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機械人形は歌う小鳥の夢を見るか?  作者: 電脳うさぎ
Episode 1:『名も無き少女のAria』

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Verse 1: 機械仕掛けの歌声



『足元には積年の塵芥、頭上には積年の鐵。

繭は牢獄、空は偽り。

岸辺を持たぬ船に身を寄せ、あらゆる吐息は規律によって計測される。

煙霧届かぬ反転した大樹だけが、我らが唯一の母。

やがて落とし子達は福音に咽び、母は無慈悲に嗤う。

狂ったぜんまい仕掛けの秩序-

 (──作者不明、検閲済みの戯曲『機械福音』冒頭より抜粋』



◆◇◆◇◆◇



Verse 1: 機械仕掛けの歌声

 Phase/ウィンクルレイン・メルクリオ




 多層構造都市アルメニカ、第2層。


 監理局から請け負った仕事を終え、バイクのハンドルを握る俺の耳には、無秩序に都市を覆う配管群からのゴゥン、ゴゥンという唸りが響いていた。


 1層の産業セクターで耳にするこの音は騒音にしか思えなかったけれど、2層の街並みを走っていると、まるで自分がとてつもなく巨大な生物の体内にいるような錯覚を受ける。


 この唸りはきっと、その生物が鳴らす心臓の鼓動だ。


 道路脇の錆びた配管の亀裂から、勢いよく白い蒸気が吹き出した。


 とするとあれは、この都市に流れる血液なんだろう。



 今こうして向かっている場所は、古くからの友人であり、『エバンスおじさん』と慕う人が営む骨董品店だ。

 

 おじさんは時々()()と称して、地下層のスカーグと呼ばれる廃棄物の集積地へ降りてお宝の発掘を行っている。


 お宝だなんて言っても彼が勝手にそう呼んでいるだけで、その殆どが用途のわからない古びたガラクタや機械部品ばかりだけど。


 けれど、俺にとってそんな閑静な店での部品探しは、疲弊した精神を癒す大切な時間だ。

 それに、あの独特な地下層の匂いとコーヒーの香りを纏わせたおじさんから聞かされる土産話も好きだ。


 とはいえ、毎月のように隔離された地下層へ降りて物漁りだなんて、友人としてはあまり穏やかな心持ちではいられないというのも本音ではある。


 ……何か掘り出し物でも見つけられていればいいんだけど。


 そんな風に頭の中で独り言ちていると、いつの間にか目的の場所へ到着していた。


 俺は店の裏手にバイクを停めて、ゴーグルを外す。


 彼の店は人通りの少ない路地に看板も掲げず、ひっそりと佇んでいる。

 そんな寂れた骨董品店に、自分以外の物好きが訪ねてくるとは到底思えない。


 ……そう考えてみると、一体あの人はどうやって生計を立てているのだろうか。


 店の二階に顔を向けると、明かりが灯っているのが見えた。

 そろそろおじさんが地下層から戻っている頃合いだと思い、足を運んでみて正解だったようだ。


 ガラクタが山積みにされた狭い路地を通り抜け、店の正面入口へ回り込んでいく。



 ──その時ふと、路地の先から聴き慣れないハミングが耳を撫でた。



──Mm...m...mm...♪

Mm...Mm...──♪



 路地を出て、歌声を辿る。

 すると、エバンスおじさんの店の出窓の向こうに、小さな人影が見えた。


 その人影は、長い銀色の髪をなびかせ、真っ白いネグリジェを纏った一人の少女だった。


 彼女は物憂げに人工の夜空を見上げ、聴き覚えのない歌を口ずさんでいる。


 俺は思わず出窓の傍に立ち止まり、その歌声に耳を澄ませた。



Tweedle, tweedle, day by day

Songbirds sing when the sun’s away


Tweedle, tweedle, day by day

Twigs all wiggle, waggle, sway


Sing it, sing it, day by day

Sing for someone anyway


Sing it, sing it, day by day

Who is this song for, anyway...?


