第7話 覚えられるもの
大学寮に入って一年が過ぎ、二年が過ぎた。真魚はいよいよ抜きん出ていた。
覚えるだけでは、もうなかった。大足に仕込まれたとおり句の底を解し、やがておのれの詩を作り、文を綴った。対策という、政の問いに答える試でも、その答案は博士たちを唸らせた。古今の典拠を自在に引き、理を尽くし、しかも文が美しい。覚え、解し、そして作る。大足が「そこまで行って初めて学問」と言ったその最上の段に、真魚はたやすく届いてしまった。
ある日、寮の詩会で真魚は一篇を詠んだ。
題は秋の月。ありふれた題だった。だが真魚の詩は、その場の誰のものより澄んでいた。月の光を水に、霜に、人の心に映し替えてゆく句の運び。読み上げられると、座がしんとした。夜風が灯をゆらし、居並ぶ者の影が壁の上で細く伸びた。
誰かが低くその一句を繰り返した。先ほどまで自分の詩を得意げに講じていた年長の学生までが、口をつぐんでいる。感嘆とばつの悪さの入りまじった間が、座にしばらく続いた。
真魚はその間の意味を耳でよく知っていた。讃岐の館で幾度も浴びた、あの感嘆と同じものだ。だが都の俊才たちを黙らせてさえ、胸の底はしんとしたままだった。
「見事な」と、末席の老博士が、ため息のように言った。この人は詩の巧拙にはめったに口を開かぬ人だと、真魚は知っていた。「この歳で、この詩境か。佐伯、おまえはいずれ文章博士も夢ではないぞ」
真魚は礼を述べた。詩は確かにうまくできた。我ながらよい句だと思う。そう思うのに、詩を詠み終えた胸の底には、またあの見慣れた窪みが、ことりと口を開けていた。
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作っても、同じだったのだ。
覚えるだけでは足りぬと大足は言った。だから解した。解するだけで足りぬのならと、作ってみた。詩を作り、文を綴り、人を唸らせる言葉を生み出してみせた。学問の段を、真魚は一段も残さず登りきった。
なのに、窪みは埋まらない。作った詩さえ、覚えた経と同じようにすらりと手をすり抜けていく。よい句だ。それは分かる。だが、それを生み出した自分の内に、何かが満ちた心地はついぞなかった。
真魚は詠み終えた詩の巻を、そっと閉じた。指の先が、高い天井にこつりと触れてしまった気がした。覚え、解し、作る。その先はもう、位の階を昇るほかに道がない。
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夏のはじめ、寮で大きな対策の演習があった。問いはこうだった。国を安んじ民を治めるには、何を本とすべきか。
真魚は筆を執るとよどみなく書いた。古の聖王の例を引き、礼と仁を説き、君に忠なるべきを論じ、官たる者の心得を整然と並べた。模範のような答案だった。書き終えてもなお、筆の先は迷いひとつ見せない。提出すると、明経博士が一読して深く頷き、答案の余白に朱で丸をいくつも打った。日ごろ真魚の覚えと解を最もよく知る、あの朱筆の老人である。
「非の打ちどころがない。佐伯、おまえの対策は、そのまま朝堂で読み上げてもよいほどじゃ」
また褒められた。真魚は、朱の丸のいくつも打たれた答案からそっと目を逸らした。褒められたのに、胸には薄い、けれど確かな白々しさが残る。
いま書いたのは、国を治める道ではない。上に認められ、位を進めるための正しい言葉の並べ方だ。礼を説きながら、その実説いているのは「いかに仕えて、いかに昇るか」でしかなかった。どれほど筆を尽くしても、この言葉が連れてゆく先は、位の階のほかにない。
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そのころ、同輩の一人が任官の口を得て、寮を去ることになった。
有世といった。血色のよい丸顔の、声の大きな男である。もとより出来物ではなかったが、家の伝手で省の下役の口がついた。めでたい話だった。別れの宴の席で、有世は盃を手にしたまま、これからの出世の道筋を誰彼となく語っていた。まずどの省に入り、いかに上役に認められ、何年で位を進めるか。聞いている者たちも目を輝かせていた。次は自分だ、と。
「佐伯、おまえもじきだろう」と有世は、赤らんだ顔で真魚の肩を叩いた。「おまえほどの才なら、わたしなどよりずっと上まで行く。羨ましいかぎりだ」
「……ありがとうございます」と真魚は礼だけを述べた。
真魚は、勧められた盃に手を伸ばさなかった。出世の道筋を嬉々として語る有世の赤い丸顔を見ながら、ひそかに思う。この人は、位を得て満たされるのだろうか、と。
