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漆 常初花

切り所が分からなくて長くなりました。その分次回は短めです。

本日もよろしくお願いします。


森を抜け、人通りがある道に出ると、遠くの方に木造の建物が見えてきた。


「あれが関所」


徒世が指さしたそれは、武家屋敷のように大きく、道を跨るようにして建っていた。


関所にいる足軽の人が蒼葉に挨拶した。

蒼葉は、さっきまで泣いていたのはどこへいったのやら、元気よく挨拶を返す。


「こんにちは!」


仲では、自分たちの他にも数人が、関所の番人である番士に要件を答えていた。


「私は徒世。この子が蒼葉、この子が琴葉です。この二人はあの大地震から逃げてきて、私 が保護しました」

「…… 何の職に就いている?」


草葉師という職業は稼げるが、葉怪自体が知られていない。

それを見越し、徒世は商人をしていると答えた。


「荷物を下ろせ」


番士は徒世の荷物を見て、重さを確認すると、紙に三人の名前を書いた。


「良い旅を」


琴葉たちは関所を後にして、また走り始めた。この先は、関の宿場町となる。


今日中に、石薬師か四日市へ行きたい。そうすると、明日には七里の渡しを渡れる。


「さ、行こうか」


日が暮れかけた頃、三人は運良く、関のずっとその先の桑名へと到着した。

徒世が蒼葉を背負ってくれるおかげで、大分速くなったようだ。


「先に琴ちゃんたちの服を買おう。あそこの呉服屋に行く」


徒世が指差した呉服屋の入口には、まるで雲霞のように人が押し寄せている。


「新しいのが入ったよ!今の寒い時期にぴったりの、女物被布だ。江戸紫の曙染。おしゃ れにも防寒にもちょうど良いよ!さあ、買った買った!」

「良いね。ちょっと見てもいいかな?」

「はいよ!」


徒世は、受付のお姉さんから被布を受け取る。

首辺りにある(ぼたん)で留められた、袖の無い上着だ。


「これ、琴ちゃんに似合うね」

「わ、わた、し…… ?」


可愛い小花柄だったため、琴葉はてっきり蒼葉の物だと思い込んでいた。

こんな物、自分に 似合うかと疑いを胸に、着物の上から袖を通してみる。


軽く腕を振って動きやすさを試す。 大丈夫そうだ。仮に突然、戦闘に巻き込まれたとしても、問題なく動ける。


丈は珍しい膝上で、少し寒いが風はきちんと凌げているから問題ない。


首元の釦から、巾着を付ける紐が垂れている。ここに書簡を閉まっても良いかもしれない。


「あら可愛い。良いねぇ」

「お姉ちゃん可愛い!格好いい!」


受付のお姉さんと蒼葉の後押しもあって、お買い上げに決まった。

お金は徒世が支払うと言って聞かず、琴葉は諦めてありがたく受け取った。金額は聞かなかった。


「さあ、次は蒼ちゃん。どれにする?」

「えーと」


蒼葉はしばし黙考する。迷った末に、お姉さんが薦める三つの内の一つ、半合羽を手に取った。


「別に、蒼葉は、動きや、すいの、じゃ、なくても…… 」

「もしかしたら私も戦うかもじゃない?それに、何かと動きやすいのが一番だし」


その半合羽は、黒の縦縞に黄色の下地。随分と薄く、袖も短い。


「うーん。そうだね。蒼ちゃんは琴ちゃんと違って寒さに強くはないだろうし。御高祖頭巾(おこそずきん)を被るなら良いけど…… 」


髪ごと覆う御高祖頭巾は、蒼葉が丁寧に手入れしている髪を隠してしまう。

案の定、蒼葉はほっぺたをぷくぅと膨らませた。駄目らしい。


「えっと、髪が、見える、けれど、暖か、いもの、あります、か?」


琴葉は姉として、ここは勇気を出して受付のお姉さんに話しかけた。

すると、お姉さんの目はきらきらと輝き出し、店の奥からごそごそと、一つの打掛(うちかけ)を取り出した。


「打掛?婚礼衣装の印象が強いけど…… 」

「これはね、婚礼衣装にも普段着にも使える、機能性もお洒落も両立した打掛だよ」


お姉さんは打掛をさっと広げて、ささっと蒼葉の肩にかける。


「おー!良いんじゃないか?」

「かわ、いい、よ」


藍の打掛が蒼葉の山吹色の小袖によく似合っている。

少し落ち着いた雰囲気が、おしゃまで背伸びしたがる蒼葉にぴったりだと琴葉は思う。


「ふふ、徒世さん、これにする!」

「はいはい」


徒世がお金を渡すと、お姉さんはにんまりと笑った。


「まいど!」


― ― ―

騙され、た。

騙された騙された騙された。


狂利(くるり)!」

「貰っていきますよ、ちっちゃな神様…… ふふ、いつまでも神でいられることを、祈ると良

いですね?ああ、神様には祈りを捧げる対象も無い、かぁ…… くくっ」


現世(うつしよ)に解き放たれた未完成。

その所為で、この日の本が歪んできている。

全て、自らの責任で、本当は神から降ろされても仕方がない行為だと知っている。


「葉怪、その全てを駆逐しろ」

動けない神様は、自らの影へ今日も命じている。

― ― ―


暮相(くれあい)、琴葉たちは旅籠屋へ訪れた。

現在、地震で壊れた屋根や壁の修繕を行っているようで、大工たちがそこら中を行ったり来たりしている。


「はいよ、三人ね」

「脇本陣は空いているかい?」

「運がいいことに、後一部屋空いてるよ!」


脇本陣は、木賃宿よりも五倍も高い部屋だ。

気を遣わせてしまったことに、琴葉は申し訳なく思うが、正直三日風呂に入れていなかったので助かった。


「あの、お金、私と蒼、葉の分、も… 」


琴葉は、財布から丁銀を取り出そうとするが、徒世はそれを取り上げて仕舞い直した。


「それはもっとお金が必要になったときに使いなさい」


徒世はそう言って、お姉さんに自分のお金を渡した。


「そこに座ってね」


旅をしていると、足はどうしても汚れてしまう。

このまま上がっては旅籠屋が汚れるので、脇本陣や家老宿に泊まる際は、子女さんが洗うのが恒例となっている。


椅子に腰掛け、草鞋を外すと、水の入った桶が運ばれてきた。


「済まないけど、井戸が地震で壊れちゃって、水は節約してるの。お風呂の水も随分少ないわ。もっと温まりたいようであれば、近くの湯屋を使って。旦那様の親族がやってるから、この旅籠屋に泊まってる人はタダよ、タダ」