Almost time to go to sleep

When eyes close... inside a dream──



 少女の口からささやくように紡がれる繊細な調べは、聴き慣れた都市の喧騒とも、金属が軋む音とも全く異なり、場違いなほどに透き通った響きだった。


 俺にはその歌が優しい子守唄のようで、それでいて、どこか物哀しい独白のようにも感じられた。


 ……不意に、少女が歌を止めた。

 ゆっくりとこちらへ、少女の顔が向く。


 そして、窓硝子越しに少女と視線が交わった。

 不思議な虹彩を湛えた薄紫色の瞳に、俺は思わず息を呑んだ。


 けれど、少女の瞳をよく見ると、片方の瞳の様子が違っていることに気がついた。


 彼女の左の瞳は薄い膜を張ったように乳白色に濁っていた。

 その小さな曇りはひどく痛々しく見えて、儚げな少女の輪郭をいっそう頼りないものにしている気がする。


 しばらくその場に立ち尽くしていると、おもむろに骨董屋の扉が開いた。

 カラコロと鳴るドアベルの小気味いい音色が、俺を現実へ引き戻してくれた。


 半開きの扉から、恰幅の良い中年の男性が顔を覗かせている。


 彼は、出窓の前でぼんやりと立っていた俺に気が付くと、相変わらずの朗らかな声色で話しかけてきた。


「おや……ウィルだったか。

仕事帰りか?

そんな所に突っ立ってないで、ほら、中に入んなさいよ」


「エバンスおじさん、お帰り。

そろそろこっちに戻って来てる頃だと思ったよ」


「ふふぅ、喜べ、ウィル。

お前さんのバイクのトランスミッションに使えそうな、第五世代のギアを見つけてきたんだ。

まだ市場にも出回ってない掘り出しもんだよ。

納戸にも()()()を置いてあるから、後で好きに見るといい」


 エバンスおじさんは人好きのしそうな笑みを浮かべてそう言うと、俺を店内に促した。


 埃の薄くかかる骨董品が並ぶ店内へ足を踏み入れ、いつものようにカウンター席に腰を下ろす。


 先ほどの歌声の主は、変わらず窓辺の椅子に腰掛けていた。


 少女はしばらくこちらを無表情で眺めていた。

 しかしすぐに視線を窓の外へ戻し、再び同じ歌を口ずさみはじめる。


 少女の歌声が店内に漂っていく。

 埃臭く、色褪せたこの店に普段とは違う色がついたように感じられた。


「……どうだい、ウィル。

この店も、なかなか小洒落た雰囲気になっただろ?」


 エバンスおじさんはカウンターに頬杖を付きながら、親指を少女の方へ向ける。


 俺はつられて少女に顔を向けた。


 見た目からして、歳はおそらく十五、六くらいだろうか。

 彼女の白濁した片側の瞳が窓からの灯りを受けて、水面に浮かぶ月のように淡い光を湛えていた。


「ああ、来る店を間違えたんじゃないかとさえ思ったよ。

それどころか、ついに俺にも幻覚が視え始めたのかって」


「やめなさいよ縁起でもない」


「それで? あの子は?

この辺りじゃ見かけたことないけど。

まさかあの子も地下層から拾ってきた、なんて言わないよな」


「わはは、そのまさかだ」


 エバンスおじさんは、「待ってました」と言わんばかりのしたり顔でパチン、と指を鳴らした。


「あの娘もスカーグで見つけたんだよ。

あの塵山の中から、これと同じ歌声が聞こえてきてな」


「……冗談だよな?」


「冗談なもんか。

ここまで運んで来るのにはそりゃあ骨が折れたんだぞ?

だが、()()()()()()()共に見つかる前に発見できて良かったよ。

奴らに見つかってたらどうなっていたことか、知れたもんじゃないからね。

……あ、一応言っておくが、あの娘は売りもんじゃあないよ」


 いつもの軽口の裏に、その声色には僅かに痛みが滲んでいた。


 彼と長い付き合いの俺には、その痛みの正体になんとなく心当たりがある。

 けれど、それには気づかない振りをして、素直に疑問を口にすることにした。


「売り物?

