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機械人形は歌う小鳥の夢を見るか?  作者: 電脳うさぎ
Episode 2: 『機械仕掛けのLoco-Motive』

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Verse 8: All's Well That Ends Well?

Verse 8: All's Well That Ends Well?

 Phase/ウィンクルレイン・メルクリオ




 俺達は思い思いに夜景を望み、穏やかに流れる都市の灯りを目で追って過ごした。


 やがて船体の速度が緩まり、操舵席からロウの声が掛かる。


「ウィルさん、カナリアさん。

三番ブロック、到着です」


 ロウが船体を緩やかに降下させる。

 蒸気艇の灯が辺りを照らすと、見慣れた三番ブロックの景色が浮かび上がった。


「お疲れ様でした。

夜道に、お気をつけて」


「ありがとう、ロウ。

カナリアにも良い経験になったと思うよ」


「はい。ありがとうございました。ロウ」


 カナリアが行儀よく頭を下げると、つられてロウも慌ててお辞儀を返した。


 俺達はゴンドラから降車し、少し代金に色を付けてロウに手渡した。


「えっ。

こ、これちょっと多いですよ」


「いいから受け取っておけよ。

しっかり案内してもらったからな、その分だ」


「ありがとう、ございます。

それじゃあ、お言葉に、甘えて」


「ああ」


「まいったな……。

本当は、同情引いてぼったくってやろうと、思ってたのに。

これじゃ、そんなことできないや」


「はっ、逞しい奴」


「では、先程のあなたのお話は作り話だったのですか? ロウ」


「あっ、いや、や、そういうわけじゃ、ないんですけど……」


「まあ、なんだっていいさ。

それも処世術ってやつだ」


 すると、ロウは少しの間を置いてから、おもむろにマスクを外した。

 そして、上着のポケットから一枚のカードを取り出し、遠慮がちにそれを俺に差し出した。


「あの、これ……オレの個人識別コード、です。

通信端末から、呼んでくれれば、スグに駆けつけますから……。

その、ランナーの仕事じゃなくても……また、お話してほしいです。

今度は、お二人のこととかも……」


 識別コードを差し出すロウの手は、僅かに震えていた。


「ああ、もちろん。

ありがとな」


 そう言ってコードを受け取る。


「じゃあ俺もこれ。

何かあれば連絡してくれ」


 俺は自分の識別コードを取り出し、ロウへ差し出した。


「いいんですか……?

やった、やった……っ。

ありがとう、ごっ、ございます!」


 ロウは大きく歯を見せて「にぃっ」と笑った。

 年相応の、子どもらしい屈託のない笑顔だった。


 そんなロウの素直な喜びように、今度は「大げさだな」とはとても口にする気になれなかった。


 カナリアは、そんな少年の顔をじっと見つめていた。


 ロウは俺の識別カードを大事そうにしまうと、ハンドルを握り、ペダルを踏み込んだ。

 排気管から蒸気が勢いよく噴出され、アイドリングをしていた船体がゆっくりと上昇していく。



「ウィルさん、カナリアさん!」



 上から、精一杯に喉を広げて張り上げた声が降ってきた。

 ロウは頬を真っ赤に染めながら、言葉を続ける。


「オレの夢はねっ、こっ、こんな偽物じゃなくて、いつか、今度は……本物の空を飛ぶことです!

その時は、お二人を運ばせてくださいね!

お安くしときますから!」


「……ああ!

そりゃあ楽しみだ!」


「その時は是非、お願い致します。ロウ」


「──はいっ!」


 ロウは少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに鼻を擦り、マスクを被り直した。

 そして、姿を見せた時と同じように白い尾を引いて、夜空を滑るように飛び去っていった。


 夢だなんて言葉は久しぶりに聞いた気がする。

 俺はあの小さな少年の、大きな夢がいつか叶えばいいと、胸の内でささやかに願った。


「もしかしたら良いカモを見つけたって思ってたりしてな」


「それも、先程の処世術というものの一環という事でしょうか? ウィル」


「冗談だよ。

けど、色々といい勉強になったろ」


「はい。

今日は沢山の事を学習できました。ウィル」


「そりゃ良かった。

空からの眺めは気に入ったか?」


「はい。ウィル。

夜空以外にも、星が見られるという事を識りました」


「……夜空以外の星?

へえ、案外詩人なんだな」


「そうなのでしょうか」


「なんにせよ、最後に楽しんでくれたならなによりだよ。

終わりよければなんとやらって言うしな」


「All's Well That Ends Well、ですね」


「お、なんだ知ってたのか。

それも頭の中の辞書から引っ張り出してきたのか?」


「いいえ。ウィル。

申し訳ありません。

昨晩、あなたの家の書棚を無断で閲覧してしまいました」


 カナリアは仰々しく頭を下げた。


「そうか、あれ読んだのか」


「はい」


「あのな、カナリア。

いちいち俺にそんな風に頭を下げるなよ。

もうカナリアの家でもあるんだから、あそこにある物なら好きに使ってくれ」


 俺はそう言って、下げられた彼女の頭に軽く手を置いた。


「──ありがとうございます。ウィル」



 カナリアはこちらを見上げると、()()と笑った。



 ……ロウの真似、だろうか。


「──ぷっ……あはははっ!」


 いつもの無表情のまま、口元だけで笑顔を作ろうとするカナリアの仕草がやけに可愛らしくて、思わず吹き出してしまう。


「なんだ、それ、あいつの真似してるのか?

けど、その表情(かお)のまま笑われてもな、あっはははっ」


 カナリアは、「どうして笑っているのですか?」とでも言いたげに、首を横に傾けた。

 そんな仕草が余計に健気に思えて、笑いを堪えきれない。


「ぷ、くく……いや悪い、っはは!」


 一頻り腹を抱えて笑ってから、親指で目元を拭う。


「私は何か間違えてしまいましたか? ウィル」


 そう言って今度は反対方向に首を傾げるカナリアに、改めて向き直った。


「あー……悪かった。

カナリアは何も間違っちゃいない、気にしないでくれ」


「そうですか。

それなら良いのですが」


「……なあ、カナリア」


「はい。なんでしょうか。ウィル」


「今日はその、色々と大変な目に合わせて悪かったな。

目的の図書館には連れて行ってやれなかったし、あんな事故にも巻き込まれるし、そのうえ湿気た部屋にまで閉じ込められて。

……ほんと、思い返してみると散々だ」


 俺は苦笑を浮かべてそう零した。


「私は、本日の出来事を『散々』だとは記録していません」


「え」


「本日私が学習した情報は、窓越しからでは決して得られなかったものです。

不確定要素は多々ありましたが、これこそがあなた達が言っていた『この世界を体験する』という事なのではないでしょうか」


 カナリアは俺の目を真っ直ぐに見据えてそう言った。


「……そっか、そうだな」


 ああ。

 そうやって考えてみると、案外、悪い一日というわけでもなかったのかもしれない。



 ──するとその時、俺の腹から虫が鳴いた。



 ぐう、という間の抜けた音のおかげで、朝食を摂って以降何も口にしていなかったことに今更気がつく。


「ああ、流石に腹が減ったな……。

それに、もうくたくただ。

帰って夕食にしよう、カナリア」


「はい。そうしましょう。ウィル」



 長かった一日がようやく終わろうとしている。


 俺達は並んで、街灯が照らす夜道を歩き出した。



Verse 8.End


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