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機械人形は歌う小鳥の夢を見るか?  作者: 電脳うさぎ
Episode 2: 『機械仕掛けのLoco-Motive』

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Verse 7: スチームランナー

Verse 7: スチームランナー

 Phase/ウィンクルレイン・メルクリオ




 ランナーの到着を待つ間、ふと気掛かりになって頭上へ顔を向けた。


 夜の闇に紛れて姿は見えないが、今でもその闇の向こうには、あの一つ目達(クリオネ)が天蓋にへばり付きながら都市を見下ろしているはずだ。


 そんな様子を想像すると、列車の上での背筋の凍るような感覚を思い出しそうになってしまう。


 俺はその事実を無理やり追いやるように頭を振った。


 数分もしないうちに、ごんごんというエンジン音が遠くから響いてきた。

 それは白い蒸気の尾を引きながら、器用に建物の隙間を縫ってこちらへ近づいてくる。


 やがて、頭上からモナド灯の光が俺達を明るく照らした。


 眩しさに顔の前へかざした手の隙間から、ゆっくりと降下してくる船のシルエットが浮かび上がる。


 随分と手が加えられている様子ではあるものの、パファーフィッシュ(フグ)型に分類される一般的な小型モナド蒸気艇だ。


 気球を思わせる楕円形の揚力推進器の下に、ゴンドラのような艇体が吊り下げられている。


 操舵席に座るのは、黒いフライトジャケットを羽織った小柄な操舵手だった。

 彼の左膝から先には簡素な棒義足が取り付けられていた。


 操舵手は俺とカナリアを交互に眺めてから口を開いた。


「……どうも、お待たせしました。

お呼びしたのは……お二人で、間違いないですね」


「ああ、そうだ」


「本日は、えー……どちらまで」


 言葉の一つ一つを切り分けるような、妙に間の多い喋り方だ。


 彼の着けているガスマスクのせいで表情こそ見えないが、体格から察するにまだ少年くらいの年頃だろうか。

 袖の余ったぶかぶかのジャケットが、余計に彼の幼さを強調しているように見えた。


「セクター16の三番ブロックまで頼むよ。

ルートは任せるから、出来るだけゆっくり飛んでもらってもいいか?」


 操舵手にそう告げて、俺達はゴンドラの後部座席に乗り込んだ。


「……はあ、わかりました。

そこの、安全帯を、腰に留めといて、くださいね。

……落っこちても、責任取りませんので」


 操舵手がペダルを踏み込むと、艇体が浮上を始めた。

 街の喧噪がゆっくりと遠ざかり、灯の粒が綺羅びやかに地表に浮かび上がっていく。


「俺はウィンクルレイン・メルクリオ。

ウィルって呼んでくれ。

こっちは──」


「カナリア・ステラと申します。

どうぞよろしくお願いいたします」


「…………馬鹿ご丁寧に、どうも。

『ロウ・ヴェッセル』って、いいます。

こう見えても、操舵には自信がありますので……ご安心を」


「ん、別に操舵技術を疑うつもりはないが。

なにかそんな風に見えたか?」


「いや、それなら、別に……。

もしかしてお二人も、昼の列車事故に、巻き込まれた人ですか」


 ロウと名乗った操舵手は、前方に顔を向けたまま俺にそう質問した。


「あー……まあ、そんなところだな。

どうしてわかったんだ?」


 ……情報規制が敷かれているとはいえ、あの規模の事故だ。

 流石に噂にはなっていてもおかしくはないか。


「やっぱり……。

珍しく今日は、この辺のお客、多かったんで」


「そうなのか。

儲かって良かったじゃないか」


「ええ、まあ。

……で、何があったんです」


「ただの列車のシステム異常だって聞いたけどな。

俺達は後方車両に乗ってたからよく知らないんだ」


 無愛想な口調とは対照的に、会話に対しては案外積極的らしい。


 けれど政府が絡んでいる以上、下手に話を広げてしまえばお互い面倒事になりかねない。


 俺は話を変えるため、適当な話題を見繕うことにした。


「な、それよりも随分と旧式だよな、この船。

見たところエンジンはカスタムしてるみたいだけど」


「え……」


 少年の肩がピクリと動く。


「わかります、か?

この船は、オレの爺ちゃんが、製作したものです。

エンジンも、機体も、全部。

見た目は結構、古い子だけど……性能は折り紙つきですよ」


 少年の口調が僅かに熱を帯びた気がした。


 どうやら当たりを引いたみたいだ。


 ……待てよ。

 そういえば、ヴェッセルという姓に聞き覚えがある。


「待った、ロウ・ヴェッセル?