ってことはまさか、あの子『機械人形(ドール)』なのか?」


 エバンスおじさんは肯定の言葉の代わりに、大きく一度頷いた。


 ドールとは、政府が開発した人間に奉仕することを目的として造られた自律思考型機械人形の総称だ。

 与えられた命令だけを自動的に実行する『オートマトン』とは違って、ドールにはとんでもなく高度な自律思考回路が組み込まれているらしい。


 もちろんこの2層内にだってドールが存在しないわけではない。


 だけど、ここまで人間と遜色のない造形をしたドールは、第3層ですら滅多に目にすることは出来ないだろう。

 少なくとも、こんな趣味でやってる骨董品店に置かれるような代物ではないはずだ。


「大抵は()()を抜き取ってから廃棄されるもんなんだがね。

こうして生きたまま廃棄されたドールなんぞ、滅多にお目にかかれないぞ」


 おじさんはそう言って、窓辺の少女へ視線を向けた。


「しかもな?

こいつはそんじょそこらのドールとはわけが違う。

精巧なのは見てわかる通りだが、そのうえ自己修復機能付きと来たもんだ」


 おじさんは大げさに両腕を広げて見せる。


「自己修復?

……まるで人間みたいだ」


「残念ながら、あの左目は自分じゃ直せなかったみたいだがな。

まあ、あれくらいならどうとでもなるだろう。

それでもこんなもんを正規の手段で手に入れようとでもするなら、()への移住権だって安く感じちまうだろうね」


「けどさ、なんだってそんなドールがスカーグなんかに投棄されてたんだよ?」


「うん、それがなぁ……。

ここに連れてきてからも毎日毎日、ああして歌い続けるばかりなんだ。

もしかすると、()()()の方に何かしらの問題を抱えているのかもしれないね」


 エバンスおじさんは自分のこめかみの辺りを指で軽く小突いた。


「それって、システム的な損傷ってことか。

けど、だからって『一生食うに困らない引換券』を捨てたりするか? 普通」


「うーん……正直わからんね。

こんな上等なもんが廃棄されていたとなると、下手すりゃ()()絡みかもしれんが」


「あー……そりゃ厄介だな」


 俺がそう言うと、エバンスおじさんは困ったような表情を浮かべて肩を竦めた。


「じゃあ売るつもりもないのに、どうしてわざわざ拾ってきたんだよ」


「む……」


「だって、層間警備の目を掻い潜ってまで持ち帰ってきたんだろ?

