第77話 泰範の選択
比叡からの文が、ふたつになった。
ひとつは空海宛である。雪解けの報せ、堂の普請、学生たちの試業。読むたびに、あの端正な字の温かさと温かさの下の静かな距離が、同時に届いた。返事には高雄の春を書いた。谷の桜のこと、若い弟子たちのこと。書きながら、おのれの筆も同じところを避けていることに気づいていた。
もうひとつは泰範宛である。こちらは温かいだけではなかった。帰る日を山は待っている、と初めの頃は書かれていたらしい。らしい、というのは泰範が中身を言わないからである。ただ、文の届いた日の泰範は決まって行が長くなった。夜半を過ぎても堂の灯が消えない。灯の主が何と戦っているのかを、山のみなが知っていて誰も口にしなかった。
弘仁六年の春である。泰範が高雄の人になって、二年が過ぎた。
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行は、深まっていた。春の谷は雪解けの水音が高く、堂の裏の斜面に蕗の薹が出ていた。深まっていることは師の目から見て疑いがない。二年前、壇に上がったばかりの頃の泰範は学びの人だった。問いを溜め、順に並べ、答えの来る場所を先に用意する。比叡の学の型である。いまの泰範は用意をしない。座って、来たものだけを身体で確かめる。観法の座は岩のように動かず、真言の声は谷の底から出るようになった。高雄の弟子たちの中で、行の深さならこの男が一番だった。
弟子たちは、この無口な兄弟子を慕った。問えば、答えは短い。短い答えのとおりにやると、できる。できたときに振り向くと、もう見ていない。見ていないふりの目尻が少しだけ緩んでいる。若い弟子たちはそれを知っていて、できたときにはわざと大きな音を立てた。
深まる速さと同じ速さで、苦しみも深まっていた。
ふたつの山に借りのある男である。比叡には育てられた借りがある。得度も学も僧としての骨格も、みなあの山とあの人にもらった。高雄には開かれた借りがある。頭で分かるということの先を、この山で初めて身体が知った。行が深まるほど、高雄の借りは重くなる。重くなるほど、比叡の借りが返せないものになっていく。
借りは、両方まことだから苦しい。
どちらかが嘘なら、話は早かった。比叡の恩が偽りなら、忘れればよい。高雄の火が幻なら、覚めればよい。どちらもまことで、どちらもこの男の骨の中に入ってしまっている。
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春の廊で、空海は一度、文の届く場面に行き合った。運んできたのは経珍だった。包みを渡し、礼を受け、それだけで坂を下りていく。この男は比叡と高雄のあいだを六年運んでいて、どちらの山でも余計なことを言わない。
受け取った泰範の手を空海は見た。押し戴いて、懐に入れた。読まなかった。廊の先の房まで、読まずに歩いていった。房の戸が閉まり、それきり夕の勤めまで出てこなかった。
夕の勤めの声は、いつもの声だった。
いつもの声を出すために、この男が午後をまるごと使ったことを空海は知っていた。
文への返事を泰範は書かない。書けないまま、文だけが積もっていく。一度だけ、短い返事を書いたことは知っている。変わりなく行に励んでおります、と。それきり筆は止まっていた。あの一行がこの男の書ける全部であることも、あの一行が比叡でどう読まれたであろうことも空海には分かった。分かって、何もしなかった。人の書けない返事を代わりに書くことは、できない。そう思うたび、胸の底で何かがわずかに軋んだ。
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夏の初め、若い弟子が無邪気に問うた。
水汲みの帰りに桶を提げたままの、少年に近い歳の弟子である。
「泰範さまは、いずれ比叡へお帰りになるのですか」
庭先で薪を割っていた泰範の手が、止まった。
止まった手を、若い弟子は見ていた。答えを待つ顔だった。比叡といえば都じゅうが名を知っている山で、そこへ帰れる人は誉れの人で、だから帰るのでしょうという顔である。悪意は、髪の先ほどもない。
泰範は薪に目を戻した。
「精が出るの。水は、冷たかったか」
「はい。手の骨まで冷えました」
若い弟子は嬉しそうに答えて、桶を提げて行ってしまった。問いが流されたことにも気づかない、濡れた桶を振る軽い足取りだった。
斧が、また動きはじめた。
薪の割れる音がそれからしばらく、いつもより正確に、いつもより長く続いた。
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空海は二年、問わずにいた。
