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拾肆 火蛾

本日もよろしくお願いします。

登場人物増えていきます……!


「問いに答えよ」


男の声が、琴葉の耳元で聞こえた。どうやら背後をとられたらしい。


竜の葉怪は、書簡が入っていた巾着袋の中にある。

狙われているとしたらこれが目的だろうか。


男は一人ではなさそうだ。周囲に複数の気配がある。

逃げることができても、今度は蒼葉が危ない。


手を触られる。

触れたのは、柔らかく透明感のある女の手だった。

左右の手を縛るように背後で交差させられ、がっちりと固められる。

逃げ出すことは不可能だ。


黄落(きいら)という名を知っているか?」

「…… 知ら、ない」

「竜はいつ、どこで、何をして手に入れた?」

「…… 通りすがりの、草葉、師の…… 命と、引き換え、に、なった。今日、の、吉原、近くの、森で」


相手の目的が、さっぱり琴葉には分からなかった。

そのことを歯がゆく思いながら、蒼葉の無事を願うしかなかった。


「君には、草葉師の心得があるか?」

「大切な、人を、救え、なかった…… 付け、焼刃しか、ないよ」


そうか、とだけ帰ってきた。

肯定とも否定とも、怒りとも喜びとも哀れみともとれない返答だった。

琴葉はますます意味が分からなくなって、恐慌状態に陥りそうになる自分を、心の中で叱咤した。


「最後の質問にする…… 君は…… 救うよりも、守る方を選ぶか?」


何だか、禅問答のような質問だった。相変わらず質問の意図も目的も掴めない。

でも、答える方角は決まっていた。


「守ら、ないと…… いけない、ものが、あるから」


蒼葉と、復興を待つ皆を、守る。そのために届ける。


そのとき、冷たくなっていた首の一部が、暖かさを取り戻した。

刃物が、退けられたのだ。


「お見事…… というべきか。君―― 琴葉。言わせてもらうと…… 今、行ったのは、試験みたいなものだ。君が、私たち、草葉師の組織の一員に加えるかのね」


手は繋がれたままだった。

自分の名前を知っていることに、琴葉は驚き、警戒したが、相手の話を聞く姿勢にはなっていた。


琴葉は背後を、恐る恐る確認した。


「…… あな、た、は」


今、短剣を鞘に納めた、さっきまで自分の首に刃を当てていた人物に、琴葉は見覚えがあった。


見覚えがあるどころではない。先刻会ったではないか。


古本屋の主人だ。


「草葉の光は、草葉師に資金援助や商売などを提供する、草葉師による組織だ。私は、そのまとめ役をしている呉竹だ」

「…… 蒼葉、は?」

「妹ちゃんは組織にいるよ。君が寝ている間に、協力してもらった。すぐそこだ。行こう」


まだ心の中に(わだかま)りを感じていたものの、蒼葉がいるというなら行くしかない。

大人しく呉竹の後を追った。


行先が奉行所であったのには驚いた。


確かに、襲う場所が奉行所の裏なのも不可解だった。奉行所が本拠地であれば、納得がいく。


呉竹は奉行所をさらに進み、やがてある部屋で立ち止まった。


「失礼する」


呉竹が襖を開けると、中には老若男女様々な人物がいて、こちらを深く観察しているのが確認できた。

旅人のような簡素な格好が多いのを見ると、草葉師の集まりであることに実感が沸いた。


琴葉がさらに驚いたのは、その面々の中に流光がいたことだった。

幕府と繋がっているというのは、やはり本当らしい。


「こちらは草葉師の琴葉。どうやら竜の葉怪を持っているようで、取引と正式な草葉師の認定をしようかと思い、今回連れてきた。すでに試験は潜り抜けている。とりあえず、琴葉。そちらに座ってくれ」


