表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

玖 玉響

シリアスのタグが輝いて見えます。

本日もよろしくお願いします。


五日経った。

富士が近い。綺麗だ。


今は、吉原から原への道中。


後もう少しで江戸に着ける。

そう思うと、軽くなるような、暗くなるような、よく分からない心地に琴葉はなった。


「ここらで、狩りをしよう。ちょっと、手持ちが少なくなってきたからね。往復するんだろう? 幕府から金を貰えるとは、思わない方が良い。所詮、お上の人だ」


左手には富士の樹海が広がっていて、右手には浜辺。良い景色だと月並みに思う。


琴葉はこの旅で、徒世から多くの知識や経験を得ていた。

跳躍だって、葉捕り網捌きだって、刀の葉怪と会ったときとは比べ物にならない。


それは確かに、自身の体質による物、贈り物の所為もあるかもしれないが、徒世の存在がありがたいことに変わりは無かった。


……過信していたんだろうな。嗚呼、きっと。


「さあ、準備は良いね?」


森へ一歩踏み込むと、まるで空気がないような圧迫感、出口が塞がってしまっているかのよ

うな焦燥感を、三人は感じた。


葉怪がいる。


「じゃあ蒼ちゃんはそこの茂み、に…… っ!」


――やはり、災厄というのは地震のように突然で、気配なんて無い。


途端、風巻(しまき)のように、三人の元へ大きな影が迫ってきた。


「離級!逃げろ!」


その影は、くちなわのようにしなやかだった。


上を見上げれば。


(たつ)が、姿を現している。


琴葉の生存本能が警鐘を鳴らした。


勝てない、蒼葉を連れて逃げろ、と。


さっき徒世に言われたことが、繰り返し頭の中で叫ばれる。


逃げろ。


逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。


「逃げるんだ!」


琴葉は知っている。

蒼葉を守るには、ここで逃げるのが一番良い選択だということも、自分の半端な実力じゃ、足手纏いになるだけだということも。


それでも、逃げたくなかった。


あのとき命を救ってくれた徒世を、見捨てるような扱いはできなかった。


それはもちろん、妹も同じ。

蒼葉も逃げなかった。

必死に、自分が役立つ場所を探していた。


―― 大丈夫。猫の手よりは、役に立てるはず。私たちでも。


「これ」


凸と凹との戦いから、ずっと貰いっぱなしだった盾の葉怪を、琴葉は帯から抜いて蒼葉に手渡した。


竜の咆哮が、三人を、地面を、森を、大きく揺るがす。


銀灰色の腹に、木賊(とくさ)色の鱗、黄金色の毛並み。


その姿は、屏風に描かれた竜のように、否、竜そのもののように感じられた。


驚くことができたのは、刹那に過ぎなかった。


竜は上空へ一度昇って、それから勢いよく錐揉みして地面へ向かっていく。


琴葉と徒世は、すかさず核を探した。しかし、見つからない。


「…… っ、仕方ない、戦おう!竜の背に乗ろう!」


竜は口を大きく開けながら、こちらへ向かって近づいてくる。

攻撃対象は、琴葉。


竜の口の中は、地獄の色だった。琴葉は、その地獄に紛れ込んだ緑を捉えた。


影が琴葉に届く寸前、視界が黒く〝視えて〟すかさず大きく上へ跳んだ。


しかし。


竜は攻撃だけでなく、反応速度も速かった。


上へ跳んだ琴葉にすぐさま反応し、徐々に方向を変えてきたのだ。

だが、琴葉には秘策があった。


「薙刀!」


下方向へ伸びた刀身。


竜も、これには急な方向転換はできず、できたのは顔を少し逸らせたぐらい。


刀身は竜の横顔に深々と刺さり、痛みで竜は暴れ始める。


「くぅっ!」


絶対に離さないように、琴葉は両手で柄を握りしめた。


刀身がしなるせいで、軽芸師でもできないぐらい、宙を舞いながら左右に跳ね続ける。


怒り狂う竜。


天が見えて、地面が見えて、天が見えて、地面が見えて。


気が狂いそうな景色。


そろそろ、手が柄から離れてしまう。遠心力に耐え切れない。


右に行った瞬間に跳んで、近くの木に着地すれば、生き延びられるだろうかと琴葉は思考した。

しかし、刀を失う。


そうやって琴葉が逡巡しているうちに、竜は暴れながらも体勢を立て直し、再び空へ昇っていく。


「どこ、ま、で…… ?」


すでに富士山の中腹辺りの高さ。空気も薄くなってきた。


体が浮く感覚が、あのときと重なって、重なるたびに心の中が痛む。


「なっ!」


竜が急にぐわんと回転し、地面へ急降下を始めた。その狙いは、蒼葉だった。


「かた、なっ!」


琴葉は、考える隙もなく、次の瞬間には叫んでいた。


薙刀から、いつもの短剣への変化が始まる。


刀身が竜から離れて、その場所から血が噴き出す。

だが竜は、落ちる速度を緩めない。


琴葉の体も急降下するが、竜を追い越せそうも無い。

そもそも、着地ができるかどうかも怪しい。


「盾!」


蒼葉の声が琴葉に聞こえ、下の方に、半透明、半球状の膜が見えた。


そうだ、蒼葉は大丈夫。


だが、自分は。


「琴ちゃん!今行く!」

「徒世…… 」


盾の中にいた徒世が、隙を見て外に飛び出した。


「飛」


徒世が大きくこちらへ跳ぶと、信じられないぐらいの速さで、瞬く間に横並びになった。

しかも、そのまま滞空している。これが、飛の葉怪の力。


「手を!」


あっちは滞空、こっちは降下。


伸ばした手は、一度近づいたと思えば、どんどん遠くなる。


地面まで、後、もう少し。


必死に、必死に、手を伸ばして。


巾着袋が揺れる。


――私が死んだら、皆はどうなる?