もしかして、ロウの言う爺さんって、『ゴード・ヴェッセル』のことか?」


 ゴード・ヴェッセルといえば、モナドエンジンの製作に携わっていた名高い機巧技士の一人だ。

 俺のモナドバイクを設計した人物でもある。


 数年前にスカベンジャーの襲撃に遭って、既にこの世にはいないらしいが。


「……え、はい、ゴードは、オレの祖父ですけど。

驚いたな、爺ちゃんのこと、まだ覚えてる人がいるなんて。

…………でもなんでそんなこと、訊くんです?」


 少し踏み込み過ぎてしまったのか、ロウは怪訝そうな様子で言った。


「悪い、別に詮索するつもりはないんだ。

ただ前に、技術書に載ってるヴェッセルの名前を見たことがあるからさ」


「技術書?

お客さんは、機巧技士なんですか?」


「いや、バイク弄りが趣味ってだけで専門職なわけじゃない。

けど、俺のバイクもヴェッセル製なんだ。

知ってるか? 『VSL-2049 《KaleidoRunner》』」


「かれっ、カレイドランナー!?

ほっ、ほんとに?

それ、爺ちゃんが気まぐれで、一台だけ造った、モナド二輪じゃないですか。

爺ちゃんは、蒸気艇が専門だから、市場にも卸さなかったのに。

そんなもの、よく手に入りましたね」


  始めの印象とは打って変わり、ロウは興奮気味にこちらを振り返った。


「あー……なんというか、ジャンク漁りが趣味みたいな友人がいてさ。

その伝手で、偶然」


 今まで大人しく夜景を眺めていたカナリアが口を開く。


「はい。

エバンスです。ロウ」


「ええ、すごいな、こっ、こんな偶然あるんだ。

爺ちゃんが聞いたら、なんて言っただろう」


「この蒸気艇というものは、彼のバイクに劣らない素晴らしい乗り心地です。ロウ。

エンジンの響きにも同様の波形が見受けられます」


「あはは、そりゃ、そうですよ。

あのバイクには、ほっ、本来モナド艇に使われる高出力型のモナドエンジンを無理やり載せてるんですから。

そのエンジンのかっ、型番が2()0()4()9()なんです」


「へえ……やっぱりロウもそういうことに詳しいんだな」


「ええまあ、そうですね」


「ロウは爺ちゃんみたいな技士を目指そうとは思わなかったのか?」


「はい、実は、思ってました。

爺ちゃんのことは、今でも誇りに思ってますし、本当はオレも、あんな風になれれば、良かったんだけど。

……でも、こっちのほうが性に合ってるみたいで」


 ロウがゆっくりと操舵桿を傾けると、それに合わせて揚力推進器の後尾に並んだヒレが角度を変えた。

 揺れもなく、滑るように艇体が旋回していく。


 俺はゴンドラの手すりに寄りかかり、眼下を覗き込んだ。


 霧煙の隙間から、深海に沈む発光生物の群れのように都市の明かりが明滅している。

 カナリアの薄いレンズ越しの瞳の中で、それらは万華鏡のように光を揺らしていた。


「この辺りはね、気流の関係で、比較的排煙が薄いんです。

……あ、ほら、見て下さい。

向こうに時計塔の灯りも、見えますよ」


 ロウに促された方角へ目を向けると、遠くの闇の中に薄っすらと時計塔の輪郭が浮かび上がっていた。


「お二人は、セクター16に、帰るんでしたよね。

あそこからじゃ、中央支柱が邪魔して、普段余り目にする機会も、ないでしょう」


 塔の頂上部では、控えめな照明に縁取られた円形の時計盤がぼんやりと浮かび上がっていた。


「時折聴こえる鐘の音は、あの建築物からのものだったのですね」


「そうです。

あの鐘は八時、十二時、十八時と、日に三度鳴らされます。

鐘の音は、中央支柱の放音器を通して、2層全体に流されるんです。

カナリアさんは、あんまり遠出はしないんですかね?」


「はい。直接目にするのは初めての事です。ロウ」


「カナリアさんって、もしかして……蒸気艇に乗るのも、初めてなんですか?」


 時計塔へ熱心に視線を注いでいるカナリアに、ロウが問いかけた。


「はい。ロウ。

私はドールですので、このような乗り物に触れる機会も今までにはありませんでした」


「えっ、ドールって、う、嘘でしょ……?

