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元トラック運転手の俺、ダンジョン宅配を始めたら攻略クランが俺なしで潜れなくなった  作者: ヲワ・おわり


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第6話 「邪魔。死ぬよ」と言われた。返す言葉がなかった

「いません」


 そう答えると、真木さんはペンを置いた。


「では、入場はできません」


「はい」


「お帰りください」


「はい」


 俺は台車を押して、列を外れた。


 窓口の前で立ち往生していると、後ろから声がかかった。


「新藤さーん!」


 田淵さんだった。上屋の向こうから、小走りに来る。


「おう、間に合うた」


「田淵さん」


「今日の同行、頼んどいたから」


「え」


「昨日のうちに、別の人に話つけといた」


 田淵さんの後ろに、細身の男が立っていた。二十代後半くらい。迷惑そうな顔を隠していない。


「一日だけっすよ」


「助かります」


「田淵さんに借りがあるんで。それだけっす」


 俺は頭を下げた。


 窓口に戻ると、真木さんが券の様式を出しながら言った。


「新藤さん」


「はい」


「毎日は無理ですよ」


「はい」


「誰も付き合いません。一日券は、そういう制度です」


 判を押す音が二回した。


「二日で二人です。三日目からは、どうされますか」


「考えます」


「考えてください」


  *


 その日は、第六層まで行けた。


 前日より三層深い。


 第四層あたりから、空気が変わった。気温が下がって、湿気が増える。壁の表面に細かい水滴がついていて、ヘッドライトを向けると光る。


「ここ、水出てるんですね」


「出てる。滑るから気をつけろよ」


 同行の男は高木さんというらしい。歩きながら、ずっと前だけ見ている。


 俺は床を見ていた。


 第四層の路面は、第一層より粗い。台車の音が変わる。


 ガラガラ、が、ゴリゴリ、になった。


  *


 第六層の広間で、休憩になった。


 十人ほどの探索者が、壁際に散らばって座っている。飯を食う者、装備を直す者、寝ている者。


 俺は少し離れて、台車の横に座った。


 パンを出して、水を飲む。


 近くで、三人組が喋っていた。


「五十九層の扉、今年も無理だったらしいぞ」


「イカロスが?」


「二回やって開かねえって」


「あそこが開けられないなら、誰も無理だろ」


「十四年開いてねえもんが、開くかよ」


「なあ、あれ結局なんなの。扉」


「知らねえよ。壁に扉がついてんだよ」


「押しても引いても開かねえ」


「鍵穴は?」


「ない」


「じゃあ扉じゃなくない?」


「扉の形してんだよ」


「意味わかんね」


 その会話は、たいして盛り上がらずに終わった。


 天気の話みたいな調子だった。


 俺はパンを食べ終わって、腕時計を見た。


 九時四十分。


 上がるのは十時と決めてある。逆算すると、ここを出るのは九時五十分。


「新藤さん、まだ行けますよ」


 高木さんが言った。


「七層まで行けます。時間あるでしょ」


「十時に上がるので」


「なんで十時?」


「決めたので」


「決めたって、誰が」


「俺です」


 高木さんが眉を上げた。


「自分で決めたのに、自分で守るんすか」


「はい」


「破っても誰も怒んないっすよ」


「はい」


「じゃあ意味なくないっすか」


「意味は、明日出ます」


「明日?」


「明日も十時に上がると、二日続いたことになるので」


「……二日続くと、何かあるんすか」


「わかりません」


「わかんないんかい」


 高木さんは首を傾げて、装備を直し始めた。


  *


 九時五十分に立ち上がった。


 台車を押して、来た道を戻る。


 第六層と第五層のあいだは、狭い坂になっている。降り口、というらしい。層と層の境目は、どこもこういう形だと高木さんが言っていた。


 坂の途中で、前から人が上がってきた。


 七人。装備が揃っている。歩き方に隙がない。


 道幅は、二人がすれ違うのがやっとだ。


 俺は台車を壁に寄せた。


 寄せきれなかった。


 チッ。


 舌打ちが聞こえた。


「どけ」


 先頭の小柄な人影が、こちらを見上げていた。


 女だった。短髪で、日に焼けていて、俺より頭ひとつ小さい。左耳にインカムがついている。


「すみません」


 俺は台車を持ち上げて、壁際に立てた。


 七人が通り過ぎていく。


 最後に、その女がもう一度こちらを見た。


「はぁ?」


 立ち止まった。


「台車?」


「はい」


「あんた、何しに来たの」


「荷物を、届けに」


「六層に?」


「九層です」


 女の目が細くなった。


「あんた、装備は」


「持ってません」


「戦えるの」


「戦えません」


「同行は」


「今日は、います」


「今日は?」


 答えなかった。


 女はしばらく俺を見ていた。それから、台車を顎で示した。


「それ、道塞ぐよ」


「はい」


「あたしら七人で来てんの。すれ違うたびに、あんた一人のために全員止まるの」


 喉の奥が、少し詰まった。


「すみません」


「謝ってほしいんじゃない」


 女は一歩踏み出して、俺のすぐ前で立ち止まった。


「邪魔。死ぬよ」


 悪意はなかった。


 怒鳴られたわけでもない。天気の話をするみたいに言われた。


 だから、余計に返す言葉がなかった。


 七人が上がっていく足音が遠ざかる。


 高木さんが、少し離れたところから言った。


「オルカっすね」


「オルカ」


「クラン名。あの人がリーダー。鵜飼(うかい)さんっていう」


「若いですね」


「二十四って聞きました。五年やってるらしいっすよ」


「強いんですか」


「三十四層まで行ってます」


「三十四」


「で、そこで止まってる」


「なぜですか」


「荷が持たないんすよ」


 高木さんが肩の装備を直しながら言った。


「深く行くほど日数かかるでしょ。飯も水も薬も、全部自分で背負ってくしかない。背負える量で、行ける日数が決まる」


「補給は」


「ないっすよ、そんなもん」


 俺は台車を見た。


「ないんですか」


「誰がやるんすか、そんなこと」


 俺は台車を下ろした。


 車輪が、床の粗いところに引っかかって、少し鳴った。


  *


 十時ちょうどに、地上へ出た。


 売店で田淵さんに報告して、家に帰った。


 紙を出す。今日わかったことを書いていく。


 ・四層から湿気が増える。壁が濡れる。路面が粗い。

 ・六層の広間で休憩が取れる。

 ・降り口は狭い。台車は壁に立てないと通れない。


 そこまで書いて、手が止まった。


 もう一行、足した。


 ・すれ違いで七人止めた。


 台車の幅を測った。五十二センチ。


 それから、メジャーを持って部屋を出た。


 明日、通路の幅を測る。どこなら寄せられるのか。どこなら止めずに済むのか。


 二十年、荷降ろしのたびに他人の動線を潰してきた。潰さない停め方があることも、知っている。


 邪魔だと言われたのは、初めてではない。


 ただ、死ぬよ、と言われたのは初めてだった。


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