呉竹が指さしたのは、流光の横の席だった。

武家と横並びなんて、恐縮極まりないこと。琴葉は、縮こまるようにして着席した。


「では、自己紹介と行こうか。改めて言わせてもらうと、私は貸本屋、万葉(まんよう)の店主と、この草葉の光の家元(いえもと)を務める呉竹と言う」


呉竹は、おおよそ四十代前半に見える。

幕府と繋がりがあるような大きな組織の頭にしては、一段と若い。


「覚えているとは思うが、蛇星流光だ。草葉の光の出資者、及び、幕府との顔繋ぎを務めている。勝手に報告してしまってすまないね。君たちは私の庇護下に置く。これで、少しは安全だろう。何か困ることがあったら、何時でも言ってくれ」


流光は、人の好い笑みを浮かべた。


「続いて―― 私は燈火(とうか)と申します。横は燐火(りんか)です」


燈火は、少し徒世に似た雰囲気の女性だった。

妖艶というべきか。艶やかなみどり髪に真っ赤な唇。

粋人(いきびと)のような出で立ちだというのに、その格好は旅人そのものという違和感が、婀娜(あだ)な雰囲気を醸し出している。


横に座る燐火は、背格好を見る限り琴葉より少し幼いぐらい。表情は俯いていて分からない。母譲りのみどり髪、白い肌。手や足の先は草葉師の手をしている。努力の跡があった。


「燐火、ほら」


燈火が燐火に挨拶を促すと、燐火は眠そうに眼を擦った後、琴葉を見た。


冷たい藍色の瞳がこちらを覗く。端正な顔立ちに、冷ややかな雰囲気が相まって、月下美人という言葉にぴったりだった。


「こんにちは、私は燐火です。よろしくお願いします」


どこか棒読みに聞こえる言葉を放って、燐火はまた俯いた。


「燐火は琴葉さんと同世代ですので、会う機会が多いでしょう。どうぞよろしくお願いします」


時が少し過ぎ、自己紹介が一巡したところで、琴葉は蒼葉の様子が気になった。

隣の部屋とこの部屋を隔てる襖を、ちらっと見る。


しかし、今度は草葉の光についての説明が始まってしまい、まだまだ終わる気配が無い。


「草葉の光は、幾つかの班と部署に分かれている。草葉班は草葉師の仕事関連を、怪道(かいどう)班は葉怪の取引を、雑務班は毎日の食事や清掃などの、内々の雑用を担当している。部には、草葉の光全体を指揮する司令部や、怪我人、病人の治療を行う救急部…… そして、連絡部が存在する。これは―― 」


そのとき、襖が大きな音を立てて倒れ、一人の男が入ってきた。


「すまんすまん、遅れちまった」


その男は、倒され、踏みつけられ、破られた襖と同じような姿をしていた。

右目を覆うように包帯が巻かれていて、服には破れた箇所が幾つもあり、その隙間から傷が見えている。


「ふぅ、全くだ。琴葉、紹介する。怪奇(かいき)だ。葉怪と同じぐらい妖じみた奴だよ。草葉師というわけではないが、勝手に住み着いて勝手に飲み食いしている。困った奴だよ」

「おっさん、その紹介の仕方は酷いな。俺はしっかり働いてるさ。人を救ってるんだぜ。この、目でな」


怪奇はその場に胡坐を掻くと、包帯に巻かれていない左目を、人差し指と親指の丸で囲った。


「琴葉って言ったか。俺は怪奇。お前のことは呉竹のおっさんから聞いてる。俺は【葉視(ようし)】っていう特殊な目をしている。俺の目は、誰も使役していない葉怪の居場所を視通す。それだけじゃない、その葉怪の種類でさえ分かっちまう。目視できる範囲の葉怪は、全て。色んな色―― ああ、洒落(しゃれ)じゃねえぞ―― の、光になって視える。ほら、お前さん、火の葉怪を持っているだろう」


