ep.2-25 大根役者
あの後――
『あのマセガキがー‼︎』
戻って来たオリビアを見て、シオンは怒りに奇声を上げながら袖でゴシゴシと乱暴に彼女の口を拭った。(その後、八つ当たりのようにキャットが殴られていた)
そのせいで腫れてしまった唇を押さえて、少し気恥ずかしそうにしながら窓の外を見ると、オリーはニヤニヤと笑ってキューに耳打ちした。
「オリビアったら大人のチューしてたのよ!」
「あれま!」
「オリー‼︎」
顔を真っ赤にして怒るオリビア。それは、キューが彼女と知り合ってから初めて見る愛らしいものだった。キューはどこか嬉しそうに笑みを溢すと、態とらしく手で顔を煽いだ。
「最近の子はませてるねぇ〜」
「最近の子って……子供じゃないったら‼︎」
「そうだっけ?……でも、やっぱり会いに行ってよかったね」
「うん……」
それに対してオリビアは頷きながらも、顔を険しくする。
浮かれてばかりもいられない。
「カクタスや青髪の勇者も協力してくれる事にはなったけど……兵士達はそうじゃない。どう時間を稼いでもらうか……スパイダーマイトは広いけど、1ヶ月も稼げない。アジ達とも相談しないと……」
「考えるのは明日にしな、もうこんな時間じゃないか。いい子は寝る時間だよ」
「……はぁ……」
子供扱いをやめないキューに対して溜息を漏らした時――
「こんばんはー!寝かしつけに来たよオリビアちゃん!」
「ちょっと……勘弁して……」
扉を勢いよく開けてキャットが部屋に飛び込んで来ると、オリビアは頭を抱えた。
今日はできれば1人で過ごしたいと考えていたのに――
彼はお構いなしにオリビアの隣に寝転がった。
「夜這いだわ‼︎カクタスとシオンに言い付けないと‼︎」
「あはは!オリーちゃんってば、オリビアちゃんのチュー見て興奮してんの?」
「なんですって⁉︎オリビア‼︎キャット追い出してよ‼︎」
「はー……お姫様がお怒りだから出てってくださる?」
「安心してくださいお姫様、俺はオリビアちゃんなんて毛ほどもキョーミありませーん」
キャットはそう言ってヘラヘラと笑いながら手を振った。
その顔に腹が立ったオリビアが頭を引っ叩くと、キャットは大袈裟に痛がりながら視線を彼女の後ろに向けた。
「……今日はキューってゴーストさんも一緒かな?」
「こいつキュー目当てだわ‼︎キューは旦那さんと息子さんがいるのよ‼︎諦めなさい‼︎」
「……旦那がいるの?」
キャットの顔は若干引き攣っている。
「そうよ‼︎泣き虫な旦那さんが――」
「オリーちょっと黙りな」
キューは赤くなった顔を歪ませてオリーの口を塞いだ。
そんな顔をするキューを初めて見たオリビアとオリーは、興味深そうに彼女の顔をまじまじと観察すると睨まれてしまった。
キャットは何か察したのか珍しく照れたように笑って天井に視線を向けた。
「来世で結婚してください」
「キューがあんたを選ぶわけないでしょ‼︎知ってるんだからね‼︎女たらし‼︎」
「…………それでも口説きに行くよ」
キャットは優しく微笑んだ。
彼にはキューの姿が見えていない。
しかし偶然か、彼の視線はキューの方を向いていた。
キューは目を見開いた後、おかしそうに笑って横になった。
「バカな男だよ」
「…………」
「ねぇねぇキューさんなんて言ってる?」
「バカだって」
「えっ⁉︎」
困惑するキャットを無視してオリビアはベッドに横になると目を閉じた。
オリーはまだ寝たくないと横で騒いでいたが、しばらくすると静かな寝息が耳に届いた。
その寝息に耳を傾けていると、徐々に眠気が瞼を押さえ付ける――
「……2人とも、おやすみ」
「おやすみオリビア」
「おやすみオリビアちゃん」
同時にかかった2人の声に小さく笑って、オリビアは眠りについた。
「まだいる?」
――オリビアが寝たのを確認して、キャットはキューに声をかけた。
返事をしても、彼の耳には届かない。
キューは静かに起き上がると、部屋を出て行こうと浮遊した。
「…………さっきの、本気だよ」
ぽつりと呟いたキャットの言葉に、キューは動きを止めた。