「へえ。そうか。では、湯屋の方を使わせてもらおう」


琴葉は桶に足を入れた。溜まった疲れと汚れが、お湯に溶けていく。


「ふぁー」


蒼葉が気持ちよさそうに欠伸をした。

このままだと、簡単に眠ってしまいそうだが、大丈夫だろうか。


「よし、そろそろ行くか」


旅籠屋に貸してもらった下駄を履いて、三人は湯屋へと向かう。

飛び石が何個か連なり、雑草が茫々と生えている道を通っていく。

琴葉の身長ほどある柵で囲われた、人目につかない道だ。


「私たちが使ってる裏道だけど、今は非常事態だから、お客さんにも使ってもらってるの」


お姉さんの先導で湯屋に着いた。

ちんまりと佇んだ扉に人気はなく、看板も一切無い。


地震での被害は多岐に渡る。

ここも例外ではなく、建物が倒壊したり畑が壊れたりと被害は大きかったようだが、その中でも人々は健気に支えあって、復興を進めていた。

そんな復興に従事する人々に、湯屋は無料開放されている。

中から聞こえる陽気な声は、人々の強かさを示している。


「お客さん来たよー」


お姉さんが中へ声をかけると、ぎりぎりと音を立てながら、扉が開いた。

そこには、先ほどまで番台に座っていたらしいお婆ちゃんが立っていた。杖を突いている、結構なご老人だ。


「なんだい、またか。まあ良いよ。二階は空いてないけど、それでも良いなら、早く入りな」

「ごめんね。ここの婆ちゃん、冷たくって。お風呂はあったかいから、安心して」


お姉さんの茶目っ気ある言い方に、三人はくすりと笑った。


草履を脱いで、本来の玄関へ置く。


脱衣所はかなり賑わっている。

もう秋も終わりかけなのに、ずっと脱いだまま立ち話をしている奥様方もいた。


「行、こ、蒼葉」

「うん!」


琴葉は、今日買ったあの被布といつも着ている小袖を、丁寧に畳んで脱衣棚に入れる。

巾着は、見えないように奥の方に押し込んだ。


「お姉ちゃん、徒世さん、早く!」

「待、って」

「走るんじゃないよ!」


洗い場に着くと、端の方で蒼葉が体を洗っていた。

その隣に座って、かちかちに固められた髪を徐々に解していく。

油で半透明になった水が、涓涓(けんけん)と髪の先から滴り落ちる。


「ねえ、あんた知ってる?」

「なんだい、お前」

「この間の地震で、いろいろぶっ壊れただろう?」

「ああ、そうだね」

「何だか知らんが、妖怪やら何やらが流行ってるらしい。ま、信心深い私らは、妖怪なんぞには出くわさないだろうがね」


後ろで体を拭いている老夫婦の会話が、自然と二人の耳に流れてきた。


「お姉ちゃん、もしかしたら葉怪のことかもよ?」

「そ、う、だね… 」


蒼葉が琴葉に耳打ちする。ぼんやりとした返事が、琴葉の口から吐き出てくる。


―― 信心深い、か。


琴葉は信心深いという部分が、やけにはっきりと聞こえていた。父は置いといて、母は信心深い人だと琴葉は思う。


小さな頃、よくお参りに連れて行ってもらっていた。

そう、あのときは、今の蒼葉と同い年だった。


願いはこうだった。

寺子屋に行けますように。


我ながら、なんて夢の無い願いだろうと今の琴葉は思う。

だが、あのときは、それが正真正銘一番の願いだった。必死だったからこそ、隣の妹の願いに、それはとても腹が立って、仕方がなくて。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん。終わったなら早く湯船の方行くよー」


