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拾伍 星移

本日もよろしくお願いします。


「さて、先ほどの自己紹介や説明の場で話したことを踏まえて、単刀直入に問おう。琴葉、君は、我が組織と契約を結ぶ意思があるかな」


蒼葉は、急に変わった場の雰囲気に目を白黒させる。


琴葉は蒼葉の肩を叩いて、耳打ちした。

これほどの重要な話は、蒼葉に通訳してもらうのは不向きなので、紙と筆を持ってきてもらったのだ。


琴葉は筆に墨をじっくりつけて、真っ白な紙にすらすらと記入する。


『私を竜の使役者として雇うということですか。それとも、草葉師として雇うのですか』


紙を呉竹に見せる。呉竹は即答した。


「竜の使える草葉師として雇う。そのために試験を行った。敵なのか、敵でないのか、戦えるのか、戦えないのか。思想の確認という面が強かったな」


琴葉はまた記入していく。


『私の利点は何でしょうか』

「そうだな。まずは幕府が保護してくれること。もちろん、妹ちゃんの分も。二つ目、草葉師として潤滑に活動できるよう、私たちが道具を準備したり、怪我や病気の際は治療費を代わりに払ったりすること。三つ目は、商売を与えること。うちには怪奇がいるから、怪奇が指した場所に行って、そこで狩ってもらう。桁外れに強い葉怪と戦うことは無い。葉怪は私たちが売るから、厄介な事件に巻き込まれることも無い」


琴葉は少しきな臭さを感じながらも、思いがけない好待遇に惹かれてしまった。

軽く頭を振って、気持ちを切り替える。物は疑え。ここは、もっと聞いてみるべきだ。


この会談は、うどん屋での徒世との会話とは違う。徒世には恩があったし、あの時は生きるのに必死で、信憑性は二の次だった。


しかし、今は十分にお金を得ていて、それを元手にすれば、姉妹で生活することだってできないとは言い切れない。契約しないという手もある。


問題は、背後に幕府がいること。幕府は、なんとかして琴葉を手中に入れようとしている。


その気持ちは十分、琴葉には察せた。

竜は、なんだってやってしまえるほどの大きな力がある。


先ほど、蒼葉は人質と同然だった。自分自身も、今は、相手の本拠地にいる。地の利はそちらにある。

使役者が死ねば、葉脈と人の脈の繋がりが切れて、葉怪はただの柏の葉と化す。

だからこそ、脅威を排除するという目的だけなら、琴葉を殺した方が手っ取り早い。


しかし、幕府はそうしない。

つまり、竜を利用したいということ。

こちらが、利用されるということ。


琴葉はまた、筆を手に取った。


『断ればどうなりますか』

「草葉の光には所属せず、幕府の傘下に入る。衣食住も全て幕府が負担する…… ま、姉妹同時に幽閉だな」


予想通りの答えが返ってきた。琴葉は隣の蒼葉を見遣る。蒼葉もまた、琴葉を見つめ返した。

いつも通り、姉に委ねる姿勢を貫いている。


自分が、世界で一番大切にしている妹。

まだ六歳、幼子に過ぎない。未来は無尽蔵で、無限の可能性に満ちている。

そんな子を、いつまでも同じ場所、変わらぬ景色に留めておくのは惜しすぎる。


琴葉は答えを決めたものの、心の中の憂いは晴れぬままだった。


『所属させてもらおうと思います』


呉竹は満足そうに頷き、一枚の紙をたもとから取り出す。


「名前を書いてもらおうか」


迷いある手つきで、琴葉は自分と蒼葉の名前を記し、呉竹に差し出した。

琴葉の文字は、お世辞にも能筆とは言えなかったが、人一倍の気持ちが籠っていた。


呉竹はそれを受け取った後、満足そうに表情を緩め、席を立った。


「君たちは明後日この地を立つそうだが、一ヵ月後には生活をこちらに移してほしい。そのために、今、この場所を案内しよう。見てもらいたい物もある」


そう言う呉竹の後に続いて、二人も部屋を出た。


案内されたのは倉庫のようだった。一見、さっきの本の倉庫に近いものを感じる。

壁一面に戸棚が並んでいる。真ん中の机では、先ほど、自己紹介の場にいた燐火が、紙に何かを書き込んでいる。


「燐火か」

「どうも」


燐火は、呉竹に一言だけ返して、また筆運びを始めた。


「ここは、葉怪の保存場所だ。あるのはすべて未使用品。幕府と手を取り合い、共同研究を進めている。ああ、もちろん内密にね。燐火は、今日は記録係だ。いつ、誰が、どこで、葉怪を使用したかをまとめているよ」


