陸 剣は盾よりも
本日もよろしくお願いします。
しばらく経った。
琴葉と蒼葉は腹が空いていた。夜と朝、食べなかったからだろう。
「そろそろ昼飯にしよう。川も流れている。おむすびがあるよ」
森の中。川との野辺が広がる、豊かな場所だ。
徒世は腰に括り付けた弁当箱を取り出して、中身を見せた。
笹の葉で包まれた、美味しそうなおむすびが四つ入っている。
「わあ!」
蒼葉は獲物を前にして喜ぶと、兎のように徒世の背中から軽々と飛び降りて、川へと一目散に駆ける。
「ちょっと、待って、蒼、葉!」
慌てて琴葉は蒼葉を追い、一緒に手を洗い始めた。
川は潺潺と、とめどなく流れ続けている。
徒世は手を洗う前に、櫛で髪を整えていた。髪を梳かす様子さえ、中性的で優艶だ。
「ん? ああ、そろそろ関所だから、身だしなみを整えているんだ」
何をしているか不思議に思われたのだと誤解して、徒世は琴葉に向けて言った。
関所では、基本無手形でも大丈夫だが、不審人物と思われてしまうと一気に面倒臭くなる。
身だしなみを整えることで、疑われることが減るらしい。
「琴ちゃんも、江戸へ行ったら通行手形を発行してもらおう。……おっと、そうだった。私たちは家族ということにしておく。琴ちゃんも、敬語は無し」
家族、という響きに、蒼葉は目をぱちくりとさせた。琴葉は、ただ曖昧に笑った。
「はむっ…… 美味しい」
蒼葉は目の前のおむすびに齧り付き、しみじみとそう言った。琴葉も一つ、ぱくっと一口。
塩味が効いていた。
「これは…… 塩振りすぎたね、ごめん」
「私料理得意だから、今度から私が作る!」
「ああ、お願いするよ」
母が洗濯仕事をしている日は、蒼葉が料理していたのを思い出す。
母の教えをよく覚えていて、手先も器用で火の扱いも上手い、そんな良い妹だ。まだ六歳だとは、にわかに信じがたい。
「ねえ、一つ余ってるよ?」
おむすびは、全部で四つあった。一人一つで、まだ一個ある。
それを蒼葉が指摘した。物欲しそうに徒世を見つめている。
少し心苦しく思いながら、徒世は蒼葉を止めた。
「それは…… 残しておくんだ。ごめんね」
「分かったよ」
渋々頷く蒼葉を見て、琴葉が自分のおむすびを齧らせた。
「おっと…… 何かいるね。あそこに」
急に不穏なことを呟いた徒世に、琴葉はおむすびをそのまま蒼葉に手渡し、刀の葉怪に手を当てた。
徒世が指さした先は、草原だった。
「大丈夫。守だと思う。せっかくだし、琴ちゃん、捕まえてみようか」
「わか、り、ました」
「こら、敬語は無し」
守破離、葉怪はこの三つの階級に別れている。
守級は、意味や能力が弱く、捕まえやすい葉怪を指す。
ちなみに、刀はその次の破級で、一番か二番目に強い葉怪だ。徒世のような強い草葉師からしてみても、かなりの難敵だったようだ。
「お姉ちゃん、気をつけてね…… 」
「うん、大丈、夫」
不安げに微笑む蒼葉に、ここで待つよう指示を出す。
そして、琴葉は深呼吸した。周囲の雰囲気が変わる。
感覚が研ぎ澄まされ、今なら何でもできるような気がしてきた。
よく周囲を見渡し、不自然に落ち着きのある場所を探す。
「大木があるのが分かる?あそこにいると思うよ」
琴葉は徒世の感覚を信頼して、原っぱの真ん中、野司にそびえる巨木へ、草を掻き分け向かう。
草原は、草木に囲まれた、どこもかしこも獣道のような場だ。足元も不安定。
後ろを歩く徒世が、琴葉へ何かを手渡した。
見ると、それは盾の葉怪。
「念のため、これを渡しておくよ。盾は、刀と違って使い勝手が悪い。自分の周囲に、敵を通さない幕を張れるんだが、範囲内に敵がいると、敵も幕の中に入れてしまうんだ。何かあったときは、敵から離れて使いなさい」
頷いて、葉怪を帯に挿した。琴葉は腰を低くし、草原に紛れ、喬木に近づいていく。
どさ、どさという音が聞こえてきた。
耳を澄まして、その音の在処を探る。
見つけた。
核は大木の洞の中だ。
おそらく、凸の葉怪。
核の周りだけ異様に地面が膨らんでいることから、攻撃方法は土を出すことによる窒息。
凸は、琴葉の身長より大きな土を空中に顕現させた。
完全に土が洞を塞ぐことは無く、ぼろぼろとその場に広がる。
洞の中だと捕りづらい。引き寄せてから、葉捕り網で捕まえるのが理想だ。
頭の中で推し量り、琴葉は戦いの覚悟を決める。琴葉は草の中から一気に跳び、凸の正面に立った。
無防備なように見えた琴葉へ、凸は急激に速さを上げて向かう。
―― 今。
大きく横に跳ぶ。
行き場を失った凸は急に止まった。
そこを狙って、琴葉は葉捕り網を振りかぶり、一気に振り下「不味い!琴ちゃん、後ろへ跳んで!」
離れた場所で見物していた徒世の焦り声が、思考を遮る。
琴葉は振り下ろす構えを解き、急ぎ背後へ思いっきり跳ぶ。
「な、何…… ?」
「もう一体、近くに葉怪がいた!凹だ!」
