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機械人形は歌う小鳥の夢を見るか?  作者: 電脳うさぎ
Episode 2: 『機械仕掛けのLoco-Motive』

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Verse 4: 吊られた人魚

Verse 4: 吊られた人魚

 Phase/ウィンクルレイン・メルクリオ




 二人で列車に乗り込むと、案の定、機械仕掛けの少女は広々とした車内を興味深げに見渡していた。


 通勤のピークはとっくに過ぎていた為、俺達が乗る列車にはそれほど乗客は多くない。

 主要路線から外れた比較的利用客の少ない路線だったことも幸いしたようだ。


 俺達は車内を少し歩き、先頭車両にほど近い空席に目星をつけた。


 カナリアを座席に促すと、彼女はモケット貼りのシートをひと撫でしてから、行儀よく腰を下ろした。


 俺も彼女と向かい合わせに腰を下ろし、列車の出発を待つことにした。


 すると、後部車両の扉が開き、制帽を被った運行監督員が足早に通路を歩いてきた。

 彼は手にした懐中時計に視線を落としながら、そのまま制御室のある先頭車両へと消えた。


 出発もまだだというのに、カナリアはさっそく車窓の外に目を向けていた。

 そのまま彼女が口を開く。


「この列車ではどちらへ向かうのですか? ウィル」


「あ、そうか、しまった。

模型盤のところで言おうと思ってたんだけど、言いそびれてたんだった。

ごめんな」


「いいえ。ウィル」


「セクター27に、大きな図書館があるんだ。

案内がてら、色々知りたがりのカナリアの興味を惹きそうな本でも見つかるかと思って。

うちの書棚にある本じゃ、たかが知れてるしな」


「図書館。

情報を紙媒体へ補完した物理型データベースの事ですね」


「うん、そんな感じだな」


「とても興味深いです。ウィル」


 カナリアは車窓から視線を離さずにそう言った。


 いつの間にか、窓枠に手まで掛けている。

 どうやら列車が動き出すのが余程待ち遠しいようだ。


 相変わらずの無表情ではあるものの、そうやって出発を待つ彼女の姿は、なんだか普段よりも幼げに見えた。

 きっと昨晩もこうして、外が明るくなるのを待ちわびていたんじゃないだろうか。


「別に公共ターミナルを使っても良かったんだけどな。

都市網(ローカルネット)で情報検索をするとなると、色々面倒な申請が必要なんだよ。

それに、端末のモニター越しじゃあ情緒もないし」


「情緒?」


 カナリアがこちらへ顔を向けた。

 「情緒」というワードは、彼女のデータベースから抜け落ちてしまった情報の内の一つらしい。


「本の手触りとか、匂いとか、そういう自分の五感で感じる空気感みたいなもの……って言えば伝わるか?

まあ、その言葉の意味も図書館に着いたら調べてみな」


「はい。ウィル。

ですが、未だ不明確ながらも理解は出来るような気がします」


「そういう時は、『何となくわかる気がする』って言えば良いんじゃないか」


「何となくわかる気がします。ウィル」


「はは、そうそう。

そんな感じだ」


 すると、車内のスピーカーから「ポーン」という音が鳴り、合成音声の無機質なアナウンスが響いた。


『間もなく──セクター16、外回り高架二番鉄道、発車致します』


 直後、大きく息を吸い込むような音の後、警笛と共に列車が腹から分厚い蒸気を吐き出す。

 どこかの窓が開かれているのか、モナド燃料と機械油の蒸発した独特な臭いが微かに漂ってきた。


「お、カナリア。

そろそろ出発するみたいだぞ」


 やがて車体が僅かに軋み、連結部が引っ張られるようにして鋼鉄の塊が動き出す。

 車両全体が小刻みに揺れ、座席の下から微かな振動が伝わってくる。

 その揺れは徐々に、全身を包み込むような緩やかな揺れへと変わっていった。


 カナリアは興味深げに流れていく景色を目で追っている。

 

 俺からしてみればここから見下ろす景色はどこも見飽きた鉛色ばかりで、お世辞にも楽しいものとは思えない。

 それでも、小さな骨董屋から外の世界へ出たばかりの彼女の目にはそんな景色も新鮮に映るのだろう。


「なあ、初めて列車に乗った感想はどうだ?」


「はい。これは素晴らしい乗り物です。ウィル。

あなたのバイクに劣らない乗り心地と言えます」


「バイク?

