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参拾壱 嫩葉

後編です。


「お姉ちゃん!」


琴葉は、自分の爪を、肌に食い込ませるように、強く手を握った。


「ごめん、なさい」



――本当はね、蒼葉。


――お父さんとお母さんと蒼葉と、四人一緒に暮らしてたときも、私は幸せじゃなかった。


――蒼葉は、彩葉と同じ位置に、当たり前のように収まって。


――けれど、接し方、接され方は違った。人懐っこい妹として、消費されていった。


――それが、物凄く、奇妙に感じた。


――彩葉が戻ってきたら、お父さんとお母さんは、どんな反応をするかな。


――喜ぶだろうけど、彩葉の「次女」という居場所には、もう蒼葉がいる。


――誤解しないで。お父さんもお母さんも、大好きだ。それは変わらない。


――人間は、皆、平和という名の仮初を拝む者。だから、仕方がないんだ。


――私も、そうだよ。


――彩葉は私の妹だった。蒼葉も、私の妹だった。


――重なるはずだった二人の今は、重ならないまま終わった。


――彩葉は、特別じゃなくて良かったのに。


――抗えないような運命が、私たちを引き裂いた。


――ようやく解った。運命に抗わなかった、私の罰は。


――地獄に行けど天に行けど消えない罪の行先を、黙って見ていること。



「良い、お姉ちゃ、んじゃ、なくて、ごめん、な、さい」


その罰に、巻き込んでしまった妹の涙が、石畳の鈍色に染みを作る。


「ばかぁ……ばか、ばか、ばか……!」


蒼葉はむせび泣いている。


黙って聞いていた言姫が、姉妹と同じ目線になるようにしゃがみ込む。


全てが謝罪。全てが救済。


「……言葉というのは」


それは、彩葉や葉月がしたような【言霊降臨】のための詠唱。


「武器であり」


癒の葉怪のときは必要なかった、奪われた葉怪を降ろすための詠唱。


「癒しであり」


不完全を、完全へ、差し替えて。


「万物の生きた証」


声は答えを示す。使命を示す。


「良い旅を」


神から迸る藍の光が、周りを舞う。


「良い夢を」


地表から芽が萌え出す。


「良い言を」


沢山の芽は、数年を数秒に縮めて、成長していく。


「願い、賜り、繰り返す」


亭々と高い柏木は、鬱金(うこん)色の連なった花を咲かせ、瞬く間に落としていく。


「言万守姫の名において」


花に続いて落ちる団栗と葉。秋が訪れ、冬へ変わっていく。


「今、全てを仮初の中で取り戻せ」


その全ては光に変わり、言姫の持つ葉、二人にかざした葉に吸い込まれてゆく。


「幸」


二人の少女へ贈るのは、別れの言の葉。


― ― ―


途端に、そこは真っ平の平原の、紅葉した葉っぱが敷き詰められた場所。


木が無いのに、葉っぱはある。現世ではない、どこか。


でも、まるで夢の中のように、ここにいることを奇妙だとは感じない。


何故か懐かしいその世界で、座って、前だけを見ている、私と妹。


それもまた、酷く懐かしい声だった。


「ねえ」


嘘だ。いや、きっと嘘なんだろうな。ここは仮初だ。


「……彩葉お姉、ちゃん……?」


隣の蒼葉が、口を動かす。返答なんて無いはず。なのに。


「彩葉でええ。なんかむずむずする。うちら、同い年やし」


喋ってる。


「というか、なんか喋ったらどうなん? せっかく出てきてやったのに、な」


喋って、る。


「……お姉ちゃん、ほら」


その子がいるのは背後だから、顔も、着物の切れ端さえ見えない。


「……何で助けたの」


ここは仮初。ここは幻想。だから声も、昔のように当たり前にすらすらと出て。


「彩葉は、彩葉は助かったのに」


でも、一言、一言、結ぶのに時間がかかって。


「蒼葉の言う通り、馬鹿やねぇ、姉さんは」


涙も、いとも容易く目端に浮かんできてしまって。


「我が人生に悔い無し、やからな……ほんまに、ほんまに、後悔してないんよ」


蒼葉に、立派な姉だと思われたい、という、いつもの自分勝手な気持ちもあって。

だから、こうやって動けないままだった。酷いな、私。


「姉さんはな……姉さんなんよ。ごめんな、言葉の神様の眷属? やのに、何の語彙も思いつかんくて。でも、ほんま、そうなんや。そやな、うち、姉さんに冷たいことして、ほんまごめんな。あの時は、ほんまに何も信じられへんかったんや。せやから、優しゅうて明るい蒼葉が、今、姉さんの妹で、よかったなあって思てんで」


背中を摩る手。小さくて、柔くて、どうしても、守りたかった手。


「なんで……なんで、そんな風に言えるの?」


すでに亡い人だとは思えないほど、熱を纏っている。


「完結してるから、かな。勿論、死んでよかったとは思てへん。姉妹三人で笑える日が来たら、どんなにええことやったやろかって思ってる。けど、あの時姉さん助けて、良かったなぁとも、思えとる。それぐらい、姉さんは、価値があるんよ」


また、そんな、嬉しいことを言う。


「終わってもうたんや、姉さん。残念やけど、三人で笑える日は来ない。決まってもうた。せやから、託すわ……蒼葉」

「うん。彩葉がしたかったことも、お姉ちゃんがしたいことも、私が支える。成し遂げる」


蒼葉は、緑の上に置いたままだった私の手を、解くようにして握った。


「だから、彩葉、見ててね」


――大きくなったな、蒼葉。


たった数週間のことなのに、旅が始まる前とは、大違いだ。


いや、本当は、四人だった頃から、蒼葉はこんな風に、自分で言えて、自分で為せたのかもしれない。

私が、日に日に明るくなっていく蒼葉を、眩しくて見れなかっただけで。


「……ありがとう」


心から、言えた。


「ありがとう……生きてくれて、ありがとう! 生かしてくれて、ありがとう!」


心から、叫べた。


「彩葉、蒼葉、大好き! 私の妹でいてくれて、ありがとう……!」


本当に、本当の、涙が流れた。


背後を見たら、戻れなくなってしまいそうだから、私たち二人はただ、この草原を、いや、葉原を見ていた。


私たちの頭に、それぞれ二つずつ、手が乗った。優しく優しく撫でられた。


「愛してるわ、私の子供たち」

「頑張ったなぁ。お前たちは皆の誉だよ」


嬉しい、このまま死んでしまいたいほど嬉しい。


けれど、この今を歩んでいくことが、きっと本当の幸せってことなんだろう。

贖罪ではない。


幸せ。


まだ、道のりに過ぎないここは、幸せのしの字だから。


抱きしめられるがまま、私たち二人は、やっぱり変わらない前を見ていた。


― ― ―


出会えたこと、生きていくこと、これからのこと、全て考えられる今が、琴葉は好きだ。


捨てたのではなく、拾ったのかもしれない。


何もかもに満ち溢れていた。ごちゃまぜだった。


だから、好きだ。

物語はまだ、嫩葉(わくらば)に過ぎない。

誤字脱字報告ありがとうございます。

否定的なコメントはやめてくださると幸いです。


これから、存在しない2巻目への伏線が始まります。

続きを書きたい、という漠然とした思いはあるのですが、モヤモヤを長引かせるようなことはしたくないので、物語後に軽めの設定資料集や、SSを何個か載せたいと思います。読む読まないは自由です。


「わくらば舞えば現世は」あと数週間になります、ぜひ最後までよろしくお願いします。

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