参 射干玉のように
本日もよろしくお願いします。
百日紅。
刀はその幹を目掛けて横一文字斬り。
枝が大きく振れる。
幹に切り込みができて、もうすでに木はあと一歩で倒れるといったところ。
思考が行動を横切る。嗚呼、木とはなんと脆いのか。
着地した瞬間に、切られた。
視界が暗くなる。
その様子が〝視えて〟琴葉は大きく跳んだ。
けれど、刀の勢い余ったその調子が、琴葉の落下時点すらも、狙いの範疇にする。
切られる。切られ、切、切ら、死、死、死に、死、
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死、死…… ?
火花が散る。
閃光が走る。
葉は風に掬われる。
刃と刃がぶつかる。
琴葉の目の前で、刃を止めて見せたのは女人だった。
手拭いを頭に巻いた、姐さん被り。
藍と白の小袖は鮎売りを連想させるが、どこか神秘的な、近づきにくさがある。
小股が切れ上がった、理想の女性。そんな人が、化け物と兵刃を交えている。
「嬢ちゃん、後ろへ回れ!」
完全に上がりきった息に叱咤をかけて、琴葉はその場から素早く退避した。
―― 嗚呼、もう大丈夫。
そう思わせるほど、その女人の風貌は圧倒的な正義に包まれているように、見えた。
「核…… 葉を取れ!」
しかし、事態は安心を許していない。
琴葉は動くことを強いられ、茂みに隠していた身を引っ張り出す。
刀の背後にある葉は、刀が舞える範囲の中心にいるようだった。
あの朱の柄でさえ、丸太のように大きい。
打たれたら一たまりもない。
慎重に。その慎重を勇気に変えて。
琴葉は跳び出した。刀の、背後へ。葉の元へ。
柄がこちらを跳ね飛ばすのを〝視た〟
刀が逆回りで足元を払うのを〝視た〟
頭上に、刃が煌めいたのを〝視た〟
全部、避けた。
巾着袋を葉に被せた。
その途端、袋の中の葉が暴れ回る。それを必死に押さえる。
「嬢ちゃん、葉に書かれていた文字は何だ?」
思い出せ、思い出せ思い出せ。
琴葉は念じる。記憶を引っ搔き回し、ありとあらゆる葉の表面を見つめる。
―― 刃、いや、あれは……
「刀」
途端に、葉は勢いを無くした。
「大丈夫だ。中身を見てみな」
怯えつつ中身を見ると、そこには、柏の葉が在った。
表面に、火の粉のような銀色で彫られた刀という文字。
それだけが、この葉を葉にさせていない。
「刀、か…… 上物だ」
自分を見下ろす、彫りの深い、端正な顔。薄く紅い瞳。小町紅を使ったような唇。
「あの、あなた、の、名、前は… 」
「私は徒世。葉怪を捕まえる職、草葉師の徒世だ」
―― 草葉、師。
「嬢ちゃんの名前は?」
「琴葉、です」
「…… っ、そうか。琴葉か。運動が得意なんだな…… 」
徒世は、刀を懐に隠していた鞘に納める。
口から発される言葉は、感慨深さ、物悲しさ、そして少しばかりの色気を含んでいた。
「とりあえず、旅籠屋へ行こうか。妹ちゃんも待っているよ」
徒世は、琴葉を背負って旅籠屋へ走り始めた。
終わった。その安心感に、琴葉は、いつの間にか舟を漕いでいた。
― ― ―
「…… 葉、どうじゃ、変わりないか?」
「神様」
少女と神は会話する。天と地を繋げている。言と葉を繋げている。
「ちょっと変な空気なんやけど、ここからじゃよう分からんのよ」
「そうか。ならば、木にでも登れば良いじゃろう」
少女はまだ知らない。自分が何のために生まれたのか。
「姉さん、木の上に登りたいんやけど」
何故、自分が、この柏の木の下で死ぬのか。
― ― ―
旅籠屋の前。
半分眠っていた琴葉は、揺れが止まったことに気づいて、目を開けた。
そこに在った見慣れた景色に、ほっと息を吐く。
「すまない。傷があるのに、速く届けてやれなくて」
琴葉は、言われて初めて体が擦り傷だらけであることに気づいた。
木から木へ飛び移るときに、擦ったらしい細かな傷。
窮屈な草鞋で走ったせいで、赤くなってしまった足の指。
「嬢ちゃんたちと私は同じ旅籠屋だ。どうやら訳ありのようだね。少し話を聞かせてくれな
いか」
徒世は背から琴葉を降ろすと、にこやかに笑った。
その笑顔は、慈愛に満ち溢れているように、見えた。
「お姉ちゃん!」
旅籠屋の引き戸が開いた。泣き腫らした目の、蒼葉だった。
「ごめんなさい!私、わがまま言って、お姉ちゃんまで…… 」
失うところだったと続けようとする蒼葉を、琴葉は抱きしめて封じる。
そして、琴葉は命の恩人に頭を下げた。
「まだ、お礼、済んで、ませんで、した。ありが、とうござ、います。命、を、救われ、ま
した」
「恩を感じる必要はない。傷を手当てしたら、昼飯でも奢るよ」
「何から、何まで、ありが、とう、ございま、す」
琴葉は、蒼葉の背を優しく摩った。
― ― ―
少女には何かが視えた。幼い頃から視えていた。
森の方に視える光。それぞれの彩を放っている。
赤、青、黄。
その彩は、それぞれの言の葉を形作っている。
解る。あれは自らが創れるものだと、少女は解る。
哀れなことに、少女は期待を背負っていた。神からの期待だった。
生まれながらに、贖罪を背負わされていた。
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