へえ、あいつをそんなに気に入ってくれてたとは知らなかったな。

ありがとう、嬉しいよ」


「はい。ウィル。

加えて、この車内はあなたの住居よりも広々とした空間です」


「はは、なんだよ、狭苦しい部屋で悪かったな。

けどな、通勤のピークなんてこの車内が今朝開けた豆の缶詰みたいにぎっしりになるんだ。

そうなったらあの安アパートの部屋が恋しくなるぞ、きっと」


「ぎっしり。

それは興味深い光景です。ウィル」


「興味深いのかよ……。

俺はもうあんなのごめんだ」


 一昨年、ぎゅうぎゅう詰めの車内で見事に財布を掏られた経験を思い出し、思わず苦笑いを零す。


 カナリアはその後も熱心に外の景色を目で追っていた。

 すると、車窓から見える()()()()()()()をおもむろに指差して口を開いた。


「あの巨大な構造物がアルメニカの『中央支柱』ですね。ウィル」


「そうだよ。

あれは地下層から各層の中心を貫いて、第4層……つまり、最上層まで続いてるんだ。

……ほら、至るところから配管やケーブルが伸びてるのが見えるだろ。

『プロメテウス』とかいう馬鹿デカいモナド転換炉で鉱石から抽出した動力を、ああして各層に供給してるんだ」


「では、支柱は動力供給を目的として建設されたものなのですか? ウィル」


「もちろんそれもあるけど、もう一つ大事な役目もある」


「なんでしょうか」


「層間移動に使う大規模な昇降装置だよ。

基本的に、俺達が層を行き来するには支柱を経由しないといけないからな」


 ただし支柱とは言っても、セクターひとつを丸々占領するほどの巨大構造物だ。

 その先端は蒸気と人工的に投映された空に溶け込み、全貌は視界に収めることすら出来ない。


 支柱の表面には植物の蔦のように配管や配線が幾重にも絡みつき、至る所から蒸気を放出している。

 ともすれば機械の大樹のようにも見えるその姿は、否応なく俺達の視界に映り込み、現実と非現実の境界を曖昧にするほどの威圧感を醸し出していた。



◆◇◆◇◆◇



 列車が一つ目の高架駅を通過した。

 気がつくと、カナリアがじっと空を覗き込んでいる。


「なんだカナリア。

あれだけ毎日空を眺めてたってのに、よく飽きないな」


「──以前から疑問を抱いていたのですが」


「うん?」


「あの空の随所に()()()()()()()()物体はなんなのでしょう。ウィル」


 彼女の視線の先に目を凝らすと、薄く漂う蒸気の向こう、空を映し出す天蓋の所々に小さな黒点が見えた。


「……へえ、埋め込まれている、か。

やっぱりドールってのは目が良いんだな」


 おそらくカナリアの目には、その黒点が空中から上体だけを地上へ向けて突き出す()()()()()()()()()()として映っていることだろう。


「『クリオネ』」


「クリオネ?」


「ああ、俺達はそう呼んでる。

政府が製造したオートマトン……って言っていいのかはわからないけど、あいつらは各層の天蓋からあんな風に俺達を監視してるらしい」


「らしい、とは?」


「あいつらはな、何か事件や事故が起きたとしても、()()()()()

監視といっても誰かを助けるわけでもなく、ただ見ているだけだ。

秩序維持局と連携してるって話も聞かないしな。

一応政府の所有物ってことらしいが……」


「巨大な事は良い事ですが、市民の監視のみを目的とするのであれば、あの規模と造形は合理的とは言えません」


「……確かに。

そんなことあまり気にしたことなかったな」


 俺は過去に監理局の資料で目にしたクリオネの記録映像を思い起こしてみる。


 ──記憶の中に残るクリオネの全体像はこうだ。



 腕を切り落とされた人魚を()()()()()()()ような造形。


 巨大な単眼状のアイセンサーを備えた頭部を下にして、十数メートルにも及ぶ身体を空中へ垂らすように浮遊する姿。


 腰の周りから『バッカルコーン』と呼ばれる六本の突起が節足動物の脚のように伸び、それら一本一本が揚力装置として機能しているらしい。


 全身は鈍い金属光沢を帯び、機械でありながらもどこか生物めいた、滑らかな流線型の曲線を描いていた。



 そんな奴等が普段は天蓋に下半身を埋め、空の色に紛れて、その青ざめた瞳で無感情に地上を射抜いている。


 俺にとってそれは生まれた時から当たり前に在ったものだ。

 だから、今まで特に疑問を抱くこともなかった。


 けれど、外の世界を識り始めたばかりのカナリアにその非合理さを指摘されてみると、見慣れていたはずの光景が急に薄気味悪いもののように思えてくる。


「あんなもんが頭の上にぶら下がってるって考えると、ぞっとしない気持ちもわかるけどな。

けど、あいつら自体に害はないし、カナリアもそのうち慣れるんじゃないか?」


「私は、あれは好きではありません」


 カナリアは一言そう呟いて空から目線を外した。

 彼女にしては珍しい明確な意思表示だ。


「ふうん……。

カナリアなりのこだわりみたいなもんか。

ただデカけりゃ良いってわけでもないんだな」


 俺は空の黒点を一瞥してから、座席に深く身を預ける。


 ……常人の目からすれば、クリオネは遠眼鏡を使わなければ認識できないような高さに存在している。


 どこまではっきりと視えているのかはわからないが、そんなものの造形を捉えられるほどにはカナリアの視力は優れているようだ。

 少なくとも、アダプターの強化された視力を越えていることは確かだろう。

 

 であれば、以前の彼女が骨董屋の窓から見上げていた空にも、あの奇妙な人魚達の姿が映っていたはずだ。


 俺がただの風景として見過ごしてきた景色を、彼女はどんな気持ちで、どんな事を思って眺めていたのだろうか。

 

 俺はしばらくそんなことをぼんやりと考えながら、カナリアの横顔を見つめていた。



 ──すると突然、カナリアの瞳が大きく見開かれた。



 両目のコンタクトレンズを、淡い思考の光が縁取る。

 そして、彼女はおもむろに窓を開け放つと、そこから身を乗り出した。


 その眼差しは、遥か先の線路上へと向いていた。



Verse 4.End

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