琴葉は図星を指され、驚嘆した。


そんな怪奇は、琴葉の目に常人離れした人物と映ったが、それと同時に親近感も感じた。

まだ十七だ。琴葉と二しか変わらない。だからだろうか。

彼の雰囲気には、聞かん坊という言葉が似合うように思えた。


「何故遅れたかっていうとな…… ちょっと、拾っちまったんだよ」


怪奇は後ろを向いた。そこには、一人の女性が廊下で佇んでいた。

まだ二十歳ほどだろう。これまた美人だった。


雪を欺くような白い肌に、皆は目を奪われた。

伏せられた眉、生気のない表情は、見る者に神秘を感じさせている。


「ほう、本当にいらっしゃるとは驚いた」


呉竹は眉間に皺を作ったまま、女性を凝視した。


零葉(れいよう)というらしい。喋れぬようだから、気を使ってやってくれ」


零葉は、その(あで)やかな髪を耳にかけた。


「ああそうだ、自己紹介する。俺は、連絡部所属の怪奇。十七歳だ。俺は、江戸城の塔から四六時中森を監視して、生まれた葉怪を伝えてる。それを草葉師が捕り、怪道班が怪道とやらで売りさばく。そうして、ここは生計を立てている。だから俺は欠かせない人材…… と、ずっと思っていたが、俺と一緒の力を持ってる奴がここにもいたんだよな」


怪奇は、零葉の方を見た。文脈で悟るに、どうやら零葉も【葉視】の能力者らしい。


「組織にとって、利用価値があるだろう? 俺も、休暇ができたら嬉しいこった。どうだ? 呉竹のおっさん、零葉、雇わねえか?」


数秒経った後、呉竹はこう述べた。


「雇うかどうかは、身元が確認できてからにするさ。とりあえず、お嬢さんを別の部屋に」

「げっ、また出たよ、呉竹のおっさんの女好き。それより、琴葉のこと、考えてやらねえと。遅れてきた俺も俺だけど、今は妹さんを待たせてるんだろう」


「ああ、そうだった。あらかた説明は終わったし、今日はお開きにしよう。さあ、妹ちゃんが待ってる部屋へ案内するよ」


呉竹は大広間を出ていく。琴葉は流光に頭を下げた後、その背中を追っていった。


またもや何回か廊下の角を曲がり、ある部屋に入ると、


「お姉ちゃーん!」


蒼葉がぶつかってきた。

最近は泣いていることが多いので、琴葉はつい身構えたが、幸い蒼葉は楽しそうにしていた。笑顔で、素直に再開の喜びを表している。


「ごめん、ね。一人に、させちゃって」

「ふふ、お姉ちゃん、大丈夫だよ。私、本読んでたの!」


蒼葉は何時に無くうきうきとしていて、ぴょんぴょんと跳ねている。

その様子に、琴葉も自然と顔が綻んだ。


「ほ、ん?」

「この部屋は、江戸中の本が収まっている。貸本屋の倉庫、といった方が正しいかな。あそこに入れられない本は、ここに並べてるんだ。妹ちゃんは本が好きなようだったから、待つならこの部屋が良いかなと思ってね」

「あ、ありがとう、ございま、す」


蒼葉に背中を押され、琴葉も部屋の奥へ進む。


四方八方が本棚だ。畳にも、机にも、本が沢山積み上げられている。足の置き場所も無いぐらいに。


「すごいでしょ!」


蒼葉は、まるで自分の物だというように胸を張る。

一体蒼葉はどれぐらいの本を棚から降ろしたのだろうと、琴葉は他人事のように考えた。

これだと、片付けが大変そうだ。本棚も、琴葉が手を伸ばしてやっと届く高さだというのに。


「それで、お姉ちゃんは何をしてたの?」

「それについては、私から説明させてもらおう。それだけじゃない、話したいことがある」


呉竹は周囲の本を避けて、中央にある机の横に、部屋の中に点在していた座椅子を置く。


琴葉も同じように、机の向かい側に座椅子を二つおいて、片方に蒼葉を座らせた。そして、自身も腰を下ろした。


対等な立場での交渉。呉竹はそれを望んでいるようだった。


取引されるのは、おそらく琴葉自身。


飛脚の娘でも被災者でもない、竜の使役者である、琴葉。

誤字脱字報告ありがとうございます。

否定的なコメントはやめてくださると幸いです。

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