先ほどまでいた場所に大きな穴が空く。
その大きさは、家一つが丸ごと入るぐらい。
落ちても死にはしないが、重ねがけされたら大変なことになる。
あれが、葉怪事典にあった破級の下位、凹の葉怪。
「私はより危険な凹を捕まえる!琴ちゃんは凸を捕まえな!」
琴葉は合点して、凸に向き直った。
徒世は凹の所へ行こうと動くが、周囲に落とし穴が沢山生まれて、難航しているようだった。
琴葉は刀の葉怪を取り出し、穴を跳び越え、凸を離れた場所へ誘導していく。
「刀」
短い短刀を、両手で握る。
いざとなったら葉捕り網を振れるように、左手に網を持ったまま、両手で刀を支えるような形で。
そして琴葉は攻撃に転じた。
だが、刀を振ると、埴生がその刀身を埋め、動きを止めてくる。
―― 大丈夫。綻びを探そう。
相手は、こちらに向けて明確な攻撃ができない。
攻撃と回避を続ければ、いずれは捕まえられるはず。
葉怪は逃げない。
闘志が強いから。
その時だった。つい琴葉は、土壁に葉捕り網ごと刀を突っ込んでしまった。
振り払おうとするが、さらに重ねがけされて動けない。
「あっ…… !」
窒息する、そう琴葉が思った瞬間、凸は変な動きを始めた。
窒息させるのに手っ取り早い琴葉の頭上ではなく、足元に土を出現させたのだ。
足が埋まる。琴葉はようやく抜けた刀ごと、大きく後ろに跳んだ。
琴葉がいた場所に、大量の土ができていた。
「くそっ!琴ちゃん、受け身を取れ!」
前方から徒世の声が聞こえる。そして、こちらと並走する凹の葉怪も見えた。
「…… 」
分かった。こいつらが狙っていたのは、窒息死ではない。
それよりも確実に、すぐ殺せる、落下死。
凹で作った大きな穴に落とすこと。
すぐに体が降下を始める。
琴葉は体を捻った。土が、見える。
落ちる感覚に、琴葉の思考は余計な働きをする。
何千、何万と、夢に見続けてきたあのときを、考えてしまう。
凹はさらに穴を掘り進めた。
このままでは、受け身が取れても穴に生き埋め。
―― どう、する?
土が近づき、視界が暗転するのが、嫌でも〝視えた〟
体が死を予感する。周りの時間が恐ろしいぐらい、ゆっくりと流れている。
―― 何か、使える物は。
手元には、脇差と葉捕り網。自分の武器。その瞬間、琴葉はあることを思いついた。
「薙刀!」
地面に向かって柄が急激に伸び始める。
それはやがて、琴葉の落下速度を超えて地面に刺さる。
刺さったところで、琴葉は重心を前へ傾けた。
刀身がしなり、琴葉をより遠くへ跳ばす。
手を離し、着地と同時に受け身を取った。
凸が作り出した、柔らかく粘着質な土が地面だったこともあり、琴葉はすぐに動き出せた。
「よくやった、琴ちゃん。おかげで、盾の葉怪を使わずに捕まえられそうだ」
……琴葉は、やっと盾の葉怪があったことを思い出した。
今度から、命の危機の際は、武器ではなく盾を思い出すようにしよう。
もう二度と、そのような危機は訪れてほしくないが。
「…… 行く」
琴葉は葉捕り網を振りかぶり、自分が埋められそうになった穴を飛び越える。
飛び越えながら、穴の上空にいた凸を葉捕り網で捕獲した。
跳躍の練習が、確かな実感を持って活きた。
「凸」
無力化した葉を拾って、帯に挿した。
「こっちも捕れたよ!」
琴葉が穴の中を覗くと、徒世が手を振っているのが見えた。
どうそこから抜け出すのかと疑問に思いながら見ていると、徒世はぐっと膝に力を入れ、思いっきり跳躍。
身長より四倍はある高さだと言うのに、軽々と穴から脱出してみせた。
「私、も…… 」
跳んだり跳ねたりして軽々と大穴を越える、未来の自分を想像した。
想像できなかった。
「ほらほら、ぼうっとしてないで、早く蒼ちゃんの方に行ってあげよう。今頃やきもきしながら待っているはずだから」
遠くで見守っていた蒼葉の元へ駆け寄る。
蒼葉は凄い速さで琴葉へ駆けてきて、琴葉の足にぎゅっとくっつく。
「凹と凸は高値で売れるよ。土木工事はもちろん、凸の土は質が良いらしくて、畑仕事にも使われるらしい」
琴葉はほくほく顔の徒世の話を聞きながら、よよと泣く蒼葉をあやす。
「よし、蒼ちゃん。進むよ。日が暮れるまでに関所まで行こう」
泣き腫らした目で頷く蒼葉を徒世がおんぶして、三人はまた歩き始めた。
― ― ―
徒世という名前を聞いたのは何時ぶりだろう。
友がその名で呼ばれているのを見るのは何時ぶりだろう。
気づいたら、自分すらも徒世とは呼ばなくなっていたのに。
「行こう」
柔らかな表情をしている友を、木の影から見て。
自分の責務を忘れてくれることを、願った。
何の罪もないあの姉妹を、こちらの影に引き込む責務を。
誤字脱字報告ありがとうございます。
否定的なコメントはやめてくださると幸いです。
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