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ep.2-24 また会おう

 


「…………っ」


 喉が引き攣って声が出ない。

 不安に思わずシオン達の方を振り返るが、彼らは気を遣ったのかもうそこにはいなかった。


 オリビアは胃の気持ち悪さを感じながらゆっくり深呼吸すると、意を決してカクタスに声をかけた。


「か、カクタス……」


 カクタスの肩が大きく揺れる。

 そして、ゆっくりと振り向いてオリビアの姿を確認すると――彼はすぐに視線を逸らした。


「ぁ……」


 心の中で何かが崩れるような感覚に襲われると、オリビアは顔を引き攣らせた。

 

「……ご、めん」


 ぼやける視界、震える声。

 ――彼の元へ行こうとした時には動かなかった足は、逃げる事を決めた途端、あっさりと動き出した。



「待って‼︎」


 駆け出したオリビアを見て、カクタスはそれを止めるように慌てて彼女を抱き締めた。

 突然の事にオリビアが硬直すると、カクタスは抱き締める力を強くした。


「待って……違う、……違うから……ッ」


 カクタスは絞り出すように、震える声でそう言った。

 そして、肩に顔を埋めるとくぐもった声で言葉を続けた。


「オリビアが心配してるような事は、絶対ないから…………」


「な、なに……」


「ずっと、会いたかった」


 鼻を啜る音が聞こえると、オリビアは自分を抱き締めるカクタスの腕に視線を落とした。


「ずっと会いたかったし、話したかった……」


「カクタス……」


「遅くなってごめん……何とか話をしなきゃって、誤解させるような事をしたのも、ごめん…………もっとずっと前から……俺に勇気があれば……こんな事にはならなかったのに…………本当にごめん……」


 途中から、カクタスは何に謝っているのか分からなかった。

 しかし、震えるカクタスの腕を見て、オリビアはぽつりと言葉を溢した。


「…………怒ってると、思ってた……」


「オリビアに怒ることなんて何一つない…………何がオリビアの邪魔になるか分からなくて……ごめん……今も、話したらきっと離れられなくなる、困らせると思って……態と避けた……

 オリビアの邪魔をしたくなかった……でも――やっぱり、無理だ」


 カクタスの腕がゆっくりと離れる。

 恐る恐る後ろを振り返ると、カクタスは涙を溢れさせながらオリビアを見つめていた。


「好きだ、オリビア」


 涙を止める事なく微笑むカクタスに、オリビアは思わず息を呑んだ。


 そして、彼の感情に触れ――安堵と共に涙が溢れた。


「ご、めん…………ずっと……隠してて…………神の事も、憑依者だって事も……全部…………」


 声が震えてうまく話せない。

 カクタスに隠れて勝手に行動していた事、自分がオリビアではなく偽物だった事――オリビアはカクタスに多くの事を隠していた。

 それを聞いて、腹を立てて、呆れて、騙されたと――自分の事を更に嫌いになってしまったのではないかと、オリビアの心は恐怖で溢れかえっていた。


 しかし、彼はそれを知っても、好きだと言った。

 オリビアを見つめる瞳には、濁りのない純粋な好意だけが映っていた。


「私も、ずっと……カクタスの事が好きだった……離れてからもずっと……忘れられなかった……何度も、あの時ああしてたらって……たくさん後悔して……カクタスと一緒になれないって分かってても、ずっと……カクタスの隣にいる未来を想像して…………ずっとずっと……カクタスの事ばっかり考えてた…… 本当に……ごめんなさい……っ」


