表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/25

弐拾 白真砂

本日もよろしくお願いします。


食堂の武士部屋は、江戸城の一室のような、広い空間だった。

まげの整った武士たち。半分しかない壁で仕切られた向こう側では、多くの女中が料理中。


燐火は無言で、一人の女中に十四文を渡した。

昼に食べた一膳飯屋が二十四文。十四文とは随分安い。


「ほら」


琴葉は、蒼葉の分も一緒に手渡した。女中は銭を数えた後、こちらに向けて微笑んだ。


「三つ、頂きました」


流石、武士の勤める場所の女中は、上品さが違う。

琴葉は遠い離れた大坂にいる友、茶屋で働く水鞠のことを思い出し、少しだけしんみりした。


程なくして、別の女中が、人数分のお膳を仕切りの上に並べる。


「行きましょ」


それを一人一つ持って、隣の別部屋に移動する。


「皆、こんばんは」

「初めまして、こんばんは!」

「こんばん、は」


中では、十人余りが忙しなく食事していた。

多くが武士ではない庶民で、ここに勤めている女中や庭師の姿もある。雑務班の所属なのだろう。


「あらあ、燐火ちゃんじゃない。それと……琴葉ちゃんに蒼葉ちゃんね。よろしくねえ」


二人は、そう声をかけてくれた人の隣に座る。

綺麗な班入り櫛をつけた、妙齢の女性だった。


「どうも、玉藻(たまも)よ。改めて自己紹介するわね。私は、草葉の光専属のお医者さん。半年前に、母から家を継いだばかりの新人なの。お互い、頑張りましょうね。何かあったらすぐ聞いて」


人となりの柔らかい、母性に溢れた人だ。

琴葉が考える医者とは、少し差があった。

仕方がない。医者は、大概が変人ばかり。

その中、玉藻と玉藻の母は、皆に頼られる、比較的立派な医者だった。治療方法が少し特殊ではあるが。


「いただき、ます」

「いただきますっ!」


分厚い壁は、こちらの音も声も、向こうの部屋へ通さない。


「美味しい!」

「ふふ、蒼葉ちゃん、可愛いわねえ」


玉藻は蒼葉の頭を撫でる。昨日付けたあの簪が揺れた。


琴葉も、一口食べてみて頷く。野菜と玄米とお味噌汁という、庶民に相応しい簡素な献立だ。十四文でこれは嬉しい。


「あ、(まさ)のおっさん。明日の読売、刷り直しになったんだって?」

「おお弓弦(ゆづる)くん。それがね、二つ刷ることにしたんだよ。一つは地震、二つ目は竜のことだな。大丈夫だ、上手いこと誤魔化しとくから、葉怪だとばれることはない。おっさんに任しておけ」


隣の机では、髪を伸ばして根結いの垂髪にした男子と、ひょろりとした男が会話している。

男子の方は、確か真矢(しんや)弓弦と言ったか。

没落寸前の武家の出で、家のために働いているのだと話していた。


「あの男の人は、顔合わせのときにはいなかったわね。柾さんよ、版屋をしてるの。情報屋さん。奥さんがそれはまた美人でね、女髪結なのよ。こないだ私も髪を結ってもらって……」


