ep.2-30 戻らない
スロウスは今回の作戦でマナを多く消耗した。
そんな彼の負担を考え、オリビアは徒歩で帰る事を決めたのだが――
「遅過ぎるから迎えに来たよぉ」
「……しばらく相手してあげないから」
「なんでだよ‼︎」
魔族達はこれを好機と、移動中に何度もオリビアに戦いを挑んだ。
それを相手しては移動、相手しては移動を繰り返し――3日費やしてもなおバークビートルから出ることはできず、結局回復したスロウスが転移で迎えに来た。
「(こんな事ならこいつら置いて1人で飛んで帰ればよかった……)」
後ろで騒ぐ魔族達に呆れた顔を浮かべるオリビアに、スロウスはクスクスと笑って指を左右に振った。
「ボクは平気だって言ったのに意地張るからこぉなるんだよぉ〜」
振り向くと何故か嬉々として戦闘体勢を取る魔族達――オリビアは痛む頭を押さえながらスロウスに声をかけた。
「……こいつらだけ転移させて。私は飛んで行くから」
「なんでぇ?」
「少し考えたい事があるのよ……夜には着くわ」
「考え事ぉ?ぷっ!赤髪の勇者に会うのが気まずいだけのくせにぃ!」
「さっさと行って‼︎」
図星を突かれて怒鳴るオリビアに、スロウスは腹を抱えてケラケラ笑った後、怒りの“ゲンコツ”が飛んで来る前に指を鳴らして姿を消した。
そして入れ替わるようにゴースト達が姿を現すと、オリビアの顔を覗き込んで不思議そうに首を捻った。
「何よオリビア!カクタスに会うの気まずいの?」
「ち、違うわよ!…………ヘリーが言いかけた言葉がどうも気になって……」
「シャナって誰だ?」
「創造神が憑依してた人間よ」
「ああ……キャットが前に話してたシスターか」
何故シャナの名前が出たのか――
確かめる術はないのに、どうしても気になる。
「絶対言い訳よ!」
「さっさと会って付き合ってくれって言えばいいのにな?」
「女ってのはめんどくさいな」
「もじもじと……見ててイライラするわ!」
「代わりに俺達が伝えに行ってやろうか!」
ゴースト3人は悩むオリビアに構わず盛り上がっている。
こいつらも先に帰せばよかった――
彼らを横目で見ながら浮上すると、白い息を追って空を見上げる。
「……はぁ……帰ろう」
――――
「オリビア!」
日が落ちて辺りはもう暗い。
スパイダーマイトの城の前に降りると、
寒さで鼻を赤くしたシオンが慌てて駆け寄って来た。
「いつから外で待ってたのよ……風邪引いたらどうするの」
「こっちのセリフじゃ‼︎なぜ転移で戻って来なかった‼︎」
「ヘリーの口から、創造神が憑依していたシスターの名前が出たから少し気になって……色々考えてたの」
「帰ってからでもいいじゃろ‼︎とにかく中に入れ‼︎」
「…………勇者達や魔族は?」
「魔族は寝蔵に帰した、勇者達は用意した部屋にいる」
「そう……」
オリビアはそれを聞いて少しだけ安堵してしまった。
手を引かれるままシオンの部屋に向かうと、暖炉の前にはスロウスとキャット、そして四葉が体を寄せ合って火に当たっていた。
「あっ、オリビアちゃんお帰りなさーい」
「お帰りなさーい!」
「遅いよぉ」
「コラお前達!オリビアに暖炉を譲らんか!」
シオンは暖炉の前を占領するキャット達を押して退かそうとするが、彼らはびくともしない。
それに怒ってシオンは歯軋りすると、彼らの頭をバシバシと叩き始めた。
「いたっ!何すんだよクソジジイ!」
「暴力反対!」
「やかましい‼︎お前ら部屋に帰れ‼︎特に四葉‼︎お前までなんでここにいるんじゃ‼︎」
「スロウスがシオンさんのとこ行きたいって言うから……」
「だって四葉の部屋にいるとリリー達がうるさいんだもぉん」
「彼女達は赤髪の所におるじゃろ‼︎今なら部屋に戻っても…………あっ」
シオンは慌てて口を閉じた。
暖炉前の3人が恐る恐るオリビアの方を振り返ると、彼女はシオンの失言に顔を引き攣らせていた。
「…………リリー達、カクタスの部屋にいるの?」
「いや……そうなんだけど、そうじゃなくて…………へ、部屋にいるのは赤髪の勇者様だけじゃないし!」