いや、と思い直した。たぶん、満たされる。この人にとっては、位こそが求めるものなのだ。階を昇ること、それ自体が喜びになる。羨ましいのは、むしろ自分のほうだった。そういう心を、自分は持って生まれてこなかったらしい。
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その帰り道のことだった。
寮の近くの寺から、読経の声が流れてきた。夕暮れの大路に人影はまばらで、声はよく通った。家々の軒の影が長く伸びて、道の土を半分ほど暗くしていた。
儒の経を読む、あの整った斉誦とは、まるで違う声だった。低くうねるような、意味よりも響きが先に身に触れてくるような誦し方。腹の底を、見えぬ手でゆっくり撫でられるようだった。真魚は足を止めた。土塀の向こうに、堂の屋根が夕空を四角く切り取ってのぞいている。
何を誦しているのか、詞は半分も分からない。だが不思議と、その分からなさが真魚には心地よかった。
いつもの癖で、真魚はその響きを耳で追い、なぞろうとして、果たせなかった。詞だけなら覚えられた。げんに流れてくる一節を、真魚はもう諳んじていた。けれど、声がただの音を超えて祈りになっている、その肝心のところだけは、なぞってもなぞっても手のなかに残らなかった。
儒の書は、覚えれば解け、解せば底が見えた。だがこの声は、聞いても聞いても底が見えてこない。一度で何でも覚えてしまうはずの自分の耳が、その響きの奥を掴みあぐねている。
覚えられぬものが、あるのだ。
真魚はその読経を聞きながら、初めてそう思った。試しに、いま拾ったばかりの一節を口の中で転がしてみる。詞は寸分たがわず出てくる。だがそれはただの音で、あの祈りの手ざわりだけは、口にも喉にも残らない。覚えても掴めぬものとは、少し違う。これは、覚えること自体を寄せつけぬものだ。それはずっと探していた、あの「すり抜けぬ何か」に、どこか似てはいないか。
だが、それきりだった。声はやがて熄んだ。真魚はまた歩き出した。寺の門は、固く閉じていた。いまはまだ、その奥へ入ってゆく時ではなかった。
*
その夜、真魚は大足にだけ本心を漏らした。
「叔父上。私は大学寮で学ぶべきことは、もうあらかた学んでしまいました」
大足は書見の手を止めた。痩せた指が、開いた巻の上でとまる。「ほう。たいした自負じゃ」
「自負ではありませぬ。覚え、解し、作る。叔父上が仰せだった学問の段を、私はもう登りきってしまいました。なのに、何も満ちませぬ」
大足はしばらく真魚を見ていた。やがて、低く言った。
「やはり、おまえはそう来たか」
咎める声ではなかった。いつか讃岐の浜の夜に「おまえが欲しがっておるのは階の上ではないらしい」と言った、あのときと同じ、何かを惜しむような響きだった。
「叔父上。学問のもっと奥は、ないのですか。覚えても、解しても、作っても掴めぬもの。それでもなお手を伸ばす値打ちのあるもの。そういうものは、この世のどこにあるのですか」
大足はすぐには答えなかった。長い沈黙のあと、ぽつりと言った。
「わしには教えてやれぬ。それは学問の外にある。――おまえはいずれ、そこへ行くのだろうな」
「学問の外、とは」
「さあな。経典のもっと向こうか、山の中か。わしの知らぬところじゃ。古来、官の道に背を向けて、そういうものを求めた者もいたと聞く」大足は苦そうに笑った。「だが、真魚。覚えておけ。おまえには一族の願いが懸かっておる。位を得て、佐伯の名を中央へ返す。それが、おまえを都へ送った者たちの望みじゃ」
「……承知しております」
「承知しておって、なお外を見るか」
真魚は答えなかった。答えれば、嘘になりそうだったからだ。
大足もそれ以上は責めなかった。ただ長いあいだ、灯を見つめていた。我が甥の才を官の道へ差し出さねばならぬ立場と、その才が官の道には収まらぬと見抜いている目。その二つが、この読書人のなかで静かにせめぎ合っているようだった。
*
昼に聞いたあの読経の声が、ふいによみがえる。腹の底を見えぬ手で撫でていったあの響き。学問の外。もしかすると自分が探しているものは、あの声のするほうにあるのかもしれない。
大学寮の門を、真魚はそれからも毎日くぐった。誰もが望む、官人への門。広く開かれ、その先には位の階がまっすぐに延びている。けれど、その広い門の内には、もう探すものがない気がしていた。心はむしろ、あの固く閉じた寺の門のほうへ、ひとりでに向く。
覚えても掴めぬものを探して、ここまで来た。その答えが学問の中になかったのなら、外にこそあるはずだった。たとえそこへ行くために、いま登ってきた階を、すべて下りることになろうとも。
そう思うと、胸のうちで何かが、ひたと静まった。恐れに似た冷たさと、久しく忘れていたあの高鳴りとが、ひとつの息の下でわずかに拮抗していた。




