参拾肆 邂逅
最終回です。よろしくお願いします。
その日は、秋晴れが綺麗だった。
水鞠は、洗濯がようやく終わったと腰を上げ、夕餉の準備に入るところだった。
大きな影が、こちらへ向かってきた。
同じく洗濯をしていた奥様たちが、上を見上げて声を無くしていた。
何事かと、水鞠も寝違えて痛い首を、ゆっくりと上へ動かした。
「琴葉!」
水鞠は龍ではなく、その上に乗る琴葉に声を上げた。
二人を乗せた龍は、風で砂埃を巻き上げながら、下へ降りてきた。
「水、鞠……!」
「水鞠お姉ちゃん! 帰ってきたよ!」
走ってきた二人を、ぎゅっと、抱きしめた。
自然と涙が溢れ出た。二人が戻って来た、それだけで全てが報われる気がした。
――助けが、来たんだ。
「頑張ったねぇ」
見ないうちに、二人は大分背丈が伸びたような気がする。いや、こちらが縮んだのかもしれない。
「水鞠お姉ちゃんも、頑張ったね」
嗚呼、やはり、二人が成長しただけだ。
地震が起こったときと同じように、水鞠はぎゅっと二人を抱きしめる、抱きしめる。嘘じゃない。嘘みたいで、本当のこと。
背後にいた龍が、尻尾から光と化して舞い上がった。綺麗だ。茶屋に来た旅人の話で聞いた、両国の花火みたいだ。
「わ! 帰ってきたー!」
「江戸ってどんなとこやったー?」
同じあばら家に住む子供たちが、三人の元に群がる。
あっという間に沢山の人に囲まれ、祝われる。
皆が笑みを浮かべ、嬉しそうにしている。ここには、琴葉を罵倒する人間はいない。
「こらこら、皆、静まりなさい」
やつれた吉久が、けれど心を弾ませながら、人々を掻き分けて近づく。
「吉久様、手紙、無事に届けてきました! 和歌山城に、紀伊藩主の吉宗様も送り届けてきました!」
紀伊藩主の名前を聞いて、吉久は笑い声をあげた。
「はは、そうか……よくやった。それにしても、随分と早い帰りだ。何か……いや、今は祝福しよう。こっちへおいで。拙くて済まないが、せめてと思ってね。自己満足かとも考えたんだが……せっかくだ、皆の傑作を見せよう」
水鞠は、三人の行く先を知っていた。だからそっと、最後二人を抱きしめて、群がる人々を抑え、その背中を見送った。今は。
― ― ―
嗚呼、帰って来た。高鳴る鼓動が、耳を打つ。
慣れ親しんだ故郷は、まるで開拓途中の村かというように、活気に溢れつつも未完成な場所になっていた。
潮風が心地良い。
海の街、天下の台所、大坂。遂に、戻ってきた。
歩く先で、色んな人に声を掛けられる。
一丁先のおばさん、三丁先の大工さん。
逃亡を図る人も多かっただろうに、それでも残ってくれた人々の、なんて暖かいこと。
二人はその人たちと、確かな抱擁を交わした。
吉久が向かう場所は、少し街から離れた場所にあるようだった。
自然と道より逸れ、森の中に入っていく。
「吉久様、ここって?」
そして、大昔は田んぼだったという、森にぐるっと囲まれた草原に、着いた。
蒼葉は分からない。
だが、琴葉には、解る。
魂が、体が、手が、指先が、血が、覚えている。
その草原には、大きく、長い、柏木が、中央で一本、生えていた。
――柏の木の下には、今も私の妹が眠っている。
琴葉は走り出した。
「ちょっと、お姉ちゃん!」
もう一人の妹の手を引いて。
「何々?」
滑るように、倒れ込む。
「……」
風が、柏の葉を揺らした。ひらり、ひらりと、黄葉色の葉が、頭上に降り注ぐ。蒼葉の小袖に紛れていく。
「……そっか。彩葉も、お父さんもお母さんも……ここに寝てるんだね……」
〈草葉の陰へ、美しい今を捧ぐ。〉
木の前の、滑らかな墓石に掘られた、清々しい文字。
「お姉ちゃん、ね、ここに、徒世さんも、ね、いるのかな、見てるのかな」
涙は頬を伝って、今もまだ収まるところを知らない。
「きっと……皆、いる、よ。見てるよ。見て、くれてるよ」
葉が、黒い御影石にかげを落とした。
久しい郷天が、二人の頭上に広がっている。
「生きてくれてありがとう」
琴葉は、一息で言い切った。この、現世でも。
嫩葉はまた萌え出し、やがて宙へ降りゆくだろう。
その度、風が掬うだろう。
くるりくるり、一葉が、歴史の渦中へ舞い降りる。
出逢い別れを繰り返し、君の元へ届くだろう。
黄葉色となって。
― ― ―
聞こえますか。
今、私を、書き残してくれている誰か。受け止めてくれている誰か。
私の声が、言葉が、あなたに届いているのですね。
私は、百歳、千歳が経とうと、まだ生きています。
だって、こうやって文字となり、いつまでも、誰かの傍に在れるのだから。
筆舌に表し難いこの感情を、完璧に受け継ぐことなどできないのでしょう。
けれど。これだけは、私でも言えます。
どうか、残してください。
あなたとの邂逅が、私にとって何よりの生きた証です。
ありがとうございました。
琴葉ちゃんの旅は終わりません。ここから先も沢山の冒険を重ねることでしょう。ですが、今は一度の閉幕になります。
今後の活動についてですが、まずは千ユニークアクセス突破で第一弾設定資料集、そこから先は節目節目でSSなどを載せていきたいと思います。(遅筆なので少々遅くなるかもしれません)
ブクマが0は少し寂しいので、ぜひこれを機に登録お願いします……! ブクマの方も色々考えてます。
何ヶ月後になるか分かりませんが、そう遠くないうちに新連載始めます。……多分。コンテスト落ちたら。
あなたと、また邂逅できますように!
では。