「掴まえた!」


徒世の手と琴葉の手はようやく重なり、琴葉は徒世にぶら下がる形で、滑空しながら着地した。


「くそ、もう使えないのか」

一回ぽっきりだったようで、着地と同時に、飛の葉怪は役目を終えた。

見えない炎で、見えない翼は焼け落ちた。


「困った、どこに避難しよう。盾の葉怪の中はもう入れないし…… 」


盾の葉怪は、展開時に周囲にした人しか守れない。

出ることはできても、もう一回入ることはできない。


二人が見ていない間に、竜は蒼葉を諦め、また勢いを持とうと、上空に昇っていく。


「琴ちゃん、核はあったか?」

「口の、中、喉仏、に」


そう、刀を薙刀に変化させる直前。

琴葉は確かに、喉仏に張り付けられた核を見ていた。


徒世の横顔が見える。不安げに佇む蒼葉が見える。


「…… そうか。それは不味い…… 口が開いた瞬間に、火の葉怪を投げ入れよう」


ああ、この人とだったら、何でもできる気がする。


そう琴葉はぼんやりと思った。


戦いを、富士が見下ろしている。


「分、かった」


琴葉は徒世に手を差し伸べた。しかし、徒世は首を振った。


もう逃げないって決めた、のに。

こんなの……三の舞、なんだ。


お願い、どうか、「駄目だ」


有無を言わさぬ口調。彼女は、もう時間が無いからと諭して、懐から一枚の葉を取り出した。

そこには、火と書かれていた。


……どこかで解っていたのに。

なんで期待なんてしてしまったのだろうか。


「囮なんて、年配者がすることだよ。それに、琴ちゃんには妹がいる。帰らなきゃ」


徒世は、そのとき、確かに笑っていた。

微笑んで、琴葉の頭をくしゃりと撫でた。


――何で、何で何で何で何で何で何で何で。


「葉月。覚えていて。私が幸せだったこと。この目に焼き付けておくんだ―― 使命があるんだろう。それからは、逃げちゃ駄目だよ。これが私の使命だった。逃げずに立ち向かうさ」


琴葉は、何度も何度も徒世の方へ手を伸ばした。


だが、無情にも、竜は徒世へ、近づいてきていた。


徒世は優しく、でも勢いよく琴葉を突き飛ばした。


琴葉は盾の葉怪の膜に当たって、そのまま立つこともできずに崩れ落ちる。疲労を持て余した体は、目と鼻の先の幸せさえ、守ることができない。


徒世は踊るように跳んだ。

自分から、竜の口の中に入っていく。


燃える。燃える燃える燃える。


着物の端が吸い込まれていく。


嗚呼、なんて、美しいのだろう。

なんて、残酷なのだろう。


「竜!」


これで、四人目。


程なくして、竜は雄叫びをあげて、消えた。


残るのは、粘着質な音を立てて落ちた、無惨な死体と争いの跡。


琴葉はまるで、自らが死んだように座り込んだ。


戦いの熱は、もう冷めていた。


「どうして…… 」


後ろから、か細い声がした。


しまった、と琴葉は思った。


蒼葉には、こんなの、見せたくなかった。


それなのに、もう体が動かない。


操り人形の糸が切れたかのようだった。


そう、本当に、何にも動かなかった。


体も、感情も。自分を構成する全てが抜け落ちたかのような。


――あの子が死んだときとはまた違って。あまりに痛みに慣れすぎていて。


「ああああああああああああああああああああ!」


――きっと。これが、虚しさだ。


叫び声は、琴葉の背後からだった。


そうだ、そうだった。


平和なんて、論理上の存在。


妄想や空想の中でしか、実現しないもの。


そんなこと、もう七年前に知っていたはずなのに。


―― 私はいつだって、何一つ守れない。


― ― ―

「葉月。徒世。こっちにおいで」


死と言われれば、父の晩年の姿を、葉月は思い出す。


子供ながらに、死に際の父を別人だと感じて、怖くなったのを覚えている。

流行り病に倒れていた。回復の道は無かった。


「幸せは…… 変化する。さながら葉怪のように…… 形を変えて彷徨うもの…… 一つに囚われず、沢山の形で存在するもの。幸せの居場所は、いつだって、使命の先にある…… それを、

覚えておきなさい」


自分の使命とは何か――


「私みたいな親のいない子の、居場所を作ること、かな」


ある日、徒世は言った。


「使命…… 徒世は、何でそう考えたの?」

「そうだな。やっぱり…… 葉月が、私の居場所を作ってくれたからだよ。人から受けた恩は、返さなきゃ」


返さなくて良い、と言う言葉を、何度飲み込んだだろう。


徒世は、最初からずっと、自分のために行動していた。


その恩の倍の倍の倍、こちらはもうすでに貰っているというのに。


「葉月の使命は何?」

「私は…… 色んな所に行ってみたい」

「はは、何それ、願望だよ、それは」


―― 君となら、どこまでも行ける気がしていた。


「錦、任務完了だ。よくやった」


ここは地獄なんだと思った。

わくらば舞えば現世は。

燎原の火、埋め尽くし。

笹鳴聞こえ、始まりを継ぐ。

払暁の時、月歩して。

その姿、射干玉のように。

暗香漂う夜の中。

奇石の輝き見落として。

常初花も、踏めば無残。

二人を導く夭桃も。


――今や玉響に消えた。



二人の旅路は終わらない。



誤字脱字報告ありがとうございます。

否定的なコメントはやめてくださると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