↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元トラック運転手の俺、ダンジョン宅配を始めたら攻略クランが俺なしで潜れなくなった  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/36

第19話 「遅れたら人が死ぬ」と言われたので、断りました

「はぁ?」


 鵜飼さんが、一歩下がった。


「あたし、何か変なこと言った?」


「言いました」


「どこが」


「遅れたら人が死ぬ、というところです」


 俺は台車の取っ手から手を離した。


「そう言われると、無理をします」


「無理してよ。人が死ぬんだから」


「無理をすると、落とします」


 鵜飼さんの口が、途中で止まった。


「落とすと、届きません」


 鵜飼さんが口を開きかけて、閉じた。


「届かないほうが、困ります」


  *


 上屋の下で、しばらく二人とも黙っていた。


 朝の風が抜けていく。誰かが階段を降りていく音がした。


「あんた」


「はい」


「あたしが言いたかったのは、そういうことじゃなくて」


「わかります」


「わかってんのかよ」


「急いでほしい、ということだと思います」


「そう」


「急ぎます。ただ、無理はしません」


 鵜飼さんは腕を組んで、上屋の梁を見上げた。


 この人が言葉を探すときの癖だ。


「わかった。言い方は悪かった」


「いえ」


「で、条件は」


  *


「積載を、一割減らします」


「はぁ?」


「八十キロを、七十二キロに」


「減らすの? 増やすんじゃなくて?」


「減らします」


「なんで!」


 鵜飼さんが声を上げた。


「二十一層だよ? 遠いんだよ? 一回で全部持ってきてほしいんだけど!」


「降り口が、三つあります」


「知ってる」


「降り口では、荷を二回に分けて降ろします。一回あたり三十六キロなら、片手で支えられます」


「時間かかるでしょ」


「三十分、余計にかかります」


「それ本末転倒じゃない?」


「跳ねたので」


 鵜飼さんの動きが止まった。


「跳ねた?」


「一昨日、十八層の降り口で、荷が三センチ浮きました。ベルトが止めました」


「ベルトがなかったら」


「飛んでました」


  *


 鵜飼さんは、長いこと何も言わなかった。


 それから、短く息を吐いた。


「わかった。七十二で」


「足りないぶんは、二便に分けます」


「二便?」


「明後日と、その次の日です」


「薬は?」


「薬は、一便目に全部入れます。軽いので」


「ああ」


 鵜飼さんが、目を伏せた。


「そっか。あんた、最初からそれ考えてたんだ」


「はい」


「先に言えよ」


「訊かれなかったので」


「訊かなきゃ言わないのかよ!」


  *


 その日の午後、荷を作った。


 千代さんの工場を借りて、床に全部並べる。


 薬の瓶が十二本。携行食が三十食。水が四十リットル。替えの手袋と、照明用の電池。


 まず、薬から。


 瓶を一本ずつ、緩衝材で包む。それを六本ずつ、木箱に入れる。木箱の中で動かないよう、隙間に詰め物をする。箱を振ってみて、音がしないことを確かめる。


「音がしたら、駄目なんだな」


 千代さんが横で見ていた。


「動くと、割れなくても中身が変わるので」


「変わる?」


「沈むんです。振動で」


「あんた、薬も運んでたのか」


「三年ほど」


  *


 木箱を二つ、台車のいちばん下に置いた。


 その上に水。水は重いが、割れない。


 いちばん上が、携行食と手袋と電池。軽くて、潰れやすいもの。


 重心は、腰より下。


 ベルトを三本かけた。二本ではなく、三本。


 最後に、養生シートをかけた。


「それもか」


「かけます」


「二十一層に雨が降るのか」


「降りません」


「じゃあなんでだ」


「濡れると、困るので」


 千代さんは、それ以上聞かなかった。


 代わりに、工具箱からベルトをもう一本出して、俺の鞄に入れた。


「四本目だ」


「三本で足ります」


「持ってけ」


  *


 夕方、売店に寄った。


「田淵さん」


「おう」


「明後日、九層を飛ばします」


 田淵さんが、湯呑を置いた。


「一日だけか」


「一日だけです」


「戻るんか」


「四十八時間以内なら、薄れるだけで済みます」


「そうか」


 田淵さんは、それ以上何も聞かなかった。


 聞かずに、奥から何かを持ってきた。


 線香の束だった。


「持っていけ」


「今月は、済んでます」


「これは今月のやない」


「では」


「来月ぶんの、前金や」


 俺は受け取って、鞄に入れた。


「運賃は、来月に頂きます」


「かまわん」


「田淵さん」


「なんや」


「なぜ、今日渡すんですか」


 田淵さんは、椅子に座り直した。


「荷を持っとる人間は、帰ってくるからや」


  *


 その夜、俺は模造紙の前に座った。


 明後日の時刻表を、一行ずつ引き直す。


 五時〇〇分、入場。

 六時〇〇分、第五層。

 六時四十分、第七層。

 七時四十分、第九層。

 八時二十分、第十六層。

 ――


 ここで、手が止まった。


 第二十一層の到着時刻を、八時ちょうどで約束している。


 第十六層が八時二十分だ。


 順番が、逆だった。


  *


 俺は鉛筆を持ち直して、順番を組み替えた。


 第二十一層を先に。第十六層を後に。


 そうすると、第十六層が九時四十分になる。一ノ瀬さんの薬が、一時間二十分遅くなる。


 一ノ瀬さんの薬は、毎日だ。今日切らしても、明日がある。


 二十一層は、一回きりだ。


 俺は組み替えた。


  *


 組み替えてから、もう一度見た。


 第二十一層は八時ちょうど。逆算すると、第十八層の降り口に入るのが七時十分。


 降り口で、二回に分ける。三十分。


 七時四十分に降り終わる。


 そこから第二十一層まで、二十分。


 八時ちょうど。


 余裕が、ゼロだった。


  *


 俺は鉛筆を置いて、しばらく紙を見ていた。


 余裕を入れると、八時十分になる。


 十分遅れる。


 遅れたら、人が死ぬ。


 言うな、と言ったのは自分だ。


  *


 もう一度、組み直した。


 入場を、四時にできないか。


 できない。受付は五時からだ。三日前に申請しないと変えられない。明後日には間に合わない。


 第五層を飛ばせないか。


 飛ばすと、道が崩れる。今日と明日で四十八時間だ。


 第七層は。


 同じだ。


  *


 最後に残った一行を、俺は消した。


 第九層。


 田淵さんの線香は、今月ぶんが既に済んでいる。月次の納品はない。


 ただ、通らないと道が消える。


 一日だけだ。四十八時間以内に戻れば、薄れるだけで済む。


 俺は第九層の行に、細い線を引いた。


  *


 時刻表を書き終えて、壁に貼った。


 五時〇〇分、入場。

 六時〇〇分、第五層。

 六時四十分、第七層。

 七時十分、第十八層降り口。

 七時四十分、降り終わり。

 八時〇〇分、第二十一層。

 九時四十分、第十六層。

 十七時〇〇分、退場。


 余裕は、十分入れた。


 できることは、全部やった。


  *


 目覚ましを、三つかけた。


 布団に入って、天井を見た。


 明後日、七十二キロを担いで、降り口を二回に分けて降りる。


 降りられる。何度もやった。


 跳ねた場所を、二回に分けて。


 そう思いながら、眠った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。