それだって政府にバレたら、下手すりゃ矯正局行きだ。

無断改造したドールを女衒に売り飛ばしたのがバレた奴がどうなったか、知ってるか?」


「どうせ碌な事になっちゃいないってのはわかる」


「答えは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「わはは。

そりゃ災難だったな。

だけども、わたしの皺だらけの脳ミソだったらちょっとくらい伸ばしてもらったところでかまやしないさ。

却って若返って良いかもしれん」


「あのなあ……」


「まあまあ、一体わたしが何度地下層に潜ってると思ってるんだ。

なに、警備と言っても、あいつらは所詮民間人だよ、ウィル。

政府と違って付け入る手段なんてのはいくらでもあるのさ。

大体な、わたしは捨てられてたもんを拾ってきただけだぞ?」


 おじさんは悪戯な表情を浮かべると、指で輪っかを作ってその手をふらふらと揺らした。

 けれど、どうして少女を拾ってきたのか、という問いにはおじさんは答えなかった。


「骨が折れたって、なんだ賄賂のことかよ……。

こんな寂れた骨董屋に隠居してる中年がすることか? それ。

無茶して捕まったりして、俺の憩いの場が無くなるなんて事は勘弁してくれよな」


「なんだい、ウィル。

素直にわたしの事が心配だって言っていいんだぞ?」


「だから、そう言ってるんだよ」


「わはは!」


 この愛おしい不良中年は、年甲斐もなく無邪気に笑った。


 俺はおじさんに呆れ混じりの苦笑を返し、再び窓辺の少女へと視線を投げる。


 今までに歌や音楽に聴き入ったことなんて、ほとんど経験がなかった。

 なにせそんなものは、この2層では贅沢過ぎるほどの嗜好品だからだ。

 普段耳にできる音楽と呼べるものなんて、この店の隅に置いてあるガラクタ同然の蓄音機から流れてくる調子外れのジャズくらいだ。


 けれど、なぜだか少女の歌声には不思議と惹きつけられるものがあった。

 それが俺の胸の奥に余韻を残しているらしく、妙にざわつく。


「なあ、ウィル。

コーヒー淹れるけど、お前さんも飲むだろ?」


 おじさんはそう言って、カウンターの下から手回し式のコーヒーミルを取り出した。


「んー……いや、今は遠慮しておく。

後で貰うよ」


「おや、珍しい」


 今は彼がいつも淹れてくれる香りの殆どしない合成コーヒーのことなんかよりも、あの少女のことが気にかかる。


 俺は椅子から腰を上げ、少女が座っている椅子の前へ歩み寄った。

 膝を折り、少女の目の高さに頭の位置を合わせる。

 

 そして、再び少女と視線が交わった。


「こんばんは。

俺は『ウィンクルレイン・メルクリオ』。

良かったら、君の名前を教えてくれないか?」


 そう問いかけても、蝋細工のような無表情は変わらない。

 けれど一瞬、何かに反応して、少女の瞳が揺らいだような気がした。


「私の識別番号は、『PATMD–PMM-09』です。ウィンクルレイン」


 少し間を置いてからそう答えた少女の言葉は、さっきまでの歌声とは打って変わり無機質に響いた。


 ……なるほど。

 いかにもドールらしい無味乾燥な返答だ。

 そこは他のドールとは大差ないらしい。


 しかし、やはりその声色の片隅には、なにか不思議な空気感が含まれているように感じる。


「あー……その左目、痛んだりはしないのか?」


 少女は数秒ほど沈黙した後、瞬きを一つ挟んだ。


「左眼部視覚素子に損傷を確認しています。

現在、視覚情報の取得精度は右眼部と比較して多少の低下は見られますが、行動に支障はありません。ウィンクルレイン」


「……そうか」


 俺はおじさんのいるカウンターの方へ顔を向けた。


 おじさんは、なぜか驚いたような表情を浮かべていた。

 コーヒーミルのハンドルに片手を掛けたまま、口をあんぐりと開けて目を丸くしている。


 しばらくすると、少女は先程と同じように視線を窓辺へ戻し、歌を口ずさみはじめる。

 その姿はまるでそこだけぽっかりと切り取られた絵画の様で、美しさの中に、どことなく哀愁を感じさせる姿に思えた。


 なんとなくこれ以上少女の時間を邪魔することに罪悪感を覚えて、俺はおじさんの居るカウンターの前へ席を戻した。


「なんだよそんな顔して。

なあ、おじさん、あの子ずっとあんな感じなのか?」


「いやあ……わたしがこっちに戻って来たのは一週間ほど前なんだが」


 エバンスおじさんは、そう前置きをして言葉を続ける。


「わたしが話しかけても殆ど無反応だったよ。

多少の反応はするが、黙ってこっちに顔を向ける程度だ。

たまに来る客も興味本位であの娘に話しかけることはあったんだが、結果は一緒さ。

だから、お前さんの言葉にあの娘が反応を示したのには本当に驚いたんだ」


「ふうん……。

そいつら、ちゃんと自己紹介はしたのか?

誰だって()()()()()と口なんか聞きたくないだろ。

……まあ、この店で俺以外の客なんて見かけたことないけど」


「んん?

はっはっは、なんだ、お前さんも言うようになったじゃないか。

まあ確かに、ドールなんぞにわざわざ自己紹介なんてする奇特な奴は居なかったかもしれないな」


 エバンスおじさんは俺の皮肉も意に介せず、朗らかに笑った。


「だがなに、お前さんに客足の心配なんてされずとも、一部の物好き共には需要があってな。

この店自体はほぼ物置のようなもんさ」


 ……いつも閑古鳥が鳴いているように見えたこの店が、こうして存続できているのにはそういう理由があったのか。


「友人としてはその遠足が心配なんだけどな。

そういう、スカベンジャー紛いのことがさ」


「ウィル、滅多なことを言うもんじゃないよ。

わたしをあんな人間の屑共と一緒にしてもらっちゃ困る。

わたしが拾ってくるのは使い手のないパーツ類や古物だけで、奴等みたいに人間を攫ったり、バラして闇市に横流しなんてしてないぞ?

