Verse 6: 無色の政府
Verse 6: 無色の政府
Phase/ウィンクルレイン・メルクリオ
「──だから、何度も言ってるじゃないか」
秩序維持局の聴取室。
室内に焦れた声が空しく響く。
「あの時は緊急事態だったんだ。
現場判断による即応措置ってやつだって。
監理局の規約、あんたらも知ってるだろ?
非常時における、アダプターの即時行動容認措置。
俺はそれに従ったまでだ。
……もう五度目だぞ、この説明」
ここに押し込まれてから、もう何時間経っただろうか。
俺は質素な金属の椅子に腰掛け、机に肘をつきながらすっかり手慣れてしまったやり取りを何度も繰り返していた。
俺の隣には、行儀良く両手を前に重ねた機械人形の少女が立っている。
弛緩した空気が天井から垂れ込めている。
狭い部屋には小さな通気口がひとつあるだけで、空気の流れは鈍い。
唯一の出入口の両脇には武装オートマトンが二体、こちらに対して睨みを利かせていた。
俺の目の前に座っている聴取の担当官は年配の男で、くたびれた灰色のスーツには所々に染みが滲んでいた。
男は眉間に皺を寄せながら、メモ用紙を万年筆の先でとんとんと叩く。
「うーん……しかしなぁ。
事が事だけにな」
男の声には僅かな疲労と共に、どこか「面倒事に巻き込まれた」とでも言いたげな苛立ちも混ざっているように感じられた。
……まあこれはお互い様か。
男は手元の紙束を手に取り、気怠げに読み上げ始めた。
「えー、ウィンクルレイン・メルクリオ。
市民識別番号……は面倒だから省略。
……年齢、22歳。
血液型、A型、RhD陽性。
監理局登録済みアダプター。
あー、住所、第2層セクター16、三番ブロック──」
「勘弁してくれ、それもさっきやっただろ。
人の個人情報を読み上げる趣味でもあるのか、あんた」
「……ちっ、確認だよ、確認。
いいから黙って聞いとけって。
こっちだって好きでやってるわけじゃないんだよ」
男は資料の端を指で弾くと、ページを捲った。
「公共機関上でのフェイズの無許可行使。
それに伴うインフラ設備、及び機関の損壊。
一時的とはいえ、都市の交通網にも一部影響が出た。
おまけに政府資産への攻撃、及び破壊行為……ね。
……随分とまあ、派手な大立ち回りをしてくれたもんだよ」
男はそこで一度言葉を切り、机の端に置かれた金属カップを手に取って口をつけた。
カップの中の黒い液体はすっかり冷め切っていたようで、顔をしかめる。
その様子を眺めていたカナリアの唇が、一瞬だけ強張ったように見えた。
俺はカナリアとの今朝のやり取りを思い出し、吹き出しそうになるのを咳払いで誤魔化した。
「まあ、情状酌量の余地はある。
幸い死者は無し。
乗客や監督員からの証言も確認できてる」
男は資料を机に放り投げた。
「……は、よかったな。
おかげで、あのクソ面倒で時代遅れな『ポリグラフ検査』や『精神律動測定』をやる手間は省けたぞ」
「そりゃあどうも。
それでお家に返してくれるんなら、嘘発見器でもなんでもやってもらって構わないけど」
「……とにかくだな。
こっちとしちゃあフェイズ行使だの、公共機関損壊だの、そんなことは正直どうでもいいんだ。
問題なのは、そのおまけの方」
男は万年筆のペン先を俺に向けた。
どうせ次に出てくる言葉の予測はついている。
これだってさっきから何度も繰り返された問答だ。
「……政府所有資産への破壊行為に関しては我々にもどうすることも出来ん。
政府に楯突いたってことは、下手すりゃテロ行為として処罰される可能性だってある」
男は冷めたコーヒーのカップを机に置いた。
「あ、一応言っとくが、今回ばかりは袖の下が通用すると思うなよ。
残念だが、金でどうこう出来る範疇じゃないからな。
別にそれでも構わないってんなら受け取るが」
「テロ行為って、あのな。
そもそも、あいつがレール上に立ちふさがって来たんだって……何度も説明しただろ。
緊急停止も機能してなかったし、衝突までの時間の猶予も無かった。
挙げ句には向こうから突っ込んで来たんだぞ?