 オリビアはずっと溜め込んでいた感情を言葉にして吐き出した。

 それを聞いたカクタスは再び彼女を強く抱き締めると、オリビアはしがみ付くように背中に腕を回し、声を上げて泣いた。


 カクタスが少しだけ離れ、オリビアの頬に触れながら顔を近付けると、オリビアは目を伏せてそれを受け入れた。


 ずっと自分の気持ちを押し殺して、ただただ世界の事だけ考えた。

 自分の望む未来が失われても、彼らが笑顔で生きられる未来の為に。


 大切な人達が幸せならそれでいい――


 しかし、心の奥底ではずっと、自分の気持ちがそれを押し除けて必死に這いあがろうとしていた。


 彼らと、カクタスと共に笑う事のできる未来を欲していた。


 こんな日が来るとは思っていなかった。


 必死に押し込めていた気持ちは、呆気なく這い上がってオリビアの心に触れると――この先の未来に希望を抱かせた。


 カクタスが離れると、オリビアは薄く目を開く。


 少し憔悴して見える彼の顔――しかし、オリビアを見つめる瞳は以前と同じで柔らかく、暖かかった。


 その瞳に吸い込まれるように、今度はオリビアが顔を近付ける。


 ――このままでは本当に離れられなくなる。

 そう思いながらも、オリビアはどうしてももう一度、彼を感じたかった。


 カクタスはそれに少しだけ驚いたように目を開いた後、応えるように顔を近付けた。


 顔が熱い。オリビアは恥ずかしさからすぐに離れようとしたが、カクタスは彼女の頭を押さえて離れる事を許さなかった。


 そして、それが徐々に深いものになっていくと、オリビアはやけに響くその音に焦りを感じ、カクタスの胸を軽く叩いた。


「ちょ……待っ……」


 口を離しては彼を止めようとするが、彼は決してやめようとはしなかった。


 誰か来たらどうしよう――そう思った瞬間、視線を感じた。



「…………わぁ……」


 視界に入ったのは顔を真っ赤にして指の隙間からこちらを覗くオリーの姿。


 オリビアはギョッとすると、慌ててカクタスを突き飛ばした。


「はぁ……、ごめん……止まらなくて…………苦しかった……?」


「そ、そ、そうじゃなくて……‼︎」


 「なんでやめるのよ」と言わんばかりにカクタスの後ろで腕を振り回すオリーを、オリビアは歯をギリギリと鳴らして睨みつけ、追い払うように手を動かした。


「おい、そろそろ行くぞ」


 そして、ナスタチウムがひょっこりと顔を出すと、オリビアは「わ、わかったわ‼︎」と声を上擦らせながら返事をした。


「…………」


 カクタスはオリビアの手を握ると下を向いてしまった。


 離れたくない――口には出さずとも、そう思っているのはすぐ分かった。


「……カクタス、また会えるわ」


「分かってる…………でも……」


 また離れていってしまうのではないかと、カクタスは不安に眉を寄せた。


 オリビアについて行く、そう言葉が零れ落ちそうになった時――ナスタチウムが呆れたように溜息を吐いた。


「おい、いつまでイチャイチャしてんだ」


「うるさいわよナチ‼︎」


「シオンに苦情が入ってんだ、さっさとしろオリビア」


「分かったってば‼︎」


 カクタスの眉がぴくりと動く。

 しかし、オリビアはそれに気付かないままカクタスの手を優しく離した。


「話せて良かった」


 強く唇を噛み締めながら俯くカクタスに苦笑を浮かばせると、オリビアは彼の横を通り過ぎナスタチウムの元へと向かった。


「(覗いてた事は最悪だったけど、オリーのお陰で冷静になれた……)」


 自分の大きくなりすぎた感情に溺れてしまう所だった。

 カクタスとの誤解が解けたのは良かったが、目的は変わらない。

 本当は離れたくないが、創造神から未来を守る為に今カクタスと共にいる事はできない。


 大丈夫、また会え――



「オリビア」

「ん?…………んんっ⁉︎」

「……は⁉︎」


 後ろから腕を引かれて振り向くと、目の前にはカクタスの顔があった。

 先程唇を噛み締めていたからだろうか――彼の唇からはほんのりと血の味がした。


「おいおい勘弁してくれ……‼︎」

「…………」


 すぐに離れたが、しっかりとそれをナスタチウムに見られてしまった。

 オリビアが顔を真っ赤にして放心していると、カクタスは優しく彼女を抱き締めた。


「また、会おう」


 オリビアの耳元でそう囁き、カクタスは口元に血を滲ませながら笑みを浮かべてナスタチウムを睨み付けた。

 牽制の目――ナスタチウムは呆れて顔を押さえた。


 カクタスが去って行くと、ナスタチウムはやれやれと溜息を吐き出し、放心するオリビアの顔を覗き込んだ。――その唇にはカクタスの血が薄らとついていた。


「お前口…………いや、いい。めんどくさい……」


 ゴーストなのだから牽制する必要はないだろう――ナスタチウムはまた呆れて溜息を吐き出すと、オリビアを置いてさっさとシオン達の元へ戻った。


「…………オリビア、しっかりして……」


 残されたオリビアは、オリーに声をかけられハッとすると、カクタスの行動に困惑したまま、ふらふらとナスタチウムの後を追ってシオン達に合流した。



 ――――



「仲直りできたみたいだね?」


少し改稿しました。

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