表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らの夏には虹があった  作者: 海月繭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/9

第2章 アンドロイドにウインクされて

第2章 アンドロイドにウインクされて


 翌朝、エナは大阪行きの新幹線に乗っていた。


 鞄の中には、小さなカメラと、佐久間先生からもらった万博の入場チケットが入っている。


 チケットの裏には、先生の字で、


『昭和のかほりを見つけてこい』


 と書かれていた。


(かほりって、見つけるものなのかな…)


 エナは窓の外へ目を向けた。


 新幹線の速さに押し流されるように、町並みが遠ざかっていく。

 やがて建物が減り、青々とした田んぼや、遠くの山が見え始めた。


 初めて見るはずなのに、なぜか懐かしい。


 エナはスマホを開いた。


 待ち受け画面は、夏に撮った虹の写真にしている。

あの日、海の上に現れた、大きな、大きな、虹だった。


 その写真を見つめてから、「昭和レトロ」と検索してみる。


 レトロな喫茶店。

 クリームソーダ、プリンアラモード、ナポリタン。


 インベーダーゲーム。

 ブラウン管テレビ。

 花柄の炊飯器と魔法瓶。


  ポケベル。


 情報はいくらでも出てくる。

 けれど、スマホのなかだけでは、「昭和のかほり」は、いまひとつわからない。


 「ポケベル」を検索してみる。


 佐久間先生から名前だけは聞いたことがあるけれど、実物を見たことはない。

 

 ネットには、知りたいことが何でも載っている。

 それなのに、なんだか、満たされない。


 新幹線が静かに速度を落とし始めた。


 新大阪まで、あと少し。


「昭和感って、何だろう」


 答えは出なかった。


 ただ、何かが始まるような予感だけが、胸の奥に残った。




 電車を乗り継ぎ、エナが大阪・関西万博の会場に着いたのは、午前十時を少し過ぎた頃だった。


 ゲートを抜けると、巨大な建物と、色とりどりのパビリオンが目に飛び込んできた。


 世界中の言葉が飛び交い、大勢の人がスマホを掲げている。

 空にはドローンが飛び、頭上の案内板には、次々と文字が浮かび上がっていた。


 どこを見ても未来ばかりだ。


(ここで、昭和を探すの…?)


 佐久間先生の宿題は、やはり少し無茶なのではないか。


 エナはカメラを構え、未来的な建物や、会場を行き交う乗り物を撮影した。


 けれど、足が向かったのは、最新技術のパビリオンではなかった。


 パンフレットの隅に、小さく記された「文化と記憶ゾーン」。


 ほかのエリアより人通りが少なく、入口の照明もやわらかかった。


 中へ入ると、昭和の居間を再現した展示があった。


 畳の上には、ちゃぶ台と黒電話。

 部屋の隅には、ブラウン管テレビとVHSデッキが置かれている。


 小学生くらいの男の子が、テレビの前で首をかしげていた。


「これ、テレビなの? ゲームできるの?」


「昔はね、これでドラマとか見てたのよ」


 母親らしき女性が笑った。

 男の子は、信じられないものを見るようにブラウン管テレビを見つめた。


 エナは思わず笑った。


 同じテレビなのに、時代が違えば、まるで別のものに見える。


 展示の一角に、


『記憶の灯館――戦後80年、記憶を未来へ』

 と書かれた案内板があった。


 古い家族写真。

 焦げた弁当箱。

 誰かに宛てられた、色あせた手紙。


 入口から見える展示物は、どれも静かだった。


 けれど、その静けさの奥に、何かが息づいているような気がした。


 エナはしばらく案内板を見つめた。


(あとで、来よう)


 そう心の中でつぶやき、次の展示へ向かった。



 


 目的の「命環〈めぐり〉パビリオン」は、文化と記憶ゾーンのいちばん奥にあった。


 入口には、


『人の記憶と、時代の循環』


 と書かれている。


 中に入ると、時代ごとの人間を再現したアンドロイドたちが並んでいた。


 縄文時代の狩人。

 江戸の町娘。

 昭和の学生。

 そして、未来の人間。


 まばたきも、指先の動きも、人間と見分けがつかないほど精密だった。


 けれど、どの顔にも感情はなかった。



 そのとき、昭和の学生服を着た少女のアンドロイドが、ゆっくりと顔を動かした。


 エナと目が合う。


 まさか、と思った次の瞬間には、少女はまた正面を向いていた。


(今、私を見た…?)