あの時は被害を最小限に抑える手段があれしか無かったんだよ」
男は心底興味のなさそうな表情を浮かべつつも、黙って話を聞いている。
「それとも、あの爆弾を抱えた目玉野郎に乗客もろとも突っ込めって?
冗談じゃない。
ターンオーバーどころか、丸焦げのスクランブルエッグの出来上がりだ。
大量のケチャップのサービス付きでな」
「ケチャップ?」
カナリアが首を傾げながら疑問を口にした。
俺は再び咳払いを挟み、言葉を続ける。
「……大体、政府はクリオネからの情報を把握してるんじゃないのか?
そのための装置なんだろ」
「カマかけしようったって無駄だよ。
お前だってわかってんだろ。
あれに関しての情報も我々なんかにゃ降りてきちゃいない。
不時着した機体はすぐに政府に回収されちまったし、列車の方だって奴らが調査するってんで、俺達みたいな民間組織は蚊帳の外だよ」
男はそう言うと、脚を机に投げ出して頭の後ろで手を組んだ。
そして、投げやりに言葉を吐く。
「あーあ、ったく。
そのくせなんだって俺らが、こんな七面倒くさい後処理をせにゃならんのかねぇ……。
いつもみたく問答無用で、ちゃちゃっとお政府様が矯正局送りにでもしてくれりゃいいもんを。
それでもうめでたしめでたし、すべて世は事も無しだ。
…………今日は、かみさんの誕生日なんだよ」
再びカナリアが口を挟む。
「その言い回しは誤用ではないでしょうか。
すべての範囲に他者が含まれていないようです」
男は怪訝な表情を浮かべてカナリアを一瞥した。
俺はまた吹き出しそうになった口元を手の甲で隠した。
そろそろ堪え切れそうにない。
やめてくれ、カナリア。
「……おい、さっきからなんなんだこのドールは。
冗談も通じないのか?」
「そういうのはまだ勉強中だ。
けどあながち冗談でもなかったろ。
とにかく、あの時の俺達は──」
──コン、コン。
七度目の問答が繰り返されそうになったその時、部屋の扉から、短いノックの音が響いた。
そして僅かな間を置いて扉が開き、一人の女性局員が入室してきた。
彼女は俺の目の前の担当官に何かを耳打ちをする。
すると、二人はそのままそそくさと部屋から退出していった。
俺とカナリアはわけもわからず、唐突に静まり返った部屋に取り残されることになった。
手持ち無沙汰に、扉の方へ顔を向ける。
「……お前らも大変だな」
俺達の監視を忠実に実行し続けている二体のオートマトンへ、労いの言葉をかけてみた。
当然、返ってきたのは沈黙と、背面から断続的に吐き出される蒸気の排出音だけだった。
「喋る元気すらないくらいお疲れだとさ」
「このオートマトン達には、発声機能が備わっているのですか? ウィル」
カナリアはそう言って、また僅かに首を傾げた。
「そうだったらまだ退屈せずに済んだんだけどな。
……なあカナリア。
あの局員がなんて耳打ちしてたか、わかったりしないか?」
「はい。ウィル。
支部長がお呼びです、と言っていました」
「……そうか」
ああ、なんだかまた面倒なことになりそうだ……。
俺は背もたれに体重を預け、天井の埃がかったモナド灯を仰いで深くため息をついた。
灯の周りを飛び回る数匹の羽虫を視線で追う。
カナリアも俺の隣で、上目遣いにモナド灯を眺めた。
「ごめんな、カナリア。
……図書館は、また今度だな」
今度がまたあれば、の話だが。
「いいえ。ウィル。
事後対応としては適切な処置だと考えられます」
「……そうかもな。
けど、参ったな。
政府による処分ってやつの方がどうなるか、正直予測がつかない。