呉竹は戸棚に近づいて、引き出しを開けた。

よく見ると、どの引き出しにも小さな紙が貼られている。その紙には、それぞれの葉怪の名前が書いてある。


「どんな葉怪があるんですか?」


蒼葉が食い気味に聞く。


「舌、米、糸…… 他にも色々。大体五十種類ほどが収められている。倉庫はここだけではなく、江戸中に点在しているんだ」


燐火は書き物をしながらも、ずっとこちらの話に耳を傾けていたようだ。

琴葉がその顔をまじまじと見ると、燐火はまたふいっと顔を逸らした。


「ああ、えっと…… これだ」


呉竹がぶつぶつと何かを言いながら開けた引き出しの紙には、心と書かれていた。

当然、その引き出しから取り出された一枚の葉には、心という文字が光っている。


「この(こころ)の葉怪は、今研究対象になっている葉怪だ。これを使えば、生き物以外も心を持つようになる」

「すごい!まるで付喪神みたいですね」


蒼葉は文字通りはしゃいだ。


「心の葉怪はまだ発見例が少ないから、希少性があるんだ。君たちに見せたいものは、その心の葉怪の使用例だ。ここの下にいるよ」


呉竹は屈み、畳をとんとんと叩いた。

傍で見ていた燐火が机を横に退けると、呉竹が叩いた畳の角に、取手がついているのが分かった。

燐火はその取手を引っ張って、畳を持ち上げる。


その下は地下室になっていた。ぎりぎり一人入れるぐらいの道が、地下に繋がっている。

そう深くはないようで、すぐそこに灯が見えた。


「付いて来てくれ」


呉竹に続いて、琴葉もおっかなびっくり降り始める。

階段は踏むたび、ぎしりと音が鳴ったが、埃や蜘蛛の巣は少ない。人の行き来は結構あるようだ。


「蒼葉、気をつけ、てね」

「分かってる」


琴葉が声をかけると、案の定、蒼葉は拗ねてしまったようだ。

しかし、油断したときに怪我するのだと琴葉は知っている。

例え、蒼葉が分かっていても、注意を呼びかけなければならない。


そう、あのときも油断していたのだから。


―― いや、どちらかというと、今日油断してるのは私か。


背後で畳を下ろす音が、琴葉の耳に入ってきた。燐火が後ろで出入り口を閉めたようだ。

途端に道は暗くなり、前に見える光がより一層強く見える。


「よし、着いた。ゆっくり降りてきなさい」


着いた先は七畳半ぐらいの空間だった。

壁は石で、床は木で覆われている。天井は余り高くなく、押し潰されそうな圧迫感があった。


「君たちに見てもらいたいものは…… こら、隠れていないで出てきなさい。(ゆめ)


部屋の隅にあった箪笥から、ごそごそという音がした。

そして、誰も触っていないというのに、一番下の引き出しが開いた。


「わっ」


蒼葉は驚いたのか、琴葉の方へ飛びついた。


それと同時に、もっと驚く物が引き出しから飛び出してきた。


「あーあ、もっと見ていたかったのに。よろしく、私は努。努力の努でゆめと読むの」


出てきたのは一本の筆だった。

間違いない、その筆はぴょんぴょんと跳ねて動いて、喋っている。

まるで人のように、心を持っている。


「努は、心の葉怪を筆へ使用して生まれた。この努を使っての実験を、ここで行っているんだ」

「全くもう、ほーんと困っちゃう。男どもに使われる日が来るとは、思ってもいなかったわ。私は燐火ちゃんの筆なのに!」


努は、筆先を琴葉の後ろの燐火に向ける。


「今は、代わりの筆を使ってるので」


燐火は俯きがちにそう答える。

そこはかとなく、努を面倒に思っていることが伝わってきた。


「がーん! もう私は必要ないと言うのね? そうなのね? そうよね、こんな喋る筆なんて気味が悪くて使えないわよね、私なんてどうせ必要ないんだわ。嗚呼、穂先をばらばらにして消えてしまいたい…… ああ、ああああああ…… 」


努は急にしょげきって、元の引き出しに帰っていった。一体何だったのだろう。


「全く、こういう気性でな。ちなみに、現在使用した心の葉怪は三回。そのうち、きちんと心が宿ったのは、一回目に使った努だけだ」

「どういうことですか?」


蒼葉が目を点にした。


「心の葉怪は、術者とどれだけ時間を共にしてきたかが、発動の鍵になっているようでな。燐火、努は何年使ってきたのか?」

「私が寺子屋に入ったときからなので、およそ七年あたりかと」


努はやはり、蒼葉が言っていた付喪神に近いのだろうかと、琴葉は考えた。

付喪神は百年待たねばならないが、心の葉怪を使えば、七年あたりでも付喪神になれるということか。


「努のすごいところは、葉怪が使えるということ。しかも、人が使うより性能が高い。だが、心の葉怪は希少性が高いんだ。危険性は少ないが、葉に擬態するのが得意で、どこにいったかすぐ分からなくなる。だからまだ在庫が揃わないが、付喪神も次期に草葉師になるかもしれんな」


