「姉」を両親が受け入れるか、まあ、知ったことじゃないけど。
「まあ、がんばれば?」
私は私の道を行く。それだけ。
私はもう、『お姉ちゃん』じゃなくなるから。