とりあえず監理局に連絡でもして、抗議文でも提出してもらうか?」
俺は誰に言うともなく呟く。
その言葉は淀んだ空気と一緒に通気口へ吸い込まれていった。
もし政府が本腰を入れて介入してくるとなれば、最悪の事態も覚悟しなくてはならない。
部分的な脳洗浄で済めばマシな方だろうが……下手すれば誰かさんのように、脳ミソの皺をつるつるに伸ばされるハメになるかもしれない。
加えて問題なのは、その後のカナリアの処遇だ。
所有者登録のない彼女の身柄は良くて市場に卸されるか、最悪、解体処分か。
スカーグに廃棄されていたという彼女の過去を鑑みれば、あながち飛躍した話とも言い切れない。
そんなことになる前にエバンスおじさんに連絡を取って、彼女をもう一度引き取ってもらう算段を立てるべきか──……。
そんな風にとりとめもなく思案に暮れていると、カナリアがおもむろに疑問を口にした。
「あなた達が時折口にする、『監理局』とは何ですか? ウィル。
この秩序維持局という組織との関連性はあるのでしょうか」
「……ん。
紛らわしいけど、維持局とは別組織だよ。
正式名『位相置換現象監理局』。
アダプターの情報登録や監理、それから、仕事の斡旋なんかをしてる組織だと思ってくれればいい」
「では、あなたも位相置換現象監理局によって監理されているのですか?」
「はは、監理局でいいんだぞ。
わざわざ正式名称で呼ぶ奴なんて誰も居ないから」
「わかりました。ウィル」
「監理なんて言っても、俺らがやってることはフリーランスの厄介事請負人みたいなもんだ。
……ただ向こうとしちゃ、俺達に首輪を付けておきたいのかもな」
「アダプターを監理下へ置くことでその行動と所在を把握し、危険性を制御する為、という事でしょうか」
「んー……どうだかな。
実際のところ監理局がなに考えてるかなんてのは、俺の立場からは憶測しかできない」
「そうですか。
ありがとうございます。
概ね理解出来ました。ウィル」
「ならよかった」
「はい。ウィル」
◆◇◆◇◆◇
担当官が部屋を退出してから数十分、二人揃ってぼんやりと天井のモナド灯を見上げていた。
すると突然、取調室の扉が乱雑に開かれた。
先程の担当官とはまた別の身なりの良い局員が無遠慮な足音を立てて入室してくる。
その男はカナリアを一瞥してから、机の上に残されていた資料を手に取った。
そして、資料に目線を落としたまま口を開く。
「どうやらお前は無罪放免らしい」
男は開口一番、予想だにしていなかった言葉を放った。
不可抗力とはいえ、政府の持ち物に傷を付けたことは事実だ。
だから当然、取り調べはもっと長引くと思っていたし、下手をすれば投獄されることだって覚悟はしていた。
男は淡々と言葉を続ける。
「上からの通達だ。
今回の件については全て不問とする。
クリオネの件も、システム異常による接触未遂事故扱いとして片が付いた。
それに伴い、今後、本件に関する一切の口外を禁ずる」
──不問?
もちろんこちらとしては有り難い話だ。
けれど、やむを得ない事態だったにしろ、俺が政府資産に手を出したことに違いはない。
それはあまりに唐突で、不可解な処置に思えた。
「……なんだ、それ。
随分気前が良いじゃないか。
説明してくれないか」
「黙れ。
通達は以上だ。
さっさとそのガラクタと一緒に帰れ」
男の声色は高圧的で、こちらに目もくれずに手にしていた資料を雑に机へ放り投げた。
その態度からは明らかな苛立ちが滲んでいる。
「……ガラクタ?