間近にある蒼葉の顔にはっとして、琴葉は自分の体を見た。

手は、もうすでに体を洗い終わっているようだった。


奥の湯船を覗くと、徒世はもうすでにお湯に浸かっていて、こちらに向かって手をこまねいている。


「ごめ、ん。すぐ、行く」


琴葉と蒼葉は、徒世の横に並ぶようにして、お湯に体を埋めた。


湯船に浸かって、琴葉が最初に感じたのは疲労だった。

体が感じないようにしていた重い重い疲労が、今、体から流れていくような気がする。

体が動かない。このまま寝てしまいたいような、琴葉はそんな気持ちをふわりと抱いた。


「じゃあ、出ようか」


徒世の声でまたもやはっとした琴葉は、急ぎお湯から出た。


湯船の中で、気づかぬ間に舟を漕ぎ始めていたことに、琴葉は赤面せざるを得なかった。


足湯に浸かっていたとき、蒼葉を見て思ったことは、そのまま自分にも当てはまったようだった。


体を拭き、着替えて、旅籠屋に戻る間。

琴葉と蒼葉はほぼ眠ったまま、徒世に手を引かれて動いていた。


しかし、これが本能というのか。

二人は食事が来た瞬間、夢から覚めたかのように空腹を思い出した。

そういえば、昼は食べていない。


その証拠と言わんばかりに、腹が大きな音を立てた。


「どうぞ、お召し上がりください。食べ終わった後の皿は、部屋の外に出してもらえれば、

勝手に私たちが片付けます。ごゆっくり」


給仕の方が、足音も立てずに去っていく。

徒世が感謝の言葉を言い終わる前に、二人はいただきますと言った。


蒼葉はご飯から食べることが多い。

今日もご飯を先に食べ尽くす。

琴葉が茶碗に残る米粒を指摘すると、蒼葉は一瞬むっとしたものの、大人しく一つ残らず食べた。


琴葉はというと、幼いときからの母の進めを受け、野菜から食べるようにしている。

こうでもしないと、母がいないことを意識してしまうような気がした。


この、夢のようで夢じゃない旅は、両親を喪ったという事実に対する現実感を、上手い具合にぼやかしていた。


旅が終わる、それは喜ばしいはずのことなのに、琴葉は何故か嫌で、そう思う自分も嫌だった。


「美味しいね、お姉ちゃん」


よく漬けられた青菜。

ふっくらとした白い米。

焼いた秋刀魚に、豆腐のある味噌汁。


どれもこれも、あの日常の、今では非日常となったあの日常の、普通の夜ご飯だった。


「ごちそうさま、でした」


琴葉はそっと、食器を廊下の隅に置いた。


もうすでに、日は落ちていた。


「暗くなるのも早くなったね。全く、困っちまう」


今、徒世は、もう使わない四乳(よっち)四乳(よっち)草鞋(わらじ)を、少し小さく整える作業を行っている。

琴葉におさがりをするつもりなのだ。


そうとは知らない当の本人は、葉怪事典をぱらぱらとめくる妹を、ぼーっと見つめていた。


「お姉ちゃんも読む?」

「うん」


二人はうつ伏せになって、葉怪事典の最初の頁を開いた。


『葉怪は、言葉の妖。危険度は守破離の三つに分かれる。離は天災に近い。

種類は具現変化、状況変化、相対変化の三つ。

具現変化は、刀や犬のように物が顕現する。

状況変化は、穴や曲のようにその場所に効果を及ぼす。

相対変化は、老や笑のように生き物の状態を変える。相対変化には、時間制限がある物が多い』


項目についての説明が終わると、次の頁からは、いろは順に葉怪が載っている。