問わないことが、この男への礼だと思っていた。まだ言葉になっていないものに言葉を迫ることは、その男の形を壊すことである。器は、外から急かして焼けるものと違う。待つのが窯の仕事だった。
だが、その夏から比叡の文の間隔が縮まりはじめた。
ふた月にひとつが、月にひとつになった。空海宛の文は変わらずに温かい。泰範宛の文だけが増えていく。増えるだけ、この男の沈黙が少しずつ石になっていった。
秋に入って、問うと決めた。決めるまでに三日かかった。問うても、この男を軽くはできない。それは分かっていた。それでも、あの沈黙をひとりで抱えさせることだけは、師の側の怠りだと思った。重さは減らせなくても、重さを知る者が隣にいることは伝えられる。
秋の夜、空海は堂に残っていた泰範の脇に座った。
灯がひとつ。夜の勤めはとうに終わり、山は寝静まっている。堂の板は夜気を吸って冷え、昼の香の残りが梁のあたりに薄く漂っていた。長いことふたりとも黙っていた。それから、空海は生涯で一度だけの問いを、口に置いた。
「帰らなくて、よいのですか」
灯が、揺れた。
泰範はすぐには答えなかった。答えのない時間が白湯の冷める長さを越え、灯の油の減る長さに届いた。空海は待った。膝の上に揃えた手を、動かさずにいた。
やがて、泰範は言った。
「拙僧は……比叡へは、帰れませぬ」
あとには灯芯の鳴るかすかな音だけが残った。
帰りませぬ、と言わなかった。帰れませぬ、と言った。石が、おのれの重さを言うような言葉だった。
理由を、泰範は言わなかった。
言わない理由を、空海は知っていた。理由を言えば、あの山とこの山を並べることになる。それだけは、この男の義理が、死んでも許さないのである。だから理由の場所に、沈黙を置いた。置ける言葉が、この世にないから。
「そうですか」
と、空海は言った。それ以上、問わなかった。
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灯はまだ消さずにいた。座ったまま、空海は思った。あの男は、触れた。あの壇の上で、火のほうに。
触れてしまった者は、触れる前に戻れない。
触れる前の泰範なら、比叡へ帰れた。帰って、学んだことを積み、立派な右腕になれた。いま戻れば、身体が覚えたものを毎日嘘にして生きることになる。
あの男の天秤には、義理の全部と、真実のひとつが載っていた。片方の皿には、育てられた恩と、待っている人。もう片方には、身が知ってしまったという、それだけ。
ひとつしかないものが、勝つのだった。
選んだ顔は、幸福な顔と違った。選ぶことが、すでに傷だった。隣で、泰範の肩が息のぶんだけ動いた。おのれも昔、同じ天秤の前に立った。二十年の約と、火と。だからこの声の意味が、骨まで分かった。
帰れと、言えなかった。帰るなとも、言えなかった。どちらの言葉も、あの男の傷の上に足を載せることになる。
別れ際、空海はひとことだけ言った。
「明日も、行はあります」
「はい」
と、泰範は言った。その、はい、だけは少しも揺れていなかった。灯を消して、ふたりで堂を出た。廊の先の空に欠けはじめた月が白く出ていた。夜の廊は冷えていたが、どちらも足を速めなかった。
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その冬、谷が凍り、水汲みは朝いちばんの難儀になった。氷を割る役は、頼まれる前に泰範が取った。割る音は、夏の薪のときより長かった。冬が過ぎ、年が明けた。
高雄の春は、いつもの春だった。谷の桜が咲き、若い弟子たちが数を増やし、朝の名の経に新しい名が加わった。谷の水は日ごとにぬるみ、堂の裏の斜面がまた青くなった。山は、育っていた。育つ山の真ん中で、ひとりの男の沈黙だけが季節から取り残されていた。
春のあいだ、比叡からの文は途絶えていた。使いの姿のない山道を、桜の白だけが上っては散った。途絶えは、諦めの形にも、嵐の前の形にも見えた。どちらであるかは、五月に分かった。
比叡から、泰範宛に文が来た。
その朝、空海は縁にいた。運んできたのは、また経珍である。渡すとき、この男は坂をすぐには下りなかった。
「返事を、持ち帰れと言われて参りました」
それだけ言って、山門の外の石に腰を下ろした。日の落ちるまでは動かぬ腰の下ろし方だった。
これまでと、違う厚さだった。
受け取った泰範の手が、いちど沈んで、止まった。廊に立ったまま、この男は初めて、その場で包みを解いた。読まずに房へ運ぶ余裕が、この一通には、なかったのである。
読んでいく泰範の顔から、順に、色が引いていった。