振り返って見ると、キャットはキューの方を向いて悲しげに笑みを浮かべていた。
「ホントにバカだね。……次もあたしが口説きに行くよ」
キューはキャットの側に寄り、額に触れるようにそっと顔を近付けた後、静かに消えた。
一瞬だけ香った花の匂い――
キャットは額を押さえると、静かに蹲った。
――――
「また罠にかかっちまったぜー!だがスロウスは動けねぇー!大丈夫かー!」
「おい、誰かあの大根役者を引っ込めろ」
シオン達から罠の場所、そして発動の条件を聞いたカクタス達は、良案が思いつくまで疑われない程度に罠にかかる事にした。
スロウスの体調が悪く転移が難しいと、苦しい言い訳を使って兵士達を説得していると――パキラの演劇が始まり、彼らは頭を抱えた。
「青髪の勇者様大丈夫です‼︎我々がなんとか致しますので‼︎」
「頼んだぜースロウスは吐き気が……いや、頭が痛い……いや、腹痛だ!腹壊してんだ!」
「もう黙っててくれアニキ……」
ビンカとシネラリアで態とらしい演技を続けるパキラを回収すると、カクタスは辺りを見回した。
魔族達が作った落とし穴。
それはいつも怪我を最小限に抑える為の工夫が施されている。
落下地点に藁が敷き詰められているのを見ても、兵士達は何も思わないのだろうか――
説明した所で理解を示す事はないだろう。
カクタスは軽く頭を振って、時間を稼ぐ方法を考えた。
2ヶ月を切った。
いくら全ての罠にかかったとしても、スパイダーマイトの捜索には1ヶ月もかからないだろう。
カクタスが悩んでいると、仲間が集まって来る。
彼らも同じくどうやって時間を稼ぐか考えているようだった。
「もっと相談したいけど兵士達の目があるからなかなかできないのよね〜……たまに、アタシ達だけの時間をくれるけど……」
「何故か貴族側の兵士が絡んで来るんですよね〜」
「勇者様ー!」
「噂をすればだ」
貴族の私兵が駆け寄って来るとカクタス達は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
「どうかしましたか?」
「何かお悩みのようでしたので!」
兵士はそう言いながらもぺらぺらと1人で勝手に話し始めた。
まるで自分達の仲間にでもなったかのように、彼はいつもこうして集まっているとすぐにやって来ては自分の話を自慢げに聞かせて来る。
そして、その目はカクタス達ではなく、周りの兵士達へと向いていた。
――お前達とは違う、自分はこちら側なのだ。
聞かなくてもそう思っているのはよく分かった。
「おい!お前はこっちで手伝うように言われてるだろ!」
「はぁ?なんだお前!俺が誰に仕える騎士だか分かっているのか⁉︎」
「しらねぇよ……そんな事言ったら俺達なんて王に仕える騎士様になるよな?」
「ははっ確かに」
「生意気な……‼︎」
「行って来てください」
「し、しかし…………はぁ……分かりました」
そして、国の兵士達は貴族の私兵達にいつも苛立っている様子だった。
ここへ送り出されたという事は、それなりに腕はあるようだが――
「邪魔だな…………そうだ、いっそ――」
「ん?勇者様何か言った?」
カクタスは口元を押さえてその先の言葉を飲み込んだ。
オリビアが好きな“勇者カクタス”はそんな事を言わない。
やっと、想いが通じ合ったんだ。
彼女に相応しい自分でいたい。
しかし――これも選択肢の一つとして覚えておこう。
「やだわ勇者様ったら!」
「へ?」
「オリビアの事考えてるでしょ!ニヤけてるわよ!バレたら大変なんだから怖い顔してて!」
「こ、怖い顔……」
今自分はニヤけていたのか――
カクタスは困ったように笑った。
ずっと彼女の為に表情を作って耐えて来たのに、呆気ないものだ。
しかし、これでバレてしまっては困る。
カクタスは“怖い顔”を作る為に考えた。
『うるさいわよナチ!』
魔王を親しげに呼ぶオリビアの姿が思い浮かぶ。
羨ましい。
彼女の側にはずっと自分がいたのに。
今では――
「勇者様……そこまで怖い顔しろとは言ってないわ……」
「…………すみません」
カクタスは頬を掻いて唸り声を上げた。




