Verse 3: 高架線
Verse 3: 高架線
Phase/カナリア・ステラ
ウィンクルレインが歩み寄った場所には、台座の上に載せられた円盤型の地図盤がありました。
錆がかった銘板には「アルメニカ第二層 構造縮尺盤」と刻まれています。
「構造縮尺盤。
ですが、これでは構造まではわかりません。ウィル」
「ああ、まあ見てな。
こいつを回すと──」
彼は、地図盤の台座側部に設置された取っ手に手をかけました。
それを廻すと、かちり、かちりと硬質な音を立てながら、平らだった盤面の各所が次々と迫り上がりました。
都市の立体模型には、区画ごとの境界、主要導線、大まかな施設配置が刻まれ、第2層全体が一定の縮尺で再現されています。
「これで良し、と。
これが2層の立体模型盤だ。
カナリア、こいつの見方はわかるか?」
──私はその模型盤に目を向け、解析を開始します。
「この真ん中の支柱からこっち、この辺りが俺達の今居る──」
「模型盤の情報に基づくと、アルメニカ第2層の半径はおよそ45キロメートルです。
第2層全体を円形構造として算出した場合、面積は約6,362平方キロメートル。
ただし、外周部では外殻構造の厚みによって区画面積が制限されるほか、建造物等の占有により、一部区画では実効利用面積が縮小しています。
実用域に限定した場合、総面積はおよそ5,000から5,200平方キロメートルと推定されます。
中央支柱を中心に、放射状に補助支柱が配置され、区画は大小合わせ48のセクターに分かれています。
各セクターは、更に複数のブロックによって区分されています」
私は、解析結果を彼に伝えました。
すると、彼は模型盤を指さした体勢のまま、動きを停止させていました。
「…………。
これを一目見ただけでそこまでわかるのか?
……冗談だろ」
「冗談ではありません。ウィル。
模型盤の見方を質問されたため、解析結果を答えました。
認識に誤りがありましたか?」
「質問したわけじゃなくて、俺が説明を……。
あー……けど、うん、大体合ってる、と思う、たぶん」
彼は複雑な表情を浮かべて頬を掻きました。
「ただ、この都市は絶え間なく開発が続いていて、構造も変化し続けてるからな。
俺から見せておいてなんだけど、正直、この古い模型盤の信憑性も怪しいもんだ」
「その点まで考慮が及びませんでした。
申し訳ありません。ウィル」
「……いや、俺もそこまで細かくは知らなかったんだ。
勉強になったよ。
こちらこそ詳しく教えてくれてありがとな、カナリア」
彼はそう言って眉を下げ、小さく笑みを浮かべました。
「それじゃ次はいよいよ、乗車証を発行しに行くか」
◆◇◆◇◆◇
私達は昇降機に乗り込み、二階に位置する駅構内へ歩みを進めます。
すると彼は、壁面に並ぶ黄銅製の装置に近づいていきました。
装置の取っ手を引くと、内部の歯車が廻り、ごとん、という鈍い金属音と共に中指ほどの長さの真鍮の板が排出されました。
板の表面には「第十六区画・二番鉄道」と彫り込まれています。
彼はそれを手に取り、指で挟んで顔の横でひらひらと揺らしました。
「こいつが列車の乗車証になる。
降りる駅で精算機へ挿せば、料金が出る仕組みになってるんだ。
支払いはその時でいい。
簡単だろ?
ほら、カナリアもやってみな」
私も彼を模倣して取っ手を引き、乗車証を取り出しました。
真鍮の板は見た目よりも軽く、携帯性に優れた造りになっているようです。
指先で表面を撫でてみると、文字が彫り込まれた溝の凹凸が感触として伝わってきます。
しばらく板を観察していると、彼が私の隣で膝を折りました。
「向こうにオートマトン達が居るだろ?」
私は彼の指さす先に視線を向けます。
「……そうだ、あの人型の。
あの中のどれでもいいから、その板を渡すんだ。
そうすりゃホームに通してくれる」
「ドールにもこのような乗車証は必要なのでしょうか?
