第74話 翳り
文は、いつもの文だった。そのはずだった。
霜月である。谷の紅葉は散り、朝の水は桶の底で刺すように冷たかった。その月の下旬に、比叡からの使いが山を登ってきた。
経珍である。
初めてこの山に来たときは、日に灼けた顔をして脛に泥をつけていた。二度目からは泥がなかった。四年のあいだに灼けが抜け、包みの結び方も速くなっている。
「写し終えました経が六巻にございます。それから、わが師の書状を」
空海は縁で受け取った。実恵が経珍を厨のほうへ案内していった。
房で紐を解いた。いつもの挨拶。いつもの問いの鋭さ。書き並べられた借覧の経の名を、目で追っていく。写経の進みに沿った、正確な注文である。
最後の一行で、手が止まった。
止まった手を、しばらく自分でも見ていた。この四年、この人の文の前で手が止まったことは一度もない。
理趣の釈経を、次の便にて。
窓の外で、風が杉を鳴らしていた。文字は、これだけである。願いの形もいつもと変わらない。変わらない形の中に、これまでのどの願いとも違うものが入っていた。
*
理趣の経は、密の教えの中で際立った場所に立つ経である。
人の欲を否定しない。欲を断てと説く教えの多い中で、この経は欲の力をそのまま道の材料に変える。人が人を求める力も、この世を愛おしむ心も、根は清らかなものだと説く。深く読めば、これほど深い経はない。
浅く読めば、これほど危うい経もない。
文字面だけをなぞれば、欲のままでよいと読める箇所がこの経にはある。字は正しく、読みは誤る。その釈経は経の奥を開くものだから、崖はいっそう深くなる。
だからこの経は、行の裏付けの中でしか渡せない。壇に上がり、観法を修め、欲の力の変じ方を身体で知った者にだけ、文字の奥が正しく開く。師から受けたとき、そうだった。この経とその釈だけは、師の渡し方が違った。行を挟み、観を挟み、幾夜にも分けて渡し方ごと渡した。
青龍寺の夜を、覚えている。
釈を渡す前に、師は問うた。欲とは何か、と。答えると、師は首を振って壇へ上がれと言った。三日、行が挟まった。行の明けに同じ問いが来て、答えると、また首を振られた。三度目の問いに答えたとき、師は初めてうなずいて釈の巻を開いた。三度とも同じ言葉で答えたつもりだった。
あの受け方ごとが、この経だった。
師の譬えで言えば、絵で渡せば火事になる絵である。
*
経珍は、山に泊まった。
返事を持って帰るのが、この男の役である。返す当ての月日が書いてある文なら、その場で受け取って下りる。今度の文には、それがなかった。書かれていなければ、待てということだ。
翌朝、堂の外で会った。
「今しばらく、お待ちいただけますか」
「承知いたしました」
頭を下げてから、経珍はひとつだけ言い足した。
「わが師は、この巻だけは、ほかの者には預けず、わたくしが直に持ち帰れと」
空海は、そうですか、と答えた。
それだけである。経珍は問わなかった。四年前に初めて箱を担いだ日、わたくしが、預かって帰る身にございます、と言った男である。預かって帰る身は、中身を訊かない。
*
最澄が誤って読むとは、思わない。
あの人の誠実は、この国でいちばん深い。学も器も疑う余地がない。あの人自身が崖から落ちることは、万にひとつもないだろう。
だが、あの人は、写す人である。
借りた経は比叡の坊で写される。写しは学生たちの手に渡る。写しの写しが、やがて山を下りる。
書は、書き手の手を離れて勝手に歩く。
それをこの世の誰よりよく知っているのは、おのれだった。置いてきた机の上から三巻の書が歩き出し、写しの写しが都を巡り、海を越え、福州の浜の莚の前まで人を連れてきた。
歩いた書は、良いほうへも悪いほうへも歩く。理趣の釈が、行の裏付けのない場所を歩きはじめたら。欲のままでよいという読みだけが字面から剥がれて、世を巡りはじめたら。それは教えを殺し、教えを受けるはずだった人を落とす。
金蘭の友としては、貸したい。
迷いなく貸したい。この人の求めはいつも正しかった。今度の求めも、あの人の側から見れば正しい。夏に自分で言ったことをそのまま守っている。文字で学べるところまでは文字で参ります、それまでは書物の窓から見せていただきたい、と。窓の桟に、いま指がかかっている。それだけの話である。
八人目の運び手としては、貸せない。
この経は、師から渡し方ごと渡された。渡し方を外して物だけ渡せば、渡したことにならない。崖のある経は、手を引いて渡るものである。手を引くとは、行を共にすることだ。文の往復では、手は引けない。
ならば、来ていただけばよい。
その道は、夏に閉じたばかりだった。三年は、いただけませぬ、とあの人は言った。天秤にかけて山を取ったのである。断りの返事に添えて、同じ三年をもう一度請えば、それは請いの形をした責めになる。山を取ったというあの人の答えを、貸せぬ理由の側から数え直すことになる。あの夏、責める言葉はひとつも持たなかった。持たなかったものを、いまになって拵えるのか。
