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空海の青春 ― 消えた七年  作者: KAMUI
訣別 ― 文字か、身か
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第80話 最後の対話・一

 弘仁九年の秋である。


 空海は山の人になりかけていた。二年前、若い日にさまよい歩いたあの高い野を国からいただいた。禅の場を求める上表に、下賜の勅が下りた。以来、山へ登るたびに縄を張り木を伐り堂の位置を地に描く日々が始まっていた。山はまだ山のままだった。伽藍は縄の形でしか地上にない。秋の日は縄を張った斜面に淡く差して、伐り倒したばかりの木の切り口が白く光った。斧の音が谷にひとつ響いては、また静けさに呑まれた。夕暮れには、盆地の底から冷たい気が這い上がってきた。木々の梢はもう色を変えはじめて、風のたびに乾いた音を立てた。


 山の上に水があった。八つの峰に囲まれた盆地は、蓮の花の内側に似た形をして真ん中に小さな流れを抱いていた。ここに壇を、と決めた朝のことは生涯忘れないと思った。霧の底から伽藍の縄が現れるとき、縄はもう堂に見えた。峰々が霧を抜けて姿を現すのは、それよりいつも少し遅かった。


 都へ下りる用はまだ幾つか残っていた。


 その秋の用のひとつが、和気の家の法要だった。故人を送って年を重ねた家が、ゆかりの僧を広く招く。あの一族には借りがある。いま預かっている高雄の山は、もとをたどればこの家のものである。断る理由がなかった。


 実恵が輿の支度をしながら、招かれた僧の数を数え上げた。


「二十人は下りますまい。南都からも参られるとか」


「そうだろうな」


 と、空海は言った。実恵は数だけを言って、比叡の名は言わなかった。言わずに数で済ませる気の回し方を、この弟子は近ごろ覚えた。


 招かれた名の中に比叡の座主の名があることは、行く前から知っていた。


 知っていて行った。それがどういうことなのかは、考えないことにした。


  *


 和気の堂は広かった。


 柱が太く、床の板が黒く沈んでいる。迎えたのは真綱どのだった。六年前、高雄の壇でこちらから灌頂を受けた男である。導師の座へ案内しながら、北西の山のほうへ一度、目をやった。


「兄の広世と請いまして、高雄で天台を講じていただきました。もう十六年になります」


 あの講筵からあの人の名が世に出て、比叡が山になった。


 いま、その高雄を預かっているのはこちらである。


 同じ家に、同じ日に、ふたりが呼ばれていた。


 堂の内にその人がいた。


 老いていた。互いに老いた。あちらは五十二、こちらは四十五になっていた。遠目に見た立ち姿は変わらず端正で、ただ肩の線がひとまわり細くなっていた。あの肩に山がひとつ乗り続けている。


 法要の座で交わしたのは、儀礼の言葉だけだった。


「おつつがなく」


「貴山も、ご隆盛のことと」


 世の目の中では、それで足りた。


 導師の座は、こちらに用意されていた。年で七つ、法臘でも向こうが上である。この家がいまどちらを上に置いているかは、座の位置がすでに言っていた。あの人は何も言わずに、その座の下に座った。


 国の法会で遠目に姿を見ることは、この数年も幾度かあった。言葉を交わすのは高雄の夏以来、五年ぶりである。周りの僧たちはふたりの間の噂を知っている。誰も近くに長居しなかった。噂の間に立つことは、誰にとっても荷が重い。


 読経は長かった。導師の座から居並ぶ僧たちの声を聞いた。声の中にあの人の声もあった。幾十の声の中でひとつの声だけを聞き分ける耳を、耳はまだ覚えていた。


 法要は滞りなく果てた。


 僧たちが順に辞していく。日が傾き、堂の外の楓が火の色に染まっていた。夕日は堂の床にまで差し込んで、柱の影を長く倒していた。空海は輿の支度を待つ間に忘れ物を思い出した体で、堂に戻った。忘れ物などなかった。理由はおのれにも言えなかった。このまま山へ帰れば、何かをひとつ永遠に置き忘れる気がした。


 灯をひとつ提げて堂に入ると、隅の暗がりに人が座っていた。


 最澄だった。


 驚きは、来なかった。灯を提げた手も揺れなかった。暗がりの中で、白い衣だけが淡く浮いていた。この人がここに残っている。それを身体のどこかが、初めから知っていた。


 どちらからともなく、と言えば嘘になる。どちらも残ったのである。示し合わせずに同じことを考え、同じ堂に戻った。六年前なら笑い合えた符合だった。いまはどちらも笑わなかった。空海は灯を間に置いて、向かいに座った。


 寺の者が目立たぬように白湯をふたつ置き、湯の瓶を柱のもとに寄せて下がっていった。


 灯ひとつ、椀ふたつ。


 乙訓の夜と同じ形だった。高雄の夏も、終いはこれだった。


 三度目である。


 六年前、この形の中で言葉は夜通し溢れた。あの夜のふたりは互いの中におのれの持たぬものを見つけて、少年のように急いた。灯も椀も、あの夜のままそこにある。


  *


 先に口を開いたのは、最澄だった。


「高野の山は、いかがですか」


「拓いております」


 と、空海は言った。


「木を伐るたび、山に詫びながら。あの山は、法の場になる前からすでに聖い場所ですので。人の都合で手を入れる許しを山に乞うてから、斧を入れます」


「それは」


 最澄は少し笑った。


「良い拓き方にござる。山は、応えますか」


「霧の引き方が、日に日に優しくなります」


「なるほど。山と、話が通じはじめておる」


 通じるという言葉の使い方に、この人の育ちの深さが出た。比叡に入って三十年を越えた人である。山と人の間に交渉があることを、笑わずに分かる人だった。


「比叡は、いかがですか」


 と、空海は問うた。


「学生の定めを、書いております」


 最澄の声に張りが戻った。


「この五月に六条を上げ、八月にまた八条を上げました。十二年、山を下りぬ学生を育てまする。法が崩れるのは、法のせいと違う。器が崩れるからにござる。ゆえに器のほうの定めを整える」