なんだよ、お互い自己紹介もまだだってのに随分な言い草だな」
俺がそう皮肉を返すと、男はふん、と鼻を鳴らした。
……どうやらまともに対話をする気はないらしい。
「まあ、帰れって言うんなら喜んで」
数時間に渡る聴取で愛着の湧き始めていた椅子から立ち上がり、カナリアに視線を投げる。
彼女は静かに頷き、俺の傍に並んだ。
「さ、帰るぞ、カナリア」
「……ちっ」
俺がドアノブに手をかけると、男の憎々しげな舌打ちが聞こえた。
「──化け物がお人形遊びか。
精々、盗まれでもしないよう首輪でも付けておくんだな」
俺は背後でつかれた悪態には聞こえない振りをして、カナリアと共に取調室を後にした。
◆◇◆◇◆◇
気怠い足取りで建物の外へ出ると、既に人工太陽は沈み、街灯が薄闇に明かりを灯していた。
「んん──……」
油の匂いの混じる夜の空気を肺一杯に吸い込み、その場で伸びをして凝り固まった筋肉を丁寧にほぐす。
「先程の局員は、随分と苛立っている様子でした」
「気にするなよ。
ああいうのはどこにだって一定数いるんだ。
ドールを連れた人間なんてこの辺じゃ珍しいからな。
おおかた、俺を富裕層かなんかだと思って嫉妬でもしたんだろ。
一々相手にしてたらキリがない」
「化け物というのは」
「ん、まともな人間からしたら、アダプターってのはそう見えても仕方ないのかもな。
それとも過去に何か、個人的な事情でもあったのかもしれない。
どちらにせよ間違っちゃいないよ」
「そういうものなのですか?」
「……多分な。
そんなことよりも気掛かりなのは……今回の政府の対応の方だな。
あのクリオネにしろ、突然の釈放にしろ、腑に落ちないことが多すぎる」
政府の実態については市民に公開されている情報が規制されすぎていて、解釈が難しい。
それに加え、俺にはもう一つの懸念があった。
クリオネのアイセンサーに見つめられた時の、あの感覚──……。
まるで暗示にでも掛けられたかのように体の自由を奪われ、得体の知れない戦慄を覚えた。
……今日はわけのわからないことばかりが起きた。
今でも胸の奥には釈然としないものが燻っている。
けれど、列車上での立ち回りのおかげで俺の身体は疲労困憊だ。
「とりあえず、今日のところは大人しくアパートへ帰ろう。
正直もうくたくただ」
「はい。わかりました。ウィル」
……とは言ったものの、列車の運行が停止している今、帰宅手段を考える必要があった。
「本日はもう列車に乗ることは出来ないのでしょうか」
カナリアがぽつりと言葉を落とした。
あんな騒動に遭った直後だというのに、カナリアには気にした様子はないようだ。
まあ、変に苦手意識が付いてしまうよりは良いことなのかもしれない。
「しばらくあの車両と高架鉄道は使い物にならないだろうな。
けど、そのうちオートマトン達が修復してくれるだろ」
俺は腕を組みながら、片手を口元に当てる。
「んー……しかし、どうするかな。
こんなことなら、始めからバイクで来てればよかったか……。
別の駅からでも帰れはするけど、俺は正直、当分列車は見たくもない」
かといって、乗り合いのバスや送迎車を捕まえて帰るというのも、なんだか味気ないように思えてしまう。
考えを巡らせつつ、何の気なしに視線を上げる。
ふと、カナリアの背後、少し離れた高台の上で、誘導灯が赤く明滅しているのが目に留まった。
「ん、あれは──」
その周囲にはいくつもの光点が忙しなく飛び回っている。
……丁度良いかもしれない。
「どうかしたのですか? ウィル」
俺はカナリアに視線を移し、指先を上に伸ばした。
「なあ。
空、飛んでみたくないか」
彼女の視線が、俺の指差す先をゆっくりと辿る。
「飛ぶ?」
「そう。
まさか高いところが苦手ってことはないだろ?」
そう尋ねると、彼女はぱちぱちと瞬きをしてから頷いた。
「決まりだな」
俺は近くの公共通信端末の前に立ち、カバーを開いた。
真鍮の操作盤に指を滑らせる。
最寄りの発着場の呼び出し番号を入力し、送信レバーを下ろすと、端末のニキシー管に琥珀色の灯りが灯った。
数秒待つと、ちん、ちんと短い音が二度鳴り、それに合わせてニキシー菅の灯りの色が緑に変わった。
「よし、捕まった」
あとは端末の傍で待つだけだ。
端末のカバーを閉め、カナリアへ向き直る。
「しばらくしたら、運び屋が俺達を迎えに来る。
高架線からとはまた違った景色を見せてやるよ」
それを聞いた彼女の虹彩に、僅かな期待の色が浮かんだように見えた。
Verse 6.End