「いるのね。…………シオン、会議はいつ?」
「ま、まだ決まっていないが、オリビアも戻って来たし明日の昼過ぎにでも……」
「決まったら教えて」
オリビアは額を押さえながら溜息を吐くと、強く床を踏みしめながら扉へと向かった。
「オリビアさんどこに⁉︎」
「疲れた。お風呂入って寝る」
「誤解ですって!」
「なんのこと?……シオン、他の人達に私の部屋教えないで、分かった?」
「わ、分かった」
オリビアはふんっと鼻を鳴らして通せんぼする四葉を持ち上げ暖炉前に戻し、さっさと部屋から出て行った。
暖炉前の3人は口を滑らせたシオンをじとりと睨み付けた。
「あーあ、怒らせちゃった」
「ぼ、僕は悪くないぞ!」
――――
次の日の朝、
カーテンの隙間から光が差し込み、オリビアは目を覚ました。
時計を確認すると、オリビアは欠伸を噛み殺しながらストレッチを始めた。
いくら疲れていても、結局いつも同じ時間に起きてしまう――原因は言うまでもなく、日課を求めて来る“彼ら”のせいだ。
「ホント、飽きもせず……」
窓の外に視線を投げると、遠くに魔族達が見えた。
今日ぐらいは休ませて欲しい――いや、
「八つ当たりに付き合ってもらいましょうか」
昨日のシオンの言葉を思い出すとオリビアはぐっと拳を握り締め、コートを羽織って窓から飛び降りた。
――――
「雪がこんなに積もってなきゃ勝てたのに‼︎」
「言い訳なんてダサいわよ」
離れた所に誘導して魔族の相手をすると、オリビアの気は多少晴れた。
悔しそうに唸る魔族達を見下ろして伸びをすると、そのタイミングでクロッカスから連絡が入る。
“「オリビアちゃん今どこにいます?」“
“「外だけど?」”
“「シオン様が部屋にいない事に気付いて大騒ぎしていらっしゃいます」”
“「…………会議の時間が分かったら連絡して」”
“「分かりました」”
クロッカスは彼女の素っ気ない返事に何か察したようで、クスリと笑った。
少し大人がなかっただろうかとオリビアが頭を掻いて溜息を吐くと、気配を感じて慌てて後ろに飛び退いた。
衝撃に雪が巻き上がり視界を覆う。
――それが晴れると、見覚えのある青い髪が視界に映った。
「おはようの挨拶にしては品がないわね」
「おいおい、俺様に品の良さを求めてんのか?」
頭に降りかかった雪を雑に払いながら、パキラは大剣を肩に担ぎ笑みを浮かべた。
「何か用?」
「魔族と楽しそうに遊んでたから仲間に入れてもらおうと思ったんだが……気付いたら終わってんだもんな」
「相変わらずね」
「オリビア‼︎勇者と手組んだってのはホントだったのかよ‼︎ふざけんな‼︎」
2人が話すのを見て魔族達は地面に伏せながら手足をバタバタとさせて怒り始めた。
一部の魔族には話が伝わっていないようだ。オリビアはどう説明するかと顎に手を添えると、魔族達はピタリと動きを止めてオリビアを見つめた。
「なに?」
「……約束しただろ!忘れたのかよ!」
「約束?ああ……大丈夫よ、この戦いが終わっても、ヴァイスに手は出させない――」
「ちげーよ‼︎俺達の要望‼︎聞き入れただろ‼︎」
「要望って……」
「お前……この戦いが終わったらヴァイスに戻るつもりじゃねぇだろうな⁉︎」
「は……?」
オリビアは魔族達の言葉にキョトンとすると、少し間を置いてからおかしそうに笑い始めた。
魔族達は「何がおかしい‼︎」と不服そうに顔を歪ませて、再び手足をばたつかせた。
「あんた達可愛いとこあるのね」
「バカにしてんのか‼︎」
「ヴァイスには戻らないわよ」
その言葉を聞いて驚いたのは、パキラだった。
オリビアは機嫌良さそうに魔族達をバシバシと叩くと、硬直するパキラに気付いて首を傾げた。
「どうしたの?」
「…………少し話せるか?」
「今日会議があるはずだけど……」
「いやいや、もう少し私的な話だ。……久しぶりなんだしいいだろ?」
パキラが困ったように笑うと、オリビアは少しだけ考えて小さく頷いた。