あの人は、いつもの文のつもりで書いている。崖を知らないからである。あれは経の中に入った者にしか見えない。外から見れば、理趣の釈は、これまで貸してきた経と何も違わない棚の一巻にすぎない。知らないことは、罪ではない。
使いは、この巻だけは扱いが違うと言った。あの人も、違うことは知っている。知っているのは値打ちの重さのほうである。重い巻だから人手に渡さぬように運ばせる。知り方が、ひとつ足りない。
夕刻、実恵が墨を替えに来た。文机の上の文は、開いたままである。
「経蔵の、いちばん上の棚の、朱の帙の一巻を」
空海はそこで切って、言い直した。
「当分、誰にも出さずにおいてくれ」
実恵は一度だけ目を上げ、承りました、とだけ言った。
*
次の日の朝も、同じ場所で経珍と会った。
「今しばらく、お待ちいただけますか」
「承知いたしました」
同じ言葉が、同じ言葉のまま返ってきた。頭を下げてから、経珍は坂のほうへ目をやった。
「雪になりますな」
空を見上げもせずに言った。
その朝、庭で斧の音がした。経珍が薪を割っている。空海が庭に降りて受け取ると、柄は握られていたところだけ人の熱を持って、あとは石のように冷えていた。振り下ろすと、掌の中で柄が一度、跳ねた。
経珍は昼、堂を掃き、若い弟子たちに比叡の朝の勤めの話をしていた。夕の勤めには末座で和した。経の運びは高雄のものと少し違ったが、合わせようとする気配がある。よく仕込まれた人だった。その声を、空海は堂の外で聞いた。
泰範は行の堂から出てこない。近ごろは日が落ちても座を降りない日がある。灯を継ぐのは実恵の役で、それも黙って置いて下がる。山は静かだった。静かなだけ、房の文机の上のものが重かった。
*
経珍が山に入って三日目の夜、空海は文を初めから読み直した。
字は変わらず端正だった。行の呼吸も乱れていない。この一行を書くとき、この人の筆はためらわなかった。ためらう理由がないからである。
そして、気づいた。
断る、という言葉を、おのれはこの友情でまだ一度も遣っていない。
求められれば貸した。問われれば答えた。願われれば壇を開いた。夏に三年を請うて、いただけませぬと返された。あれは断りではなかった。比叡の事情がそう言わせたので、あの人の心が言ったのではない。こちらの側から否を返したことは、四年で一度もない。要らないことが、この交わりの幸福のかたちだった。その幸福の上に、気づかぬまま座っていた。
その一字を、いま初めて探している。
はい、と書けば。
経は貸される。友情は続く。写しが歩き出し、いつかどこかで誰かが落ちる。あの人の誠実が知らぬまま、その口を開けることになる。はいの一字は、あの人をいちばん深いところで損なう。
いいえ、と書けば。
あの人は、拒まれたと受け取る。四年でいちばん深く求めたものを、誰より信じた相手に断られたと。理由をどれほど尽くしても、断りは断りの形で届く。いいえの一字も、あの人を損なう。
どちらの言葉も、あの人を損なわない道が見えなかった。
この国で、こちらの問いに問いで返してくる人は、ひとりしかいない。文字の際まで来て、際があると気づける人も、その人だけである。
その人の使いが、いま下にいる。四年前、同じ縁で箱を担ぐ前に、経珍は、惜しくは、ないのですか、と訊いた。
あのときは、惜しくなかった。
筆を執っては置き、置いては執った。紙は白いままだった。
*
四日目の朝、荷を括り直す音がした。
その音を、空海は房で聞いた。紐を解き、掛け直し、また解いている。文に並んだ経は、最後の一巻を除いて初日のうちに経蔵から出してある。一巻の返事が決まらぬうちは、ほかの巻も縁へ出せなかった。持ち帰るものが、四日、無いままである。
紐の音は、催促ではない。催促でないから、なお効いた。遅らせれば、遅れそのものが答えの形になる。
戸を開けると、外が白かった。
初雪である。杉の梢に薄く積み、谷の音がひとつ遠くなっていた。昨日の言葉のとおりになった。縁の先で経珍が空を見上げ、それから紐を締める手に戻った。この雪では、下りは手間取る。
どちらも損なうのなら、あとは、どちらが負うかである。
はいと書けば、負うのはあの人である。いいえと書けば、こちらが負う。断った、という一事だけが、こちらに残る。
それなら、こちらでよい。
空海は房に戻り、新しい紙を文机に開いた。
その紙の前に、日の落ちるまで座っていた。雪明かりが先に薄れ、房の隅から順に暗くなった。実恵が灯を置き、何も言わずに下がった。
灯を掻き立てた。墨を磨った。いつもより長く磨った。福州の夜のように。あの碑文の夜のように。匂いが満ちて、墨だけが、静かに濃くなっていった。
筆を、執った。灯が、一度だけ揺れた。
断ったことのない男が、断る言葉を、探し始めた。