「お姉ちゃん、凸と凹は?」


琴葉はペラペラとめくって、蒼葉にその頁を見せる。


そこには、葉怪の区分、攻撃方法、発見した場所、戦った感想などが載せられていた。


随分、細かく書かれている。また、凸と凹は一緒に出現する可能性が高いことにも触れられていた。

徒世が、よく読み込んでいた方が良いと言うのにも頷ける完成度だった。


「わぁ。私も草葉師になってみたくなっちゃった」

「「駄目!」」


琴葉と徒世が同時に苦言を呈した。それが可笑しくって可笑しくって、蒼葉は腹の皮が(よじ)れる気持ちを味わった。

琴葉と徒世は顔を見合わせ、肩をすくめたけれど、それもすぐに笑いに変わっていった。


「ほら、琴ちゃん。これ使いな」

「あ…… 草鞋…… 」


徒世は笑いが収まったそのとき、出来上がった草鞋を琴葉に差し出した。


「使いな。そのままだと走りにくいし」


琴葉は、そういえば緒が切れていたことを今思い出した。


一瞬迷ったものの、ありがたく受け取る。

草鞋は、飛脚にとって大事な仕事道具。不備があったら困る物だ。


「あり、が」

「敬語は駄目」

「…… と」


蒼葉がまた、笑い転げた。


― ― ―

夢を見た。

あのとき、蒼葉はまだ乳飲み子だった。

いってきますと口にして、琴葉は寺子屋へ駆け出した。

その道中、森に寄ることにした。

水鞠が寺子屋を辞める日だったからだ。

お祝いに花を贈りたくて、森の奥へ入っていった。

そのとき。


森の奥、深淵で、声が聞こえた。


「お嬢ちゃん、そこのお嬢ちゃん、こっちにおいで…… 」


何かが、近づいてくる。

確かにそれは人の声だった。

しかし、どうしても琴葉は、それを人だと思うことができない。

生きているかどうかすら怪しい何かの声としか、思えない。

次期に、立てなくなってくる。

動けなくなってくる。

振り向けなくなってくる。

ただ眼をつぶって、時が戻るのを信じるしかなくなってくる。


「君は、きっと神になれるよ…… 」


「っ!」


……今でも怖いことに、その後の記憶は全く無い。


気づいたら寺子屋に着いていて、なんだ、夢だったのかと、とりあえず先ほど起きたことを片付けようとした。


その数日後、夢ではないと解った。


身体能力の著しい上昇。

体が軽くなって、いとも簡単に俊敏に動けるようになった。


習練の数だけ、速くなる足。


怖かった。自分が、人から離れていくような気がして。


耐え切れず、あるとき父母に話すことにしても。


山祇(やまつみ)様の、贈り物かもしれないなあ」

「そうかもしれないわね。自分の足は、自分のもの。誰のものでもないの。足が強くなった

ってことは、自分が成長したってことなのよ。私たちはあなたの成長が、一番の楽しみなの。

嬉しいことなのよ」


父母はそれだけしか言わなかった。あんなものが神なら、この世界は終わりだと思った。


でも、もし、もし、本当に、あれが山祇様、山の神様なら。


せっかく貰った贈り物を、台無しにしてしまったことになる。

この足で、両親を救うことができなかったのだから。


喪って、喪って、喪い続けて、今は横に、たった一人の妹がいた。

誤字脱字報告ありがとうございます。

否定的なコメントはやめてくださると幸いです。

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