もしかしてウィルさん、上層のご出身かなんかですか?

だったら、ここには観光で来たとか?」


「まさか。

俺は生まれも育ちもこの2層だよ。

カナリアとは、さっき話した友人が経営する店で偶然出会ったんだ」


「はい。本日はウィルに街の案内をして頂いていました。ロウ」


 ロウは小さく息を漏らした。


「ははぁ……ドールか……。

良いなぁ」


「なんだ、ロウはドールにも興味あるのか?」


「血は繋がってないとはいえ、オレも一応、技士の孫ですからね。

機械は、良いんですよ……。

愛情を注げば注ぐほど、答えてくれますからね……ふっ、ふふ」


「なんか……変な誤解を招きそうな言い方だな」


「あ、すみません。

気持ち悪いですよね」


「けどまあ、そういう考え方は俺も嫌いじゃないよ。

なんとなく言いたいことはわかる」


「……わかるんですか?」


「ん?

ああ、わかるよ。

下手な人間よりも機械の方がよっぽど素直で、()()()()()がないもんな」


「そうなのですか? ウィル」


「良くも悪くも、そう感じる時もあるって話だよ」


「お、おお、オレの気持ちを、理解してくれる人がいるなんて……。

列車事故に遭われたお二人には、も、申し訳ないですけど、今日はオレにとっては良い日になりました」


 ロウは操舵席の上で嬉しそうに身体を揺すった。


「おいおい、なんだよ、ちょっと大げさじゃないか?」


「おっ、大げさ……っなんかじゃない!」


 ロウが突然声を張り上げた。

 そしてすぐに、はっとした様子で小さく会釈をした。


「あ……す、すみません……」


「いや、構わないけど……なにか気に障ったか?」


 ロウは少し間を開けてから口を開く。


「……いえ、すみません、違うんです。

お二人みたいに、お喋りに付き合ってくれるお客さんなんて、珍しいんですよ。

こんな喋り方だし……気を抜くと、吃音が出ちゃって」


 ロウは片腕を横に伸ばし、サイズの合っていないジャケットの裾を揺らした。


「ほら、見ての通り、オレはまだ、子どもじゃないですか。

客にも同僚にも、まともなランナーとして扱ってもらえなくて。

ことあるごとに、『ガキのくせに』だの、『変な喋り方をどうにかしろ』だの言われて、ば、馬鹿にされるんですよ。

……ふふ」


 ロウは自嘲気味に短く笑った。


「でも別に、金さえ稼げれば、どう言われようが構いませんけどね」


「ふうん……。

まあ、そいつらがロウの才能に嫉妬してるってのもあるんじゃないか。

少なくとも操縦を見る限りじゃ、年齢を理由に仕事を任せない方が見る目がないと思うけど」


「……そうなんですかね」


「歳は?」


「……十五、ですけど」


「へえ、その歳でスチームランナーか。

大したもんだ」


 すると、黙ってロウを見つめていたカナリアが口を開いた。


「あなたのように個性的な人間は、私にとって非常に興味深いです。

もっとあなたのお話を聞かせてください。ロウ」


 カナリアがそう言った途端、船体が僅かに傾いた。


 彼女お得意の()()()()だ。

 このタイミングでその言い回しはどうかと思うが。


「こっ、個性的……?

しゃ、喋り方のことですか?」


「悪い、誤解しないでくれ。

今のはカナリアなりの褒め言葉だ。

単純にロウのことが気に入ってるってさ」


「あ……いえ。

でもそんなこと、オレ、生まれて初めて言われたんで」


「……そうか」


 俺は操舵席に座る少年の背中を眺めた。


「なあ、ロウ。

生まれはどこなんだ?」


「え……。

聞いても、楽しい話じゃ、ないですよ?」


「構わないさ、別に。

もちろん話したくないなら無理に話すことでもない。

他の話にするか?」


「あ、や……。

…………じゃあ、せっかくだし、聞いてくれますか?」


「ああ」


「聞かせてください。ロウ」


「えっと……オレの生まれは、1層のセクター19です。

……ろくでもないところでしたよ、本当に」


「1層のセクター19……。

ああ、あの闇市や非合法工房の密集地帯か」


「はい、そうですね」


 その場所へは過去に何度か足を運んだ経験がある。

 人身売買から違法薬物の精製、取引まで、日常的に犯罪が横行するスラム区画の一角だ。


「そこで生まれた子供なんて、物乞いや盗みで食いつないで、生きるしかありませんでした。

この左脚も、その時の()()()()()()怪我が原因で、失くしました。

もちろん医者にかかる金なんて、ありませんでしたし、文字通り、地べたを這いずり回ってましたよ」


 ロウはそこで一度言葉を切った。


「……ね、楽しくないでしょ?

