参拾参 玲瓏
本日もよろしくお願いします。
江戸、奉行所にて。
「……千代か。相変わらずお前は音が無いな」
本棚に囲まれた書斎。
鷹平が書類仕事をしていたところ、屋根裏から千代が降りてきた。
「おっさん、俺、消えた方が良い?」
帰ってきて早々、怪我を抱えて包帯だらけになった弓弦も、同席している場でのことだ。
「今、最後の怪我人が動けるようになりました。【金烏玉兎】全員を集める必要があるかと」
太陽と月という、影を滅し、生じさせる存在の名前が付けられた精鋭の集団。【金烏玉兎】。
「じゃ、俺、行くから……」
「おい、ちょっと待て」
もちろん普通の草葉師である弓弦は外へ出ようとしたが、そこを鷹平に止められる。
「もうお前も大きい。無理に隊に入れることはしないから、話だけでも聞いておけ」
内々の話に加えられるということは、信頼の証だ。
弓弦は嫌な予感がしながらも、渋々その場に座り直した。
しばらくして、千代によって【金烏玉兎】たちが集められた。総勢八名になる。
少ないように思えるが、草葉師になって三年経つ弓弦を軽く凌駕する個々の実力を持つ者たちだ。
「まず、琴葉が捕縛したという葉月、もとい錦のことだが」
「影でしょう? ならば一刻も早く裁き、獄門に処さねばならないでしょう。何を躊躇っているのです?」
「まあまあ姐さん、落ち着いて。そいつには更生の意思が見えるらしい。【葉視】持ちらしいし、幽閉して大坂支部の設立を手伝ってもらおうじゃないか」
鷹平はそう言って燈火をたしなめる。
「名案だと思うぞ。人員を送り込み、地震復興の手助けをさせれば、吉宗公に恩も売れる。勢力拡大も狙えるし、琴葉の監視にも繋がって非常に都合が良い」
燈火は納得のできない様子だったが、結局賛成多数で刑は免れることになった。
……そろそろお開き、というとき。
千代は一瞬言葉に詰まったが、意を決したように喋り出した。
「あの場では申しませんでしたが、琴葉さんと蒼葉さんが、旅の途中で接触した女性……徒世は、草葉の影の可能性があります」
思わぬところから来た宿敵の手がかりに、皆が震撼する前に、千代は矢継ぎ早に続けた。
「あくまで可能性ですが……徒世ははぐれの草葉師であるに関わらず、竜を追い詰める優れた能力、そして、既製品の葉捕り網を持っています。怪道と何かしらの繋がりがあるのかと」
「なるほど、それは確かに容疑をかけるに値するな」
「そして、極めつけにはあの葉怪事典を書いた者と知り合いだという証言もあります。あの男、狂利と、知り合いであると。富士近くの竜との戦いですでに死亡してはいますが、ほぼ確定で、狂利と繋がりのある草葉の影でしょう。錦と親密な関係でもあるそうなので」
狂利は七年前に、命の葉怪を捕り、使った後に出奔した男だ。
その後、行方が知れない。草葉の光をひっかきまわした、草葉の影だと見なしている。
「……弓弦、富士へ行きなさい」
「は?」
「最近は火事といい、草葉の影の暗躍がある。江戸を留守にするわけにはいかない。駄賃は弾む、富士に行きなさい」
「いや、なんで富士?」
「豊が死亡した場所でもあり、近くに影の拠点がある可能性も高いからだ。同時に、復興の手伝いも進めてくるんだな」
「俺、一応怪我してるんだけど……」
明後日出発できるよう準備しておけと、半ば強制的に富士行きを決められた弓弦が、しこたま怒られた燐火と共に出発するのは、また別の話。
― ― ―
和歌山城が見えるようになり、琴葉は蒼葉を揺すって起こした。
ついに、旅の後半戦も終わるのだ。
ちなみに百合は、将軍の側室を辞めてこちらに転居するそうだ。
