拾 天知らぬ雨上がり
本日もよろしくお願いします。
腐臭が琴葉の鼻を突く。
動かなくてはいけないと、本能が言う。
「蒼、葉、帰って、て…… 」
隣の気配が動く。
道にぽたぽた、後悔が溢されていく。
孤影が奥に消えていく。
「これ、で、良かっ、た。こ、れで、良かった、んだよ、ね…… ?」
蒼葉だけは必ず守る、必ず幸せにする。
それが、琴葉の今の全てで、使命、だ。
無造作に、服の切れ端を持ち上げる。手の先が朱に染まっていく。
何か使える物はないかと、 紅色の海の中を矯つ眇めつする。
銭も一つ残らず集める。
一つずつ。
そして、見つけた。
ぽっきりと折れた葉捕り網が、数多の骨の近くに、ぽつんと置いてあった。
「…… う、そ」
その葉の葉脈は、雄黄色に光っていた。
手に持つ者に恐れを抱かせる、絶対的な強者の輝き、だった。
―― 竜。
隣に、火の葉怪まで光っている。
何故。
使った、はず、なのに。
琴葉の頭の中に、一気に思考が流れ込んだ。
葉怪は燃えないのか。
いや、徒世がそれを知ら なかったわけではあるまい。
火は、自分を説得するためだけの物だったのか。
最初から、竜を捕るために。
確かに、聞こえたのは「竜」という声。「火」は一切聞こえなかった。
竜の口内が紅かっただけで、徒世は、燃えてはいなかった。
―― あの人は、徒世は、こんな私に竜を残したのか。
琴葉は、心から困った。
たった少し、時間を共にしただけの姉妹に、命を賭けられる人に。
―― これじゃ、忘れられないじゃないか。
琴葉は、少し笑って。
竜と火の葉怪を恐々と手に取って、刀の葉怪の隣に挿した。
「凹、凸」
そして全てを、土に埋めた。
合掌。
琴葉は、駆けだした。
復興しよう。
守ろう。
自分に、まだ守れる物があるのなら。
最後までやろう。
―― 私の使命は、皆を守ることだから。
― ― ―
「姉さん、大丈夫かな」
「大丈夫よ、きっと…… 」
「琴葉と蒼葉なら、何だってできるさ」
自分の力が、役に立ちますように。そう、少女は願った。
― ― ―
自慢の足で琴葉は走った。
森を抜け、街道沿いを走っていく。
道端、お地蔵さんの前に座り込んでいる蒼葉を見つけた。
「蒼、葉」
「…… お姉ちゃん」
俯いたまま、蒼葉は答えた。声音には悲壮感が滲んでいた。
「森に、戻ろ、う。早く、江戸に、行こう」
蒼葉の手を強引に引っ張って、琴葉は元いた森へ走る。
「な、何?」
姉に引っ張られるがまま、二人は、さっき戦っていた場所に急いだ。
森は、打って変わって静けさに包まれていた。
琴葉は、深呼吸して、その名を呼んだ。
「竜」
葉が光る。見る人を焼くような、強い光。
人柱を持ってして生まれた、恐ろしいぐらいに強 い光。
金。
葉の周囲を舞っていく。
光がより一層強くなり、琴葉は思わず手から竜を放した。
瞼の裏に、中途半端な形の竜の残像が残っている。
しばらくして、光が弱まるのを感じ、二人は目を開けた。
そこにはあの竜がいた。
琴葉を四つ並べた程度の大きさで、宙に佇んでいた。
「……ぐぅ」と、誕生した喜びを、咆哮で表そうと大きく口を開けたため、 二人は慌てて人差し指を口に当てた。
「…… お姉ちゃん…… あったの? これ…… 」
「うん。行こう。今すぐ、に」
蒼葉は、竜をしばし見つめると、ふぅと一息吐いた。
全てを、今は忘れることにした。
涙でひりひりと痛い目元。
きっと、姉から見たら、自分は酷い顔をしている。
やめよう。
切り替えようと、蒼葉は思った。拙いなりに、必死に。
「竜さん、角、握ってもいい?」
少し前までは憎むべき敵だったというのに、今はこの竜が一番心強い仲間だ。
仇は存在しない。
全く、葉怪とはどこまで神の産物で、憎むことができないのだろうか。
竜は小さめの咆哮で答えた。
可否は分からなかった。
「はいだったら叫んで。いいえだったら、叫ばないでね」
そう蒼葉が言うと、返ってきたのは鳴き声。
二人は二つある角をしっかりと掴んで、騎乗した。
竜の皮膚は硬くて冷たかった。座り心地も良くはない。
滑って落ちるかもしれない。
そう考え、琴葉は風呂敷や手ぬぐいを、二つの角にそれぞれ縛って手綱にする。
背後に蒼葉を座らせ、 しっかりと自分の腰を持つよう言った。
「お姉ちゃん、この荷物吹っ飛ばないよね?」
「心配だった、ら、私が、持っとく、けど…… 」
「いや、大丈夫。自分で持つ!」
何度かこんな会話を繰り返して、安全確認をした。
後ろを振り返ると、細長く、どんどん短くなっていく尾があった。
竜に乗っている。熱のときに見る、悪い夢みたいだ。
喜ぶべきだ。早く行ける分、守れる命もまた増える。
それが、自分たちなりの、仇の討ち方なのだから。
「高く、飛んで。江戸、近くの、森、へ」
大きな咆哮が森を揺らした。
そして、竜は勢いよく空に昇る。
戦いのときの、地面に垂直になる飛び方ではない。
何も言わずとも使役者を案じていることは伝わってくる。
それだけ知能が神に近い生き物、否、妖なのだろう。
葉怪は、竜は。
「お姉ちゃん、大丈夫?」と、琴葉に聞く蒼葉の方が、今すぐにでも酔いそうだった。
それほどの、掴まるだけでやっとの揺れが二人を襲った。
徐々に遠くなっていく森。
宿場町の方では、ぽかんと大きな口を開けているだろう人々が、自分たちの方を指して立ち尽くしているようだ。もうその表情すら見えないので、判断しようもないが。
「もっと、速、く」
あの戦いの最中でも、手紙はずっと、巾着袋の中に在り続けている。
― ― ―
零葉とは、元の書物から、切り離された部分のことを言うらしい。
それを知ったとき、腑に落ちた。この子の名前は、零葉にしようと。
自分の代わりとして。自分の一切れとして。言葉でできた少女を作った。
「零葉。見つけ、て。草葉(くさば)の光、草葉師、の、組織、を…… 」
もうすぐで、撒いた種は萌え出すだろう。
誤字脱字報告ありがとうございます。
否定的なコメントはやめてくださると幸いです。
これにて第一章は終了となります。
これからは、毎週木曜の19時投稿となります。
(もうすでに完成した原稿をなろうに上げるだけなので、要望あれば日数増やせます。感想欄にてお気軽にどうぞ)
次回、ついに江戸へ。