続けます?」


「はい。楽しくはありません。

ですが、興味深いお話です。

続けてください。ロウ」


「だそうだ」


「はは……ホントに変わった人達だなぁ。

あ、カナリアさんはドールか」


 ロウは言葉を続ける。


「両親が()()()()()()()()からは、住むところも失っちゃって。

でもそんな時、たまたまプロメテウスの修繕依頼で、1層を訪れてた爺ちゃんに、拾われたんです」


「アルメニカの心臓部の修繕だなんて、一般の技士じゃ到底声すら掛からないぞ。

やっぱり余程の腕だったんだな、ロウの爺ちゃんは」


「へへ、そうでしょ?

船のことは全部、爺ちゃんや、その仲間達から叩き込まれました。

そのおかげもあって、今は偽物とはいえ空の下を、と、飛べてます」


 そして、ロウは事も無げに一言付け加えた。


「まあ、ありふれた話ですけど」


 それは以前、俺がカナリアに言ったものと同じ言葉だった。


 俺は少年の左脚に取り付けられた義足を一瞥する。


 確かにロウの言う通り、こんなのはなんてことのない、ありふれた話だ。

 この都市においてそんな話は掃いて捨てるほど転がっている。


 彼のような物心ついたばかりの子どもが過酷な労働に駆り出される光景だって、決して珍しいものではない。

 そのまま野垂れ死ななかっただけでも幸運だったと言えるかもしれない。


 けれど。


 「世界なんてそういうものだ」と達観していたとしても、だからといってそれを本人が受け入れられるかどうかは別の話だ。

 

 生まれた環境だけで被る理不尽を、「ありふれた」だなんて子どもが平然と口にするような世界なら、何かを間違えているのはこの世界の側のように思えてならなかった。


「爺ちゃんは、どんな人だった?」


「爺ちゃんは──……。

ふふ、まあ、怖かったですね」


「怖かった?」


 カナリアが訊き返した。


「だって、オレがドジする度に怒鳴るし、殴るし。

機械のことになると夢中になって、他が目に入らなくなるような、偏屈爺です。

正直、大嫌いでした」


「ですが、先程あなたは祖父を『誇り』だと仰っていました。ロウ」


「……そうですね──」


 ロウは当時を思い返すように逡巡して、言葉を続けた。


「爺ちゃんだけは、いつもオレに正面から向き合ってくれたから」


 短い言葉だったが、ロウは率直に言い切った。


「へへ、実はね、爺ちゃんと出会った時、オレ爺ちゃんの荷物を盗もうとしたんです。

結局すぐにバレてボコボコにされましたけどね」


「ボコボコ」


「そうです、カナリアさん。

ボコボコです」


「その後はどうなったのですか? ロウ」


「維持局に通報するわけでもなく、『コイツの性根は、俺が叩き直してやる!』とかなんとかいって、あれよあれよという間に、気づけば養子にされてました。

一歩間違えたら、誘拐ですよ。

いや、ほぼ誘拐か。

ね? とんでもない爺でしょ」


「はい。

およそ常軌を逸脱している行動のように考えられます。ロウ」


「あっはははっ。

ですよねぇ」


 カナリアの言葉に、ロウは心底楽しそうに笑った。


 ……爺ちゃんだけは、か。


 俺は、彼がぼろぼろに擦り切れた手袋で握る操舵桿へ目を向けた。


 そのグリップは所々の塗装が摩擦によって剥がれ、真鍮の地肌が露出している。

 数百、数千回と繰り返されたであろう訓練の跡が、少年の歩んできた道のりを物語っているようだった。


「ロウは偉いんだな」


「え?」


「いや、さっきは才能だなんて陳腐な言葉で片付けて悪かったな。

これだけの船を自分で維持して、客を乗せて飛ばしてるんだ。

今日会ったばかりの俺にだってそれが簡単なことじゃないくらい分かるよ」


「え、いや、そんな。

でも……嬉しいな。

……本当に」


 少年はそう小さく呟いた後、しばらく口を噤んだまま操縦を続けた。


 蒸気艇の側面を、巨大な中央支柱に絡む配管からの蒸気が横切る。

 その吐き出された白煙が、支柱の灯りを滲ませながら鈍色の雲のように漂っていた。



Verse 7.End


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