↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空海の青春 ― 消えた七年  作者: KAMUI
訣別 ― 文字か、身か
PR
77/85

第76話 拒まれた誠実

 文は、雪の日に着いた。


 霜月も末である。比叡の雪は、高雄の雪より深い。堂の軒は氷柱を垂らし、写経の坊の硯は朝ごとに凍って、学生たちは墨を溶かすことから一日を始める。山は冬のあいだ、寒さと張り合う小さな村になる。名の高さは、氷柱を一寸も短くしない。


 運んできたのは経珍だった。


 脛にも肩にも雪をつけて、山門から堂まで一度も荷を下ろさずに来た。包みは油紙で二重に巻いて、片腕に抱えている。顔は上げなかった。雪焼けで赤くなった額だけが、薄明かりに見えた。高雄を出るとき雪だったのだ、と最澄は思った。


「文と、包みを。たしかに、お届け申し上げました」


 それだけを言って、経珍は下がった。日を数えれば、高雄で四日ばかり待たされた勘定になる。冬の道である。待つこともあろう。


 高雄からの文は、いつもより厚かった。


 日が落ちてから、最澄は書きかけの帳面を閉じた。灯を寄せ、包みの紐に指をかけた。指が少し急いた。急いた指をおのれで見て少し恥じた。五十に近い身である。文ひとつに急ぐ歳と違う。それでも、あの山からの文だけは、届くたびに指が急いた。四年、そうだった。


 理趣の釈経が来る。


 そう思っていた。疑っていなかったと言ってよい。四年、あの山は求めに否と言ったことがない。こちらの問いには問いの倍の答えが返り、借覧の願いには経が返った。今度の願いは、これまでの願いのまっすぐな続きである。地図の最後の一里を埋める、最後の経。


 写経の坊には、もう席を空けてあった。


 上座の、いちばん明るい窓の下である。理趣の釈は地図の要だから、いちばん確かな手の学生に写させるつもりでいた。硯も紙も選んで置かせてあった。席は主を待っていた。包みは脇へ置いて、文を先に開いた。


  *


 文の初めは、友情だった。


 止観座主、法友勝常。膠と漆のように離れがたい交わりの香を常に思う。松と柏の、冬にも凋まぬことを。乳と水の、別れぬことを。止観の翼を伸ばして高く飛び、多宝の座を分かって、同じひとつの法を証そうと約した。この心、この契りを、誰が忘れ、誰が忍ぶことができようか。


 あの人の字で書かれた友情の数行に、胸が温まった。あの字は、読む者の背筋まで届く字である。字が人なのだった。あの字に会うことが、この四年、山の勘定と朝廷への文の合間にある島のような時間だった。


  *


 文字を求めば、則ち非なり。


 初めは読み違えたかと思った。灯を搔き立てて読み直した。読み違えては、いなかった。


 あなたの求める三種の理趣は、聞くことのできる形で、見ることのできる形で、念ずることのできる形で、あなたの声に、あなたの身に、あなたの一念の心の中に、もとから具わっている。更に他に求める必要が、どこにあるか。秘蔵の奥旨は、文を得ることを貴しとしない。ただ、心をもって心に伝えるのみ。文は、これ、糟粕である。文は、これ、瓦礫である。


 読み終えて、最澄はもう一度初めから読んだ。二度目も、同じことが書いてあった。


 灯が油を吸う音をさせた。軒の雪が一度落ちた。堂の外は雪の匂いのする闇だった。最澄は文を膝に置き、長いこと置いたままでいた。


 断られたのである。


 四年で、初めて。生涯で求めたもののうち、いちばん深いものを。いちばん信じた人に。


 夜半、光定が白湯を替えに来た。文を膝にしたままでいるのを見て、光定は手を止めた。この男はこの年の春、高雄で金剛界の壇に上がっている。あの山の火を身体で知っている数少ない弟子のひとりだった。


「高雄から、何ぞ悪い報せにございますか」


「いや」


 と、最澄は言った。


「良い文である。生涯で、いちばん」


 光定は、はい、とは言わなかった。椀を置く手が一度止まり、止まったことを消すように置いて下がった。板を踏む足音が来たときより遅かった。


 嘘は言っていない。これより深い文を、生涯で受け取ったことがない。良い文に、断られたのだった。


  *


 理解は、した。


 それが、おのれの性だった。どれほど痛い言葉でも、正しければ、正しさのほうを先に受け取ってしまう。文字を求めば則ち非なり。この一行の言うことは、分かる。あの夏の高雄で、あの人は言った。あなたの問いはもう文字の際まで来ている、際から先は行の中にしかない、と。この書は、あの夕刻の言葉の続きである。あの人は一貫している。一貫した人が、一貫したことを書いてきただけである。


 頭はそう整理した。整理の済んだ場所のすぐ下が、痛かった。


 分かることと、痛むことは、別のものだった。学問は生涯、分かれば痛みの消えるものばかりを扱ってきた。誤りが分かれば正し、正せば済む。この痛みは、違った。書の正しさが分かれば分かるほど、深くなる。


 恨もうと、した。


 その夜、最澄は恨む場所を探した。四年の信を裏切られたと言えるか。言えない。あの人は経を百巻以上も貸し、問いの全部に答え、壇まで開いてくれた。出し惜しみと言えるか。言えない。惜しむ人が、あの灌頂の座を開くはずがない。ならば驕りか。書のどこにも、こちらを低く見る一字がない。それどころか。