 エナは近づいてみたが、アンドロイドはもう動かなかった。


 その背後の壁に、短い言葉が掲げられていた。


『記憶は、誰かの心に宿ってこそ、生きる。』


 エナは、その言葉をカメラに収めた。


 さらに奥へ進むと、銀色の文字が浮かぶ、小さなブースがあった。


 ――未来乗車体験

 西暦2025年、人類とAIが共存する時代へ――


 入口は開いているのに、中へ入ろうとする人はいなかった。


 エナが迷っていると、背後で小さな機械音がした。


 振り返る。


 先ほどの少女のアンドロイドが、こちらを見ていた。


 ほんの一瞬、その視線が、未来乗車体験の入口へ動いた。


「乗ってみろってこと…?」


 アンドロイドは答えない。


 次の瞬間には、何事もなかったように正面を向いていた。


 エナは、しばらく入口を見つめた。


「まあ…未来を撮ってこいって言われたし」


 自分に言い聞かせるようにつぶやき、ブースへ足を踏み入れた。





 乗り物の中は、未来というより、古い汽車のような造りだった。


 木製の座席。

 真鍮の手すり。

 天井には、淡い色のランプが灯っている。


 けれど、窓の外には、空中都市が広がっていた。


 空に浮かぶ建物。

 光の軌道を走る乗り物。

 遠くには、人工の虹がかかっている。


 エナは、窓際の席に腰を下ろした。


 隣の座席には、未来型のアンドロイドが座っていた。


 無言で、ただ前を向いている。

その姿は人間そっくりだったが、どこか“感情のない静けさ”が漂っていた。


エナは、隣のアンドロイドの無表情な横顔を見つめたあと、

ふと、座席の隅に目をやった。

そこに、見慣れない四角い物体が、静かに置かれていた。




 手のひらに収まるほどの大きさ。

 角ばった本体に、小さな画面と、三つのボタンがついている。


(これって…)


 新幹線の中で検索した画像に似ていた。


 エナは、そっと手に取った。


「これ、ポケベル?」


 アンドロイドが、ゆっくりと顔を向けた。


「はい。ポケットベルです」


「本物?」


「本物です」


「どうして未来の乗り物に、昔のものがあるの?」


「持ち主に返すためです」


 エナはポケベルを裏返した。


 背面に、黒い文字で名前が書かれている。


『朝比奈晴彦』


「あさひな、はるひこ…」


 知らない人の名前だった。


「この人のもの?」


「はい」


「じゃあ、届けてあげなきゃ」


 エナがそう言った瞬間、ポケベルが小さく震えた。


 同時に、正面の車内モニターへ文字が浮かび上がる。


『1975年8月15日』


『虹、見えた?』


 エナは目を凝らした。


「…年の表示、間違ってるよ」


 隣のアンドロイドが、ゆっくりと首をかしげた。


「いいえ。間違っていませんよ」


 そして、エナの顔を見つめると、片目を閉じた。


 ウインクをひとつ。


「いってらっしゃい」


「え?」


 その瞬間、天井のランプが激しく明滅した。


 車体が大きく揺れ、窓の外の空中都市が、光の粒になってほどけていく。


「ちょっと待って。いってらっしゃいって、どこに?」


 アンドロイドは答えない。


 ポケベルが、エナの手の中でもう一度震えた。


 空に浮かんでいた建物が消えていく。

 光の軌道が霧のように溶け、その向こうから、古い町並みが現れた。


 電柱の並ぶ道。

 木造の家。

 自転車を押して歩く学生たち。


 未来を走っていたはずの乗り物が、今は過去へ向かっている。


 車内のスピーカーから、やさしい声が流れた。


「乗車時刻、1975年8月15日。目的地、記憶の交差点」


「本当に…1975年?」


 エナはポケベルを握りしめた。


 窓の外に、小さなバス停が見えた。


 木造の屋根。

 手書きの時刻表。

 ベンチでは、麦わら帽子をかぶった老人が新聞を読んでいる。


 車体がゆっくりと速度を落とした。


 扉の横には、見慣れないレバーがついている。


『降車はこちら』


(行くしかない…)


 エナはポケベルを鞄へしまい、立ち上がった。


 振り返ると、アンドロイドは静かに座っていた。


「帰り方は?」


 返事はない。


「そこ、大事なんだけど…」


 アンドロイドの口元が、ほんの少しだけ笑ったように見えた。


 エナは覚悟を決め、レバーを引いた。


 ガタン。


 車体が揺れ、扉が開く。


 外の空気が、ふわりと流れ込んできた。


 未来の、温度まで管理された空気ではない。


 肌にまとわりつくような湿気と、土と草の匂い。

 遠くから、子どもたちの笑い声が聞こえる。


 そして――。


 蝉の声が、青空いっぱいに響いている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