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拾玖 徒然

本日もよろしくお願いします。

情報量多い回なので、少なめです。


「おお、ようやく顕現できたようじゃな。全く、随分と時が過ぎてしまった……さて、どこから話そうかの、琴葉、蒼葉よ」


二人は驚きで言葉が出ず、ただその場にへたりと座り込むことしかできなかった。


葉っぱが急に、四歳ほどの少女に変化した。

それも、姫君が着るような高貴な服を着て。驚くのも無理は無かった。


「む、名乗りを忘れておったわ。童は……言万守姫(ことよろずまもりひめ)。またの名を言姫と言う。柏の木に宿る葉守りの神にして、言葉の神である」


言姫は、その紅掛空色(べにかけそらいろ)の瞳を揺らし、二人に喋りかけた。


「さて、戦姫たちよ。今、この言姫に、聞きたいことはあるか?」


目の前の少女が神だということは、恐ろしいほど簡単に腑に落ちた。

自分たちとは本当に格が違うのだと、肌で分かったのだ。

目の前の少女神に、ただただ二人は圧倒された。


「……どこから話そうか。一も二も分からぬ様子じゃ。童の出自について話そう」


空には鰯雲が泳いでいる。

言姫は片手を頬に当て、小首を傾げた。


「――そうじゃな、神は普通、一つの形を持たぬものよ。しかし、人と話すなどという特殊なときは、このように仮の形、仮の言葉を用いておる。

童は神の中では最近生まれた方じゃ。一言主様の言の力と、葉の力を用いて、大和言葉を司っておる。

人々の言の葉の安寧を見守ること、それが童の使命」


言姫は肩を窄めた。


「【(かげ)】について、話さねばならぬな。

普遍的な神は、お主らが存在している現世(うつしよ)に存在できぬ。見ることも、話すことも許されぬ。

じゃが【影】がいれば違う。

神の命を受けて行動する、預言者である【影】と、視界などを共有することによって、初めて神は現世を知る。

童の【影】は【言姫の影】と言う。このように、一つの生き物に、一種類しか力を宿すことはできぬ。

じゃからこそ、神は信仰力を強めるために【影】を増やす。

生き物が生まれる前にいる世界、仮に隠世(かくりよ)としよう。

その隠世に魂が在るとき、種を植えつけておく。それが萌え出た者――それが【影】たる者。

この世に生きる全ての生き物が、何かしらの種を持っておる。

じゃが、その種が正しい形で萌えるかどうかというのは、その者次第。

童の【影】もまた、両手の指で数えられるほどじゃ」


【影】という言葉に、何故か琴葉の体がぶるりと震える。

聞いたことがあるような、何かを忘れているような気がしてくる。


「さて……そんな、現世に干渉できぬ神が、何故ここにいるか。その理由の発端は、江戸の初めに起きた、童と奴の取引じゃ。奴――狂利(くるり)とのな」


言姫は遣る瀬無い思いを胸に、一つ、また一つと言葉を紡ぐ。


「言葉という存在を、妖にしないかと、持ち掛けられたのじゃ。

妖とは、神と人の狭間に位置する不安定な存在。

現世に干渉できるが、種を持たないため、正しい形で生きていないと言える。

童そのものである言葉を妖にするということは【言姫の影】以外に視界を持てる、ということ。

もっとこの現世を知りたいという思いで、童は、迂闊にもその申し出を受けてしまった……それが間違いじゃった。

童が作っておった、試作の葉怪。ある日、一瞬にしてそれらは狂利に奪われ、勝手に現世へ放逐された。

試作の葉怪と童は、直接は繋がっておらぬゆえ、葉怪を視界にすることも叶わず……葉怪という奇妙な存在を、現世に生んでしまった」


言姫の横顔は、罪の意識に苛まれるという、人らしい面を纏っていた。


「童は、狂利を探し出し、葉怪を回収せねばならぬ。早急に。

そのため、童は琴葉という、葉怪の産物であるお主と接触した。天照大神の御力をお借りして……」


自身が、葉怪の産物と言われても、琴葉にはよく解らなかった。

確かに……影響を受けていることは否めないだろう。

特殊な体質、特殊な過去、特殊ばかりの人生を進んでいることは解っている。

けれど、神を救うという偉業を、達成できるような器とは思えない。

そうであれば……もっと、救えたはずだ。


「狂利は草葉の影と言われるものの、中心核にいる。

お主らが入った草葉の光で活動を続けていれば、きっと尻尾を掴む機会がやってくる。

それを待つことじゃな。大丈夫じゃ、琴葉。

混乱させてしまうことを避けて、今まで童は何も言わんかったが、お主は童の【影】じゃ――受け継いだもの、ではあるが。

改めて問おう。蒼葉には、何も言っておらぬのか?」