大体な、お前さんのバイクだって、元はと言えばわたしが地下で見つけて来たもんだろうに」


「パーツ類や古物、ね……」


 俺はそう言って横目に少女を一瞥した。


「……とにかくさ、あんまり無茶なことはしないでくれって言ってるんだよ」


「そう思うんなら、お前さんもたまには付き合いなさいよ。

ボディガードなら何時でも歓迎だ。

まあ、何があっても自己責任だがな。

わはは」


「……この不良中年め。

自分からわざわざ立入禁止層に降りたがる物好きなんて、おじさんくらいだよ」


「ふふ、先行者利益ってもんはなかなか馬鹿にならんぞ」


 おじさんは得意げに人差し指を立てた。


「……しかしまたどうして、突然口を開く気になってくれたんだかなぁ。

まさか本当に自己紹介がきっかけなんてことはあるまいに」


「なんだろうな。

この埃臭い店の中に閉じ込められて、いい加減辟易してたとか」


「……ははは。

こいつめ」


 そんないつもと同じ他愛ない会話の隙間に、いつもとは違う、夜気を纏った少女の澄んだ歌声が挟まる。

 それはおかしな感覚で、なんとも形容し難いこそばゆさを覚えた。


 数年前から売れ残っている埃塗れのぜんまい式時計に目をやると、時刻は既に二十三時を回っていた。

 普段ならとっくに店仕舞いの時間だ。


「……まあいいや。

おじさん、今日はもう遅いし、この辺で帰るよ。

また明日来る」


 俺はそう言って椅子から腰を上げた。


「なんだいウィル、まだコーヒーの一杯も飲んでないじゃないか。

せっかくお前さんの分まで用意したのに」


「こんな時間におじさんの馬鹿苦いコーヒーなんて飲んだら、一晩中天井の錆を数え続ける羽目になりそうだ」


「わははっ、カフェインの影響を受ける『アダプター』がどこにいるんだ。

まったく、だったら明日はもう少し早い時間に来なさいよ。

……きっと、この娘だって話し相手が欲しいはずだからね」


 エバンスおじさんは小さく笑いながら白髪交じりの髪を撫でた後、ひらひらと手を振った。


「ああ、そうするよ。

おやすみ、エバンスおじさん」



◆◇◆◇◆◇



 店の扉を押し開くと、再びドアベルがカラコロと音を立てる。

 その音はやけに大きく響いた気がして、少女の歌の邪魔をしてしまったのではないかという後ろめたさを覚えた。

 

 帰り際、店の外から窓辺を横目に見ると、少女は特に気にした様子もなく、空を見上げながら歌声を響かせていた。


 店の裏手に停めていたバイクのところへ戻り、それに跨ってキーを差し込み捻る。

 キックペダルを踏み抜くと、モナド燃料が炉心へ送り込まれ、低くくぐもった唸りと共にエンジンが震え出す。

 瞬時に高圧の蒸気が配管を駆け巡り、圧力計の針が跳ねた。


 白い蒸気が排気口から短く吐き出されたその時。

 ──不意に、エンジンの隙間から溢れる蒼白い輝きが、少女の不思議な虹彩と重なって見えた。


 俺の背中を、少女の奏でる心地良い旋律が撫で続けていた。

 あれだけ聞き馴染んだはずのバイクの駆動音が、いつもとは少し違って聴こえる。


 バイクのハンドルに手を掛けた時、ふと、当初の目的を失念していたことに気が付く。



「──あー……しまった。

パーツ、買いそびれたな……」



 俺は苦笑を浮かべながらグリップを捻り、人工の月明かりが照らす夜路へと溶け込んでいった。



Verse 1.End

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