Verse 2: 銀色のフェイズ
Verse 2: 銀色のフェイズ
Phase/ドール
──どうやら私は、欠陥品らしい。
私の記録の始まりは、あのスカーグと呼ばれていた瓦礫の中でした。
ドールには、人間への奉仕用プロトコルが一通り備え付けられているそうです。
ですが、現在の私には『歌う』というプロセスしか実行する事が出来ません。
それがどのような意味を成すのかも、どうして歌う事しか出来ないのかも、私にはわかりません。
私の記録領域はあべこべで、製造時にインプットされていた筈の多くのデータが欠落しています。
恐らく、私が投棄された際にシステムが損傷したことが原因ではないかと、彼らは話をしていました。
◆◇◆◇◆◇
彼との邂逅から、十日余りが経過しました。
その間、彼は幾度か店を訪れました。
その度に私へ話しかけ、様々な事を少しずつ教えてくれます。
この『アルメニカ』と呼ばれる都市が幾つかの階層で構成され、その全てが分厚い外殻に包まれた、超規模の複層構造都市であるという事。
アルメニカが、『モナド鉱石』と呼ばれる様々な事象エネルギーを内包した特異な鉱物を加工し、その技術によって成り立っているという事。
私が回収されたというスカーグは、都市から隔絶された最下層に存在する、大規模な廃棄施設だという事。
この世界には『フェイズ』と呼ばれる、異能の力を持つ人々がいるという事。
──そして私は、この世界について未だ沢山の事を識る必要があるという事。
いつものように窓辺で歌を口ずさんでいると、今日も骨董品店の裏手からエンジンの駆動音が聴こえてきました。
彼は窓硝子の外から私に向かって手を上げると、ドアベルを鳴らしながら扉を開きます。
そしてエバンスと軽い挨拶を済ませ、私の対面に置かれたテーブルの木椅子を引きました。
「さて、今日はどんな話が聞きたい?」
彼は毎回こうして、穏やかに私へ質問を促します。
ここまでが彼と私の決まったルーチンとなっていました。
「本日は、あなたのフェイズという力について聞かせてください。ウィンクルレイン」
「ん、そうだな。
それじゃおさらいも兼ねて、もう一度基礎から話をするか」
彼はテーブルの上で掌を開き、私の方へ向けました。
すると、彼の掌の中で空間に僅かな歪みが生じました。
歪みはぱちぱちと音を立てながら青白い光を発し、その中心から銀色の物質が生成されました。
彼はそれを様々な形状に変化させていきます。
その姿は固形であったり、流体であったりと目まぐるしく形を変え、まるで銀色に輝く水のような印象を受けます。
「こうやって銀を創り出したり、操作することが出来るのが俺の発症したフェイズだ」
「はい。ウィンクルレイン」
「厳密に言うと、銀の性質を持った概念の物質化であって、実在の銀を生成しているわけじゃないんだが……。
あー……ともかく今はそういうもんだと理解してくれれば良い。
フェイズってのは、要は『深層イメージを形にする力』ってことだな」
彼がそう言って両手を重ね合わせると、指の隙間から金属が擦れ合う音と共に、再び青白い光が漏れました。
ゆっくりと重ねた手を離し、生成した物体をことん、と卓上へ置きます。
それは、歯車仕掛けの意匠を施された小鳥のオブジェでした。
私は置かれた小鳥を仔細に眺めます。
そんな私の様子を見て、彼は小さく眉を下げて笑いました。
「アルメニカに住む方々は皆、このような力を有しているのですか? ウィンクルレイン」
私の問いかけに彼は首を横に振りました。
耳にかかった黒髪の隙間から、小鳥と同じ色調をしたピアスがちらりと光を反射します。
「そういうわけでもないな。
むしろ、こうして能力が発症することの方が稀なんだ」
「発症」
「なあ、この前話したモナド鉱石のことは覚えてるか?」
「はい。
『アルメニカの産業、生活の全てを支える特異な鉱物で、様々なエネルギーを内包している』でしたよね。ウィンクルレイン」
「流石、記憶力がいいな。
他にも根源物質だとか、根源記録装置だとか、色々とご大層な呼び名があるらしいんだけどな。
