第17話 やり直し七往復。あと何回、と数えながら歩く
二体目が出た翌日、俺は第十三層の区間を、最初からやり直すことにした。
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「やり直すって、何を」
第七層で、桑田さんが聞いた。
「道をです」
「道は、あるでしょ。そこに」
桑田さんが足元を指した。
「歩ける道なら、あります」
「じゃあ何が足りないの」
「静かさです」
桑田さんが眉を寄せた。
「あのさ。あんたの言ってること、半分わかんないんだけど」
「はい」
「でも、水は時間どおり来るんだよな」
「来ます」
「じゃあいいや」
桑田さんは水のケースを抱えて、奥へ行った。
誰も信じていない。
信じていなくても、荷は届く。それでいいと思っている。
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やり直しは、七往復だ。
第十三層の、崩れた区間だけ。長さにして四百メートルほど。
一日一回、同じ時刻に、同じところを通る。
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一日目。
埃が立っている。湧きが三回。
二日目。
埃が立っている。湧きが二回。
三日目。
埃が立っている。湧きが二回。
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三日目の帰り、鵜飼さんに会った。
「どう?」
「三回目です」
「何が変わった」
「湧きが、三から二になりました」
「それ、誤差じゃないの」
「誤差かもしれません」
「ふうん」
鵜飼さんは腕を組んで、通路の先を見た。
「あたしも歩いてみた」
「どこをですか」
「あんたの道。九層から十六層」
「どうでしたか」
鵜飼さんが、通路の先から目を離さずに言った。
「静かだった」
鵜飼さんは、そう言って舌打ちした。
「意味わかんない。あたしが歩いても静かなんだけど」
「はい」
「あんたが歩いてるから静かなんじゃないの?」
「違うと思います」
「じゃあ何」
「道が静かなので、誰が歩いても静かです」
鵜飼さんの目が、少し開いた。
「誰が歩いても?」
「はい」
「あんた以外でも」
「はい」
「それ、先に言えよ!」
鵜飼さんが台車を蹴った。
「痛くないです」
「痛くしてない!」
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四日目。
埃が、寝はじめた。
まだ全部ではない。道の中心の、三十センチくらいだけだ。
湧きは、一回。
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五日目。
寝ている部分が、一メートルくらいに広がった。
湧きは、ゼロ。
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六日目。
俺は歩きながら、足元を見ていた。
埃が、行きと帰りで同じ方向に倒れている。
朝、俺が押した方向。
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七日目。
第十三層の区間に入った瞬間に、分かった。
空気が違う。
埃が舞っていない。音が、遠くまで通る。
俺は立ち止まって、ライトを壁に向けた。
水滴が、壁にまっすぐ並んでついている。誰にも乱されずに、落ちるべきところへ落ちている。
戻った。
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この七日間、数えながら歩いた。
あと六回。あと五回。あと四回。
二十年、こういう数え方をしたことがある。
年末の繁忙期だ。三十一日まであと何便、と数える。数えながら走ると、不思議と身体が持つ。
数えられるものは、終わる。
終わると分かっているものは、耐えられる。
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七往復。
浅い層と同じ回数だった。
俺は歩きながら、頭の中でもう一度計算した。
第十三層は深い。深いほど回数が要るはずだ。
なのに、七回で戻った。
理由は、一つしか思いつかない。
――完全に消えていたわけではなかった。
十二分の遅れで崩れたのは、表面だけだ。下のほうには、二か月ぶんの通行が残っていた。
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その日の夜、模造紙に書き足した。
・一度作った道は、崩れても完全には消えない。
・三日で消えるのは、表面。
・やり直しは、ゼロからより早い。
書いてから、鉛筆を止めた。
もう一行、書いた。
・ただし、一度も通っていない区間は、ゼロから。
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第二十一層への延伸は、この七日間、止まっていた。
十五往復のうち、九往復で止まったままだ。
九往復ぶんは、消えたのか。
確かめに行くしかない。
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「鵜飼さん」
翌朝、第十六層で俺は言った。
「二十一層、あと何日待てますか」
「なんで」
「七日、止めました」
鵜飼さんが、指を折った。
「九往復してたんでしょ。七日止めて、消えた?」
「わかりません」
「わかんないの」
「今日、確かめます」
「じゃあ今日わかるじゃん」
「はい」
鵜飼さんは、少し黙った。
「あのさ」
「はい」
「あんた、毎回そうやって、やってみないと分かんないことやってるわけ」
「はい」
「誰も教えてくれないの」
「教えられる人が、いないので」
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その朝、第五層で新人四人組に水を渡した。
「おはようございます」
「おっす! 今日もちょうどっすね!」
「六時ちょうどです」
「ってか聞いたんすけど、十三層やばかったらしいじゃないすか」
「出ました」
「うわ、マジっすか。大丈夫でした?」
「大丈夫でした」
四人のうち一人が、遠慮がちに手を挙げた。
「あの、俺ら、十層まで行けるようになったんすけど」
「はい」
「新藤さんの道、使わせてもらっていいすか」
俺は台車のベルトを締める手を止めた。
「どうぞ」
「え、いいんすか」
「道なので」
「いや、金とか」
「取りません」
「なんで!?」
四人が顔を見合わせた。
「あんた、それで商売になるんすか」
「荷を運んだぶんは、頂いてます」
「道は?」
「道は、踏んだだけなので」
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その日、俺は第二十一層への道を歩いた。
九往復ぶんの道。七日間、誰も通っていない道。
埃は、立っていた。
湧きは、四回あった。
やり直しだ。
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その夜、長野に電話をかけた。
こちらからかけるのは、初めてだった。
『え、新藤さん? どうしたんすか』
「長野さん」
『はい』
「潜りましたか」
『先週から。三層までっす』
「どうでしたか」
少し間が空いた。
『こわいっす』
「はい」
『あの、正直に言っていいすか』
「どうぞ」
『新藤さんが九層に台車で行ってるって、俺、意味わかってなかったです』
「はい」
『三層で、もう膝が笑いました』
「笑います」
『新藤さんも?』
「初日は、笑いました」
『今は?』
「今日、笑いました」
『今日も!?』
「十三層で、二体出たので」
電話の向こうで、長野が息を呑んだ。
*
地上に上がって、田淵さんに報告した。
「消えてました」
「そうか」
「九往復、消えました」
「また一からか」
「一からです」
田淵さんが湯呑を置いた。
「なあ、新藤さん」
「はい」
「こういうの、何て言うんやろな」
「何とは」
「毎日通わんと消える道や。名前がないと、不便やろ」
俺は少し考えた。
二十年、道に名前をつけたことはない。国道何号、県道何号。誰かがつけた番号を使うだけだった。
「馴らし、でどうでしょう」
「ならし」
「牛や馬を馴らすのと、同じなので」
田淵さんが、湯呑を持ち上げて笑った。
「あんた、迷宮を牛やと思うとるんか」
「はい」
「はいかい」