私であれば、運搬物扱いとして処理出来るかと思われます。ウィル」
「ん、別に料金を余分に支払う分には誰も文句つける奴なんていないだろ。
そんなことより、ほら、いいからその板見せてきな」
私は彼に促されるまま、一体のオートマトンに近づきました。
機械仕掛けの改札員は、肩口から時折蒸気を排出しながら、こちらの動作を粛々と監視しています。
その視線に感情の揺らぎはなく、ただ与えられた命令を淡々と遂行するために設計された存在である事が伺えます。
しばらくオートマトンと無言で見つめ合っていると、私の背後から声がかかりました。
「カナリア、そのまま乗車証をそいつに渡すんだ。
……噛みつかれないよう気をつけろよ!」
──噛みつく?
私は慎重に乗車証を改札員に差し出します。
すると、オートマトンは指先を板の端に押し付けました。
作業はわずか数秒で終了し、板には小さな菱形の凹みが刻まれていました。
印の付けられた乗車証をオートマトンから受け取り、それを確認したウィンクルレインも、私の後に続いて改札を抜けます。
「それが乗車証を確認したっていう印だよ。
……それにしても意外だな。
カナリアも怖がったりするのか。
あ、噛みつくってのは冗談だからな」
「いいえ。私は怖がったりなどしていません。ウィンクルレイン」
あれは恐怖ではなく、警戒に基づく慎重な行動です。
そう伝えたつもりでしたが、彼は笑みを浮かべただけでした。
「まあなんにせよ、これでカナリアも駅の使い方は覚えただろ。
あ、けど治安の悪いエリアも多いから、まだ一人では出歩くなよ?」
「わかりました。
ですが、私は怖がったりなどはしていません。ウィンクルレイン」
「わかったわかった!
どうして変なところで意固地なんだ。
悪かったよ。
謝るから、その呼び方はやめてくれ……」
彼はそう言うと、前方へ顎をしゃくりました。
「……あー、ほら、列車が見えてきたぞ、カナリア」
改札を通過した先には、天井が開放的に開かれたホームが広がっていました。
壁の配管から断続的に噴き出される蒸気により構内の空気はやや湿っていて、金属の匂いを強く感じとれます。
足元には微かな振動があり、振動源は目の前に停車している巨大な構造体です。
それは、複数の車両を連結した重厚な金属製の列車でした。
先頭の機関部及び制御部の側面には、高圧蒸気を逃がすためと思われる噴出口が三箇所に設けられており、反対側には補助バルブと圧力調整管が取り付けられています。
装甲には特殊な複合合金が使用されていると推察され、一度に多量の貨物や乗客の移送に耐えうる設計がなされている事が伺えます。
「外装の表面が排気熱によって所々が黒ずんでいます。
荷重分散のための支持構造が前後に設けられており、長距離移動を前提とした設計である事が読み取れます。
動力供給には液体燃料へ加工したモナド鉱石を主動力とした燃焼室が用いられていると考えられ、恐らく──」
「──なあ、カナリア」
いつの間にか、ウィンクルレインが私の隣に立っていました。
「……もしかしてカナリアって、こういうの好きなのか?
途中から、考えてることがそのまま声に出てたみたいだったけど」
「好き、ですか?」
「ああ。
かなり熱心に観察してただろ。
しかも、さっきの模型盤の時以上に何言ってるか──あー……なんというか饒舌だったからさ。
こういうのが趣味だったりするのかと」
「趣味」
彼の問いに対し、私はもう一度列車へ視線を戻しました。
その構造、質量、用途、そして設計意図の明瞭さは、観察していて飽きる事がありません。
「わかりません。
正確には、設計思想や構造的意図を読み取る事に興味があります。
特にこうした大型の構造体は、工程の複雑性と目的設計が明確に現れる為、観察対象として適しています」
「んん、なるほど?
……回りくどい言い方してるけど、つまりカナリアは、でかくて複雑な構造のものが好きってわけだ。
この調子だと、今日はカナリアの新しい一面が沢山みれそうだな」
「そうかもしれません。ウィル」
私がそう答えると、彼は私の頭の上に手を乗せ、短く笑いました。
Verse 3.End