自分が【言姫の影】であることは、頷ける話だ。

それと同時に、琴葉の脳裏に、妹の姿がちらついた。

言っていない。蒼葉には、自分の醜さを知ってほしくなかったから。


「……」


――本当に醜いな、私は。


「別に良い。童は、お主の全てを知っておるわけではない。言うも言わぬも自由じゃろう。

ただ……お主は、特殊な存在であるがゆえに、葉怪が無ければすでに無い人生であるが故に、こちらへの協力を強いることになる。

どうか、その力を振るってくれ。皆を守るために」


どたどたと、石畳の方から駆け上る音が聞こえてきた。


「今日はもう止めるとしよう。また隙を見てお主らに語りかける。

気を付けるのじゃ、敵は、どこにおるか分からぬのだから――」


葉怪が変化するときと同じ光を纏い、やがて言姫は消えた。

それと同時に、燐火が二人の間に颯爽と現れる。


「ふぅ。焦った焦った、燈火さんと会いそうだったのよね……って、座り込んでどうしたの?」


犬から降りた燐火が、不思議そうに二人を見下ろす。


二人はぱちぱちと瞬きして、顔を見合わせた。

それだけで、今起きたことが夢ではないことは、明白だった。


「もう、本当に何があったのよ! 良いから話しなさいっ!」


何時まで経っても呆けたままの二人に、燐火はぷりぷり怒った。

燐火が使役している犬も、ふりふりお尻を振っている。

さらさらと、雨が降ってきた。

しっとりとした、小糠雨(こぬかあめ)


「……仕方ないわ。せっかく戻ってきたけれど、今日はここまでにしましょう。貴女たちは、明日出発なんでしょ。体冷やしたら駄目よ。酷くなる前に帰りましょ、ほら」


石畳も直に濡れて、冷えて、疲れた体をさらに重くさせるだろう。


「蒼葉、燐火の、言う通、り、帰ろう」

「分かったよ、お姉ちゃん」


蒼葉は含むところがあり、しばらくじっと琴葉を見つめていたが、諦めて立ち上がった。

今にでも先ほどのことを聞きたかったのだ。

自分に隠していること、言っていないことについて。

しかし、燐火がいる場ではそうはいかない。


「琴葉、巴を出しなさい。どうせ人も少ないし、ばれないに決まってるわ。早く帰りましょ」


三人で座れるぎりぎりまで巴を縮小し、溜息を吐きながら搭乗する。


そして、人が多い場所を避けながら、奉行所の裏口に辿り着いた。


「あ、利乙さん。戻ってたのね」

「燐火。呉竹の奴なら書斎だ。幕府に報告書を書いておる」


燐火が声をかけたのは、顔合わせのときにもいた五十代半ばの御老輩。

草葉師を引退して、今は、浮世絵師の傍ら組織の経営をしていると聞いた。


「え、燐火、呉竹さんに会いに行くの? 夕飯の方が先じゃないの?」

「だって、虎の葉怪が見つかったかどうか、知りたいじゃない?」


燐火は慣れた足取りで廊下を進む。

呉竹は燈火と違い、会うことを忌避している相手ではなさそうだった。


「失礼します」


書斎とは、昨日蒼葉がいた本だらけの部屋のことだった。


「燐火か。琴葉たちもいるな。すまん、虎の葉怪はまだ見つかっていない。犯人は火事のどさくさに紛れて、もうすでに江戸を立った可能性が大きい」


呉竹は筆を走らせたまま、顔を上げずに喋った。三人は、机を挟んで向こう側に座る。


「そんな……」

「そう焦るな。大丈夫だ、必ず見つけ出し、虎を奪還する。すでに燈火や荒野を向かわせている。琴葉、安心して大坂へ行きなさい。そしてすぐに戻ってくること。影は、君を追っている可能性がある」


呉竹は、ちらりとこちらを見て、また紙面に視線を戻した。


「……もうすぐ晩飯だってさ。早めに行ったらどうだ」

「家元は食べないのですか?」

「ちょっと立て込んでいてな……後で食べるさ」


呉竹は苦笑した。苦労人の笑みだった。


「琴葉、蒼葉、また明日の朝、ここへ来てくれ」

「……は、い。また」


書斎の扉を閉じると、燐火は、煩わしげにどこかへ歩き始める。


「じゃ、食堂に行きましょ」

「へえ、食堂? なあに、それ」

「低価格で一膳を食べられる場所よ。米も炊けない奴のために、給料から差し引かれて行われてるの……食堂本体は組織運営じゃなくて、ここに駐屯してる武士たちの物だから、私たちは横にある別部屋だけどね」


燐火は蒼葉の手を取って、先を歩く。

蒼葉のもう片方の手を取って、琴葉はその甲をさっと一摩りした。


「ここからは、静かにしてね」

誤字脱字報告ありがとうございます。

否定的なコメントはやめてくださると幸いです。

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