 それどころか、書は招きで結ばれていた。


 山を空けられる日が来たら、この山で共に壇に上がりましょう、と。


 最澄はそこでもう一度、文を置いた。閉じられたのは写しの通う窓で、身ひとつの通る戸口は開いたままだった。


 恨む場所が、どこにもない。


 膝の文を取り上げようとして、指が思うように曲がらなかった。火桶は、とうに絶えている。冷えていたことに、気づかずにいた。


  *


 夜が明けてから、脇に置いた包みを解いた。油紙の結び目は夜のあいだに凍って、掌でしばらく温めないとほどけなかった。


 頼んだ経が順に出てきた。願いの文に書き並べた名を、上から指で追っていく。数を確かめる手が、途中で止まった。


 別に渡されるはずの一巻が、無い。


 あの一巻だけは包みに入れるな、経を数える者にも預けるな、おまえが直に持ち帰れ、と経珍に言ってある。包みの中に無いのは、それでよい。それでよいのに、無い。


 無いことは昨夜の文がすでに書いていた。書いてあったものを、手のほうがまだ探していた。


 昨日、経珍が顔を上げなかったことを、最澄はそこで思い出した。片腕に包みを抱え、山門から堂まで一度も下ろさずに来た男である。抱えた腕のほかに、あの男の手は空いていた。


 経珍は山を下りる前に知ったはずである。四日待たされた末に包みだけを渡されて、片手が余ったのだ。断りは、文が着くより先に、あの男の手の中で起きていた。


  *


 三年、と最澄が数えたのは、その日の夜である。


 天秤の夜を、数え直した。あの夏の高雄で答えた。三年は、いただけませぬ、と。幾晩もかけて量ったあの天秤を、皿からもう一度量り直した。


 年分の学生が毎年入ってくる。春には試業があり、堂は建ちかけで、朝廷との折衝は切れ目がない。宗を立てるとは、山をひとつ世の中に建てることだった。建てかけの山を三年空ければ、雪が入る。雪の入った山は、崩れる。灯を託された者が、灯を置いて火を取りに行けるか。


 数え直しても、山は山だった。


 皿の上のものは、あの夏から何も減っていない。むしろ増えている。天秤は、同じほうに傾いた。傾いた天秤を、最澄は灯の下でいつまでも見ていた。答えは動かず、胸の迷いは晴れない。夜明けには硯が凍る。学生たちは墨を溶かすところから、また一日を始める。


 求道を、やめるか。


 その問いだけは、立てるまでもなかった。その道は、おのれの中に初めからない。文字で行けるところまでは、文字で行く。地図は描き続ける。密の一里が空白のままなら、空白と正直に記して描き続ける。いつか誰かがその一里を埋める。おのれの代で埋まらなければ、弟子の代で。弟子の代で埋まらなければ、その次の代で。年分の学生は年にふたり。十年で二十人、三十年で六十人。最澄は帳面の端に、二十、六十と書いた。そのうちのひとりが、埋める。


 書いた数を消さずに帳面を閉じた。数えられる形に直したとき、初めて息がついた。


  *


 望みが、ひとつ残っていた。


 高雄には、泰範がいる。


 あの弟子はいま、火のいちばん近くにいる。あの生真面目な男が火を受けて、比叡へ持ち帰ってくれれば。山の灯と密の火が、ひとつの山の上でふたつながら燃える。おのれが行けない三年を、あの弟子が行ってくれている。そう思えば、高雄の三年は比叡の三年でもあるはずだった。


 最澄は泰範に文を書いた。よく学べ、と書いた。高雄の師によく仕えよ、と書いた。帰る日を、山は待っている、と書いた。書きながら、この文がどんな顔で読まれるのかを考えた。顔は、浮かばなかった。知らないまま、封をした。


 返事は短かった。変わりなく行に励んでおります、の一行である。一行の外に、何も書いていなかった。書いていないことの中身を、最澄はまだ読まないことにした。読まないと決めても、一行の余白から中身は勝手に立ち上がってくる。立ち上がってきたものを、最澄は返事の来た夜、灯の外へ置いた。


  *


 春になっても、高雄への文は書き続けた。


 断られて文を絶つのは、世の常の作法である。最澄は絶たなかった。ただ、次の一通を出すまでにひと月が要った。膠と漆と書いてよこした人に、絶える返事を返すことはできなかった。雪解けの報せを書き、堂の普請の進みを書き、学生たちの試業のことを書いた。


 春、写経の坊の上座の席は、別の経に使われることになった。空けたままにしておけば、学生たちが問う。問われて答える言葉を、最澄は持たなかった。いちばん明るい窓の下で、別の経が写されていく。写す学生は、その席が何を待っていたかを知らない。それでよい、と最澄はおのれに言い聞かせた。言い聞かせる回数だけが、日ごとに増えた。


 書きながら、気づいていた。


 書くことが、見つからなくなっている。


 四年、文の背骨は経だった。借覧の願い、写しの報告、写しの中から生まれた問い。その背骨が、抜けた。理趣の釈を断られて、では別の経を、とは書けなかった。書けば、断られた傷を別の経で埋める文になる。それは、あの人にもこちらにも不実だった。


 友情だけで文を埋めることを、最澄はその春、覚えた。


 埋めながら、覚えのある寂しさだと思った。若い日、山に入る前に都の学問の府で覚えた寂しさである。言葉は通い、心は通わない。まさか、あの人との間でこれをもう一度覚えることになるとは。


 文の終わりに最澄は毎度、同じ一行を書いた。


 いずれ必ず、その日を。


 書くたびに、その日がどの日なのか、少しずつ分からなくなっていった。その心もとなさを、筆を握る手のほうが先に感じていた。高雄からの返事は、変わらず丁寧で、変わらず温かい。温かい文がふたつの山を往き来して、そのどちらにも、経の名がもう載っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。