 なぜ十二年なのか、とは問わなかった。問えば、この人は数を言う。


 最澄は、問われる前に言った。


「大同二年から、年にふたり。十二年で、二十四人にござる」


 白湯の椀を、膝の前に置いた。


「山に残っておりますのは、十人」


 白湯の湯気が、もう立っていなかった。


「六人は、法相に。あとは老いた母を養いに、あるいは行脚に。恕すべき事情もござる。ござるが、数は数にござる」


 今日この堂に、南都の僧も列していた。奪った側と奪われた側が、同じ経を読んで帰った。


 二十四のうち、十。


 その勘定に、あの名は入っていない。年分の度者ではないからである。入っていないのに、十二年という数はたしかにあの名のところを通っていた。通っていることを、あの人は言わない。言わずに済ませるために、数のほうを先に並べたのだった。


 最澄は膝の前の椀に手を戻して、そこで初めて言葉を切った。


「拙僧の亡きあとの比叡を、いま書いております。誰の代になっても、山が山であり続けるように」


 文字で、と空海は思った。


 あの人は最後まで、文字で器を作る。人が去っても崩れぬ定めを、紙の上に組み上げる。それは火を渡すこととは別の、まことに尊い仕事だった。火は人から人へしか渡らないが、器は文字で建つ。あの人の山は千年残るだろうと思い、その思いに一片の皮肉もないことをおのれで確かめた。なかった。ただ頭が下がった。


「良い定めに、なりますね」


「なると、よいのですが」


  *


 会話は途切れなかった。


 それが恐ろしかった。


 高野の水の話をした。比叡の雪の話をした。互いの弟子の話をした。あちらの若い学生の逸話にこちらが笑い、こちらの山童の失敗談にあちらが笑った。笑いの置き場所も相槌の間も問いの深さの測り方も、何ひとつ変わっていなかった。


「泰範どのは」


 と、最澄は一度だけあの名を口にした。


「壮健にしております」


「そうですか」


 それだけだった。それだけで双方に足りた。あの名の周りには、踏めば崩れる場所しかない。その際を、ふたりとも正確に歩いた。呼吸が合ってしまう。合うたびに、みぞおちの奥が縮んだ。


 二年、文の一通もなかった。あの返書で金は断たれた。断たれたはずの場所に座ってみれば、言葉は六年前の速さで往き、心は六年前の深さで通う。どこも壊れてはいなかった。満ちているのに、注げない二年だった。


 途中で気づいた。世のたいていの問答は、相手の追いつく速さまで答えを遅らせる。この人が相手のときだけ、思うままの速さで答えて置いていかれない。


 憎み合って別れたのなら、この夜はなかった。続いてしまう会話の中でこそ分かる。失われたものが、どれほど生きたまま失われたのかが。


 語りながら、空海は幾度かあの文机の空いた場所を思った。二年、片づけなかった場所である。いま、その場所の主が目の前で白湯を含んでいる。文の来ない二年とこの一夜と、どちらがまことなのか。たぶんどちらもまことだった。


 白湯は冷め、注ぎ足す者はいなかった。灯の芯が短くなり、壁の影が濃くなった。


 外はとうに夜だった。法要の客はみな帰り、寺の者も遠くに下がり、堂には灯とふたりだけが残っていた。堂の外で、虫の声が細くなっては戻った。誰かが計らったのか、誰も計らわなかったのか。夜だけがふたりの周りで深くなっていった。


  *


 灯の油が目に見えて減った頃、最澄が居住まいを正した。


 来ると分かった。この夜の全部がこの一問のための道だったことも、同時に分かった。高野の話も比叡の話も弟子の笑い話も、この人はひとつずつ丁寧に積んできた。呼吸の通うことを確かめた上でしか、訊いてはならない問いがある。


 問いの前に最澄は一度、目を伏せた。伏せた目の中で、何かを最後に数え終えたらしかった。この問いを口にすれば、この夜はただの再会の夜でなくなる。あの人はそれでも問うことを選んだのである。


「空海どの」


 呼び方が戻っていた。


 この二年、公の場でこの人は貴僧と呼んだ。いまは乙訓の夜の呼び方だった。戻した呼び方に、この問いは公の問いと違うという断りが込められていた。


「ひとつだけ、伺いたい」


 灯が、揺れた。


「あの書に。貴僧は、まことを書かれたか」


 貴僧、と言い直した。


 戻した呼び方を、問いの一語の中でだけまた公の距離に戻した。友としては訊けない問いだからである。友の呼び方で呼びかけ、問いだけを法の人の距離から放つ。この一瞬の呼び分けの中に、この人の五年の全部が畳まれていた。


 あの書。


 どの書か、と訊き返さずに済んだ。文字は糟粕と書いた、あの書である。


 五年、あの人はその書を持って歩いたのだ。持ったまま国の法会でこちらの姿を遠目に見て、持ったまま山へ帰った。持ち歩いた五年のぶんだけ、問いは短くなっていた。


 空海は椀を置いた。置いた手を膝の上に揃えた。


 夜はまだ半ばだった。

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