玉藻の喋りに、相槌を打ちまくる蒼葉。琴葉は垂れてきた横髪を耳にかけ、味噌汁を啜る。


「あぁ、何だよ。やろうってのか?」

「ええ、勝負よ! 味噌汁のお代わりを賭けて!」


聞こえてきた声に、琴葉はお味噌汁を吹き出しそうになった。


琴葉の背後には、燐火と、髪や腕、足を、薄い青に染めた男がいた。

顔合わせのときもいた人だ。名前は常盤(ときわ)で、身体中が青いのは紺屋だったから、と言っていた気がする。


二人は、器を持って慌てている女中の前で、何やら争っていた……お味噌汁のお代わりを賭けているらしい。


「全く、あの二人はいつもこうなの。沢山食べるのは良いんだけれど、怪我しないで欲しいなぁ」


玉藻がおっとりと二人を眺める。

そんな怪我するほどの喧嘩なのかと不安に思いながら、琴葉はお味噌汁を啜り直す。


「よし、今日はお手玉よ!」


琴葉は再度お味噌汁を吹き出しそうになった。

怪我するわけがないと思い、今度は玄米を口にする。


背後から風を切る音が聞こえてきた。


「あれ、始まるとなかなか終わらないの」


隣の蒼葉の手から茶碗がするりと落ちたので、葉怪を捕るときと同じ速度で、琴葉は茶碗を捕まえた。

そして現実を直視。


「おりゃー!」

「うおー!」

「近づかないようにね。あれ、当たると結構痛いから……」


玉藻が怖いことを呟いた。

二人が操るお手玉は、おそらく三個ずつのはず。

しかし、それが物凄い速度で投げられることによって、幾つもの残像が生まれている。


「……玉藻さん、あれ、勝ち負けって何で決まるの?」

「それはあの女中さんが決めるの。芸術? らしいわ。お手玉は」


試合が始まってしばらくして、女中は覚悟を決めたような顔つきになった。


「新入りさんだから、まだ慣れてないんだわ。可哀想に……どちらを選んでも、酷い目に遭うのよ」


結果に何となく想像がつき、琴葉は唾を呑み込んだ。


女中さんが手を上げ、振り下ろす。試合は終わった。


お手玉は、ちゃんと三つずつ、二人の手の中に落ちた。


「……り、燐火さんの勝ちにします!」

「ふふん、常盤、今日のお味噌汁は私が貰うわ」

「何だとぉ! ぜってえ俺の方が上手かったし!」


年下相手に譲らない常盤が悪いのか、いちいち煽る燐火が悪いのか。


「許さねえ!」


常盤の腕が、味噌汁に伸びた瞬間、琴葉はそのお味噌汁が床に広がるのが〝視えた〟


それに合わせて体を跳ばす。


腕を限界まで伸ばし、地面にすれすれになりながら、落ちるお味噌汁の下に、必死に手のひらを合わせていく。


すとん。


奇跡的に、お味噌汁は溢れず、地べたに寝転がる琴葉の手のひらの上に、乗った。


「おおー」


意味のよく分からない拍手が響いた。


「ありがとうござ…え?」


女中が感謝の言葉を紡ぎ切る前に、琴葉は味噌汁を飲む。


「そ、それ私のよ!」


燐火が抗議の声を上げるが、琴葉はお構いなしに全て飲み干していく。


「私が、いなく、ても、燐火は、飲めなかった、でしょ」


呆然とする女中の持つお盆の上に、お椀を乗せた。


「美味し、かった、です」

「……っ~! だからって飲むだなんて、人でなし!」


熱り立つ燐火に、琴葉は眉を顰めて言い返す。


「味噌汁、なんだから、半分こ、すれば、良い、のに。女中さん、困って、た」


こう言われては、燐火も常盤も、ぐうの音もでない様子だった。


琴葉はちょっとすかっとして、元の席に戻る。

蒼葉は、お姉ちゃん時々こういうときあるんだよな、と何やら言いたげな視線で姉を見つめた。


「はは、琴葉ちゃんやるなぁ!」


一拍置いて、柾が大笑いした。他の皆も笑い出す。

溜め込んでいた何かが破裂したように。


総出で探した虎の葉怪が見つからなかった。

一人一人が、自分の至らなさに項垂れていた。


今日はそんな日だったのだ。


燐火と常盤は指を刺されて憤っていた。

観衆たちは二人に、宴会芸としてのお手玉をするように言い始める。


「もう! こうなったら私の実力を今度こそ示してやるわ!」

「喜べ! 今宵は俺の技を二回も見れるぞ!」


二人はやけくそになって、再度お手玉を始めた。


「仲が良いんだか悪いんだか。燐火はいっつもああなんだよ。俺にも突っかかってくるし」


弓弦は燐火の方を見て、溜息を吐く。


「そういうお年頃なのよ。弓弦くんにもあったでしょう?」

「ないです!」

「あらあら、まだ終わってないみたいね」


玉藻が弓弦を揶揄っている様子を横目に、琴葉はふっと息を吸って、吐いた。


今日からここが、普通なのだと、自分自身に言ってみる。

それは案外、すんなりと心に入って、収まるところに収まっていった。


「琴葉ちゃんと蒼葉ちゃんだね。よろしく。柾だ。反射神経が良いんだね」


琴葉は顔を上げ、柾に向き直った。


「そうだ、これは情報屋としての興味もあるんだが、君たちが葉怪のことを知ったのは何時、どこのことだ? 葉怪は、民間人には隠されているだろう。君たちはぱっと見、普通の女子(おなご)のように見えるからなぁ。気になったんだよ」


蒼葉は琴葉を見た。自分が話すから、話しちゃ駄目なことを教えて、という目をしている。

琴葉は徒世と耳打ちした。蒼葉はそれを受けて、喋り出す。


徒世は、はぐれの草葉師。もうすでに亡い徒世のことを口に出せば、草葉の影ではと勘繰られる可能性がある。大切な故人を、むやみやたらと探られる立場に置くのは憚ったのだ。


「地震の報告をするために二人で走っていたら、道端に落ちていた読売を見つけて、そこで葉怪のことを知りました。そしたら、森で葉怪に出会ってしまって」


柾は、詳しく言及することはなかった。琴葉はそれを不思議に思うと同時に、柾の意図を理解しかねていた。本当に、ただの純粋な興味、なのだろうか。


「しっかし、不思議だ。葉怪についての読売は、限られた人物にしか渡していないんだよ。わざわざ落とすとはね……しかも、大坂の近くだろう?」


あの読売は、今頃旅籠屋の中のはずだ。捨てられているかもしれない。

旅籠屋へ行けるのは吉宗を届けてから。見た人が、葉怪のことを知ってしまう可能性も高い。

また、繰り返されてしまうかもしれない。琴葉に一筋の不安が走る。


「それにしても、大冒険だったねえ。帰ってきたら、明日からの冒険のことも教えてくれよ」


食堂を去っていく柾の背中を、琴葉はじっと見ていた。

何か裏がある、と思ってしまうのは、琴葉の良くないところだ。

しかし、琴葉が慎重であることは、蒼葉の安全にも繋がる。


「どうぞ、こちらへ」


琴葉が考え込んでいたとき、お盆を持ってこの部屋へ入ってくる、二人の影が視界に入った。

誤字脱字報告ありがとうございます。

否定的なコメントはやめてくださると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