お淑やかな所作に似合わぬ大胆な行動は、流石、吉宗の母といったところ。
「眠たいよ……」
龍は城下町の上空で降下を始め、やがて、和歌山城の庭園に着いた。
紅葉が植えられた、枯山水の庭。
忘れていた秋を思い出させてくれる、風情ある空間に。
「では、また」
「は、い。荷物、まと、めて、来ます」
これから琴葉たちは、和歌山城の一角に住むことになる。
琴葉は、守られていることを嬉しく思うのと同時に、もう簡単には水鞠にも会えないことに寂寥感を抱いた。
それ故に、すぐさま大坂に顔を見せたかった。
だが、それよりも大切なことがあった。
「あの旅籠屋に戻ることって、できる?」
蒼葉は龍に問いかけた。
龍は小さく鳴いて、二人の着物を噛み、目にも止まらぬ速さで小さく放り投げ、背に乗せた。
「本当に……良いの? 零葉さん」
「うん。今、は、危険。それ、に……私、が、整理、できて、ないから。もっと、落ち着い、たとき、で、良いかな」
未来を描くことができる。
その幸福を、葉月は知った。
夢を視ずとも、生み出さずとも、そのままで。
そのままで、今も、友を思い描ける。
それが幸せ。
龍は二人を乗せ、出発した。
目指すは、父母の形見、そして徒世の形見のある、旅籠屋。
― ― ―
「お姉ちゃん、着いたね!」
蒼葉は背伸びをした。龍は、近くの森へ隠れていった。
帰りも付き合ってくれるようだ。琴葉は一安心した。
「早く行こう!」
扉を開けた途端、受付にいた旅籠屋の主人は、目を見張った。
明日荷物を捨てる予定だったと聞かされ、琴葉たちは間に合ったことに胸を撫で下ろした。
倉庫は、懐かしさの塊だった。
少し埃を被った品々。徒世の葉怪事典。
ありがたいことに、お金もそのまま残してくれている。
笑みが零れている蒼葉の髪には、母の簪が在る。
旅をしていた頃のように荷物をまとめ、二人は旅籠屋の主人に感謝を言った。
そうして、二人は森へと歩き出した。
「お姉ちゃん、本当に道覚えてるんだ……すごいね」
「こういう、の、得意、だから」
鬱蒼と葉が茂り、地面が根に沿って割れた樹海の景色。
変わっていない。
自分たちからしてみれば、とても長い三日間だった。
けれど、森の時は平等に進む。着々と葉を落としている。
二人は記憶を頼りに足を進めた。とはいっても、ほぼ琴葉の記憶によるものだったが。
そうして辿り着いた先は、上空からは分からなかった、ある場所。
開けた平地の中央は、周囲とは少しだけ色の違う土で形成されている。
間違いない。徒世は、ここにいる。
「徒世さん、私たち、無事に届けられたよ。使命、達成できたの。ありがとう。徒世さんのおかげだよ」
蒼葉は泣き笑いをしていた。
琴葉もまた、世界が少し歪んで見えていた。
良い出会いだった。
出会わなかったら良かったとは、これからもずっと、死んでも思えないだろう。
――私たちの、第二の母。
誰かを、喪ったものの代わりにして生きるのは駄目。
それは、琴葉が一番よく解っている。
でも、前を向かなくては、成せることも成せない。
だからこそ、人は大切を沢山増やす。
――大切があるだけ、脆いが、強くなれるから。
「お姉ちゃん、帰ろう。故郷に帰ろう」
琴葉は、静かに頷いた。
どうか蒼葉が、生きていきたいと思える今でありますように。
どうか蒼葉が、生きていきたいと思える今を作れますように。
それ以上は、望まないから。
誤字脱字報告ありがとうございます。
否定的なコメントはやめてくださると幸いです。
来週で一度閉幕となります。
余談ですが、ユニークアクセス1000人で何か書こうと思ってるので、ぜひこれを機にもう一度、物語を振り返ってみてもらえればと思います。