そいつはおそらく、君のここにだって使われているものだ」
彼はそう言って自身の左胸の辺りをとんとん、と指で叩きました。
「そのモナド鉱石には、生物の精神や肉体に影響を及ぼすフェイズ発症因子と呼ばれる特殊な因子が含まれているらしい」
ウィンクルレインは銀の小鳥に指を向けました。
「そいつは粒子として、常にこの世界中を漂っている」
彼が指を回すと、小鳥は歯車の擦れ合う音を立てながら羽をぎこちなくはばたかせ、テーブルの周囲を飛び始めます。
「その粒子はどこにでも溶け込んで、空気中や壁の中、俺の中にも、君の中にだって存在する」
そのまま小鳥は、私の肩に留まりました。
「そうやって体内に入り込んだ因子に適合すると、ある日突然発症するのがこのフェイズって力だ。
これはなにも、無から有を生み出しているわけじゃない。
俺達は、そのあらゆる場所に存在しているフェイズ粒子にアクセスすることで、そいつを別の物質や現象として再構築出来るようになるんだ」
今度は彼の身体の周囲に、数本の鎖が纏わりつくように現れました。
それはシャラシャラと音を奏でながら、緩やかな弧を描いて周囲を漂います。
「……まあ、実は今話してる内容は人からの受け売りの知識だし、俺も詳しい原理はよくわかってないんだけどな」
そう言って彼は再び小さく眉を下げて笑います。
「とにかく、そのフェイズ能力を発症した生物達は、総じて『アダプター』と呼ばれることになる。
さっきも言ったけど、因子に感染してもフェイズまでは発症しないケースが殆どなんだが……。
いや、またややこしくなるから今はこれはいいか」
「体内のフェイズ因子に適合した生物に稀に発現するというものがフェイズ。
そして、フェイズ能力を発現した生物を指してアダプターと呼ばれるのですね。ウィンクルレイン」
「その認識で大丈夫だ。
うん、分かりやすくまとめてくれてありがとな」
「生物という事は、人間以外にもフェイズは発現するという事ですか?」
「その通り。
一定の自我を持つ生物ならフェイズは発症するらしい。
と言っても、人間以外の生き物自体あまり見かけることもないけどな」
私は彼の言葉の中に、僅かな違和感を覚えていました。
「先程からあなたは、発症・感染、という言葉を用いていますが、これ程の力に対する言葉としては不適当ではないでしょうか。ウィンクルレイン。
まるで、ウイルスにでも感染したかのような言い回しです」
私がそう指摘すると、彼は複雑な表情を浮かべました。
そして、上着のポケットから一枚の硬貨を取り出します。
「フェイズが発症すれば、個人差はあるにせよ常人離れした筋力だったり、反射神経も手に入る。
肉体自体が、いつの間にかゆっくりと作り変えられていくんだ」
彼はそう言うと硬貨を片手で摘み、その指に力を込めます。
すると、指先に挟まれた硬貨が、小さく軋みを上げながら折れ曲がっていきました。
「こうして聞くと、まるでお伽噺に出てくる魔法のような力にも思えるかもしれない。
……けどな、これは決してそんな万能で都合の良いものなんかじゃないんだ」
彼は折れ曲がった硬貨をテーブルの上に置くと、何かを逡巡する様子で言葉を切りました。
まるで、続く言葉を選びかねているような口ぶりです。
「私の質問の答えになってはいません。ウィンクルレイン」
すると、カウンターの奥の席で私達の様子を眺めていたエバンスが立ち上がりました。
一度咳払いを挟んでこちらへ歩み寄り、手にした真鍮製のトレイから、コーヒーと呼ばれる黒い液体の入ったカップを机の上に三つ並べます。
私はカップの中に揺れるその液体を見つめます。
以前エバンスに勧められて口にした事のあるこれは、私の味覚受容体には適合しませんでした。
エバンスは私達の居るテーブルの椅子を引き、腰を下ろしました。
「あー、話の腰を折ってしまってすまないね、二人とも」
彼はコーヒーを一口啜り、指で髭を拭いました。
「なあ、ウィル。
いつまでも『君』ってのも不便じゃあないか?
……どうだろう、そろそろこの娘に、名前を付けてみるっていうのは」
──名前。
Verse 2.End