努はもう出てくる気もないようで、部屋はしんと静まり返ってしまった。


「…… 仕方ない、では、そろそろ出ようか」


畳の外に出ると、廊下には、使いの人が控えていた。


「失礼致します。伝言致します…… 影に動きあり。至急、見張りを動かすように、とのことです」


呉竹は一瞬、考え込むような表情を見せた後、すぐに険しい顔になった。


「分かった。すまない、今日はここまでのようだ。気をつけて帰りなさい。明日の昼頃、また顔を出してくれるとありがたいよ」

「は、はい」


半ば追い出されるかのように、二人は奉行所を去った。


何があったのかと考えてみるが、何時になっても答えは出ない。

諦めて、気掛かりに思いつつも奉行所に踵を返す。


日はとっくのとうに暮れていて、外は一寸先も深潭(しんたん)のような状態だった。


「お姉ちゃん」

「何?」

「今日は、ごめんね。心配かけちゃって」

「ううん、大、丈夫」


今日は、という言葉に、どれほどの意味が込められているのか。

考えると気が遠くなってくる。


それぐらい、長い一日だった。

ただ恩恵に与っているだけ、何もできない自分が嫌になってくる一日。


「思えば危なかったかも。あのときはまだ、敵か味方か分からなかったし」


蒼葉が独り言を呟く。

反省はしているようで良かったと、琴葉は苦笑気味に思った。

反省を繰り返して、人は成長していく。

可愛い子には旅をさせよ、の一環だと考えることにした。


「ただい、ま」

「ふふ、ただいま!」


勤番長屋の扉を開け、そして琴葉は、へっついの前に立った。


「じゃあ、私が、料理、を…… 」

「いやいやいやいや、私がやる! やらせてください!」


たまには自分が作るかと琴葉は思い立ったが、蒼葉が妙に焦って主張してきた。

やる気があるのは良いことかと思い、琴葉はしぶしぶ引き下がる。


床に置いたままの材料を蒼葉に渡して、琴葉は伸びをした。


「お姉ちゃんはゆっくり休んでて」


ここ毎日、常にやることのある生活を送ってきた。

その所為か、琴葉はそう言われても、何をしていいのか分からなかった。


もし今が普通なら、外に出て思いっきり走る、母の手伝いをするが定番だった。

しかし、今はどちらの暇潰しも適していない。


琴葉は畳の上に大の字に寝転がり、呉竹に貰った葉怪事典を開いて、それを読み漁り始めた。

呉竹は、どうしてこの本を自分に渡したのだろうか。それも、いつかは聞ける機会があるかもしれない。

琴葉は、草葉の光に所属したのだから。


時は、ちろりに過ぐる。


次期に、蒼葉の方から、良い匂いが立ち上ってきた。


「はーい、お姉ちゃんご飯だよ!」


まるで母のように、蒼葉は言う。


引き戸に入っていた食器に、ご飯を盛り付けた。

塩をふった青菜、鯵の干物。旅籠屋の脇本陣で食べた食事とはまた違う、暖かさ。

こちらの方が、一段と懐かしい夕食だった。


「いただきます」


囲炉裏を囲んで、手を合わせる。


腹に白米を詰め込む。美味しいな、と琴葉は思った。


全て終わったわけではない。けれど、家がある。帰る場所がある。

それだけでほっとした。質素ではあるが、生きる上で必要なものがこの刹那に詰まっている。

母の味だった。


「蒼葉が作るものは、美味しい」


当たり前のことを呟いた。


「そうでしょ?」


嬉しそうな返事だった。


返事は一つしかなかった。


―― 寂しい。


琴葉は、胸にも頭にも腹にも足にも心にも、穴が開いている気分になった。


何もないから、涙すら出なかった。


「あお、は。これが、終わった、ら…… 」

「何、お姉ちゃん?」


―― 何だったっけ。


「…… 何で、もない」


零落は進む。


― ― ―


「母さんが葉っぱを好きなの、うちも分かる気、する」


「あら、そうなの?」


「葉っぱって、特徴が無いねんなぁ。普通っちゅうか。やのに、この世界に欠かせへん。そやけど、たった一枚じゃ全く役に立たなくて、それがようけ集まるとき、やっと木になったり茂みになったりする。そうなりゃ名前が変わってまうから、結局、葉っぱは何の役にも立たへん。ただそこに在るだけ―― それが、寂しーて、好き」


「そうね、母さん、物寂しいのも好きよ。けれどね…… 貴女たちの名前の葉っぱは、例えば、目の前で風に吹かれてふわりと飛んで、そして着地して…… ずっと木にいたけれど、そこから飛び立って、遠い場所へ行く。そんな葉っぱなの。今は母さんの元にいてくれる二人だけど…… いつかは、飛び立たなければならない日が来るの。悲しいけど、それが楽しみなのよ」


「へえ、そうなんや。うちは分からんけど、姉さんは飛ぶの上手いやろな。軽やかやもん。

そういうとこが、うちとちゃうんやろうな」


「―― そうね、琴葉はきっと、父さんみたいな良い飛脚になれる。でも…… 」


「母さん、ええよ。うちは、風に上手く乗られへん。出来損ないの葉なんよ」

誤字脱字報告ありがとうございます。

否定的なコメントはやめてくださると幸いです。

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